最後の砦 8
トーゼツはボーッとしていた。
まさか、本当に調和神アフラが消えてしまうなんて……。
目の前で起こった事実。しかし、受け入れられない事実。
神殺しを成し遂げた、目の前にはアルウェスがいる。敵で、倒さなければならない相手が目の前にいるのに、その体は動かない。
脳が、情報の処理をし切れていない。
この不思議な空間は調和神アフラの魔力によって運行されていたのだろう。
空が広がっていた壁は崩れ始め、そこには外の風景……神都の姿があった。床の魔法陣はまだ展開され続けているが、それはまるで錆びた歯車のようにぎこちない動きをしていた。
ここから見える風景にはあちこちで炎と煙が上がり、化け物がうろついている。そして神都の外には巨大なバリアが展開されていた。
外からの風が入り込み、調和神アフラの崩れた肉体……その砂が舞い上がり、周囲に散っていく。
「神を取り込めなかったのは実に残念だった。でも──」
アルウェスは次の獲物を見つめ、嗤う。
「君との戦いも楽しみにしてたんだ。ここで決着でもつけようか!!」
鎌をくるくると回し、その動きはまるで死神が踊っているようだった。
トーゼツは未だに不安定な思考の中、とりあえず指輪の力で空間に穴を開けるとそこから剣を取り出して構える。だが、思考は鈍く、何をすれば良いのか。分からなくなっていた。
その最中、調和神アフラの砂がトーゼツの元へと風に乗ってやってくる。ふわり、彼女が残した美しい匂いが鼻に入ってくる。その時──
『今すぐここから逃げるのです!!』
そのような声が頭の中に響いてきたかと思えば、気づいた時には空中にいた。
「えっ?あっ……!?」
自分でも何が起こったのか、分からず困惑していた。
どうやら、自分は無意識のうちに外へと飛び出したようだ。魔力で身を守れば地上に落ちても死ぬことはないだろうが……それでも危険な行為であり、どうして自分がこのような行動を咄嗟に取ったのか。本当に自分でも理解できなかった。
その様子を上から見下ろすのはアルウェスであった。
「急に走ってきたかと思えば、外へと飛び出してどうしたんだ?俺にびびって逃げたのかァ!?」
何度魂を刈り取っても死ぬことのないトーゼツとの戦いは調和神アフラよりも盛り上がると思っていたのに……とがっかりしていたその時。
ぞくり、と彼の背筋に嫌な汗が流れ始める。
後ろを振り向き、改めて部屋の様子を確認する。
そこには何もない。エレベーターと、ギチギチと動作している魔法陣以外、何も……ない。
魔法陣……。
これは一体、何の魔法陣なんだ?
そのように思考し始めたその瞬間、魔法陣の動きは止まる。
『やれやれ、ようやくか』
それは、魔法陣の中から発せられた。
ゴゴゴゴッ!と部屋全体が震撼する。その衝撃に合わせるように声の主が影となって魔法陣の真ん中からぬるり、と現れ始める。ただの黒い影。しかし、どんどん形を作り始め、そこに出てきたのは──
「ふぅ、久々の人界の空気だな」
そこ居るのは一人の男だった。
しかし、その雰囲気は異様でこれまでに感じたことの無い者だった。




