支配の厄災 7
トーゼツとミトラの二人の耳に入ってくるその笑い声は、どんどん大きくなっていく。それが向かっている方向が正しいという証明であるのだが、同時に本当に向かって良いのか?という気持ちになってくる。
きっとこの笑い声の主こそ、狂気によって廃人になってしまった者だ。トーゼツが気になっていた者なのだ。
しかし、嫌な感情が心を満たしていく。
怖いとはまた違う感情。
それは見てしまってもいいものなのか。
それは触れるべき存在ではないんじゃないのか。
そうして二人は村の外れにある一つのテントに辿り着く。そのテントにはいくつかのベッドが置かれており、また医療箱もあるため怪我人を治療するために設置された、言わば緊急治療場所なのだろうと推測できる。
多くの獣も狂気に当てられ、凶暴化しているモノも多い。この村にいる半分以上の人間はギルド連合本部の冒険者なのだろう。が、そんな強者の集団でもここは命を落としてしまうかもしれない危険地帯なのだ。
それでもベッドはほとんどが空いているため、今は怪我人がいないことがわかる。
三つのベッドを覗いて……。
テントに入って奥にある三つのベッド。そのうち一つのベッドで寝ている者はもう死んでしまっているのかもしれない。それはまるで萎んだ風船のように……骨と皮だけに見えた。
そしてもう一つのベッドにも、萎んでしまおうとしている体があった。だが、まだ息はあるようだ。その枯れ切った肉体の口からは「ぁ、かカカ、ぁァ」と掠れた音が鳴っている。
そして最後のベッドには—
「あァ、あは刃波巴ぁ。あぁ」
瞼がありえないほど見開き、そこから見える眼球はギンギンにイカれている。また口は開けっぱなしでだらだらと涎を流している。それでも、それは-
「あはははははは、はははァ、ああァ?あひひ、いいぃィ!!!!!」
その人間だったとは思えない状態にトーゼツとミトラは、改めて思い知らされる。
これが厄災の力。
一度、刃の厄災をこの手で倒した。きっと支配の厄災もどうにかして倒すことが出来るだろう。
しかし……。
元凶を倒した所で狂気に精神を蝕まれた者は元に戻ることは出来ない。
厄災は恐ろしい。だが、それは圧倒的な力を持っているだけではない。
人の手には負えない狂気を振り撒いている事こそが恐ろしいのだ。神であっても対処出来ず、元凶を倒しても意味はないその得体のしれないナニカ。
それを実感した二人であった。
あんなになってしまった者に自分たちは何もしてやれることはないという事実に、助けることのできない悔しさを飲み込み、黙って二人はテントから出ていく。
そんな中、トーゼツの脳裏に何かが引っ掛かる。
廃人になってしまった者は初めて見た……はずだ。
しかし、あの雰囲気、何処かで見たことのあるものだった。
一体、何処で……?
いくら考えても解消されないその疑問を抱えながらも、また観測基地して使われている家へと戻っていくのであった。