憤怒の厄災
「はぁ……はぁ……!」
そのエルフの少年は崩壊した街を走っていた。
それはメイガス・ユニオンの学生であり、トーゼツと一緒にこの街に落ちてきたロームフであった。
彼が必死に杖を振り、魔力弾でタコのような化け物を打ち倒していく。のだが、数が多いうえに何発も入れなければ殺しきれないとい化け物のタフさ。ロームフが相手するにはとても厳しい相手であるゆえに彼は迷うことなく逃げていた。
しかし、知らない街。何処に、何があって、誰に助けを求めれば良いのか。分からない。そもそも安全な場所などあるのだろうか。
早くトーゼツと合流したい。もしくはミトラでも良い。
ロームフは激しく息切れをしながら、とにかく前を見て走っていた。
しかし、少年には運がなかったようだ。
彼は立ち止まり、恐怖する。
辺りから漂う異常な狂気。強い意志を持たなければ今すぐにでも発狂してしまいそうな、嫌な雰囲気。人生で初めて感じるこれは──
「また人の子か」
それは化け物と共にこの都市を闊歩する、まさに怪物。
憤怒の厄災であった。
その両手両足にはまるで奴隷や捕虜、罪人のような鉄の拘束具がついており、しかし身動きさせないための鎖が千切れてしまっている。チャラチャラと地と鎖のぶつかる音が響く。
また体中に槍や剣、矢が刺さっている。どうやら多くの冒険者が憤怒の厄災と対峙し、何とか止めようと戦ったようだが、無駄な足掻きであったようだ。
その恐ろしい姿を見て、ロームフは察してしまう。
コレには対話は不可能。ただ破壊し尽くすだけの怪物。死にたくなければ戦うしかない。だが、自分ひとりで厄災を倒せる力など到底ない。
ならば、辿る道は一つのみ。
「う……う、そ…だ」
体が動かない。
杖を構えて、戦うことさえ出来ない。
「まったく、張り合いのない。戦いを挑む者こそ居るが歯も立たない。しかしキサマはそれ以前の問題。恐怖で固まってしまっている。本当、救いようのない雑魚だ」
それはただ、地を這うアリを見下ろすかのようで、その声色は退屈混じりの怒りの声であった。
「見るだけで臆病が移る。見るに堪えん。ここで死ね」
そうして、憤怒の厄災は手首に巻き付いている鎖を伸ばし、まるで鞭のようにしならせ、ロームフに向けて打ち放つ。
もうダメだ、ここで自分は死ぬ。そう悟った時──
「上級魔術〈光縛〉!」
詠唱と共に出てきたその光はロームフの背後から飛び出てくる。そして、放たれている鎖に巻き付き、動きを強制的に止めて見せるのであった。
そして、後ろの襟を掴まれたと思えば、そのまま強く引っ張られて後ろへと引き下げられる。
「大丈夫か?」
そこに居たのは一人の少年。
見た目で言えば自分と同い歳のようでもあるが、彼はエルフではなく人間であった。そのため実際の生きた年で言えば自分の方が数十年も年上のことだろう。




