ダイモン 42
戦いは終わった。
アイギパーンの目の前には巨大な蠍の死体があった。
神獣ギタブル・へティト。
まさか神々に使えていたという伝説の獣を自分が倒す事が出来るとは。とにかくこの都市から退散し、メイガス・ユニオンの追手を撒ける事が出来ればそれで良かった。
「しっかし、疲れたなァ」
アイギパーンは地面に座り込み、ゆっくり呼吸をしていた。
しかし、ずっとここにいるわけにもいかない。
「チャミュエルが来そうだし、シリウスと合流するか」
ライフルをまるで杖のようにして、疲労の溜まった体を無理やり立たせる。
「師匠!!」
そこにタタタッ、と小走りで近づいてくるにはハンチング帽を被った、小さなエルフの少女であり自分の弟子。シリウスであった。
「おおっ、来たか。ちょうど合流しようと──」
アイギパーンはシリウスの表情を見て何か悟る。それが何なのか、アイギパーン自身でも分からない。しかし、シリウスとは五年ほどの付き合いだ。だからこそ、彼女の顔だけで何かしらの感情を抱いていることがわかる。
「一体、どうした!?」
「おか、しいんです。この…蠍、影に──」
死んだ使い魔はハニエルの影に戻る。
そうだ、ギタブル・へティトは影に戻っていない。死んだまま、そこに存在している。
蠍というのは古代からあらゆる伝説、神話に登場してきた。
戦うためにある大きな鋏、それだけではなく、人をも殺しかねない毒を持っている尾。それらから死や戦いの存在として描かれてきた。
しかし、蠍が特別視されてきたのはそれだけではない。古い皮を捨て、新たな自分になる……。いわゆる脱皮である。それらは古代でどのように思われていたか。
『不死』、である。
あれほどボロボロだったギタブル・へティトの体が透明な膜に覆われており、傷口も肉が盛り上がり、まるでトカゲのしっぽのように復活してきている。
「おいおい、マジかよ」
ズズズッ、とその巨体が再び動き始める。
「シリウス、逃げ──」
その叫びと同時に巨大な尾が鞭のようにしなってアイギパーンに襲いかかる。
「ッ!!!」
避けることも、防ぐことも出来ず、そのまま尾がアイギパーンに直撃し、吹っ飛ばされ、ボンッ!と近くの建物の壁に叩きつけられる。が、それだけでは止まることはなく、壁を貫通し、さらに遠くの後方へと飛んでいってしまう。
「ッ……ぐ、ぁァ」
ようやく止まったかと思えば、口の中から熱く、大事なモノたちが吐き出ていく。
上手く呼吸が出来ない。落ち着いて酸素を取り込もうとするたびに、喉の奥から熱い何かが込み上がってくる。
「ァ……ぁ」
それでも、倒れるわけにはいかない。
自分は良い。
俺は充分に生きた。
でも……まだ、あの子は。
シリウスは必ず──




