裏切り者
トーゼツ達がサルワと対峙していた一方、アナーヒターの方では──
「絶大魔術〈フルーメン・サリレ〉!」
アナーヒターの詠唱と共に何処からともなく水流が出現し、イルゼへと向かってくる。しかも、その水流は地面を伝って流れているのではない。空間を、まるで空を飛ぶ龍のように伝って向かってくる。
それに対し、イルゼは両手に魔力を纏って拳を放つ。
「固有術〈狂気拳骨〉!」
拳と水流がぶつかった瞬間、水流は破裂し、ただの水となって周囲に散っていく。しかし、イルゼはノーダメージで済むことは無かったようだ。拳の一部の皮膚がはがれ、肉が裂けて骨が見えていた。しかし、彼女にとってこの程度の傷は痛くも痒くもないらしい。
「ははッ、良い一撃だッ!!」
彼女は嗤い飛ばしながら、ダンッ!と地面を強く蹴り上げて距離を取っていたアナーヒターの間合いを詰めて接近戦を仕掛けようとする。のだが──
「ッ!」
それは突然であった。
イルゼが動かなくなる。
……いいや、違う。動けなくなったのだ。
「な…に……?」
それは先ほど砕け散ったはずの水流の欠片。地面に落ちている雫。雨が降った後のような水たまり。それら全てが流動体でありながらもまるで剣や槍のように鋭くなって、蜘蛛の糸のように射出されてイルゼの体を貫通し、串刺しにしている。
無理に動こうとするたびに傷口が開き、出血してしまう。どろり、と貫通している水にその血が混じりこみ、赤く染まっていく。
「私の事を多少、勉強して挑んできたんならこれぐらいは予測出来ていただろう?」
アナーヒターは杖を構えてそのように言う。
明らかにアナーヒターの優勢。追い詰められているのはイルゼの方のはず。だが、彼女は楽しそうでいて、他者を馬鹿にするかのようにニタニタと嗤い続けている。
「自由自在に形が変化するその技術が凄まじいものだね。さすがは水神……でも──!」
イルゼは全身から一気に魔力を放出させる。それは水に魔力を通すように意識して……。すると一秒後には突き刺さっていた水全ての形が崩れ、通常の姿である流動体へと戻る。
「水に魔力を通してから、遠隔で水を操作しているんだろ?なら私の魔力で上書きして阻害してやれば良いだけの話!」
詳細に説明するのであれば水を操作するための術を展開したのちに魔力を通している。そのため、完全にアナーヒターの操作能力を無効化しているわけではない。イルゼの魔力が引けば崩れた水はもう一度、アナーヒターの支配下になるだろう。
とにかく今、イルゼの周囲にある水は動かせない。それが一秒間か、二秒間か……いつ動き出すかは分からない。が、このごく短い時間でも殺し合いの最中では命取りになる。
イルゼは突き刺さって自分を拘束していた水が無くなった瞬間、迷わず動き出す。




