支配の厄災 29
アルウェスは目の前で起こった事に混乱し、脳の思考が麻痺を始める。ただひたすら、何故?どうして?アナトが死んでいないのはどういう事だ?と疑問を思い浮かべることしか出来なかった。
そうして次の瞬間には、アルウェスの目の前は真っ暗になっていた。
「おらァ!!」
それは、アナトの拳。
膨大な魔力を込めた拳の一撃は問答無用で顔面へクリーンヒット。そのまま何度も地面をバウンドしながら吹っ飛ばされていく。
意識が朦朧とする。鼻から血が吹き出し、呼吸がままならない。脳の酸素が足りない。体が上手く動かせない。具現化した鎌すら維持することが出来ず、魔力に戻ってしまう。
「はぁ!は……ァ、オぁ!!」
口で呼吸しようともするが、口からも血が出て、呼吸出来る箇所全てが防がれる。
しかし、ここは無理にでも呼吸をしなければ!
勢いよく鼻から空気を出し、詰まっている血を吐き出す。
そうしてようやく思考はまともになってきて、何が起こったのかを理解する。
そもそもアナトが斬れていない。貫けていないのだ。
防御魔術か?それとも、単純に見えない速度で避けられた?
いいや、違う。
魔力だ。
魔力で体を覆っていたに過ぎないのだ。
とてつもない量の魔力で。
「良い判断だったな。ナイフも、もう少し的確に狙えるとは思うけどまぁ、及第点だ」
そう言って、体を膜のように覆っている魔力に刺さったナイフを抜き取る。そのナイフの刃先はアナトに肉体、皮膚にすら到達していない。
だが、こちらも魔力を帯びて斬った。ナイフも魔力を込めて投げている。魔力を使っていない攻撃ならばともかく、魔力を帯びている攻撃を完全に防いでしまうほど厚さ、量の魔力だと?
一体、アナトが生成し、保有する魔力量はどれぐらいのものなんだ!?
「化け物め!!」
顔中についた血を腕で拭いながら彼は叫ぶ。
「戦う人間としては褒め言葉だよ。しかし、槍がなかったらパワーも半減、か。確かに普通ならそうかもしれないな。でも、私は違う。拳でも充分に戦えるように訓練してるよ」
アナトがそう言っている最中に上空へと斬り上げられていた槍は既に最高点を到達し、落下を始めていた。そして言い終わるタイミングでそれは彼女の元へと戻っていた。
「さて、槍も戻ってきたことだ。次はどう動くのかな?」
完全に遊ばれている。
アナトにとってアルウェス達は敵でもなんともない。ただ、殺意を持ったおもちゃにしか過ぎない。
何せ、攻撃を受け止めるも、避けるも、はじくすら必要ない。のにも関わらず、彼女は槍でアルウェスの鎌をはじいていた。当たったとて、その刃は到達することはないのに。
「今の私たちじゃあ……君を倒せないようだね。でも——」
フッと、突然だった。
アナトの頭の上から重みが消える。
すぐさま後ろに振り返ると、そこには王冠を手にしたローブの者の姿があった。