神都 10
調和神アフラは何度もテルノドから渡された定期報告書の紙を眺め、まだ出来ることがあるか。他に狂気への対処法はあるか。除染は?跳ね返すのは?別の力で相殺する?
「あなたでも分からないことがあるのですね?」
テルノドは必死に思考を回転させるアフラを見て、そのように呟く。
「ええ、私は神と言えど万能ではありません。であれば神代にあの邪神を討伐出来ていたでしょう。しかし、結果あれには逃げられてしまった。神々たちは人々から敬われることもなくなり、この世界から去りました。しかし、あれを倒すのに今の人類には力不足。ゆえに。私はアナタたち人類を強制的にでも成長させなければならないのです」
そう言って、何度も読み直した紙をポイっとゴミでも捨てるかのように投げ捨てる。すると、床に落ちるまでには灰となって消え、その灰すらも消滅して完全にこの世界から消えていく。
(あーあ、せっかく五時間かけて制作した書類なのにな……)
この世界にはパソコンなんてない。タイプライターは存在しているが、インクで打つため書き間違えを消すことは出来ない。最初からやり直しだ。そう考えてもらえれば、テルノドの苦労がどれほどのものなのか、想像出来るだろう。
それを一秒も経たずに消えるのだから、彼の中で少しばかり嫌な感情が沸々と湧き出てくる。が、それを言った所でどうしようもないし、消えた書類は戻らない。
そもそも、あの書類を返された所で結局、自分も要らないためしばらく机か棚にでも置いて一年以上は放置されていたかもしれない。そう考えればこれで良かったのかも。
そう思うと、この怒りも消えてくる。
「それでは、研究は停止するのですか?それとも、別の方法を模索しますか?」
ファールジュはそのように思考しているアフラへと訊く。
「ええ、そうですね……。まだ全ての可能性が消えたわけではありません。思考を切り替えて狂気をどうにかするのではなく、人を強化することにしましょう。心を強く保つ魔術、それを模索することを次の方針としてください」
「分かりました」
そうして、三人はその部屋から移動し始め、エレベーターに乗り込み、下へと降りていく。
三人とも、喋らず静かなその狭い空間でテルノドは考え込んでいた。
(狂気……か。あれはまだ分からないことが多すぎる。そもそも、厄災を生み出したとかいうあの悪神もまた狂気を放っているという。神話の中では全ての神々で悪神を倒そうとしたらしいが全ての神が狂気に対抗できるほどの強い心の持ち主だったのか?いいやそもそも—)
そうして、彼は一つの疑問が浮かび、それを研究で解明しようと考えが至ったその時、チーン!というベルの音が響き渡り、ドアが開く。
「さて、早速だがやることが決まったぞ。ファールジュ、さっさと研究室へと戻るとしよう」
「早いわね。さすがはプロジェクトリーダーに選ばれるだけの天才。私は何をすれば良いの?」
そうして次にやることを共有しながら足早に去っていくのであった。