暴力 5
イルゼは杖を投げ捨て、追撃をしようと拳を構えてアナーヒターへ急接近する。
(杖はない。魔術で防御してもぶっ壊してやる!!)
そうしてイルゼは右拳をストレートでぶち込む。しかし──
「杖が無いからって……負けるわけないだろ…………」
アナーヒターの右手にあったのは一本の赤い棒。それは鉄のように硬く、イルゼの拳を受け止めていた。
(こんなもの、一体どこに──)
そのイルゼの思考の瞬間、アナーヒターはさらに空中に赤く、鋭いナイフを生み出し、空いている左手で掴むとそのままイルゼに向けて突き出す。
慌ててイルゼも空いている左手を出すのだが、防御のために纏っていた魔力を貫き、肉すらも貫通してナイフは突き刺さる。
「くッ!!」
ナイフは刺さった。ダメージは入った。しかし、致命傷ではない。この程度の痛みならば我慢は出来る。そのままイルゼはナイフが刺さったまま左手の裏拳でアナ―ヒターに攻撃する。しかし、赤い棒でその左拳を逸らす。
そして、素早く棒で腹部、首と人間の急所に向けて突く。
「がッ、あァ……」
みぞおちに入ってしまったようで、イルゼは呼吸が出来ない感覚に陥る。
せっかくの好機。しかし、アナーヒターは追撃を入れることはなく、手放してしまった杖の元へと駆け寄る。また杖自体も宙に浮かび、持ち主であるアナーヒターの元へと動いていく。
そして、彼女が杖を手にした瞬間、魔力量が元の量へと戻っていく。
「はぁ……はぁ……杖の方を優先するとはね」
一回、また一回とイルゼは落ち着いて呼吸し、しっかり肺に酸素を入れていく。
アナーヒターの右手にあった赤い棒はもうそこにはなく、しかし、たらりと代わりに赤い液体が垂れていた。
「さっそく本気を出してきたね」
イルゼは次は必ず勝つためにアナーヒターの情報収集を行っていた。
平均三百年という長い寿命を持つエルフの中では八十という若い歳で術聖の職を獲得。さらに彼女は古今東西の魔術師の中でもトップクラスのレベルの魔術師である。
そんなアナーヒターは魔術の研究者としても優秀な側面があるが、戦士として戦う時、最も特徴的なのが液体操作である。空気中や地面の水分、また体内の血液と言った液状のモノを自在に操り、また硬化させて武器のように扱ったりするスタイルで戦闘をする。
その姿から彼女にはこのような異名がつけられている。
「水神アナーヒター!」
「やっぱり名が広がるってのは良いことばっかりじゃないね。自分の戦い方がバレるってことでもあるんだから弱点を晒しているモノだし……」
しかし、情報収集を行っていたのはイルゼだけではない。
彼女はぬらり、と垂れている赤い液体に魔力送り、まるで生きている蛇かのように体の周りをめぐらせる。
「現在、討伐されている厄災は八つ。そのうち、刃と支配は取り込まれているのは確認済み。となれば、残り六つ。そこからお前の攻撃を考えた場合、お前が使っている厄災の力はある程度、読めてくる。そう、お前の力は暴力の厄災、だろ?」
そのアナーヒターに説明を受けて、イルゼは何も言わない。しかし、肯定するかのようにただ、嗤ってアナーヒターを見ている。
お互い、手の内は分かっている。
ここから先は小細工は通じない。
単純な強さ。技術。センス。
それらで決まる、まさに命がけの戦いである。
二人は同時に動き出す。
今度こそ、どちらが強いのか決めるために。




