神都 2
ミトラはさっさと用事を済ませようとロビーを通り抜けようとすると
「おいおい、挨拶はなしってか?」
誰もいないだろうからか。ありえないほどに一つの男の声が響く。
ミトラもまた、この声を聞いた瞬間にそれが何者なのか気づく。それにより少しめんどくさい気分になり、「はぁー」と軽くため息をつきながらも声の方向へと顔を向ける。
こんな広く、誰もいないというのに隅っこの椅子に座って本を読んでいた男が一人。それはサングラスをかけ、アロハシャツを着ていた。また背中に刀を背負っていた。
「なんでため息をつく」
ぱたり、と読んでいた本を閉じ、ツカツカと歩いて詰め寄る刀の男。
「あ、なんでもないです。どうもお疲れ様です~」
と言ってすぐさまその場から逃げるように立ち去ろうとするが、ガシッと肩を掴まれてしまう。
「いやいや、そんなに急ぐなよ。少し俺と話そうか、ミトラ君」
「話すことなんてないですので」
「俺にはあるんだよ!それに今日は頼みたいことがあるとか、任務の同行とか、そんなんじゃないからな。ほんのちょっとだけだ、な?」
そう言われてようやくミトラはその足を完全に止め、彼の言葉へと耳を傾ける。
「それで?私と話したい事ってなによ、ポットバック?」
「もちろん、刃の厄災討伐のことで、だ」
『刃の厄災』……。その単語を聞いた瞬間、ミトラの表情は少し曇ったような…それでいて少し苛立ったものへと変化していく。
「おっと?何か俺は地雷を踏んでしまったか?」
相手の気持ちを表情から汲み取ったにも関わらず、ポットバックと呼ばれた彼はミトラの考えていること、気持ちを無視してさらに尋ねる。
「アンタって…相手を理解できるのにずけずけと訊いてくるわよね」
「ああ、そこが俺の長所だからな」
全く褒めてるつもりはなかったのだが……まぁ、良い。
「あれは私の単独撃破じゃないのよ」
トーゼツとアナーヒターがいたからこそ成せた事。きっとミトラ単独であれば十分も経たずに全てが終わっていたことだろう。そして、多くの被害を生み出し、あの街に残った者全員が死んでしまっていたに違いない。
しかし、誰もそのことを信じない。
神から職を与えられなかった可哀そうな少年と、数年間も行方不明になっている術聖が急に現れてミトラを助けた上に、厄災討伐の手助けをしたなんて……。
それならばまだミトラが単独撃破したと考えた方が納得出来る。
きっと激しい戦闘だったからこそ、記憶があやふやになってしまっているのか。もしくは記憶が一部、抜けているのかもしれない。それゆえの発言に決まっている。
そうして彼女の言葉は無視されていた。
だが―
「だろうな」
ポットバックは全く疑問に思うことはなかった。
それは彼女の言葉を信じている……というよりも元々ミトラは厄災討伐可能なほどの実力がないというのを知っていたといった雰囲気であった。