支配の厄災 18
支配の厄災は咄嗟にセプターを構えて防御しようとするのだが、その抵抗もむなしくもバスンッ!とその流水に押されて上空数十メートルまで打ち上げられる。
「大丈夫か、トーゼツ!!」
この水流を生み出したであろうアナーヒターが杖を持って、トーゼツへと近づく。
「命に別状はない…けど……戦闘継続は、な」
血が混じった汗を流しながら、力の入らない腕を彼は見ていた。
セプターの重みに耐えきったその腕は、未だにひりひりと痛みが残っていた。また筋繊維がぶちぶちと千切れてしまっている感覚もあった。医療知識はないし、筋繊維なんて肉眼で見えるものではないので分からないが、きっと本当に千切れてしまっているだろう。
「分かった、三十秒ほど待っててね」
そういってアナーヒターはいくつかの魔法陣を展開し、治癒を開始する。
(まずは検査魔術で体内を調べて……あばら骨のいくつかにヒビが入ってるし、内臓も一部やられているわね。腕の骨もかなり危ないし、筋肉が数週間は使えないほどに負担かかってる)
ある程度は分かった。だが、これよりも詳細な情報を知るためには今ここで切って診るしかないし、医者ではないため万全な治癒は施せないだろう。
だがこの程度なら戦闘復帰出来るぐらいには治癒できそうだ。
問題は……
「そんな時間はないぞ!」
支配の厄災だ。
絶大レベルの魔術をもろに受けてもなお、確かな殺意を持ち、セプターを握りしめてやってくる。
今、アナーヒターは治癒魔術の方に専念しているため、防御も、反撃する余裕はない。
しかし、ここに居るのはトーゼツとアナーヒターの二人だけではない。
「エルド、ミトラ、相手を頼んだよ!!」
アナーヒターはトーゼツを抱えて飛び退く。逃がさないように走るスピードを上げ、追いつこうとする支配の厄災を邪魔するように出てきたのは、剣聖ミトラであった。
「はぁッ!」
先ほどまでアナーヒターとトーゼツの後ろで隠れていたようだ。アナーヒターが飛び退いた場所から剣を突きの構えで飛び出し、油断していた支配の厄災の頭を貫く。
やはり、生き物らしき赤い血は出ない。突き刺した感触も改めて意識してみると肉ではない。まるでゼリー、もしくはスライムのようだ。
どくどくと剣を伝って流れるの黒い液体。べたり、べたりと地面に落ちては、大地の自然な色も闇に染めていく。
「くっ、ククククッ!!良い狙い位置だ!」
やはり、この世のものではない。頭を貫かれてなお、それは死ぬ素振りを見せない。笑いながら自分の頭に突き刺さった剣を両手で強く握る。手全体には魔力を纏っており、指が斬れる事もない。
剣を握られたミトラは急いで剣を引き抜こうとするが、一体どれほどの力で握っているのか。全く微動だにしない。
「だが、それは自然で生まれた獣の話だ。我々は人の想いによって生まれた人工物。されど、君たち人間が想定出来ない存在だ!!」
剣が折られる、そう思っていた。もしくは奪われるか。
だが、支配の厄災が取った行動はミトラの予想外の事。
ずぶずぶとさらに剣を差し込み、自分で自分の肉体を傷つけ始める。
「はははははははははははははははははははははははははッ!!!!!!」
それは狂気に満ちた嗤い。
厄災を厄災とたらしめている狂気。人の恐怖から生まれた、人には理解出来ない嗤い。全てを見下し、馬鹿にする声であった。