支配の厄災 9
トーゼツ達が村を出て数十分後……。
そこは元々、森林だったのだろう。
大山脈エルドノーンから湧き出た水に、雪解け水を糧に成長した大樹林だったと思われる場所だ。しかし、今は全ての木の葉は燃えてしまったように色を失い、木の幹は腐れている。また土からは栄養と呼べるものは消えてしまったようだ。もう黒く濁ってしまっている。
周囲は見開き、地平線も見える。ただ視界を邪魔するのは、腐れてもなお残った一部の木の幹と地面から盛り上がって出てきた木の根だけだ。
そこに一つの影がゆらり、と歩き動いている。
ボロボロのローブを見に纏い、風になびかせている。フードを深く被り、闇しか見えない。
そして、フードの上から頭に乗っかっているそれは、王冠であった。
ダイヤモンドのように美しく、しかし人の欲を映し出しているかのように醜い宝石で着飾られている王冠だった。
「こ、これが厄災……!」
初めて厄災を見るエルドは、その不気味な姿に息を呑む。
「ふむ、アレらよりも穢らわしいモノを纏わせているな」
ヘイドも初めて見るのだろう。エルドのように圧倒されてはいないようだが、初めて見るモノに少しばかり興味津々のようだ。だが、それも最初のうちで、数秒後には見たくもない、汚いモノを見ている目でもあった。
「昨日、観測所で見た姿だ。お前が支配の厄災だな」
アナトが自分の武器である槍の先を向けながら問う。
「……私に挑む者たち、か」
ズズズ、とソレはローブの中から闇を吐き出す。
「人間が五人…いいや、四人か。神が二人と、神になりかけ一人。クックック、完全に私を殺すつもりで来ているな」
それは笑っている。
それは珍しくも狂気ゆえの嗤いではない。
楽しそうな、幸せそうな……決して何かを馬鹿する、嘲嗤うものではなかった。長年の願いが叶う人の声であった、
「私にとっての死がようやく現れたわけだ」
その言葉にトーゼツは強く疑念を抱き、思わず問いかける。
「それじゃあまるで死にたかったみたいな口ぶりだな」
それに対し、やはり楽しそうに「クックっク」と笑う。そうしてソレは語りだす。
「数千年……いいや、もう万年も近く経ってなお、朽ち果てることのないこの肉体。さらに私は、私の意思で動いているわけではない。私は悪神の中で分裂した悪魔であり、支配に対する人の恐怖から生まれ堕ちた者。それは本能と破壊の衝動のみで動いており、もとより精神、意思は存在してなかった。しかし、この長い時の流れを得て、我々厄災は精神と繋がり、個々の意思を持つようになった。しかし、破壊の衝動は自由になることを許しはしなかった。思考を束縛し、ただひたすら破壊することだけを許した。私はそれに耐えきれなかった。意思を得たのに、肉体が言うことを聞いてくれないのだ。もう苦痛でしょうがない。だから、私は死を待っていたのだ」
支配の厄災は片手に魔力を集中させると、それはまるで粘土のようにこねられ、何かを形成し始める。そうして具現化されたのは長い一本の杖。
魔術師の使う杖とはまた少し異なるものであった。
言うなれば、王の杖。
王の権威を象徴するためのモノであり、レガリアとも呼ばれる物。セプターであった。