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最後の砦 9

 アルウェスは動けずにいた。


 目の前に現れた男に対して、何もできない。


 それは突然のこと故に何をすれば良いのか分からないからなのか。それとも、この男から感じる異様な雰囲気に恐怖しているからなのか。それとも──


 ただ分かるのは、調和神アフラなんかよりも凄まじい威圧感と存在感があることだけであった。


 「しかし、封印が解けたから人の世界が来たのかと思えば……なんだ。アフラの奴は…………死んでしまったのか」


 その男は調和神アフラが消えていった場所をただ見つめていた。表情から読み取るに色んな感情が渦巻いているようだ。懐かしさ、虚しさ、腹立たしさ………。


 「一発ぐらいは殴ってやりたかったが……まぁ、よい」


 そう言って男は今度、部屋の外から見える神都の風景を眺める。


 「何だこの状況は?変な事になっいるようだな。厄災に……神の成りかけ?それに…何だ。あの異様な気配は──」


 そうしてしばらく考え込んだのちに、ようやくアルウェスへと意識は向けられる。


 「おい、そこの貴様。今は神都創立歴何年だ?」


 「神都創立歴は知らないが、ギルド歴は確か千二十一年のはずだが?」


 時間が経って、ようやくいつもの調子を取り戻したのか。アルウェスは嗤いながらも、その男の威圧感に負けることなく質問に答える。


 ギルド歴とは、その名の通り、冒険者ギルド連合設立時に作られた暦だ。


 冒険者は基本、誰でも成れる。故に時間も分からないような、教養の無い者だって冒険者になれるということだ。しかし、依頼によって日時の指定であったり、護衛の任務であれば何日間の任務なのか。輸送であれば何日以内に届ければ良いのか。魔物狩りはどれほどの周期で行うのか。と時間が重要になってくる。


 それに国によっては暦が違ったりする場合もある。そのため、冒険者ギルド連合本部によって作られたのがこのギルド歴。作られて何百年も経つことで今では世界的に普及している。


 「なんだ、ギルド歴って。まぁ、それが千二十一年っていうことは、俺が封印されて一千年以上。もしかしたら万年近く眠らされていたというわけか。まぁ、予定もなければすることもない俺が時間を気にする必要はない。それよりも──」


 男は再びアルウェスの方へと意識を向ける。その瞬間


 (殺気!?)


 アルウェスは突然、凄まじい寒気に襲われたと思えば、すぐさま大きな鎌を構え戦闘態勢に入るのだが


 「…………」


 体が軽くなる。


 いいや、体の一部が……無くなった?


 鎌が……無い。いいや、それはくるくると弧を描きながら宙を舞っている。


 何が起こったのか。一瞬すぎて分からなかったが、鎌が地面に落ちると同時にようやく気づく。


 両腕が消し飛んでいる。斬れている、ではない。消えているのだ。


 鎌は落ちた。しかし、腕はどこにも落ちていない。


 「ったく、ふざけた嗤い。さらに武器を構えて俺と戦う意志を見せるとは。愚行、不敬だ」


 男の眼は真っ直ぐとアルウェスを見ていた。


 それは人を見ている眼でもなければ、敵視でもない。


 その時だけは、アルウェスの嗤いと狂気が消え、厄災に塗れた彼の心が人へと戻る。

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