エルフの国 10
エルドから見ても、そのキューソというネズミはとても可愛らしく撫でたくなってくる。しかし、今、重要なのはこのキューソを使ってどのように結界魔術の解析を行なったのかである。
アナーヒターは右手でペンを持って紙に何か書き続けていき、もう片方の左手でキューソを撫で続けるという器用な事をしながら話を進める。
「このキューソを懐に忍ばせることによって結界術の効果が分かった。まず一枚目は生物の鼓動を確認しているということ」
「鼓動……ですか?」
探知系の結界であるというのは分かっていた。だからこそ、エルドも生命が無意識に必ず行っている鼓動や呼吸、体温などから結界を超えたモノを探知しているという可能性を考えていた。
しかし、それでは無駄が多すぎる。
結界を超えるのは人だけではない。ネズミなどの小動物に昆虫だって自由に塀を越えて出入りしている。結界がそれら全てを探知してしまうため、小規模の結界であれば問題ないかもしれないが今回のように大規模結界には向いていないのは明らかだ。
だからこそ、エルドは一体、何を探知しているのか?というところに躓き、解析に手間取っていたわけなのだが──
「ただ、鼓動を探知しているわけじゃない。人間一分間に行う心拍、鼓動の数値情報を魔法陣に入力したうえでこの術を展開している。つまり、正確にいえば探知しているのは『鼓動』ではなく、『鼓動の速さ』と言ったところかしらね」
なるほど、それであれば説明がつく。人を限定して探知でき、人以外の生物を除外できるわけだ。
「真っ先に私は結界の支配権を一時的に奪い取った。そして結界潜ったその時、探知したのは三人。懐に隠していたキューソは探知外だった。もしやと思って出る時、魔術を使ってキューソの鼓動を人と同じ速さに落としたの。そしたら結界に反応があった。だから一枚目は確実に『鼓動の速さ』で確定。そしてもう一枚の方も解析済み。そっちは入るときも、出るときもキューソを探知していた。そこから出た答えは……『魔力の有無』ていうのが分かった」
「つまり、トーゼツとミトラが侵入するには『鼓動の速さ』を下げ、肉体から無意識に出る微量の『魔力』をもゼロにしないといけない……」
「そういうこと。よし、書けた!」
アナーヒターはペンを机に置く。
一体、何を書いていたのか?とエルドは覗き込むと、そこには二つの魔法陣が書かれており、先ほどエルドに説明していた結界についての詳細が書かれていた。
その紙をさらに丁寧に折りたたみ、キューソの体へと結ぶ。
「それじゃあ、キューソ。これをトーゼツとミトラに送り届けてくれ!」
キューソは「チュー!」と返事し、窓から去っていく。
「これで今日、やるべき事は終わったな。あとはトーゼツ達に任せるとして、私たちも明日、明後日とメイガス・ユニオンを相手にするべき事があるんだ。休むとしようぜ」
そのアナトの言葉によってエルドとアナーヒターはそれぞれの部屋に戻り、眠りにつくのであった。




