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戦々恐々

 ようやくトーゼツ達の拷問によってシャルチフが情報を吐き出し始めたその同時刻……。


 そこは南方諸国の一つ、サウリヒム。


 小国であり、人口も少なく、世界的に見て弱者的立場の国家。


 それでもサウリヒム政府は優秀だったと言えるだろう。周辺諸国との問題を避け、人口を増やし、経済発展を目指していた。学生を大国へと留学させて使える人材も生み出そうとしていた。


 だが、その話も一年ほど前の話。


 今ではサウリヒム軍は壊滅。政治は崩壊し、人口は十分の一まで減ってしまった。いや、正確にいえば、まともな人間、というべきだろうか。首都にいた者たちは、狂気の嗤いを上げながら放浪としている。まさに地獄がマシに見えるような、イカれた空間になっている。


 また国地の多くが数年は人が立ち入ることが許されない地へと化した。


 それも、厄災が通った故の結果であった。


 今なお狂気を纏って止まることなく進み続けるのは十五の厄災の一つ。


 憤怒の厄災。


 その両手両足にはまるで奴隷や捕虜、罪人のような鉄の拘束具がついており、しかし身動きさせないための鎖が千切れてしまっている。チャラチャラと地と鎖のぶつかる音が響く。


 サウリヒムは小国。ゆえに、金がない。将来が不安定。


 冒険者ギルド連合もボランティア組織ではない。


 もちろん、他を見捨てることは決して本意ではない。だが、無償で命をかけて、人類の敵である厄災に立ち向かって跳ね除ける覚悟のある冒険者はいるのだろうか。


 しかし、厄災にそんな事は関係ない。


 本能のまま周囲を破滅に導く、それだけである。


 そんな憤怒の厄災の前に現れるのは、黒いローブを纏った二人の者であった。


 一人は巨大な死神のような鎌を持っている男、アルウェスで、もう片方は両手にレザーグローブをはめたエルフの女、イルゼであった。


 「くッ、くくくッ!世界は立派にイカれているよ」


 アルウェスは相変わらず嗤い続けている。


 「金と力が無けえれば見捨てられるこの世界……俺たちと変わらないレベルでイカれているよな」


 「確かにね」


 厄災を前にしても二人は余裕で会話を続ける。


 「……キサマら…その力」


 ずっと無言で前へと歩み続けていた憤怒の厄災が語りかける。


 「俺と同じ……厄災の力、か。クカカカッ、まったく。人の身で我々に力を持つとは腹立たしい奴らだ。わざわざぶち殺されに来たってわけか」


 憤怒の厄災は両手に魔力を覆い、今すぐにでも襲い掛かろうとする。しかし──


 「残念ながら、戦う相手は俺たちじゃない」


 そういってアルウェスが取り出したのは一本の縄。それは端と端が結ばれており、大きな輪っかになっていた。


 バッ!と憤怒の厄災を輪っかの中に通すように広げ、そして──


 (これは……転移系の魔術がかけられているのか……?)


 憤怒の厄災はシュンッ!と何処かへと飛ばされるのであった。

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