特異課 8
トーゼツがこの状況で選択できるものは二つ。
一つ、ベスと素手で近距離戦へと持ち込むこと。体術の基本は出来るのだが、もしもこの状態に持ち込まれれば、まずトーゼツに勝ち目がなくなるだろう。移動速度で負けているうえに、ベスは剣を持っている。圧倒的に不利すぎる。
ならば、取れる選択はもう一つの道。
それは──
(距離を取り続ける!)
クロスボウをトーゼツ向かって駆けているベスに向け、素早く矢を生成し、三連射する。さらに放たれた矢は不自然な動きをしながらベスに向かい続ける。
(トーゼツの狙いが外れた……?いや、にしては矢の動きが不自然すぎるな)
やはりベスは良い眼をしている。しかも単純に速い物を見切れるというものでもない。冷静に動きを見て思考することが出来ているのだ。それは才能的なものなのか、長年の戦闘経験によって会得したものなのか。それは本人にも分からない。
ただ、今、放たれた矢に仕掛けがあるのに気づいたのは事実である。
(だったら考えられるのは一つ)
べスは動きを止め、矢の接近を待つ。そして、とうとうべスを貫こうとするその瞬間、素早く下級の防御魔術を発動させる。
それはまるで鎧のようにべスの周りに透明な硬いモノを出現させ、向かってきた矢を受け止める。
しかし、防御魔術に突き刺さった矢は二本。
「だったら後ろだな!」
そういって勢いよく後方へ振り返ると、そのまま剣を振り下ろし、視認する前に向かってきていた矢を斬り落とす。
「やっぱり遠隔操作しているな」
「やっぱりバレるか……」
クロスボウに新たな矢を生成しながらトーゼツはべスの動きを鋭く観察していた。
遠隔操作でバレたのは仕方の無い事だ。それにあれほど変な動きをしていれば、戦闘経験の少ない素人ではない限り気づくのは当たり前だ。
それよりも喜ばしい結果にはなった。なにせ、遠隔操作したのはダメージを与えるためではなく、上手く距離を取るため。つまりべスが動きを静止させた時点でトーゼツの目的は達成していた。
べスは剣を構え、トーゼツの動きを待っていた。
(やっぱりな。俺は一旦小手調べするために遠距離戦を持ち込んだ。俺は長期戦になると思ったからこその行動だった。しかし、剣術の中には遠距離に対応した術もあるはずなのにべスは距離を詰め、近距離戦を持ち込んだ。それはつまり長期戦ではなく短期決戦を望んだから)
戦士というものは奥の手やら切り札なんか当然、持っておくものだ。
トーゼツで言うなら、矢の遠隔操作は切り札になりえるだろう。最後の最後まで、使わず戦い、そしてここぞという勝負の分かれ目で使う。だからこそ、戦士の戦いは自分と相手の持っている奥の手を考えて戦闘していく必要がある。相手はどのような切り札を使ってくるのか。その使用タイミングは?自分の奥の手をどのように使えば勝利出来るのか?
そして、奥の手があることは心の余裕を持たせることも出来る。激しい戦闘。死ぬかもしれない。負けるかもしれない。でも、自分には奥の手がある。そういう意味でも切り札は必要なのだ。
だからこそ、短期決戦に持ち込まれるのは怖い事でもある。奥の手を使わせない、使うタイミングがそもそも無いと思えるほどに素早く、異常の速度で仕留めにかかってくるのだから。