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出陣 3

  ミトラがこの街に訪れた時のあのお祭りのような騒ぎ。あれはきっと、最後の希望への祈りでもあり、最後になるかもしれないこのひと時を楽しむためのものだったのだろう。


 この都市に残っている者全てが、生き残るため彼女にその想いを託している。


 多くの人たちを助けて来た剣聖ミトラだが、これはかつてないほどの強敵と、守るべき者の多さ。


 それが、彼女をひたすらに不安にさせている。


 「……俺にもなんとも言えんな。だが、これだけは言えるな」


 トーゼツのその言葉は、ミトラにとっては驚くべきものだった。


 それは、負けられないプレッシャーに押しつぶされそうになる彼女への同情ではなく、また絶対に勝てるなどの、明日の戦いを鼓舞するものでもなかった。


 「ミトラ、お前は強い。でもな、負けても良いんだよ」


 それは、彼女への否定でもなく、肯定でもない。


 「強い者が多くの人を助けるのは理想だ。だが、義務じゃない。その持った力を他人のために振るえることだけでも凄いことだと俺は思う。だからこそ、負けても誰も何も責めないさ。言うなれば、皆こうただ一言、こう言うだろうな。よく最後まで諦めずに頑張ってくれた、って」


 「……!」


 私は、勝つか負けるか、その二択に板挟みで、周囲の期待にも応えなくちゃいけないと感じて、それでいて絶対に逃げられないこの状況に、少しだけ苦しみがあった。それがどんどん膨らんでいて、迷いがあった。


 結果も重要だ。だが、それだけが必要ではない。


 過程と、自分の気持ち。


 「ただ、ひたすら諦めずに前向いて歩けば、みんな何も言わないさ。それに—」


 トーゼツはさらに言葉を続ける。


 「俺たちもいる。アンタが負ければ今度は俺たちが厄災と戦ってやる。元々、俺はお前が来る前まで、自分から厄災討伐しに行こう!なんて思っていたぐらいだからな。負けたらバトンタッチぐらいさせてやるよ」


 「……君は本当に、その気持ちというか、スタンスは変わらないんだなぁ」


 自分はこんなにも来る前は勝つつもりでいた。だが、来た時は少し不安がよぎった。そして戦う直前である今は、気持ちが揺れ動いていた。


 しかし、トーゼツの心は鉄で出来ているかのように、硬く、強いようだ。


 「変わらないっていうか、俺はただ諦めてないだけだ。俺も、ここに来るまで色んな奴らに会って、敗北を何度も味わってきた。時には馬鹿にもされたし、才能が無いから無駄だって言われてきた。でも、諦めなかったからここまで来たし、助けてきた奴らも何人もいる。だから、ミトラも結果がどうなろうと、負けることが確定していても、諦めるな。最後までその気持ちがあれば、お前の勝ちなんだよ」


 諦めない……。


 「確かに、それが重要なのかもな。君のおかげで心が軽くなったよ。ありがとう」


 「良いんだよ、言葉だけでお前が救われたのならばな。俺はもう行くよ。体中が痛いしよ。軽傷だが、魔物狩りで怪我していることには変わりないんだからな」


 そういって、トーゼツは去っていく。


 ミトラも明日に備えて休むことが大切だ。だが、それを分かっていながら、しばらくそこで立って夜風に当たり続けていた。諦めない、そう言った彼の言葉を頭の中で考えながら。


 「諦めず前に……か…。ははっ、その通りだな、私は何を弱音を吐いていたんだろうな!」


 そうして、彼女もまたその場から去っていく。


 明日に向かって、勝利に向かって……そして、勝ちに行くために。

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