神都
そこは西の西、最果ての西の街。
二百メートルは近い壁に囲まれた街であった。それはあらゆる者の侵入を拒む防壁のようでもあり、中にいる者たちを閉じ込めているような鳥籠にも見える。
しかし、この防壁には年中、三百六十五日絶えず絶大級の防御魔術が展開されており、どんな大国であっても突破は出来ないだろう。傷をつけようにも、どんな魔術、剣術、弓術……あらゆる術をはじいてしまう。それは神々の力であっても。
そんな壁の中はとても美しい景観の街並みであった。
道路は全て舗装されており、しかし緑がゼロではない。歩道には花や木々が植えられている。また今は日中のため存在感はないが、きっと夜でも明るく照らしてくれるだろう街灯が設置されている。
通りゆく街の人々も幸せそうな姿で今日という一日を過ごしている。
しかし街の中央……そこだけが異常な雰囲気になっている。
それは真っ黒の建物。
まるで全身が研磨された黒曜石のように黒く、そして形も長方形という異様なものであった。
全長は防壁を超えるほどの長方形の漆黒の建物。初めてこの街を訪れた者であればこの場違いな建物に圧倒され、驚愕してしまうだろう。
そこへと歩いて向かっている一人の姿。
それは剣聖ミトラであった。
周囲の人々の目線の多くは彼女へと向かっていた。そして、あちらこちらから小声ながらも彼女の耳へと色んな会話が聞こえてくる。
「彼女が厄討討伐に成功したって……」
「まさか、ここ十年で一気に厄災が減ったな」
「もしかしたらようやく神代が完全に終わり、人の時代が到来するのかもな!」
そのような喜々とした声で、彼女を見ながら楽しそうに話している。
だが、彼女の毅然とした姿で真っすぐ黒い建物に向かっている姿、そして彼女には少し怒りのような……悔しさと言ってもいいかもしれない。とにかく、話しかけづらい雰囲気がそこにあり、皆は彼女を見て噂することしか出来なかった。
そうして彼女は黒い建物の前へとやってくる。
そこにはドアもなく、窓もない。何処から入れば良いのか、きっと初見では分からないだろう。
彼女は迷うことなく進み続け、漆黒の壁へとぶつかる。が、なんと彼女の体はスーっとお化けのように物理的にぶつかることはなく、難なくそこを通り抜けていく。
入ったその先に広がるのは、現代的な部屋……というより玄関と呼ぶのが良いか。ホテルのエントランスのような場所で、近くにはソファや椅子、テーブルもある。これまたホテルのロビーのようなものを彷彿とさせるものであった。
そして、不思議なことに通り抜けてきたはずの後ろには大きなドアがあった。黒い建物の外観には一切ドアなんて見当たらなかったのにも関わらず、だ。
「……今は誰もいないのか」
だが、もうこの光景にも慣れてしまっているミトラは驚くことはなく、ただいつもならロビーで誰かが休憩している。が、今日は珍しく誰もいないことに少し驚いていた。