刃の厄災
ミトラは歩き始めて、四十分が経った頃……。
彼女の通る道にはいくつもの魔物の死体が転がっており、彼女の剣からは血が滴り落ち、そして彼女自身、かなり血まみれになっていた。
「ったく、思ってはいたけど、やっぱり厄災に近づくにつれ、その影響が強くなっていくわね」
魔物も、所詮は獣だ。人間とは違うが、彼ら本能で獲物を見定め、襲い掛かる。勝てないと思う相手には手を出すほど愚かな生き物ではない。しかし、狂気によって精神汚染された魔物は相手の強さ関係なしに、ひたすらにミトラへと突っ込んでくるのであった。
また、彼女自身も同様であった。まだ自分の強い意志でそこに立っているが、少しでも油断すればすぐに精神を狂気に塗り替えられてしまうだろう。
「でも、そろそろ……ってことよね」
これらは、厄災へと近づいている証拠でもある。
彼女自身、もう感じていた。どす黒く、すべてをひたすらに破壊していくような、恐ろしい魔力を。
「ふぅー」
彼女は深く呼吸をし、剣に付いた血と肉の油を布で拭き取る。
これで準備も、最後の覚悟も出来た。
「良しッ!」
彼女はさらに前へと進みだす。
そして、その先、狂気を振りまく中心、どす黒い魔力の放出源、そこに立っていたのは―
「ほう、挑戦者か」
一人の騎士。
それは巨体で、五メートル……。いや、これは人の感覚というか、感じ方によるため分からない。しかし、そうであったとしても、絶対に三メートル以上はあるだろう。
身に纏う鎧は、漆黒。片手で引きずっているのは巨大な大剣。
頭は兜を被っているため、その素顔は分からない。しかし、鋼鉄よりも硬そうなその兜を貫いて飛び出しているのは、二本の角。それはまるで、悪魔のような角であった。
「我が放つ狂気に打ち勝ち、現れた貴様は何者か?」
その騎士はミトラへと語りかける。
「私の名前はミトラ・アルファイン。お前を倒す剣聖の名だ!」
彼女は両手で強く剣を持ち、戦闘態勢へと入る。
「剣聖、か。ふはははッ、面白いものだな」
その黒い騎士は豪胆に笑い飛ばす。
「我は争いを生み四つの武器、そのうちの一つである剣を恐れる心から生まれた厄災。言うなれば、刃の厄災である。その我に剣で勝負に来るとはな……」
引きずっていた大剣を片手で軽々しく持ち上げると、その化け物は剣先をミトラへと向ける。
「かかってこい、まずは人間の剣技を受けてみるとしよう」
それは受けても問題はないという煽りか。それとも人間だからと油断をしているのか。もしくは、本当に単純な気持ちでの言葉なのか。それとも―
だが、ミトラは怒りが沸き上がることもなければ、自分が弱いのではないか。と言った焦りなどが心から現れることはなかった。逆に攻撃をわざわざ避けたり、いなしたり、反撃してくることはないと言ってくれているのだ。堂々と、真正面から攻撃してやろうではないか。




