逃走
そこはドア一つ。窓はなく、とても寂しい部屋。灯りとなる蝋燭も一本しかないため、薄暗い。そんな部屋の中央には椅子に縛りつけられているアイギパーンの姿があった。
だが、どうやら周囲では激しい戦闘が行われているようだ。
まるで地震のような衝撃が部屋全体に駆け抜け、パラパラと天井から粉屑が雨のように落ちてくる。
この部屋が……いいや、この建物自体が何処にあるのか、アイギパーンは把握していない。だが、これほどの振動が上から来ているのだからある程度、予測がつく。
「ここは地下、か」
絶え間なく衝撃が部屋に響き渡り、そしてとうとう──
「逃げ出す絶好のチャンス、だな」
部屋の壁が崩れる。
これはチャンスだ。だが、絶望でもある。
もしもここからすぐに逃げられなければ、部屋全体が崩壊し、瓦礫の山に押しつぶされてしまうだろう。仮に瓦礫が落ちて来て無事だったとしても、結局、瓦礫の山の中に埋もれてしまうのは確定であり、窒息死を迎えることになる。
「さて、さっさと逃げ出すとするかな」
と余裕の表情と口ぶりだが、最も大きな問題がある。それはこの拘束だ。
一見、ただの頑丈な紐にしか見えない。だが、魔術が施されており、簡単には千切ることは出来ないだろう。せめて何かしらの魔具が欲しいところ。
万が一に期待して、体をうねらせ、紐が千切れないか、試してみるのだがやはり無理。
「ちっ、椅子の方も壊れそうにもないな」
こうしている間にも部屋の崩壊タイムリミットが迫っている。
さすがのアイギパーンの表情に焦りが生まれてくる。だが、焦れば焦るほど、脳の思考も鈍くなる。
自分でなんとかなると言い聞かせ、頭を回し続ける。
そうしている最中、がちゃり、とこの部屋を出入りする唯一のドアが開く。
そこにいたのは──
「遅れた、師匠」
子供の姿をしたエルフの少女であり、それはアイギパーンの弟子……
「助かったぞ、シリウス。ここが俺の死場所かと思ったぞ」
「意外と…余裕、そうで……良かった」
シリウスは魔力を込めたナイフでアイギパーンを拘束している紐を引き裂き、彼を自由の身にする。
「しかし、今、外で何が起こっている?ただ事じゃ無さそうだが……?」
「状況は……移動、しながらで…行こう」
そうして二人は部屋を飛び出し、廊下へと出る。
廊下の方が尋問部屋よりも悲惨であった。あちこち天井が崩壊しており、足場がとても悪い。また光もなく、視界がとても悪く、とても危険な状態であった。
「気を、つけて」
「言われなくても、見れば分かるわ」
アイギパーンは目隠しされてここが何処なのか、どういうふうな構造になっているのか。把握していないのだが、この内部を進んできたシリウスはある程度、理解している。そのため、彼女を先頭に二人は廊下を進んでいく。




