隠された真実 9
トーゼツと白衣の学生は廊下を歩き、別の区へと移動していた。
そこは学生区。
メイガス・ユニオンが優秀な魔術師を育てるために設立された区であり、さらに内部では研究者を目指す研究学科、実践を学び、戦う事を学ぶ戦士学科、魔鉱石を加工し。新たな魔具を作ることを学ぶ製造学科に分かれている。
案内役として前を進ませている学生は、いつもここで生活しているからなのか。事務区や実験区にいた時よりもれた雰囲気で進んでいる。
だが、そんな学生の表情だけはなんだか複雑な表情になっている。不安だった顔が、自分はどうすれば良いのか。という困惑した感じだ。
それを読み取ったトーゼツは質問する。
「なぁ、あのチャミュエルって奴、お前は知っているか?」
突然の質問で学生は戸惑い、すぐには反応が返って来なかった。だが、数秒後、口を開く。
「当然です。あの人はメイガス・ユニオン……いいや、チャミュエル様はセレシア国内を超えて北方諸国に渡って知られている戦士です」
「そうなのか?」
冒険者ギルドは世界中にあり、冒険者ギルド連合はそれなりの権威を持っている。しかし、北方諸国ではメイガス・ユニオンの権力、影響の方が強い。そういう事もありトーゼツが北方諸国へ来たのは今回が初めてであり、文化や歴史などもあまり知らない。
ゆえにチャミュエルの存在を知らなかいのだ。
「はい、彼女は誰もが知る英雄ですよ。今では研究者として活躍していますが、二十年前まではドラゴンやグリフォンと言った大型の魔獣を単独で倒したり、その前はセレシアで起こったクーデターを死者、怪我人ゼロで抑え込んだり……あの人の経歴を語るには一日じゃあ足りませんよ。それに俺は詳しく知らないですけど、十五の厄災のうち一つ、憤怒の厄災を跳ねのけさせた事もあるって」
「そんなに凄い奴だったのか!それも一人でか?」
「そうだと聞いてますよ」
倒したわけではないため、さすがにアナトほどの実力はないのかもしれない。しかし、それでも厄災を一人で戦って、それなりの戦果を挙げている。アナトを世界で一番強い戦士というのであれば、きっと二番目はチャミュエルと言えるほどの実力の持ち主なのかもしれない。
「だからこそ、今回の件で驚きました。チャミュエル様が出てきて、助かるかもしれないと思ったのに、何故か侵入者であるアナタを見逃すまでか、協力関係を仰ぐなんて……」
きっと、この学生の中で渦巻いている困惑の正体はこれなのだろう。
メイガス・ユニオンに所属する者として侵入者は許したくはない。しかし、憧れの存在であり、英雄でもあるチャミュエルがそれを許している。いいや、それ以上……メイガス・ユニオンに対し裏切り行為と言っても過言ではない事をやっている。
それで自分がやるべき行動は何なのか。
メイガス・ユニオンが決してホワイトな組織ではないのは知っている。だが、立派で多くのエルフから信頼されている組織というのも事実。
それに対し、チャミュエルは皆の憧れで英雄。彼女の行動は組織に違反しているのかもしれないし、セレシア国の法律に触れている部分もあるだろう。だがその行動原理はきっと、人として強くて正しい心から生まれるものなのだろう。
この学生はどちらへ自分が寄るべきなのか、考えているのだ。




