支配の厄災 8
次の日。
昨日はとても疲れていたエルドの顔はとても良好なもので、すっかり体に溜まっていた疲労は吹っ飛んでしまったようだ。それはエルドに限らず、朝起きて見合わせる全員の顔がとても気持ちのいいものであった。
それに、ここに来るまでの数日間は野宿で、しかもいつ魔物に襲われるか分からないあんな悪環境の中で熟睡できるわけがない。そう考えれば今日は久しぶりに屋内で、しかもちゃんとベッドで寝ることが出来たのだ。皆の顔が良いのは当たり前の話なのかもしれない。
そうして村の井戸で顔を洗い、朝食を済ませ、皆が準備を済ませている。
支配の厄災を討伐するための戦いの準備だ。
「補充しておいた魔力量は問題ないし……魔法陣にも異常はない、と」
アナーヒターは自分の杖に問題はないか、と改めて点検をしている。その他、ミトラは研いだ自分の剣を確認しているし、トーゼツ、エルドもまた自分の武器に問題はないか、異常はないだろうかとしっかり見ている。
それに対し、シスとヘイドは無駄話をしていた。話の内容的に首都エムドノレスの流行に関して話しているようだ。
「へぇ、私が知らない間にそんな食べ物が生まれてたなんて!」
「それが酒にも合うんだ。お前も何世代も前から自給自足の、人間社会から離れた生活をしているが、たまにはエムドノレスで暮らしてみるのもどうだ?」
本当に今から厄災討伐に行くのか?と思うほどの無駄話だ。その楽しそうな表情も、まるでピクニックにでも行くんじゃないのか、と思わせられる。
それは神という圧倒的な力を持つ者だからなのか、それとも支援だけで直接戦闘はしないからという所から来る気楽さなのか。
だが、まだシスとヘイドが気楽な気分なのは分かる。
「まだ準備おわんない?」
あくびをしながらみんなを待つアナト。
「姉貴こそ準備しなくて良いのかよ?」
刃の厄災の時よりも人数は多いし、頼りになる奴しかいないこのメンツ。それでも少し緊張しており、だからこそアナトのその態度にイラつきを覚えていた。
「私はもうとっくの前に準備終わってるし、厄災討伐にはもう慣れているからね!」
……俺とは違い、この余裕。そして圧倒的な力と才能。
本当に同じ親の腹から生まれたものなのか。
トーゼツは努力ではどうしようもない、報われないことがあるこの現実に対して不満を覚えながらも準備を進める。
しかし、自分の姉は強くて、だからお気楽なんだというトーゼツの思考とは裏腹にアナトは—
「…………」
自分の弟を、トーゼツを見る目は何処か遠くをみるものであった。
絶対に届かない、自分では到達出来ないモノを見る目。
本当はどっちが選ばれた存在なのかを知っている目であった。
「っし、俺は準備出来たぜ」
トーゼツは最後に点検していたクロスボウを指輪の力で開いた空間の虚空へと放り込む。
「私もよ」
続けてアナーヒターが反応し、「僕もオーケーです!」とエルドも答える。
最後にミトラが自分の剣を鞘に入れて、自分も出発して問題はないと肯定するように頷く。
そうして一行は村に残る冒険者、研究者達に見送られながら支配の厄災に向けて歩き出すのであった。