出陣
あれから、二日後の夜。
トーゼツは新たに買った武器に慣れるため、狂気によって精神汚染された魔物たちを狩り、ミトラは厄災討伐に向けて出発の準備をしていた。
彼女の出発時も来た時のようにお祭り騒ぎになるだろう。
「水と食料はある……武器の手入れも終わっているし…これで大丈夫かな?」
彼女は泊まっている宿の室内で、必要な物をバッグに詰め込みながら、あらかじめ用意していた必要なものリストへとチェックを書き込む。
「ふぅー、準備完了!」
数日しか使っていないが、すっかり体に慣れ込んできたベッドへと寝転がる。
「もう明日、か」
とうとう、厄災討伐の日。
彼女自身、あの厄災を倒せるかどうか……。
自分の負けた姿なんて想像がつかなかった。
彼女は敗北を知らないわけではない。剣聖に至るまで長く、何度も苦汁を飲まされた。しかし、こうして才能を磨き上げ、剣聖へと至った。それが、大体三年前の話だ。そこから彼女は、敗北したことなんて、一度もなかった。
ただ、剣を持ち、刃を振り上げ、冒険者として世界中を巡って人々を助け続けた。
だが。今回の相手は別格。
人類、数千年の歴史において、神々の時代から残る厄災。何人の五大聖が立ち向かい、命を落としていった。人類が討伐に成功したものも、たったの六つしかない。
やはり、負けた姿は想像出来ない。しかし、厄災に打ち勝つ未来も見えない。
「……気分転換に外でも歩こうかしらね」
こういう時は、夜風にでも当たるのが一番だ。
彼女は宿から出て、街中を歩き始める。
昼間に比べれば人通りは少なく、しかし本来ならば人っ子、一人いなくてもおかしくはないだろう。きっと、この街が世界的に見ても大きい都市であるからなのだろう。
また、建物の窓からこぼれる蝋燭の光によって、道はかなり照らされていた。もちろん、美しい月の光もこの暗い世界を照らしてはいるのだが、それよりも人工の光が多く、彼女の足元をまるで導いてくれているかのように照らしていた。
大通りを通り過ぎ、多くの商品が流通するマーケット街も抜け、住宅街を超え、彼女の立っていた場所は、国境沿いにある巨大な防壁の上だった。
兵士や冒険者が登りやすいように階段が設置されており、そこからは国境の外が遠くまで見えていた。この近くには森はあっても山はなく、その地平線の先まで眺められるその圧巻の景色はとても綺麗なものであった。しかし、彼女はそこへと視線は向けなかった。
彼女が見るのは、街の方。
街の貴族や商人と言った一部の人間はすでにこの都市から逃げたという話を聞いていたが、まだ多くの人がここに残っているのが、窓からこぼれる光で理解できた。
「こんな所に一人で何をやってるんだ?」
そこに声をかけてくる一人の少年。
それは、トーゼツであった。
しかし、彼女が見た先は、街の方であった。




