刃の厄災 8
ミトラは死を覚悟する。
防御の構えは崩さない。だが、これは結果は考えなくてもわかる。
先ほどまで諦めないと思い続けていた自分が馬鹿だと思えてしまうほどの、強烈な現実。
「……ここまで、か」
彼女は、剣を持つ腕の力を緩める。
刃の厄災の放った〈エスターブ〉はもう目の前まで接近していた。
最後の最後で、崩れたその心は—
(…あとは、任せたかな。トーゼツ……)
彼女は街中の希望だった。彼女は刃の厄災を討伐し、皆を救うはずだった。しかし、そんな最後の希望だった彼女は、。トーゼツを希望として死に逝こうとしていた。
その時であった。
「絶大魔術!」
それは、ミトラの意識外の方向からの詠唱であり、厄災にも予測出来ない事象であった。
「〈リベリオン〉!」
ミトラを中心にドーム型のバリアが展開され、刃の厄災が放った〈エスターブ〉を退ける。いいや、それだけではない。一部、その威力を刃の厄災へと反射させていた。
「ふんッ!」
しかし、その威力はだいぶ落ちているようで、彼の装着している鎧に戻ってきた〈エスターブ〉が黒い光となって宙へと散っていく。
彼の視界は、その黒い光で悪くなっていた。
だからこそ、奴は目の前まで何者かが接近していたことに気づけなかった。
「ッ!」
黒い光を切り裂き、その両手に持つ赤と青という対立した色をしたその双剣で襲い掛かってくるのは、迷いなく、真っすぐこちらを見る一人の少年であった。
「喰らえッ!」
ザンッ、ザンッ!と勢いよく二撃、肩に目掛けて刃を入れる。
「ッ!」
刃の厄災は驚く。
この頑丈な鎧に斬り込みが入ったからである。
目の前にいる少年は、剣聖であるミトラよりも魔力は少なく、剣の腕前も下である。一本の剣と、双剣という違いもあるが、それを含めて考えても少年の実力は圧倒的、格下。
なのにも関わらず、鎧は斬られた。
本体には到達していない、ダメージはない。だが、この鎧もまた、魔力によって具現化、生成された鎧。それをいとも簡単に突破してくるとなれば、ミトラ以上に油断出来ない相手だということ。
(単純なパワーではあるまい、どんな仕掛けだ!)
刃の厄災は相手を分析、思考しようとする。しかし―
「なッ」
斬られた両肩から、違和感が体中に駆け巡り、見て確認する。
青い剣で斬られた右肩から、それはガラスのように透明で美しく、また太陽の光を反射し、熱すらも吸収せずに跳ね返している思うほど光り輝く氷があった。また、どんどんそれは植物のように成長し、右腕すらも覆っていく。
今度は、赤い剣で斬られた左肩を確認すると、鎧は真っ赤になり、斬り込みからは炎が飛び出してきている。それも、どんどん左腕を燃やし尽くさんとばかりに燃え広がっていく。
そこに少年が刃を返し、もう一度、攻撃しようとしてくる。
それをすぐに察知した刃の厄災は、その攻撃を避け、体を翻し、少年に蹴りを入れる。
「ちぃッ!」
少年はその双剣でうまく蹴り防御する。しかし、蹴りが予想以上の強さだったようだ。その力に耐えきれず、後方へと数メートル、吹っ飛ばされる。




