自殺を引き止める話
初めに
この話を読もうとした君は自殺したいと思っているながらにして、引き止められたいとどこか思えているのだろう。まずそのことに感謝する。
自殺志願者の君にとっては酷なことを言う場面もあるかもしれないが私の本心であり君の見落としているかもしれない部分だ。
自殺は愚かな行為だ。
明日を自分で潰すな。
可能性を自分で潰すな。
みんなが1度は聞く綺麗事だろう。
しかし残念なことにこれが真理だ。
僕がそう言い切る理由を教える。
君が何教徒か知らないが少しその話を交えると、
死後は無になるという教えや、
天国または地獄へ行くという教え、
輪廻転生という教えなど、
様々あるだろうがなぜだと思う?
至って簡単な話だ。誰も見たことがないし、聞いたこともないからだ。
じゃあ何故そんな場所へ向かおうとするんだ?
果たして逃避出来るような場所なのか?
いい場所だという可能性にかける?
この先の人生がいいものになる可能性は見捨てたのかい?
どうなってるのか知りたい?
この先の人生がどうなってるのか知りたくないのかい?
どんな宗教でも大抵自らの命を断つことは大罪というような扱いを受けるだろうな。
地獄へ行くことや今の人生より悪い新しい人生を歩むことになることだってあるかもしれないな。
死ぬ事の何に希望を見出しているんだ?
ここで西洋思想をひとつ。
事実など存在しない。存在するのは解釈だけである。
君が自殺するぐらい不遇であるという事実なんて存在しない。
こう言うと君は僕のことを嫌なやつだって思うだろうな。
それこそ君の勝手な解釈だ。
僕がこんなことを言うのは君に前を、そして僕の目を見てもらうためだ。
君は今不遇かもしれない。しかしそれはあくまで今だけだ。
何年生きたか知らないがずっといい事なかったのか?
いい事を見つける気はあったのか?
悪い事って見つけやすいよな。
解釈次第で事実なんてチンケなもの変えられる。
なんて解釈も出来るかもね。
東洋思想も挟んでおこうか。
人間は何らかの業を背負って生きている。
という考え方だ。
なにも君の前世が悪いヤツだったから今酷いんだって言ってるんじゃない。
君は前世いいやつでいい境遇に恵まれて生きていて、悪い境遇の人の心理を知るために、自分で選んだ可能性もある。
自分で選んだ人生だろ!
なんてことを言うつもりもない。
君は偉いやつの可能性があるって話だ。
そんな人が死ぬのは単に勿体ないし、悲しい話だ。
人類的にも、個人的にも。
最後に僕の適当な話だが死ぬのはやっぱり勿体ない。
僕が君と話す可能性、
誰かが君と話す可能性、
君が大成功する可能性を切り捨てて、
君に謝罪するつもりだった家族が悲しむ可能性、
君を気にかけてた友達が悲しむ可能性、
君が死んだ後苦しむ可能性だけを孕む。
いい加減に気づいてくれ。響いてくれ。
僕が引き止めれることがあることを祈る。