支配の厄災 35
手のひらに力を入れようとするが、そのたびに突き刺さった槍が深く入り込み、痛みが増幅される。それにより支配の厄災は力を使うことが出来ず、目の前にいるアナトを吹っ飛ばすことが出来なかった。
「くッ!」
ポタリ、ポタリと血が槍を伝って一滴、また一滴と零れ落ちる。
慌てて引き抜こうとする支配の厄災だったが、今度は頬と胸部に強い衝撃が奔る。それはアナトの拳による攻撃。彼女は槍から手を離し、その両手の拳で頬と胸部の二か所に素早く打撃を入れたのだ。
「まだまだァ!!」
もう一度、打撃を入れ込もうとするが支配の厄災はそれに対抗するように、槍の刺さっていないもう片方の拳でアナトの一撃を迎え撃つ。
ドン!と先ほどの槍と拳がぶつかったときのように、またもや同等の力だったようだ。お互い、のけぞり態勢を崩す。
「今なら――!」
素早い動きでバックステップを繰り返し、アナトとの距離を取り始める。しかし
「なッ……!?」
体が動かない。
突如として体の自由が聞かなくなる。
「まだ負けたわけじゃあ無い!」
それはシスであった。
彼女の前には巨大な魔法陣が展開されており、その魔法陣から放たれている力の矛先は動けない支配の厄災へと向けられていた。
「人の域を超えた神の術か!!」
拘束系の術なのか。それとも脳の働きを阻害させるような精神系の術か。ともかく、これが神の力とはいえ魔術の一種であれば――
「問題はない!」
バチン、と糸のような何かが切れるような音。大事な何かがはち切れる音でもあった。その音が鳴ったとたんに魔法陣が一瞬で消え、術が消滅する。
「この程度なら、私の権能の範囲内だからな!」
体に自由が戻った支配の厄災だったが、シスは充分に時間を稼ぐことには成功した。もうとっくの前にアナトも態勢を整えており、また取られていた距離も既に詰められてしまっていた。
「私の槍を突き刺したまま逃げてんじゃねぇぞ!」
アナトは刺さったままだった槍を掴むと勢いよく抜き、腹にめがけて蹴り上げる。
蹴り上げられた支配の厄災は上空三十メートルという高さまで上げられるのだが、ソレの表情は全くの余裕を持った表情であった。
「はははッ!これが心の底から殺しあう本当の戦いか!」
これまでは勝手に動く体であった。自分の言うことは聞かず、死にたくても死ねない体だった。でも、本気で生き残りたい、勝ちたい、相手を殺したいという気持ちで自由に体を動かし戦うというのがこんなにも快感だったとは。
「あぁ、史上最高にも楽しいぞ!」
そろそろ自由落下を始めるという辺りで支配の厄災は魔法陣を展開する。
「だが、そろそろ終わりにしようか!!」
魔法陣は地上へ向けて展開されており、中の図形がカチカチと機械の歯車のように互いが呼応して回転をし始める。