支配の厄災 21
数秒後、ミトラ脳震盪を起こしてしまい、体を上手く動かすことも出来ないまま背中から強く叩きつけられる形で地面へと落ちる。そこから意識を朦朧とさせながら、何とかもがこうと手足に意識を向けるのだが、やはり動かない。
まるで生まれたての子鹿のようにそれは筋肉を振るわせ、しかしながらも立ち上がることすら出来ない。
そこにセプターを持って、明らかな殺意を抱いて近寄る支配の厄災だった。
「さて……私の予想ではあのトーゼツという少年が真っ先に死ぬと思っていたけど、一番最初に死ぬのは君だったか」
そうして、セプターを大きく振り上げ、魔力を込める。
エルドは痛みでまだ動けない。ミトラの身に何が起こっているのかは分からない。だが、なんとなく理解していた。それは思考でもなければ、視覚や聴覚などの器官でもない。勘であり、動物的本能で知っていた。
このままではまずい。と。
「上きゅ—」
詠唱を叫ぼうとするが、同時に口いっぱいに鉄の味が広がる。
呼吸もままならなくなり、動物的本能すらも働かなくなりそうだ。
(俺には…誰を救うことすら……出来ないのか!?)
エルドは目の前で起ころうとしていることにとてつもない悔しさと、動くことが出来ない不甲斐なさ、自分への怒り、いろんな感情が渦巻いていた。
なんとしてでも体を動かせ!
でないと……。
俺が一生後悔することになる!!
「絶大魔術!!!!!」
それは、心からの叫び。
痛くても、良い。
苦しくても……良い!
どんなものにも俺は縛れない!前へ進め!諦めるな!!
自由になれ!!
その瞬間だった。
エルドの魔力量は膨れ上がり、魔法陣が展開される。
「なんだ、あれは……?」
ポツリ、と驚きの声がアナーヒターの口から出る。
魔術師としての最高峰に立っている彼女は、どんなに見たことのない魔術でも陣の特徴や魔術発動に必要な魔力量から何を発動させようとしているのか、また知らない魔術でもどんな効果なのかを予測することが出来る。
だが、アナーヒターでさえ知らない魔術であった。
魔法陣の内部に描かれた図形が機械の歯車のように呼応して動き始め、エルドの魔力が陣へと流れ始める。そしてエルドは詠唱を再開する。
「〈先へ、先へ、先へ!世界へ飛び出す第二の人生。其れは自由を渇望する冒険心、あらゆる障害、束縛を破壊する力〉!!」
魔法陣の中心には白い光が発生する。
とてつもないエネルギー、現代の魔術学では理解できない魔術。
それらを前にして、支配の厄災は意識を切り替える。
「どうやら私の言うことを効かない肉体は彼女を殺すよりも、君のその一撃を受け止める方が良いと判断したようだぞ」
そう言って支配の厄災はセプターの向く先をミトラからエルドへと変換し、彼もまた詠唱を開始する。
「〈其れは森羅万象、全事象を支配する力!あらゆるモノを自身の思い通りに捻じ曲げる精神である〉!」
セプターの先を中心に空間が歪み、それに合わせて重力も変化する。また、時間の流れは遅くなり、周囲の動きは緩くなる。それだけではない。あらゆる物質がセプターの先へと集まり出す。