支配の厄災 36
支配の厄災が何かしらの魔術の準備を始めているのに対し、アナトもまた動き出す。
右手の人差し指に嵌めている指輪に魔力を込める。それはトーゼツが武器を出し入れするのに使っているあの指輪と同じものであった。
すると、やはり同じ力を持っているのか。空間に穴が開き、そこから一つの武器を取り出す。
それは巨大な弓であった。
しかし、その弓の弦に引っかけるのはただの矢ではない。なんと、先ほどまで使っている槍であった。
普通の弓であれば、槍の重さ、大きさに耐えきれないだろう。だが、その巨大な弓に対してとてもその槍のサイズは似合っているものであった。
「さぁ、来いよ。お前の全力を出してみろ」
それは挑発するようにアナトの口から放たれた言葉であった。そして、言葉にしたのと同時ににやり、と笑って見せる。
彼女もこの戦いを楽しんでいるようであった。
「そうだよなぁ!?楽しいよなぁ!!だったら、全力でぶちかませてもらうぜ!!」
支配の厄災はさらに魔法陣へと魔力を送りこみ、詠唱を始める。
「〈浄化の先、同化する世脆、そこに揺らぐ答えを視た!穿て!!〉」
それに合わせるようにアナトも詠唱を開始する。
「〈これは姿、形あるもの……それ以上をも貫き、罰を与える一撃!〉」
弓の前に支配の厄災に負けず劣らずの巨大な魔法陣が出現する。
そして、支配の厄災は叫ぶ。
「〈キムラヌート〉!」
魔法陣から飛び出したのは、見えないナニカ。しかし、見えないそれは確かにそこにあるのだと証明するかのように空間が歪み切っている。まるで蜃気楼のように……熱によって空気が揺らいで見えるかのように、実態は見えない莫大なエネルギーが歪んで見える。
アナトもまた、詠唱を終わらせる。
「絶大弓術〈テリクマ〉!」
ズドンッ!と矢の如く放たれた槍はそれは空気を裂いて、空間を歪ませてこちらへと向かってくるエネルギーに向けて突き進んでいく。
槍を纏う魔力は赤白く染まり、そして歪みと勢いよく衝突する。その莫大な魔力、エネルギー、技術を叩き込まれた二つの力は拮抗する。また、衝突によって突風が吹き荒れる。
「これが……今の人間、なのか…」
この光景に思わず頭の中で感じていた事を口から出してしまったのはテイワズであった。
アナトは人類最強とも謳われる存在だ。全員がアナトのように強くなれる可能性があるわけじゃない。それでもなお、彼女はとっくに神の領域へと達していると言っても問題はない力だ。
(私が思っている以上に、神代の終わりが迎えつつあるという事か)
あと数百年かかるだろうと思っていた神々の計画。それが自分の世代で完遂されるのかもしれない。
いいや、違うのかもしれない。もしくは――
「ふん、まぁどちらにせよ、神代はもう終わるのかもしれんな」
テイワズの思考は止まり、意識は再びぶつかり合う二つの力へと向けられる。