ダイモン 26
アナーヒターもまた、遠くからではあったがハニエルの召喚した巨大な蠍を視認していた。
「あれは──」
初めて見た故に、断言は出来なかったのだが魔術師としてあの蠍に対する知識があった。
よりその姿を確認出来るよう、魔術で体を飛ばし、建物の屋根へと上る。
「やっぱり……」
彼女はアレが何なのか、すぐに理解した。
神獣、ギタブル・ヘティト。
神々に使えていた魔獣の一体とされ、あらゆる物質をまるで紙のように斬り捨てる巨大な鋏を持ち、尾の針にはどんな生物でも死に至らしめる毒を持つとされている。伝説には罪を負った神々の死刑を行っていたという。
だが、どうしてこのような都市部に、突然神代の獣が──
いいや、考えられる答えは一つ。
「メイガス・ユニオンの仕業だな、だったらあそこにアイギパーンが!」
アナーヒターは巨大なギタブル・ヘティトに向かって駆けだす。
だが、次の瞬間、アナーヒターの視界が真紅に染め上がる。
「ッ!」
それは巨大な熱気。彼女に襲い掛かるように、突如として炎が出現したのだ。
アナーヒターはすぐさま上級魔術を無詠唱、無魔法陣で発動させると空気中の水分を操作し、水の壁を生成することで自分の身を守る。それは咄嗟の判断……というより無意識に近かった。彼女の戦闘経験、生存本能が魔術を発動させたのだ。
炎と水はぶつかり、蒸発すると気体となって周囲に漂う。その気体でさえ、とてつもない温度を持っていた。触れるだけで火傷してしまうだろう。
「この熱、炎……絶大級の魔術。だけど、何か違う。ってことは──」
アナーヒターは大きな魔力量と、強い気配からこの攻撃を行った相手の方を見る。案の定、そこには一人の魔術師が立っていた。
「えぇ、私ですよ。術聖アナーヒター」
それはチャミュエル・ローリィであった。
「アンタが出てきたってことは、私たちと明確に敵対する覚悟が出来たってことかしら?」
「まぁ、そうとも言えますが、やはり貴方たちとは戦いたくありません。どうしてアイギパーンを助ける気になったのかは知りませんが、今からでも遅くありません。ここは退いてください」
「……どうしてもアイギパーンを殺さないといけないの?」
「彼はダイモンに関する研究を知っているうえに、色々と任務を受けてもらっていましたから、かなりメイガス・ユニオンの暗部情報を知っているのです。私は今のメイガス・ユニオンに不満を持っていますが、祖国を裏切る気はありません。私は、私の信じる事、やるべき事をやるだけです」
そうしてローリィは腰に下げている剣を鞘から引き抜き、構える。
彼女の体からは無限のように炎が噴き出て、周囲の空気を熱で歪ませていく。
「それがアンタのダイモンの権能か……」
「水神とも呼ばれるアナタの力にも届くことをお見せ致しますよ!」
そうして、水と炎、二つの力がぶつかり始める!




