刃の厄災 16
ミトラの眼の前には、先程まで自分の数倍の巨体であったとは思えないほど肉がしぼみきった刃の厄災と―
「トーゼツ!」
自分よりもミトラ助けようとして攻撃を諸に受けて倒れているトーゼツへと近寄る。
ミトラとは比にならないほどの血が地面へと流れ出ている。まるで雨が降った直後の水たまりのような……とんでもなく、多大なる量のあったかく、見てられないほどに。
「トー…ゼツ……?」
彼女はその受け入れられない現実を見て、動く様子のないトーゼツを見て、そして、倒れる彼の虚ろな眼を見て、恐怖するしかなかった。
私のせいで。
彼よりも強い……剣聖である自分の判断が悪かったせいで。
トーゼツを……。
一人の少年を……私は―
「ちょっと退いて!!!!」
もう後戻りできないかもしれない失態を犯したことによって、感情が不安定になり、まともな思考が出来なくなっていたミトラの肩を強く掴み、無理やり退かすアナーヒターであった。
彼女はまた空間にいくつもの魔法陣を展開させ、魔術を並行発動させる。
「切れた血管をつないで…血液量も足りてないから……いいや、いくつかの破損した内臓も……!」
トーゼツの傷口を覗き込み、冷静に確認して使用すべき魔術を使用して治療を試みる。
「呼吸もしてない、脳も動いてない……これは―」
アナーヒターも、察知する。
いいや、彼女自身、分かっていたはずだ。
この状況を見て、もう助けられない、と。
術聖とはいえ、医者ではない。治癒魔術が使えるとはいえ、治癒に特化した術士でもない。
人間というのは、我々が思っている以上に死ぬことはない。
心臓が止まっても、心臓マッサージをする。呼吸していなくても、人工呼吸をする。臓器不全ならば、手術する。数時間以内に適切な処理さえすれば、人間というのはどんな状況でも案外、助かってしまう。
だが、今回の場合、その適切な処理に必要な時間とそれを可能にする技術を持った者がいない。
それを理解していながらもなお、自分はトーゼツを助けようとした。
時間も、労力も、無駄になると分かっていたはずなのに……。
「そんな…いや、まだ……」
それでもなお、彼女は諦めない。
頭では分かっている。でも、心がそれを認めない。
矛盾していることも、知っている。
でも……でも…………!
「一人…やれたか……」
それは、むくり、と起き上がる。
身体は百八十センチほどの、普通の人間サイズにまで縮んだ刃の厄災であった。
「魔力量も、肉体の損傷も激しい技ゆえに、使うのにかなりためらったが……そこの少年を倒せただけでも良い結果だ。それでは―」
魔力を両手に集め、剣の形へと具現化、そのまま二本の剣を生成させる。それはこれまで使っていた大剣ではない。今の彼の体に合った大きさの剣へとなっていた。
「残り二人……貴様らを殺すとしよう」
刃の厄災は、かなり消耗してしまっているものの、剣聖ミトラと術聖アナーヒターに向かって余裕の態度で歩み、近づき始める。




