自分で歩く道
この日本において、道とは?
小道、畦道、古道、古武道、神道、仏道、茶道、華道、剣道、柔道、喧嘩道、弓道、書道、
色々な道がある。
日本において、日本人がそもそも歩く道、すなわち、自分の日々の行動は、自分で決めて、歩くこと、であると云うことである。
その中でも、神道と仏道において、重点を置いて、書いていこうと思う。
仏教の教えとは何か?
ちょうかぜんじという木の上で生活をしていた。禅師が白楽天の仏教とは何かという質問に、諸悪莫作 衆善奉行 自浄吾意 是所仏教
と答えた。七仏通誡偈というものである。
もろもろの悪をなさず あらゆる善を勧め 自分を清める これが諸仏の教えである
これを聞いた白楽天は、そんな事は3歳の童子でも知っていると禅師に言った。
そこで禅師は、
ほう3歳の子供でも知っていよう。だが80歳の翁でも実行するのは難しい、と切り返した。
私は今、人生の最高に運が良い、生活をしている。
これは誰でも今すぐに、実行出来る事です。
誰でもどんなどん底の状況でも、人生を一瞬にして好転させる。唯一の方法があります。
これを実行した瞬間、人生が一瞬にして最高の1日になる事になるのです。
まず一番最初に実行すること、鏡の前で、人生の中で1番嬉しい事が起こったと思って、最大限に笑顔になってみてください。
今自分が持っているものの中で1番大事な宝物は命です。
宇宙が始まる前にも命は存在していました。
何個目の宇宙なのか誰にも把握出来ません。
人間は過去にも未来にも生きる事は出来ないのです。
今に念を込めて生きる。その一瞬一瞬の積み重ねが1日であり。一生なのです。
久遠の本仏は、一切の生きとし生けるもの、無機物、鉱物、一切の存在しているエネルギーの波動を持つもの全てを、生かし、見守っているのです。
ほんらい‐むいちもつ【本来無一物】
仏語。事物はすべて本来空であるから、執着すべきものは何一つないということ。禅宗でいう。
裸で産まれて、裸で死ぬ
あの世にお金も物も持っていけません。
今自分が預かっている、身体や金銭は人を喜ばせる為に存在しているのです。
物質の波動は人に喜ばれたい、というエネルギーで波動を発しています。
何気なく咲いている花も、人間やその他の動植物の役に立ちたいという、波動を発しているのです。
雲や水、空気、全てのエネルギーは根本で繋がっているのです。
その事に感謝し、自分の力で生きているのでは無く、生かされている本質に気づくと、毎日の当たり前が、全て当たり前では無い、大きな幸せだと、気づくことができるのです。