裏切者 3
今、イルゼは大きく態勢を崩している。本来であればこのまま遠距離攻撃でダメージを与えていくのが定石なのだろうが、アナーヒターは攻撃することはなかった。
〈ウォーター・ウォール〉を解除し、壁となっていた真っ赤な液体は血液と水に分離し、血液だけがアナーヒターの手首に出来た傷に入っていく。
(ふぅ……少し意識が遠のいたな)
自分の操作可能な水だけではどうしてもイルゼの固有術〈クレイジー・ナックル〉を阻止できなかった。ゆえに自身の血液を使って水のかさ増しをしていたのだ。液体操作で無理やり体内の血液を循環させていたが、あともう少し、この状態が続いていたら出血多量でぶっ倒れていたかもしれない。
ふぅ、はぁ、と落ち着いて呼吸をして意識を徐々にはっきりとさせていく。
その間にイルゼもまた態勢を立て直そうとしていた。体中、傷だらけ。無理に体を動かすたびに流れ出る血の量が多くなっていく。脳に伝わってくる痛みもかなりのモノ。
それでも、彼女の眼から闘志は消えない。
両手をグー、パーと繰り返し動かす。
「っしッ!次の近接戦でぶち殺す!!」
そのように息巻いていると──
『聞こえるか、イルゼ』
彼女の胸辺りが光始め、そこから一人、女の声が響いてくる。
それは支配の厄災こと、サルワの声であった。
(通信系の魔術……?)
アナーヒターの耳もその音声を拾っていた。
「というと、回収したのか?」
『ああ。だが……アルウェスは死んでしまったがな。だが、その事も当初から予測は出来ていた。計画は最後のフェイズに入る。合流するぞ』
「……了解」
そうしてイルゼは戦闘態勢の構えを解き、アナーヒターを見つめる。その彼女の表情は、まるで自分が宝物のようにしていたおもちゃが壊れてしまったような、とてもがっかりしているモノであった。
「戦いはこれからで……アンタとは今回で決着をつけたかったけど、それもまた今度のようだよ」
「いいや、まだだ」
アナーヒターはイルゼとは反対の構え……杖を持ち、戦闘の構えを取っていた。
「アンタは逃がさない、必ずここで仕留める」
「……良いねぇ、最後に鬼ごっごといきますか」
最後の最後で、イルゼの眼に再び闘志が宿り始める。
「アンタに逃げ切れるか、それとも捕まえて私を殺すか。それで今回の戦いの引幕としよう!」
そうしてイルゼが走り始め、アナーヒターもまた追いかけようとするのだが──
「……は?」
それは突然であった。
背中に痛みが駆け抜けたかと思えば、何かが体を貫通して胸部から出ている。
それは一本の刃。
「悪いわね。でも、アンタはここで倒れときなさいな」
ズルズルとその刃は抜かれ、一気に血が噴水のように流れ出る。どうやら心臓を突かれてしまっているようだ。慌てて術を発動させ、血液操作を行う。
しかし、先ほどの出血多量の影響か。すぐさま意識が遠のき始める。
「お、お前……は…」
後ろから不意打ちで攻撃してきた者の姿をアナーヒターは視る。
それは──自分の、知っている────
そこで完全に彼女は意識を失うのであった。




