支配の厄災 30
アナトはすぐさま王冠を取り返そうと手を伸ばすが、横から強い衝撃が来る。
それは、血まみれで、酷い表情のアルウェスの決死の突進であった。
「させねぇよ!!」
どれだけ魔力で体を守っていても、体重が増えるわけではない。さすがに全速力で来る大型トラックにでもぶつかれば、ミトラは吹っ飛んでしまう。
アルウェスは大型トラックでもなければ、ボロボロの体での突進。だが、よろめくぐらいにはスピードは出ていた。
軽く態勢を崩し、ローブの女の持つ王冠へと伸ばした手が届くことはなかった。
すぐさま態勢を戻し、距離を取っていくローブの女を追いかけようとするのだが、アルウェスは今度はしがみつき、動きを鈍らせる。
「ちぃッ!うっとおしいなッ!!!」
アナトはしがみつくアルウェスを蹴り倒そうとするが、どんなに蹴っても、どんなに引きずって力を弱めることはなく、ひっついている。
(殺すわけにはいかないし……くそッ!)
アルウェスは犯罪者だ。何十人も殺しており、村を崩壊させ、レーデルでもかなりの被害を出した。いくつもの建物は崩壊し、復興にもまだまだ時間がかかるという。そのような経済的な観点から見てもコイツは死んでも良い犯罪者。
しかし、それがここで殺しても良い理由にはならない。
生け取りにし、しかるべき場所に連れていくべきだ。それに個人ではなく組織として動いているのなら、組織の人数、目的、活動場所を聞き出さなくてはならない。
だが、これ以上強く蹴る、殴ってしまうとアルウェスが死ぬ可能性が出る。
そうこうしているうちに、ローブの者は充分な距離を取ることに成功しており、人の欲望を映し出したかのような美しくも、醜さも持ち合わせた王冠を眺めていた。
「これが……厄災の核!」
目を奪われているその最中、ようやくアナトがアルウェスを引き離すことに成功し、ローブの者へ向かって走っていた。
「今、ここで使ってしまえ!!」
アルウェスのその叫びに反応して、そのローブの者は深く被っていたフードを外し、姿が顕になる。
やはり声で分かっていたことだったが、その顔は女であった。長く美しい金髪を持った女であった。
その金髪のローブの女は王冠を頭の上に乗せる。すると、バチバチバチィ!と雷でも落ちたかのような衝撃と光が生まれ、周囲を圧倒させる。
まるで津波のように魔力がうなり始め、その場にいた全員が水の中にいるような圧迫感に襲われていた。
「何が……起こって…!?」
アナトでさえ、近づけない圧があった。
「良い!実に素晴らしい力だ!ハハハハハッ!!全てが私の手中にあるような…凄まじい感覚だ!!」
高らかに女は嗤う。
だが、そのありとあらゆる事象、全てを見下しているかのような嗤いはピタリと止まり、溢れる魔力の波が収まり始める。
「あァ?」
彼女の中で、何か異変が起こる。
誰しもが想定していない、嫌な異変。
あんなに激しかった空間が今度は静寂に包まれていく。