侵入 3
トーゼツとミトラが地下の下水道を進む同時刻、メイガス・ユニオン本部内の実験部署では……。
「いやぁ、ここはいつ来てもあの実験室の雰囲気には慣れ無いんだよなぁ……」
廊下を歩きながらそのようにぼやいているのは一人のエルフの男。長命であるエルフなので正確な年齢は分からない。しかし、見た目は若い所からまだエルフという種族の中では若い部類、言うなれば少年に入るのかもしれない。
その少年は白衣を着ており、何か液体の入った試験管が入ったケースを大事に抱えている。
「気持ちは分かるが、いつかここに配属されるんだろ?だったら慣れるしかないでしょ」
その言葉に反応するのは同じくケースを抱えて隣を歩くエルフの少年だ。もう一人は背中に木で制作された、素朴ながらも立派な杖を背負っている。
「一応、お前は研究者志望だろ?俺は戦士志望だから、無事に卒業すればこの実験室とはさよならだ。さて、早く先生に任されたこの仕事を終わらせて寮に帰るぞ」
「そうだな」
そういって二人は実験室の中に入る。
実験部署はいくつかの部屋に区切られており、『魔具研究室』に『魔法陣開発室』など様々だ。
そんな数ある部屋の中、二人が入ったのは実験部署の中でも最も財力、人材を投入し力を注いでいる『生命実験室』だ。
そこには謎の液体に満たされた、大きな培養器が並んでおりガラス越しから見えるのは、液体に浸され続けている生物である。
虫やネズミと言った小さな生命から、犬や猫、猿などの大きな生き物。そして子供のようでまだまだ人並の大きさのドラゴン。大きな角を持った鹿の魔獣なども入れられている
「魔獣を作り出す研究をしているというのは聞いたけど、なんで魔獣もこの培養器に入れるんだろうな?一体、何の研究なんだろうな」
白衣の少年が培養器を覗き込みながら言う。
きっと培養液に生き物を入れているのはそれを魔獣に作り替えるからなのだろう。しかし、元々魔獣だったもの培養液に入れた所で何もならないだろう。
「さぁな、俺は研究者じゃないし、ここで働くつもりはないから知ったことはないけどメイガス・ユニオンが一番力を入れている部署がここなんだろ?もしかしたらこの魔獣を生み出す技術を人に転用したりするつもりなんじゃね?」
「簡単に言うなよ。昔に人を魔獣化させてひどい事件が起こったんだからな!」
「五年……いや、六年も前の話か。ありゃあ酷い話だったよな。しかも実験体が冒険者連合の人間だっていう話だから余計、質が悪い。エルフより劣っている人間が実験体とはいえあんな風に変異してしまうとはな。さすがに同情するよ」
そんな話をしながら少年たちは実験室の奥にあったテーブルにケースを置く。
「さて、仕事は終わったしさっさと帰ろう」
そうして二人は足早に去ろうとしたその瞬間だった。
「動くな」
白衣の少年は動きを止める。
背後から見知らぬ女の声に、首元に突き付けられた小さな刃物。
横目に杖の少年を見ると、彼もまた何者かに刃物を突き付けられている。
何者か、分からない。しかし、感じる魔力量は自分たちよりも多い。きっと戦っても勝てない。それにどんな薬品が置いていて、どんな魔獣が居るのか分からないこの生命実験室で暴れるのは馬鹿のやることだ。
「お前たちに拘束魔術を施す。抵抗すれば容赦なく殺す。良いな?」
女のその声に二人は何も言わず、ただ頷き肯定する。




