支配の厄災 32
それらの様子を見て、真っ先に動いたのはイルゼであった。
今、全員の意識が復活した支配の厄災へと意識が向いている。今ならば、簡単に退却出来る。
素早い動きで倒れこむアルウェスへと接近し、まるで荷物を持つかのように抱えると「逃げるぞ!」と叫ぶ。その声に、いくつもの剣を操り、アナーヒターと戦っていたローブの男が反応する。
「逃がすか!」
アナーヒターも彼らが動き出したのを認識すると彼女も動き出す。が、支配の厄災の復活に驚いているうえ、意識がそちらへと集中していたため逃げる動きを見てもすぐに意識を切り替えることが出来なかったため、アナーヒターの動きはとても遅く、鈍っていた。
それに対し、イルゼは「面白くなってきたなァ!」と嗤いながら、懐から魔法陣の書かれた羊皮紙を取り出し、陣に魔力を流し込む。すると黒い風が吹き出す。
「任務は失敗。でも、より面白くなってきたねェ!これは実に良い!!まさか肉体を厄災に乗っ取られるなんて!本当に人生は上手くいかない。それが!実に!!良い!!!」
クフフ、と嗤いを残して黒い風と共に消えていく。
「また空間移動系の魔術か!」
前回、遭遇した時も似たような術を使っていたのをアナーヒターは思い出し、もしも次に遭遇した時は逃げられないように何かしらの結界を展開しておくべきだな、と思考する。
しかし、今はそんな事を思考している暇はなく、また今度も奴らと遭遇するのかどうかすら分からない。目の前で復活した厄災に対応出来なければそれらの思考は無意味になるのだから。
「クククッ、ハハハハハッ!良いぞォ!かつてないほどの自由!翼でも生えたかのような快感!!風のように何処までも行ける気分!!!」
支配の厄災はこちらに敵意はなく、殺意も感じられない。ただ、ひたすら自由の身になったことにまだ感動しているようだ。
さらに、そこから徐々に体が変化し始める。
目の色がまるで地獄から這い上がって来た悪魔のような、人の血の色をした赤い目。口は吸血鬼かと思うほどに歯が伸びる。そして、頭からはなんと二本の角が生えてくるではないか。その角は爬虫類、トカゲのようなものであった。
「ふむ、体は女か……。まぁ、良い。もともと性別の無い肉体に精神だったからな。どちらに傾こうとも問題はないか。それよりも―――」
そこでようやくトーゼツ達を見る。
支配の厄災と戦い、その後もローブの者たちに襲撃され、半分以上が満身創痍であった。だが、戦いのほとんどを観戦していたテイワズ、シス、アナトの三人は怪我もなく、魔力だって余裕であった。また継承者と呼ばれている少女はいつのまにか居なくなっている。
(一人、少女の姿が見えないが近くに気配は感じている。何処か近くもなく、遠くもない安全地帯にいるな?あの少女は戦いが出来るようでもなさそうだ。無視しても良いだろう。問題は……)
そう、問題はあの三人だ。
神二柱に、人類最強。
普通であれば勝てるとは思えない相手だ。
そう、普通の相手であれば、だ。