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魔力ゼロのくせに魔王の地位を簒奪した幼なじみの天才策士が、聖女のわたしを溺愛誘惑してきます。

作者: 草部昴流

 食べてはいけない、とわかってはいるのだけれど――。


 カメロニア王国の民でサリア・クーンの名を知らない者はいない。


 彼女はこの聖なる国の若き〈聖女〉であり、歴代でも最も上品で心穏やか、また他人に優しく自分にきびしい人物として知られている。


 カメロニアの国民たちはだれもがそんな彼女を心から尊敬し、美しき善導者として崇拝しているのだった。


 しかし、いま、その〈完璧な聖女〉サリアは深く悩んでいた。彼女の目の前にはあるひとりの親しいパティシエから贈られた山盛りのクッキーが置かれている。


 もちろん、善意でプレゼントしてくれたものだ。


 だが、彼女はすでに夕飯を食べてしまっていた。だから、「自分にきびしい」聖女はこのクッキーを食べてはいけない。食べるにしても一枚だけにして、あとはまわりに分けあたえるべきだ。


 理性では、そのことがわかっている。


 しかし、その一流のパティシエが精魂込めて作ったクッキーはあまりに美味しそうで、強い誘惑を感じた。


 そう、ほんとうは彼女はまったく自分にきびしくなどなかった。ただただ、聖女としての外聞を気にして誘惑に弱い自分を抑えつけているだけだったのである。


 そして、いま、その指がクッキーへのびる。一枚だけなら良いよね、と自分にいいわけして、彼女はお菓子の誘惑に敗北しようとしていた。


 と、そのとき。


「サリアさま~」


 ひとりのまだ若い女神官がバタンと扉をひらいて室内へ入ってきた。


 間延びした声で彼女の名前を呼ぶ。


 サリアは思わず座った姿勢のまま飛び上がった。


「は、はい、何ですか、エセル。わたしは何も食べていませんよ」


「え、何のことですか? あ、美味しそうなクッキーですね。みんなに分けて良いですか。サリアさま、甘いものはあまりお好きじゃありませんものね」


「そ、そうなの。みんなにあげようと思っていたところなのよ。甘いものは苦手だから」


 彼女は内心で歯噛みしながらそう上品に答えた。


 じっさいには、甘いものは大好きだったし、たったいまクッキーに口につけようとしかけたところだったのだが、聖女として、そのような真実を口にするわけにはいかなかった。


 危ないところだった。もう少しですべてひとりで食べあげてしまうところだった。


「ところで、何の用です? 今日の仕事はもう終わっているはずだけれど、何か事件があったのですか。わたしの力が必要なことでも?」


「わあ、さすがサリアさま。いつもみんなのことを思っておいでなのですね。でも、違うんです。じつは、ちょっとびっくりの一報が飛び込んで来たのでお知らせしないといけないと思ったんですよ」


「何です? 天の下に新しきものなし。世の中にはそれほど驚くべきことなどありませんよ」


「それが、じつはおとなりの〈魔国〉で革命があって、新しい魔王が即位したそうなんです」


「ええっ」


 サリアはあっさりつい先ほどの自分の言葉を裏切ってしまった。


 〈魔国〉アラッサムはカメロニアの隣国であり、カメロニアとは異なる文化と、高度な魔法文明で知られている。


 その頂点に君臨する人物は〈魔王〉と呼ばれ、最大の魔力で恐怖統治を行うことが常だった。


 現在の魔王は歴代のなかでも最悪の暴君であり、まさにその呼び名にふさわしいといわれていた。


 その魔王が、何者かに地位を簒奪された? そんなことがありえるだろうか。いや、あったのだ。


 それでは、その新しい魔王とは、何者だろう。


「その王位を簒奪した人物は、よほどすさまじい魔力のもち主なんでしょうね」


「それが、そうじゃないんです」


 エセルはサリアの言葉をあっさりと否定した。


「じつはその人物は魔力をまったく持っていないらしいんです。それなのに、策略と陰謀を駆使し、また強烈なリーダーシップで叛乱軍を統率して革命に成功したのだとか。すごいですよね、そんなことってあるんですね~」


「そうね。あの魔国に魔力を持たない人間なんているのね。それにしても、魔力がないのに魔国で政変を起こすなんて、恐ろしい人もいたものね」


 そう答えながら、彼女はひとつの名前を思い浮かべていた。


 何年か前に別れて以来、まったく音沙汰がな幼なじみ。かれもまた、元々はアラッサムの人間で、一切の魔力を持たない体質だった。


 しかし、まさか、かれとその新魔王はかかわりがないだろう。かれはむしろ優しくおとなしい性格で、人を陥れることができるような人格ではなかった。


 彼女はかれのそんなところが好きだったのだ。


 かれにその深い友情を伝えることはできなかったが、いまでも彼女はひそかにかれのことを思っていた。


 じつは魔国の友人を持っていること。それが、聖女サリアの最大の秘密だった。


「ロランの奴、いったいどこで何をしているんだろ」


 思わずひとりごとを呟くと、それを聞き咎めた女神官エセルは不思議そうな表情を浮かべた。


「は? 聖女さま、どうして新しい魔王の名前を知っているんですか?」


「え、どういうこと?」


「だって、いまその名を仰ったじゃないですか。アラッサムであらたに戴冠した魔王ロラン・ランペルトのことをご存知なのでしょう?」


 サリアは愕然と目を見ひらいた。


 それは、彼女の大切な幼なじみの名前に他ならなかったのだった。


 ◆◇◆


 サリアはひとり、自室で考え込んでいた。


 ひそかに友人と信じる幼なじみの少年ロラン・ランペルトと別れてから、すでに五年が経つ。


 そのあいだ、かれが何をしているのかはまったくわからず、身の上を心配していたが、まさか隣国で反乱軍をひきい、魔王となっていようとは。


 そのような野心的な性格ではまったくなかったはずだが、いったい何を考えて王位に就いたりしたのだろう。


 たしかに五年の月日は人を変えてもおかしくはない。だが、それでも彼女は大きな違和を感じずにはいられなかったのだった。


 あの優しくおとなしい、むしろ幼い頃は弱虫のいじめられっ子だったロランがそのような事件を起こしたりするだろうか。


 あるいは同姓同名の別人なのだろうか……。


 その彼女のもとに、隣国の新王が表敬訪問してきたという情報が飛び込んで来たのは、その三か月後のことである。


 アラッサムでの政争も落ち着き、多くの国民はあらたな魔王ランペルトの即位と統治を歓迎しているという話が彼女のもとにも伝わって来ていた。


 その隣国の新国王が訊ねて来る。当然、大変な騒ぎとなり、サリアもかれと逢わなければならないこととなった。


 もっとも、神聖国家であるカメロニアには、アラッサムに対し反感や敵意を持つ者も少なくない。


 また、革命を起こしていわば国を乗っ取った新王を隣国の正当な君主として認めるかどうかも微妙な問題である。


 ふたつの国のあいだで高度な政治的やり取りがつづき、結局、新王はあくまで秘密裏に訪問することと決まった。


 サリアもまた、隠れてかれと面会することとなった。


 やがて、その日がやって来た。


 聖殿の一室で、サリアは幾人かの女神官たちと共に隣国の新王を待っていた。落ち着いているふうを装ってはいたが、内心では心臓が激しく鼓動を打っていた。


 新魔王は、あのロランなのか、それともまったくの別人なのか。どうしても逢って確かめなければならない。


 彼女は聖女として暮らすなかでも、しばしばロランのことを思い出してきた。


 花や動物が好きで、まわりのひとの幸せを祈る、だれよりも優しい心のもち主だったロラン。


 そのかれが動乱を起こし、人の血を流してまで野望を達成したとは信じられない。


 しかし、同姓同名で同じ特徴をもつ別人だということはさらに信じがたい。


 いったい何があったのだろう。早く話してみたい。


 そして、とびらがノックされた。


「失礼します。アラッサムの新王ロラン・ランペルトさまがお出でです」


「お入りください」


 サリアは内心の動揺を巧みに隠して上品に応じた。「はい」と返事があって、その人物が、数人の供を連れて、入室してくる。


 ああ――と、かれをひと目見て、サリアは感嘆した。


 ロラン! ロランだ。


 この数年で背丈はのび、ふっくらしていたその顔と体型はすらりとととのっていたが、それでも、紛れもなく彼女のひそかな親友にまちがいなかった。


 ただ、全身からかもし出されるその風格と威厳は彼女が知るあどけない少年とはまったく違っていた。


 何より、妖しくくるめくそのむらさき色のひとみ。その危険な光は、あの頃のロランとはまったく違っている。


「お初にお目にかかります、聖女さま」


 かれはその場でひざを折り曲げて深々と一礼した。その目はほのかな微笑を孕んでいるように見える。


 あわてて、サリアもまた、それにならう。


「はじめまして、陛下」


「このたびは非礼な申し出をお受けいただき、お逢いしてくださったこと、ありがとうございます。無礼ついでにもうひとつ望んでもかまわないでしょうか」


「何でしょう?」


「ふたりきりでお話しすることを許していただけるかな」


 サリアは息を飲んだ。そして、しばらくして、うなずいた。


「わかりました。皆、下がりなさい。わたしは陛下とふたりでお話ししたい」


「しかし、サリアさま」


 供の女神官たちが心配そうにひき下がってきた。この怪しい魔王とふたりきりになどしたら何をされるかわからない、と思っているのだろう。


 サリアはかれらを安心させようとほほ笑みかけた。


「大丈夫です。一国の王ともあろうお方が何か不埒なことをなさるはずがありません」


「わかりました。万一、何かありましたらお声をお上げください。すぐに駆けつけます」


「ええ」


 そして、ロランとサリア、双方の供は下がっていき、ふたりは、ふたりきりになった。


 ロランの従者が何か箱を置いていったのが気になるところだったが、その疑問より親しく話したい気持ちがまさった。


 ロランの妖しく、危うく見えていた双眸が、途端に優しく和んだ。


「ひさしぶりだね、サリア」


「やっぱりロランなのね、お初にお目にかかる、なんて平気で嘘を吐くから驚いたわ」


「それは、きみとぼくが幼なじみであることが発覚したら大変な騒動になるからね。この数年で、ぼくはだいぶ嘘を吐くことに慣れたんだ。逢いたかったよ、サリア。ほんとうに、ずっと逢いたかった。これは、嘘じゃないよ」


「わかっている。だって、わたしも逢いたかったもの」


 ふたりは椅子に座り、いままでのことについて話し合った。


 彼女と別れたあと、ロランがどうやって革命軍をひきい、暴虐の魔王を打倒したか。そのために、どれほどの苦難を乗り越えたか。


 また、サリアのほうはどうやって聖女の地位に上がったか。そのために、どんなにほんとうの自分を隠さなければならなかったか。


 たがいに、他の人間には決していえないことを、ときに笑いを挟みながら語る。


 ロランはその詳細をはっきりと口にはしなかったが、かれが人を騙し、陥れ、多くの血を流してきたことが伝わって来て、サリアは心を痛めた。


 かれは優しくいった。


「そして、こうしてぼくは王になった。きみとの約束通りだよ、サリア」


「約束?」


 サリアは二、三度、目をまたたいた。何のことだろう。


「やっぱり忘れていたんだね。まあ、良いけれど」


 ロランはふてくされたように口と尖らせた。そうすると、かれはあの日の少年のままに見えた。


「さて、聖女サリアさま。あなたにひとつお願いがある」


「な、何よ。怒っているの、ロラン」


「そうじゃない。政治の話さ。新米魔王のぼくは他国、特にとなりのカメロニアの支持を必要としている。だから、サリア、ぼくに付いてアラッサムに来てくれないか」


「え?」


 サリアは驚き、ちょっと考えてから首を横に振った。


「む、無理だよ。わたしはカメロニアの聖女なんだから。カメロニアはアラッサムに反感を抱いている人も少なくないし、それに、何よりあなたは――」


「正当な王位を簒奪した邪悪な魔王。そういう者もいる」


 ロランは寂しそうにいった。


「いいわけをするつもりはない。先代の魔王は打倒されなければならなかったし、それをできるのはぼくだけだった。ぼくはやるべきことをやっただけだ。だが、簒奪を正当化するつもりもない。自分が悪行を働いたことはわかっている。けれど、ぼくはそれでもきみにいっしょにいてほしい、サリア。どうか、ぼくといっしょにアラッサムに来て」


「そんな――」


 サリアは考え込んだ。


 それは強烈な誘惑だった。かれといっしょに行けば、聖女としての堅苦しい人生からも解放されるかもしれない。何より、親友のかれとずっといっしょにいることができる。


 そのためだったら、地位も権威もみな捨ててもかまわない。そうも思った。


 しかし。


「やっぱりダメ。わたしは聖女として尊敬されているんだから。わたしが魔王であるあなたに付いて行ったら、残念がる人もいるかもしれない。それはできないわ」


 それは、あるいは表面的ないいわけに過ぎなかったかもしれない。


 彼女は何より、自分の気持ちを怖れていた。


 ロランに対する友情は深かったが、それが何かもっと深刻なべつの気持ちに変わっていきそうなことが怖かった。


 その気持ちが何なのか、彼女にははっきりとはわからなかったが、彼女を根幹のところから変えてしまうように思われてならなかったのである。


「そう。残念だ」


 ロランはちいさくため息を吐いた。


「しかし、ぼくもそう簡単に引き下がるわけにはいかない。革命の策士ロラン・ランペルトの名にかけ、きみを誘惑させてもらう」


「な、何をするつもりなの? お金や宝石ではなびかないわよ。わたしには魔法も効かないわ」


「ぼくが一切魔力を持っていないことは知っているだろう? 革命戦争ではそれで随分と苦労したものさ。それに、きみに対してはもっと有効な手段があることを知っている。これだ」


 かれは従者が置いていった箱をひらいた。


 サリアは感嘆の声を上げた。そこに入っていたもの、それは、ひと目であきらかに最上の逸品とわかる可憐な円形のチョコレートケーキだったのである!


「サリア、きみはチョコレートが好きだったね。これは、我が国の最高のパティシエを連れて来て作らせた魔国でいちばん美味しいケーキだ。ぼくに付いて来てくれるのなら、これをきみにあげようじゃないか」


「こんなものでわたしがなびくとでも――」


「まあ、とりあえず、ひと口だけでも食べてみたらどうだい? むりにぼくに付いて来いとはいわない。ただ、ちょっと食べてみるだけで良いんだ」


「そ、その手には乗らないわ。何か魔法の薬でも入っているんでしょう。わたしには魔法は効かないけれど」


「きみとぼくの昔日の思い出にかけて誓おう。このなかに怪しいものは何も入っていない。だから、さあ、ひと口、食べてみてくれよ」


「ううっ」


 サリアは悩んだ。じっさい、彼女は昔からチョコレートケーキが大好物だった。


 しかし、聖女になってからは、まわりへの示しも考えて食べて来なかった。ひと口でも食べてしまえば止まらなくなることがわかっていたからだ。


 それで、まわりの人間は聖女さまは甘いものがお好きでないとまで思い込んでいるのだった。じっさいには、大好きでたまらないほどだったのに。


 そのケーキは、甘い芳香を放ち、見るからに最高の技術が蕩尽されているようだった。堪えがたい誘惑。気づくと、ケーキから目が離せなくなっていた。


 ロランが優しい声音で囁く。


「ここにはきみとぼくしかいない。そして、ぼくも決して口外したりしない。きみがそのケーキを食べてもだれも知る者はいないんだよ」


 サリアは上目遣いで幼なじみを睨みつけた。


「悪い人。ロラン、あなたが誘ったんだからね。ひと口だけだよ?」


「ああ、ひと口だけ」


 サリアは、そっとフォークを手に取り、六つに切られたチョコレートケーキのひとつを口にほおばった。


 思わず、元々大きめのひとみをさらに大きくひらいた。


 それほど衝撃的な甘さだった。喩えるなら、楽聖が生み出した天上のメロディが頭のなかに響きわたるような、そんな複雑巧緻な甘み。


 木苺を初めとするさまざまな材料が混ぜ合わせれていることがわかるにもかかわらず、全体としては統一感があり、ひとつの美味の思想、甘味の哲学を感じさせた。


 まさに一流の仕事だった。そして何より、サリアにとっては数年ぶりの味であったのだった。


 思わず涙が浮かんできて、あわててぬぐった。いまのロランに弱みを見せるわけにはいかない。


「もうひと切れ、どう?」


 ロランが悪魔のように優しく誘惑してきた。


「ううう、もうひと切れだけだよ。それに、これを食べてもあなたの誘いには乗らないからね」


「もちろんだとも」


 サリアは、あっけなくその誘惑に負けた。


 そうして、結局、彼女はそのチョコレートケーキすべてを食べあげてしまったのだった。ロランはくつくつと笑いながらそのようすを眺めていた。


 サリアは羞恥と敗北感にまみれ、ひとりごとのように呟いた。


「ロランの、ばか」


「知っているよ、ぼくの鈍感で可愛い聖女さま。このぶどうジュースも、どう?」


 その声に、チョコレートケーキよりもっと甘い彼女への溺愛が隠しようもなく混ざっていることに、しかし、サリアは気づかない。


 ◆◇◆


 しばらくしてサリアと別れたあと、滞在している宿舎の豪奢な一室でひとりになって、ロランは口もとに満足の微笑を浮かべた。


 それは、冷酷非情の天才策士といわれるかれの印象とはまったく異なる幸せそうな表情だったから、もし、側近が見たら驚いたことだろう。


 予想通り、サリアはあの約束――かれと結婚してくれるという幼い頃の誓いを忘れ去っていた。


 残念なことではあるが、想定通りでもある。わずか六歳の頃の話なのだ。憶えているほうがおかしい。


 しかし、かれのほうははっきりと記憶していた。あの頃、弱虫のいじめられっ子だったかれを何かと助けてくれた彼女に、かれは必死にプロポーズをした。


 その答えが「そうね、あなたが王さまになったら結婚してあげる」というものだったのだ。ロランが魔国の王位を簒奪し魔王となったのは、ひとつにはその言葉があったからだ。


 もちろん、先代魔王の悪政を正し、苦しむ人々を救わなければならないという気持ちもあった。


 だが、その大義名分のはるかな底で、彼女の言葉は鳴り響いていたのだった。


 まだ無力で、弱虫で、何ひとつ持っていないかれに、彼女だけは親身に優しくしてくれた。彼女にとっては、かれが何者であろうと関係ないのだ。そのことがかぎりなく愛おしかった。


 とはいえ、かれは革命を起こすなかで、たくさんの血を流し、多くの人々を犠牲にしてきた。いまのかれには、聖女である彼女に求愛する資格はないと思っている。


 そこで、かれはただ幼い日の気持ちを満たすことだけを考えることにした。


 聖女としての見栄と外聞に捕らわれて、ほんとうの自分をさらけ出すことができずにいるいじっぱりの彼女を、とろところになるまで甘やかし、ひたすら幸せにする。ロランの真の目的はそれだった。


 じつはかれにとって、彼女の聖女としての地位や権威などどうでも良かったのだ。


 滞在日はまだ数日ある。あしたは、何をして彼女を喜ばせよう。


 オペラ座の特等席の貸し切りが良いか、それとも、海が見えるレストランで上等な食事を楽しむか。


 いや、ただの贅沢では彼女は満足しないだろう。考えろ。考えろ。もっと何か良い作戦があるはずだ。


 かれは、その天才策士といわれた頭脳でうきうきと思いめぐらせはじめた。


 彼女が喜んでくれるなら、魔王の地位と権力のすべてを乱用するつもりだった。


 はたして、サリアが折れてくれるかどうかはわからない。しかし、仮に折れないとしても、彼女の望むことすべてを満たしてあげよう。


 まさに身も心もとろけるような幸せを、彼女に。


 それが、凄惨な革命戦争のさなか、膨大な血と呪いにまみれてしまったかれにとって、たったひとつ、幸福を感じる行為でもあった。


 こうして、魔王と聖女の恋のかけひきのゲームが、ここに、始まる。いまのところ、まだ、その結末を知るものは、いない。


 『魔力ゼロのくせに魔王の地位を簒奪した幼なじみの天才策士が聖女のわたしを溺愛誘惑してきます。』完

 さて、この後、ふたりはどうなるのでしょうか――?


 もし、この物語が面白いと感じたら、★★★★★以内で評価をお願いします。また、感想をいただけると嬉しいです。


 でわでわ。

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