【005】 コボルド懐柔作戦
危なくてもう戦えない。教官の代わりをしているトワイライトは、孫子の百戦百勝は善の善なる者に非ず。 彼を知り己を知れば百戦危うからず。とカッコよくできるのか?
二頭の馬が引く馬車の御者の席にトワイライトが座り手綱を取っている。幌の付いた馬車の荷台ではポルトスの受けた矢が抜かれ傷口にマヤが軟膏を指で|掬≪すく≫って塗っている。
トシゾウの右太ももに受けた矢傷は既に手当が済んでいた。小型犬のそらちゃんは珍しくトワイライトの横にちょこんと座っている。流れ行く景色に退屈しない様子だ。
手綱を握り前を向いたままトワイライトが「初めての戦闘の感想は、どうだった?」
「初戦闘、十三対三で怪我程度。まぁ悪く無いんじゃないか?」とトシゾウの率直な意見。
「うん。上出来な方だ。普通の冒険者パーティなら全滅している、ましてレベル1なら勝てる見込みは無い。更に付け加えると連携や戦術の打ち合わせも無くぶっつけ本番だったからな。個人個人が強かったって事だ。」トワイライトは|贔屓≪ひいき≫無しで事実を言った積もりでいる。
「俺は結構食らったけどな。」と苦笑いのポルトス。
「私は矢が弾かれた(涙)」とマヤも付き合いで残念な表情。
「此所のフィールドレベルは18前後だから、さっき出てきたゴブリン、ホブゴブリンも其れ位のレベルだと思う。普通の冒険者でレベル1なら何度攻撃を当てても傷一つ付かないレベル差なんだ。」
「しかし、俺もトシも叩き斬れたぞ。」と妙だなと言いたそうな顔をしたポルトス。
喋っているポルトスの矢傷にマヤが軟膏を塗っている。ポルトスが喋った拍子に少し動いて、マヤの手元が狂った。「動かないで」
「すまん、すまん。」
話が切れるのを待っていたトワイライトが切り出した。「で、レベルはいくつ上がった?」
トワイライトはレベル1がレベル18位の敵を倒したら最低でも四つ以上はレベルが上がるはずだ、其れが十匹以上だともっと上がるのではないかと期待を込めて聞いてみた。
トシゾウ、マヤ、ポルトス三人の間で静寂の間が流れた。
耐えきれずポルトスが「え?」と首を傾げた。
トシゾウも「お知らせはなかった・・はず。」と口を尖らせて目の前を見ながら喋る。視線の先には幌を巻き上げて外の景色が流れているのだが・・外の景色を見ていない。
マヤも押し黙ったまま二人をチラチラ見ている。
トワイライトが「ステータス画面で確認してみてほしい。」
「分かった、見てみる。」とトシゾウとポルトスは「ステイタスオープン」と呟き、空を指でなぞりだした。
ポルトスが美味しくない顔をしながら「レベル1のままだ」
「じゃあ、経験値の値を見てみて」とトワイライトも前を向きながら前を見ていない。二頭の馬が淡々と一本道を道に沿って自動運転してくれている。そらちゃんは知らん顔で景色を眺めている。”後ろで何かやってるなぁ”としか思っていない。
「経験値は1だ。」とポルトス。
トワイライトは「え?、どうゆう事?」と後ろに振り返った。
トシゾウも「俺も経験値は1だ。」と続き、マヤも1の様だ。
全員頭を傾げてる。”Why?”と頭上に文字が浮かぶ。
トワイライトは心の中で”何故だ、自分よりレベルの高い敵を倒せば経験値が割り増しで稼げるはずが、逆に最小に成っている。まるで今の自分がパーティに入っている時の様だ。だが、私はパーティに参加していない。二度も確認した。・・・”
”パーティに参加してないのに・・・ヒョッとして。”
トワイライトは喋りながら状況を整理しだす。
「普通の人間のレベル1なら攻撃力80前後が平均。で、さっき遭遇したゴブリン達はレベル18前後で防御力がだいたい650ほど、ホブゴブリンが800チョイ。・・・」とトワイライトは相変わらず淡々と前を向き馬車を御しながら喋っている。平成・令和の日本で言えば自家用車を運転しながら喋っている様なモノだ。
「名剣や希少価値の有る特別な武器を持てばレベル1の一般冒険者でも傷を付ける事が出来るだろうが、市販のロングソードで一刀両断は冷静に考えてみればレベル1には無理なはずだ。つまり、素の攻撃力が高いという事だろうな。」考えが纏まった様でここで、初めてトワイライトは振り返って三人を見た。
黙って聞いていたトシゾウが「ステータスオープン」と言って空を指でなぞりながら、「攻撃力を見ればいいのだな。」という。
マヤやポルトストシゾウに倣ってステータス画面を開けて項目を探し始めた。
「え?攻撃力・・・ないぞ。」とトシゾウが首を捻る。
トワイライトが「右にスワイプ(画面をスライド)して一番左の画面にある。」
三人とも指一本立てて右に振っている。他の人のステータス画面は見えないので傍から見ていると何か間抜けで笑える絵である。
トシゾウが「有った。」と第一声。他の二人も見付けた。
「有った?じゃあ、念の為それぞれ武器を持ってみて。」とトワイライトが言う。
トシゾウ、ポルトスは言われるままにロングソードを腰に提げる。マヤは弓を持つ。
三人それぞれのステータス画面の攻撃力に数値が浮かび上がる。
「本来なら、自分のステータスの内容、数値は他人には教えてはダメ。この勇者パーティの三人と俺、亜里砂、シェイクは例外でそれ以外には絶対秘密ね。でないと自分の手札見せながらカードゲームする様な危険な事だから」
「判った。」「オッケー」「はい。」
トシゾウ、ポルトス、マヤの三人は了解の返事をした。
「まずポルトスさん攻撃力を確認して言ってみて」
ポルトスは話に付いて行けなくて想像した値と違い随分と高い数値に戸惑いながら
「あ、ああ・・・3218だ。」
「おおー。」トワイライトは予想が当たったが、かなり高い数値に感嘆を漏らした。
マヤもトシゾウもトワイライトと一緒に「おおー」と言っている。
トワイライトは”トシさんもマヤさんもその数値が高いか低いか判らずに、その場の空気に流されておおー。って言ってるなぁ。”と判りつつ、”天下の土方歳三もそんな可愛い処があるんだ。”とホッコリする。召還途中の天界で『好奇心』『大ボケ』『天然』が植え付けられた事をトワイライトは知らない。
「ちなみに、今の私の攻撃力が2952です。レベル35です。3200と言えば、レベル40手前に相当する。そう扱われているという事か・・。レベル40のキャラが18のホブゴブリンを倒せば、経験値1で納得出来る。」
三人ともフンフンと頷いているので話しに着いて来れているようだ。
「トシさんとマヤさんの攻撃力は?」
「俺は・・・2855」
トワイライトは予感していたが、”ブルータスお前もか・・・”と心の中でぼやかずには居れなかった。
”しかし、トシさんは手足欠損のペナルティがある。義手義足で軽減してるとはいえ剣術レベルにペナルティが残っている事を加味すると素の攻撃力は三千を越えそうだな。”
「私は302」
とマヤの302が可愛く見えるが、レベル1で300代は本来ずば抜けている。横に人外魔境レベルが二人もいるので可愛く見えて仕方ない。
トワイライトは思考の順序・内容・展開をそのまま言葉にしている。三人が理解出来る様に。
「本来、攻撃力が高い事は喜ぶべき事なのだが、今回は裏目に出ている。」
トワイライトも喋りながら考えを整理しているので時々言葉が止まる。
「では、レベル40の冒険者にレベル18のゴブリンが傷を付ける事は普通はあり得ない。がトシさんも、ポルトスも傷を負った・・・。」
トワイライトは相変わらず前を向いて手綱を握っているが、オートパイロット・自動運転状態。
つまり、話す事に夢中で前を見ているが、前が見えていない。おばちゃんの車の運転とかわらん。
分かれ道にさしかかったが目的地に向かって道を選んでる風には見えない。現代日本で例えれば、車を運転中に前を向いているがお喋りに夢中。前を見て事故らない様に運転はしているが、交差点で曲がらないといけない所で喋っていて曲がるのを忘れた様な状態。其れを此所でもやっている。幾つになっても・・。
少し間が空いて「しかも、かすり傷程度ではない。防御力の値はどれ位?」
「俺は・・220」とまずトシゾウが言う。
続いてポルトスは「195」
最後にマヤが「651」
「え・・・。」トワイライトはトシゾウとポルトスが攻撃力に比べて防御力が転生英雄のレベル1並みチョイ上程度だった事、そしてマヤが意外に防御力が高い事に内心驚いていた。
少し思案している間無言の間が空いてトワイライトが口を開いて
「んー。攻撃力が高いのは良い事なんだが弊害もあって、更に防御力が攻撃力に比べて大人しいのが事を難しくしている。戦闘に関しては帰ってから対策を考えよう。後半は成るべく戦闘は避ける方向で行こう」
「うん。」とポルトス。マヤは「はーい」。トシゾウは「心得た」返事は三人三様でバラバラだが、内心で”言っている事は余りピンと来てないが後で説明・相談が有るみたいだし、トワイライトは自分達の事考えて色々遣ってくれている様だから任しておこう。”と信用している事は三人とも一致している。
そうこう言っている間に馬車は里に到着し馬は止まった。里の入り口に衛士二名が立っており、そのうちの一人が近寄ってきた。
馬車の手綱を持っていたトワイライトは里を見て頭を抱えて「あ゛ーー。ヤッチマッタよ。」
実は話しと考え事で頭がいっぱいで馬車を引く馬任せになり馬が好き勝手に道を行き予期せぬ里に行き着いてしまったのだ。現代日本で言えばカーナビの付いてない車を運転してて同乗の友達とお喋りに夢中になり、ある時気が付けば「え?ココはどこ?」と我に返ると迷子に成っていてドコを走っているか分からない状態に近い。
近づいてきた衛士の一人がニヤニヤしながら「どうされました?いやー、領主様の定期便以外で此所に訪れる客なんてホント久しぶりだなぁ。」と通行証の提示を求めた。長身で細身だが筋肉質、美男子で耳が長い。
トワイライトは冒険者証を見せて「悪いけど、此所どこ?」と聞いた。
ニヤニヤと愛想の良い衛士は「ディンバ、エルフの里ですよ。お土産もの屋や商店は入り口入ってすぐの場所にし集まってますので、其れより奥には立ち入らない様にお願いします。」
引き|攣≪つ≫った笑顔から|漸≪ようや≫く愛想笑いに成ったトワイライトが「うん。分かってる。奥には立ち入らないよ。」と返事する。
エルフの衛士も愛想笑いのまま「お願いしますね。」と様になっていて格好いい。
トワイライトは振り返って馬車の中の三人に「折角だし、トイレ休憩にしよう。」と声を掛ける。
トシゾウ、ポルトス、マヤ三人とも馬車から降りてくる。
四人ともトイレを済まして戻って来る途中、トワイライトの元にエルフの少女が駆け寄ってきた。
「お兄さん、ハムやベーコン・ウインナー要らない?この近くで取れた大鹿や大猪の肉で作ったエルフの自慢の肉料理、大変美味しいわよ。ほっぺた落ちちゃうぐらい??。見るだけでも良いから寄って行きなよ。」
少女に右手を掴まれトワイライトは引っ張って行かれた。デレデレした顔をしてるかと思えば、何か考え事している時の顔で、少女にはムッツリスケベに見えた。
”このオトコはムッツリスケベだ。ベタベタすり寄って一杯買わせてやろう。”とネギ背負った鴨は逃がさない決意であった。
残されたトシゾウ、マヤ、ポルトスは顔を見合わせ”仕方ないなぁ”って顔をして武器屋を覗く事にした。
此所はエルフの里『ディンバ』オガミ辺境伯爵領の森林の一部で自治と森林の管理運営を任されている。だが元々エルフという種族は排他的傾向が強くよそ者を嫌うが辺境伯爵側との約束で里の入り口付近に外界との交流スペースを設けている。
其れが今居る入り口付近の広場で、外からの来客用に物産店、武器屋、雑貨屋、食堂兼酒場、役場出張所他。
それで、衛士の二人は元冒険者で人間の街など多く旅したり滞在した経験があり、人間に対する抵抗感などは全くないので里の窓口役をする事が多い。
トワイライトを引っ張っていったエルフの少女も、街で働いていた経験があり、人間を毛嫌いしていない。むしろ『ロリコン』をカモにしている。
十五分後トワイライトは出てきた。物産店の少女は嬉しそうに元気な声で「有り難う御座いました」とえらく愛想良く送り出していて大成功なのが伺える。
その声を聞いた衛士二人は「ぷっ」と物産店には背を向けたまま吹きだし笑いを堪えた。心の中で”あの声からすると相当売りつけた様だな。良いカモだ(笑)”
馬車まで戻ると、三人はいない。
「あれ・・?」とトワイライトは馬車の荷台を確認する。やっぱり三人は居ない。
衛士の一人が「お仲間なら武器屋に見に行ったよ」と言って握った右手の親指を立てて衛士の背後の方向にある武器屋の木造の建物を親指で指して愛想もなく普通に教えてくれた。
トワイライトは右手をサッとあげて「ありがと。」と言って馬車の御者席に着いた。
横を見るとそらちゃんは居ない。近くの木の根っこ付近や馬車の車輪をクンクン臭った後おしっこを掛けたり、辺りを散歩して返って来た。トワイライトに抱っこして貰い御者の横、助手席に置いて貰いお座りして待っている。トワイライトは小型犬のそらちゃんを馬車に乗せる為に下に降りていて衛士の近くに行き何やらお喋りを始めた。
更に十分ほどして三人は帰って来た。マヤの右手には新しい弓が握られていた。
トワイライトは三人が戻って来たので衛士とのお喋りを終えて馬車に戻った。
全員馬車に乗って馬車はディンバの里を出発した。出る時にトワイライトは衛士に右手を挙げて謝意を示し、衛士の方も右手を挙げ返礼した。物産店で買い物してくれた客、多分店員の少女の元気な「有り難う御座いました」からすれば相当商品を買わされた良いカモには衛士も愛想が良い様だ。
トワイライトは次の目的地で鉱石の採れる洞窟迄の道順を衛士から聞いていたので其れに従って馬車を勧める。親切にもさっきの衛士が洞窟付近はオークが頻繁に出没するらしく注意する様に教えてくれた。洞窟付近にはコボルドも出るらしい。
幌付きの馬車の荷台ではマヤが武器屋で買った弓を嬉しそうに撫でながらずっと見ている。
そして「ああ、やっぱりダメかぁ・・」マヤは『鑑定』に失敗した様だ。
続いてトシゾウとポルトスも『鑑定』を失敗したみたいだ。
マヤが「『エルブンボウ』って武器屋の人は言ってたんだけど、妙に手にシックリくるしこの弓で構えると巧くやれそうな気がするので衝動買いしてしまった(笑)。えへ。」とお茶目をした風に衝動買いを誤魔化した。
トシゾウも「何でも精霊弓作った時の材料が残ってて、使い込んで壊れた大精霊弓の使える部分を流用して工房の名人が酒の勢いで逸品を作ったんだって、値段が高くて売れなかったらしいんだが、工房を作るお金欲しさに値下げしたって言ってた。」
トワイライトも興味をそそられ食い付いた。御者席から振り返ってマヤに
「へー。俺にも見せて」とマヤかエルブンボウを受け取る。
「うわ、本当だ。持った瞬間シックリ来る。で、コレ幾らだったの?」
マヤが恥ずかしそうに「金貨二百五十枚に負けてくれた。」
トワイライトは吹きだして
「ぶっ。二百五十枚・・・?そんな金持ってなかっただろう。」
今度はポルトスが得意そうな顔をして「亜里砂がなぁ・・、別れ際に大金貨(金貨百枚分)を三枚こっそり持たしてくれた。良い魔道具買う時の足しにしなさいって言って」
トワイライトは「ははは」と笑い乍ら”黙って去るヤツじゃないと判っていたが”心の中でも笑った。
「それで、ソコから大金貨二枚使わせて貰って、マヤが金貨二十枚、俺とトシが各十五枚出して何とか代金が足りた。」
トシゾウも横でウンウンと頷きながら「良かった良かった」って顔をしている。
「ところで、トワイライトは何か買った?」とポルトスが聞く。
「ああ、ハムとベーコン、フランクフルトをいっぱい買った。」
「ベーコン?フランクフルト?何するんだそれ?」と意外な買い物といった驚きの表情のポルトス。
マヤは一言「美味しいもんね。」とマヤはハムや焼いたベーコンは好きな様だ。
トシゾウも意外な表情で「いっぱいって、食いしん坊だっけ?」
「美味い物は好きだ。今回別な使い方しようと思って。」
トシゾウ、マヤ、ポルトスは顔を見合わせて「別な使い方?」と頭上に『?』が並んだ。
「次に採取に行く洞窟なんだが、コボルドが住み着いている様なんだ」
「コボルド、コボルド・・」ポルトスは呟きつつ、後の二人は無言で『魔物知識』からコボルドを参照し理解した。
コボルドは身体のスタイルは人間のボディービルダーの体に近く狼の様な体毛を持ち頭が犬の姿をしている。
人語を喋るには、声帯に問題があるらしく喋れない。
コボルドもダンジョンで生成された者と野生の者と二種類ある。ダンジョンに居るタイプは純魔物側で他の魔物と徒党を組んで襲ってくる。
一方ダンジョンの外・野生で生息している方は自分達の部族だけで行動・生活し他の魔物と連んだりしない。自立心が強く、性格的にはエルフに近いかも知れない。
エルフは森の精霊の眷属の様なモノに対し、コボルドは地の精霊ノームの眷属?らしい。
野生種は鉱石の採れる洞窟でダンジョンに成っていない処に住み着き採掘が趣味の様だ。
コボルドの情報を『魔物知識』でポルトス、マヤ、トシゾウの三人は確認して”次はこいつと戦うのか”とそれぞれが思い顔を見合わせて”気合い入れていこう”と頷き合った。
三人の士気の高さとは裏腹にトワイライトは戦闘に成らない為の算段を考えていた。
理由としては、トシゾウとポルトスの剣攻撃力への偏重と其れによる弊害。
トワイライトの見解はトシゾウとポルトス共に英雄の最高クラスが持つ攻撃力に匹敵している。
それに比べて防御力は駆け出しの冒険者より一寸高い程度。
弊害としては高い攻撃力がレベル35相当と算定されて、レベル35の冒険者がモンスターを倒した時の経験値しか入らない。
レベル20のホブゴブリンを倒しても経験値1だけ、レベル18のゴブリンに至っては0である。
モンスター討伐でまともな経験値を得ようと思えば最低レベル25以上のモンスターを倒さなくてはならない。
それも一撃で倒さなくてはならない。一撃で倒しきれない場合や奇襲を受けたり先手を取られてレベル25のモンスターの攻撃を防御力200前後が食らうと一度のヒットで致命傷になるのは判りきっている。
さっきのポルトスが食らった一撃は18レベルとはいえモンスター最弱のゴブリンだったから致命傷手前で済んだのだろうが、一つ間違えば死者が出る。
其れを考えると、今のままではもうまともな戦闘は出来ない。経験値がそれ相応に成る様に工夫してレベルを上げる事で防御力を上げていかないと危険すぎる。
トワイライトとしてはどうにかしてコボルドをハムなどの食い物で買収出来ないか思案をしている。
今朝は是から新しい勇者パーティの門出。夢膨らむワクワク感が有ったが、問題が判明して見えてる景色が一変する程の頭を悩ます様に成った。
最初はクエストの種類を色々経験する目的で請けた採取・納品クエストだった。
採取・納品クエストなので達成の経験値は平均して少量なのだが、贅沢言ってられないのが今の本音だ。
ガラガラ馬車は進み何事もなく進んでいる。更に半時間ほど進み御者席の横で丸くなって寝ているそらちゃんがピクッと首を上げ左斜め前方の方を向いている。道の4メートルほど外側はもう木々が生えていて其れより外側はもう森である。
道が緩やかに左に曲がっているので森に邪魔されて見えない。そらちゃんはチラッとトワイライトの方を見るが、トワイライトは気付かずに考え事に耽っている。
遠くで剣戟の音がかすかに聞こえだした。トワイライトは音を聞きつけて我に返った。
緩やかに左に曲がっていた曲がりが終わり真っ直ぐの道にる。
遙か前方で人型と人型の何かが戦っている様だ。
眼を細めて遠くで戦っているのを注視するトワイライト。手綱を『パシッ』と鳴らして馬車の速度を速める。
徐々に距離が縮まり何が戦っているか判別できるようになった。
一方は人間の戦士の装備をしているが頭が犬のコボルドが三匹。
もう一方はお相撲さんより二回り大きな巨体に豚の頭が載っている。
『魔物知識』によるとオークだ。三匹いる。コボルド三匹とオーク三匹が戦っている。
オークの縄張り付近にコボルドの巣穴があるからだろう、遭遇戦を遣っている様だ。
オーク一匹にコボルド三匹掛かりでほぼ互角なので三対三なら間違いなくコボルドは劣勢で、オークがコボルドを狩っているのが適切かも知れない。
「あ、めっけ。これは良い。神の加護持ちが居ると好都合の良い事が起こってくれる」トワイライトが浮かれて喋りだした。
トシゾウ、ポルトス、マヤの三人は何事かと前方を見る。直ぐに状況を理解した。
「トシさん、ライフルで狙撃できないか?」
「ん?出来る。もうチョイだけ近づいてくれ。で、どっち?」
トワイライトは馬車を減速させ徐行状態に、そしてトシゾウに向かって
「豚頭の方だ」心の中では”高級食材のオーク一択だよ。旨めーんだぞ!”
「了解」と返事したがトシゾウは既にアイテムボックスからエンピール(エンフィールド銃)を出し弾込めを始めている。
シェラ野営場で使った時同様にマヤが素早く銃を持って固定するなど手伝いに入っている。
あっと言う間に装填が完了した。熟練の手際だ。
「トワイライト止めてくれ。」とトワイライトとそらちゃんの間に身を乗り出し前方を確認しながら言った。
馬車が止まりトシゾウが荷台から降りる。降りる時にポルトスが荷台から手を貸した。
ポルトスは馬車の中から高みの見物。マヤはトシゾウに続いて馬車を降り後を追う。
トシゾウは馬車より三メートル位前で右片膝を地に突き左膝を立てその上に左肘を乗せて義手の先のフック部分に銃のハンドガード部分を乗せて射撃体勢に入った。
「トシさん、狙うは豚頭だよ。犬頭には当てんようにね。」と念を押すトワイライト。
「分かってるって。」
トシゾウは狙いに入る。距離は約百メートルトシゾウに掛かれば必中の距離である。
百メート先ではルコボルド二匹が倒され虫の息。残る一匹は右腕に傷を負いブランと垂れている。左手の盾を構えて「ウウウ」と唸り声を出している。状況は最悪だが戦意は折れていない。
オークは余裕の表情でジリジリと近づいてくる。大きな斧を右手に持ってり、右端のオークだけが大きく振りかぶる。他の二匹は遠慮して一歩下がっている。
残った右手に怪我をしたコボルドは、盾を構えているが唸るのを止め大きく溜め息を着いた。次の瞬間「パン」と銃声が響き、同時に右端の振りかぶったオークの右側頭部に血飛沫が上がり卒倒した。
死を覚悟したコボルドは何が起こったか理解出来ない。
残ったオーク二匹は音のした方向、右の方向で道の続く先に馬車を視認し敵として認識し、その方向に走り出した。既に戦闘不能状態のコボルド一匹を残して。脅威を感じた方を先に叩こうというのだ。
トシゾウも第二射目の装填を急ぐ。オークが巨体に似合わずもの凄い勢いで迫ってくるのでトワイライトは気が気ではなくなりアイテムボックスから大盾を出して左手に装着しながら馬車を降りて。トシゾウの後ろに着いた。いざとなったら盾を構えて飛び出せる位置に。
トシゾウの第二射目の準備が終わった。横で手伝いを終えたマヤが何やらゴソゴソしているが、トシゾウは前に集中していてそれどころではない。
トシゾウは狙いを定め引き金を引く。『バン』
走って近づいてくる二匹のオークの左側の個体の胸の真ん中に風穴が空き、疾走から歩きに変わり前のめりに倒れて動かなくなった。既に馬車まで残り50メートルを大きく割り込んでいる。
トシゾウは第三射目の装填に懸かったが、オークの走る速度が図体に似合わず異様に速く明らかに計算外の速度である。
このままでは第三射目の装填が終わる頃にはオークは到達しており蹴散らされるであろう。
その時ふと横を見るとマヤが先程買った『エルブンボウ』に矢を番えて引き絞っている。
マヤは目の前の爆音と共に迫り来るオークを畏れていない。”試し打ちが出来るのが嬉しい”って顔だ。
そのマヤはトシゾウとアイコンタクトをしてから狙いを定め乍ら「たーめし討ち」と上機嫌そうに言って矢を放った。マヤが脳天気に見える。
『バシュゥ』といい音を立てて矢が飛んでいく。矢はオーラの様なモノを纏っており唸りを立てて飛んでいく。走っているオークの左太ももに刺さりオークは転倒する。直ぐ起き上がってきたが、転倒の衝撃が大きかったのか頭を振りながらだ。
オークは起き上がりざまに前に走り出していた。そして前を見た瞬間背筋が凍り付いた。
少し離れて(15メートル程)目の前にトシゾウが片膝を突いて銃を構えている。
オークは狙いを付けているトシゾウと目があった。気が付けばオークは時間の過ぎるのが遅く感じている。走っているが足の運びが十倍ぐらい遅い。
トシゾウの口元が動いて何か言っている。「マヤ、ナイス。お陰で間に合った。」
『パン』オークは額から血飛沫を上げて前に転けた。即死だった。
トシゾウは狙う時に止めていた息を大きく吸い、そして吐いた。気が付けばトシゾウの直ぐ後ろで大盾を装備したトワイライトが即応体制を解いた瞬間であった。
銃撃が間に合わなければ、オークとトシゾウ・マヤの間に割り込む積もりだった。
緊張が解けたトワイライトも大きく息を吐いて「さあ、未だ終わりじゃない。このオークは俺のアイテムボックスで預かるわ。」と言ってサッサと仕舞った。
トシゾウもマヤもサッサと馬車に乗った。オークを仕舞ったトワイライトが馬車に乗り馬車を進めだした。
少し進んで二匹目のオークが倒れている処でポルトスを降ろして、回収してアイテムボックスに仕舞う様に頼んだ。
馬車はポルトスを残しコボルドのいる場所に急いだ。奇跡的に生き残ったコボルドは放心状態で立ち尽くしている。走馬燈でも見ているのだろう。
馬車が到着して直ぐにトワイライト、マヤが飛び降りのされて倒れているコボルド二匹に駆け寄り状態を確認する。
「コッチは未だ息がある。マヤそっちは?」と鞄から軟膏とポーションを出し手当を始める。
「コッチも何とか成りそう。」と言いながらまずは止血から始めている。
どうやらオークはトドメを刺していない様だ。のしたらトドメは後で良いと思ったのだろう。
少し遅れてトシゾウがヨッコラショと降りてきて、放心状態で立ち尽くしているコボルドに近づいた。
立ち尽くしているコボルドはトシゾウが近づいても警戒したり唸ったりしない。しまりのない顔でトシゾウを見ているが頭の中が真っ白なのだろう。
取りあえずトシゾウは武器をしまった状態なので警戒されなかったのかもしれない。
トシゾウの左の小脇に抱えた軟膏の瓶から右手の指で掬いコボルド右腕深手を負った傷口に塗り包帯を巻く。
浅い傷は数カ所あり一応全部軟膏塗っといた。
最後に手の平サイズのポーション(標準)これが『ディポ○タンD』と同じ位のサイズなのをトシゾウは知らないのだが”丁度持ちやすいなぁ”と思いながらコボルドに差し出したが反応しない。
歩いて漸く追い付いてきたポルトスに「ポルトス、コイツの前で『パン』と手叩いてくれ」と頼む。
ポルトスはニヤニヤしながら「よしきた」と返事してコボルドの前まで来て手を叩いた『パン』
コボルドは我に返って「A☆OH※G;J→O△HW」何か言っている。
トシゾウは顔をほころばせてニッコリと笑いながら
「ポルトス、俺なぁコイツの言葉は分からないが、内容は分かる。『三途の川にしては花畑じゃねぇなぁ』って」
ポルトスも面白そうにニヤニヤしながら「なんで?」
「俺がそうだった。死にかけた状態で女神の処に行ったんで『此所は三途の川か?花畑じゃないな』って言ったんだ。」
「ほうほう」ポルトスも笑顔で相づちをうつ。
コボルドの方は我に返って、右腕の傷や他の傷が痛みが残っているので見た。治療して貰った様なので「え?」て意外な顔をして目の前で雑談してる二人を見ている。
トシゾウはコボルとがコッチを見ているのに気付いてポーションをポイと渡し、ポーションを飲む身振りをして、ポーションを飲むよう促した。
トシゾウはポルトスと雑談を続けている。
「そしたら女神が似た様な所だって言ってたが、その女神すげぇ美人だった。」
「あ、俺も会った。いい女だったなぁ・・。」ポルトスは更にニヤニヤして鼻の下が伸びている。
その横でポーションを飲んだコボルドは漸く目の前の人間達に助けて貰ったんだと理解出来て大きく溜め息をついた。そして緊張の糸が切れてペタンとその場に座り込んでしまった。
トワイライトが声を掛けてきた「おいおい、へたり込んじまったよ。トシさんそいつ馬車に乗せてやって。で、ポルトスこっち手伝って。」
トワイライトは重傷で意識の無いコボルドの頭の側にしゃがんで『コッチ来い』って手招きしている。
ポルトスは「おう」と言ってトワイライトの側で横たわっているコボルドの脚側に行って二人で抱え上げた。そして馬車に積んだ。
トシゾウは目の前のへたり込んでいるコボルドの手を引っ張って立たせて馬車まで連れて行き馬車に乗せた。
その間に重傷のコボルドもう一匹もポルトスとトワイライトで積み込んだ。最後に転がっているオークの死体をトワイライトがアイテムボックスに収納し馬車の御者席に戻った。
馬車は動き出した。馬車の荷台では重傷のコボルド2匹の横で座っている軽傷の一匹は外の流れゆく景色を見ながら黄昏れている。
トシゾウとポルトスはオークの持っていた武器を鑑定している。だが失敗ばかりでポルトスがムキに成っている。トシゾウもさっきからズッと睨んだまま固まっている。睨んでいるのは大型の斧で人間なら両手で持ってやっと振れるかどうかの代物。
まずポルトスが諦めた。続いてトシゾウも一旦諦めてポルトスとお喋りを始めた。
トワイライトもお喋りに参加しだした。
「さっき、トシさんが仕留めたオークだが・・」
「ああ、死体回収したやつだな。討伐証明に使うのか?金になるのか?」答えたのはポルトス。
トワイライトは顔と肩まで後ろに向けあと流し目で二人を見ながら
「いや、ムッチャ美味いんだ。高級食材!しっかり脂が乗ってて絶品なんだ。」
「えーー!?グロテスクなんですが・・」二人とも”意外だ”と素直に驚いた。
トワイライトは二人の反応を楽しみながら
「見てくれはゲテモノだけど、塩振ってハーブ塗して直火から少し離してじっくり焼けば、ジュウシーでもうタマランのだ。慣れてくるとご馳走が歩いてる様に見えてくるよ(笑)。」
獣の肉を食べる習慣のない江戸時代・幕末に生きたトシゾウには”へぇ、そうなのか?”程度の淡泊な反応だが、フランス人のポルトスはヨダレを垂らしそうな破顔で嬉しそうだ。
「それでな、結構強いからなかなか狩れなくて希少なんだ。今回トシさんのライフルが有ったから楽に手に入ったけどね。」
ポルトスが素直に「晩飯が楽しみになった。」
マヤも「私、美味しいお肉大好き」と嬉しそう。
トシゾウは「・・・」と無言。
「いや、本末転倒になったが最初はコボルドを助けて鉱石の採掘を手伝って貰えたらなぁって目的だったんだ。」
「あ、そうなの?てっきり、お肉に目が眩んで狩ったと思ったぞ。」とポルトスはジョーク混じりに言う。
「俺も食欲すげーなと思った。さっきも土産物屋で大量にハムとか買ってたし。」トシゾウも食欲だろうと言いたい様だ。
「いやーー。其れほどでもアルよ。なーんてね!ははは。」とトワイライトは笑い出し、全員続いて笑った。最後の「ははは」は『ここで笑ってよね』の願いが入っている。
コボルドの怪我人が手に入りコレで戦闘無しでの鉱石入手の段取りが頭の中で組み上がったのでトワイライトも気が楽になり口からジョークも出た。余り上手くはないが。
マヤは横座りで口の横に握り拳を当てて可愛く笑っている。
ポルトスは大口を開けて斜め上を向いて「こりゃいいや、がははは」と陽気に笑っている。
トシゾウは控えめな苦笑いを少し笑顔にした感じで笑っている。
”仲間とバカ言って陽気に笑うと楽しくて良い。”とホッコリ幸福な気分に浸っているトシゾウであった。
馬車が進んでいる道は山に向かっており段々と山が迫って来る。岩崖になっている斜面が間近に見えだした。
岩肌が覗いている切り立った斜面に向かって進んでいき目の前まで来ると森が開け直径30メートル程の広場が現れてその向こう突き当たりの崖に洞穴があった。
入り口付近で槍を持ったコボルド二匹が椅子代わりに成りそうな手頃な岩の上に腰を掛けのんびり門番をしている。
広場に馬車が入ってきたので、一寸警戒気味に様子を覗っている。一応仲間も呼んだようでもう1匹出てきた。
まず、馬車からトワイライトが降りてきた。左手には大盾を装備しているが、剣は抜いていない。右手は素手。
コボルドは座ってた付近より少し前で槍を構えて「ううう」と低く唸り声をだし警戒を表現している。
トワイライトはコボルドの間合いより少し外で足を止め振り返り馬車の方を見た。
馬車の後方の陰からポルトスに支えられ乍ら軽傷のコボルドが歩いてくる。
ポルトスと軽傷のコボルドの歩くその後方で、トシゾウとマヤが打ち合わせ通りに林に入って小枝を集めているのが見える。
洞窟の入り口を守っていたコボルドが「ううう」という唸り声から「キュンキュン」という鳴き声に代わって三匹がトワイライトの横を走って通り過ぎ軽傷のコボルドに駆け寄った。
駆け寄ったコボルドが何か言っているが、何言っているか分からないが容易に想像が付く。
ポルトスが介助している軽傷のコボルドも何言か喋って会話が続いている。
ポルトスは軽傷のコボルドを仲間のコボルドに渡すとゆっくりとその場を離れマヤとトシゾウに合流した。マヤとトシゾウは洞窟の入り口の近くで集めた小枝や|薪≪まき≫をくみ終わり、いまはトワイライトから移動中に預かったフランクフルトを枝に刺して焼く準備をしていた。
其処にトワイライトが寄ってきて金属製のロッドを出してマヤに渡した。
「これ亜里砂の名作魔道具でね。組んだ枝の火を着けたい所にロッドの先端持って行き『ティンダー』と呟くんだ。」
マヤはロッドを受け取って右手に持って言われた通りに先端を焚き火用に組んだ枝の端に近づけて「ティンダー!!」と言った。
ポルトスとトシゾウは何が起こるか期待の眼差しで見守っていたが、何も起こらなかった。
間の悪い静寂が五秒ほど流れてトワイライトが
「ああ、魔力を流しながらだよ。握り手から少ない目で良いから魔力を流しながら合い言葉を言うんだ」
言われるままマヤはもう一度「ティンダー」と合い言葉を言った。
ロッドの先端付近の小枝に百円ライター位の炎が2、3カ所燃え移った。
マヤの顔は”え?”って驚きの顔。
トシゾウは「え?」と声に出てしまいポルトスに至っては「しょぼっ」と心の叫びが口を突いて出た。
マヤは子供が泣きそうに成った時の顔に成る。自分が『ショボイ』と言われた様な気になり悔しくなった様だ。
ポルトスが「これだけ?」とトワイライトの顔を見て首を捻った。
「ああ、其れだけ。単機能シンプル イズ ア ベスト。魔法回路を仕込んでいるから魔法陣や詠唱は無しで即発動。その魔法を覚えて無くても使える。|所謂≪いわゆる≫チャッカマンだな。亜里砂の名作なんだ。」
「でも『ティンダー』・・・放火するだけなんだろう。」ポルトスの目が胡散臭い物を見る目に段々変わっていく。
「うん。だがなぁ、単機能に限定して手間や行程・コストを極力減らす等して亜里砂が何とか金貨1枚と銀貨2枚まで製造コスト落とした力作魔道具なんだ。」
トワイライトは渋い顔して、”うすうす解ってはいるんだが、あの苦労を考えると認めたくない部分がある。”って顔に書いてある。
「なるほど、魔道具としては激安なのは判った。で、結果としては百円ライターと同じだよな。」
とポルトスはガキの悪戯っ子の顔でニコニコしている。
「ポルトス、何でお前が百円ライターを知っているんだ?」と矛盾を突くトワイライト。
「今、マヤが小声で教えてくれた。」”へっへっへー”っと笑う時の顔のポルトス。
「ちっコイツもか?」と”遣ってくれたな!”と言わんばかりの顔で横にいるマヤを睨む。
マヤは右手をパーにしっえ口前に当てて”おほほほー”と言い出しそうな超嬉しげに目を三角にして笑いながら
「百円ライターは百円、チャッカマンに至っては三百円!おほほほー」
トワイライトは頭を抱えながら「あれだけ苦労して結果百円三百円なんだよなぁ・・。」負けを認めた。
「わははは。」とみんなの笑いが溢れた。
ポルトスは普通の顔に戻り「ところで、百円ってこの世界でどれ位なんだろう?」
トワイライトも普通の顔で「あっちじゃ、百円でパン・菓子パンが一個買えた。この世界ではパン一個が銅貨1枚。・・・はぁ解っちゃいるんだよ(笑)。」
で言外に”亜里砂の趣味に付き合った俺達がバカだったって”と呟きかけたのを心の中のに止どめた。
話しの遣り取りを聞いて楽しんでいたトシゾウがガバッと立ち上がり「俺もやってみよう。」と興味ワクワクの顔でマヤからロッドを受け取った。
其れと同時にトワイライトの肩をトントンと指で叩く者がいた。振り返ると入り口の番をしていたコボルドである。
コボルドは手に武器は持っておらず、槍も元居た洞窟の入り口に置いたままで近くに来ていた。
トワイライトは振り返り、洞窟の入り口番をしていたコボルド三匹に「どうしたん?」と言った。
コボルドは喋っても通じない事が解っているので言葉にプラス身振りを加えて最後に馬車の方を指さした。
トワイライトは思い出して「ああ、そやった(そうだった)。そやった。」と言って馬車を指さしコボルドに頷いた。馬車に向かって歩き出しつつ
「トシさん、ポルトス火起こしてそのフランクフルトを焼いといて」と頼んだ。
「あいよー」とポルトスからご機嫌な返事が返ってくる。
トワイライトはコボルド三匹に「コッチコッチ」と手招きして馬車に連れていった。
トシゾウはマヤから受け取ったロッドを右手で回してから先端を目の前30センチの所でマジマジと観察する。当然の事ながら魔道具の事は良く解らん。
ポルトスが「嬉しそうだな。」少しニコっとしながら言う。
トシゾウも嬉しそうな表情で「まあな」と言いながら、目の前で火が付くのを見てから枯れ枝に火を持って行って着火しようと思っている。目の前のよく見える位置に先端を持って来た。
マヤの出した百円ライター位の火をイメージして手から魔力を流し「ティンダー」と言葉を発する。
『ボン』と小さなガス爆発の様に大きな炎が出て一瞬で消えた。
トシゾウ、ポルトス、マヤの三人は一瞬何が起こったのか解らず、『シーン』としてからポルトスとマヤはトシゾウを指さしてゲラゲラ笑い出した。
火傷は無かったが、トシゾウのほっぺた辺りに横一線黒い炭が走っていて、其処から上がススけて黒っぽい。
眉毛は両端を残して焼けて無くなり、前髪はチリチリのアフロヘヤーになった。情けない歌舞伎役者の出来損ないの様な顔が驚いた顔で固まっている。
トシゾウは三泊置いて|漸≪ようや≫く首を横に動かせた。「あああ、びっくりした」(特性『天然』・『お笑い』発動中)
ポルトスは腹を抱えて爆笑しながら転げ回っている。
マヤは両手で口を押さえながら上体を左右にブンブン振りながら笑っている。うけてる。
状況を理解出来てないトシゾウは「危っねえな。」と独り言を言いながらロッドの先端を枯れ枝で組んだ薪に向けて「ティンダー」と唱え『ボン』と一気に火が付いた。
笑いが何とか治まったポルトスとマヤは、何も気付いてないトシゾウの顔を見ない様にして、フランクフルトを刺した枝を火加減の良いポイントに地に刺して並べ焼きだした。
トワイライトは手伝いのコボルドが持ってきた担架を使い馬車から重傷のコボルドをそっと丁寧に降ろして洞窟の入り口まで運んだ。
洞窟の入り口で別のコボルドが出てきてトワイライトと担架の持ち手を変わってくれた。
トワイライトは手が空いたので焚き火の方に歩き出した。
焚き火の方から笑い声が聞こえる。近づくとトシゾウの顔がえらい事に成っていた。
「トシさん、その顔どないしたん?」と笑いそうになるのを我慢しながら聞くトワイライト。
その声を聞いたマヤは笑いが再発して、正座から足を崩した座り方で向こうを向いて笑いを堪えて震えている。
「え?」っとトシゾウは自分の顔の状況が判っていない。
トワイライトは仕方なさそうな顔で「コレで顔を拭いてくれ」と言ってポケットから手ぬぐいを出してトシゾウに渡した。心の中では”トシさん、コメディアンの才能有りだな。”・・天下の土方歳三が・・・”トシゾウのイメージが崩れだして
トシゾウは顔を拭いて手ぬぐいをトワイライトに返した。
焚き火の周りでワイワイ賑やかにやっているとコボルドが五匹やって来た。
年寄り風で身なりの良い一匹を真ん中に両側やや後ろに二匹ずつ控えて付いてきている。先頭の年寄りが族長のようである。
一番年上に見えるトワイライトの前に止まり後ろに付いてきている四匹も整列した。
が、近くでフランクフルトが良い感じで焼けだし良い臭いを漂わせている。後ろの何匹かは鼻をヒクヒクさせている。
マヤ、ポルトスは火の前で座ってフランクフルトを焼いていたが立ち上がってトシゾウと三人でトワイライトの後ろに立た。相手のコボルドが人間の礼儀を以て礼を尽くそうとしていると感じたので、自分達も礼を尽くされて恥ずかしくない様トワイライトの一歩後ろで横一列に整列し事の推移を見守ることにした。
トシゾウ、マヤ、ポルトス、トワイライトの四人はお互い仲間という意識で誰が上位など思っていないのだが、礼に対する体裁を整えようとしたのである。一番年長に見えるトワイライトを前に立てただけである。
コボルド達は相手の準備が整うのを待って族長らしい先頭の者が、理解は出来ない言語で言葉を発しその後一同揃ってお辞儀をした。
言葉は通じないが誠意は確かにトワイライト、トシゾウ、ポルトス、マヤの四人に伝わった。
「仲間を助けてくれて有り難う、感謝する」と言ったのであろうと確信する。
トワイライトもかかとを合わせ気をつけの姿勢を取り、胸の高さに右手を横に肘から先を垂直方向真上に向ける。そして手の平は伸ばしたまま前へ向けた。この国フローレンス・ランス王国軍の敬礼で返礼した。
後ろの三人は取りあえず、気を付けの姿勢を取った。
返礼を済ました次の瞬間トワイライトは「マヤ、ポルトスすまんがフランクフルトをコボルド達に渡してくれ。俺達も一本ずつ持ってくれ。」と頼んだ。
「了解。」
ポルトスとマヤが此所に居る全員にフランクフルトを刺した枝を配った。
コボルドの族長は一匹の屈強そうな部下、補佐役にコソコソ相談しながらフランクフルトの枝を受け取った。『相手の動きに合わせて行くと良いでしょう』とアドバイスを貰ったようだ。
トワイライトは全員にフランクフルトの枝が行き渡ったのを確認して、族長に向かって右手を出した。握手を求めたのである。フランクフルトは左手に持っている。
族長はその手を見て止まっている。族長の耳元で補佐役が何かをささやく。内容は「右手は友好の証です。この者との友好を望むならば手を握って下さい。」
族長は右手を出し、トワイライトの右手を握った。そして双方とも気持ちが高まった。
トワイライトは右手で握手したまま、左手に持ったフランクフルトの刺さった枝を少し頭上斜め前に掲げた。
その動作に合わせてコボルドの族長も同じ動作をした。そしてゆっくりとフランクフルトを口の前に持って行き二人同時にかぶりついた。
一拍遅れてトシゾウ達三人と族長以外のコボルドのもフランクフルトに食らい付いた。
トワイライトは食べ終わると両手で拍手を始めた。ポルトスもその後に続き族長の後ろにいるコボルドも手を叩きだした。
コボルド達は皆な満足の表情である。エルフの作る肉料理は旨いと評判が高い。そのフランクフルトの熱つ熱の美味いのを食べたんだ。さぞ幸福感を得ただろう。
トワイライトはコボルドの族長に助言を何度かしている屈強そうな若者を気にしてチラチラ見ている。キーマンは多分コイツだと当たりを付けた。
このコボルドの族長以下が恩義に対して謝意を示した事、人間の礼儀・友好に答えた事。多分あの補佐役の若者が人間に対する知識があり意志の疎通が一番可能な相手ではないかと踏んでいる。
トワイライトはニコニココしながらボルド達に愛想良く接しているがその時に、トワイライトの目に補佐役のコボルドの胸元に冒険者ギルドの冒険者証が目に入った。
補佐役のコボルドが掛けている冒険者証は未だ色を失っておらず深緑色であった。
つまり、この者は何ヶ月かに一度街に出向きクエストをこなして冒険者証の失効を防いでいるのである。
つまり、冒険者ギルドでクエストを探す為にクエスト内容を確認したり、張り紙が読めるのではないか、文字が読めるかも?と。
トワイライトはアイテムボックスから、スケッチブック(50cm×70cm)と鉛筆を出し何やら書き出した。
そしてコボルドの族長達が洞窟に帰りつつあるなか、補佐役をやっていた一匹に声を掛けた。
補佐役をやっていた一匹が振り返ったところ、トワイライトはスケッチブックをみせた。
『君は文字が読める 読めない とっち?』と書いてある。
補佐役をやっていたコボルドは『読める』の方を指で押さえた。
トワイライトは「よっしゃ」とガッツポーズをした。
そしてスケッチブックに鉛筆で文字を書いて相手に見せた。筆談である。
『俺達は鉱石が欲しい。その洞窟で鉱石を一時間か二時間ほど掘らせて欲しい。御礼にハムやベーコンを渡すと言って族長に頼んでくれないか?』
コボルドはトワイライトの顔を少々見てからスケッチブックに
『分かった。頼んでみよう。俺の名はニャンニャンだ。』と書いた
トワイライトは目が点になった。”お前犬だろう・・”と心の中で突っ込みを入れる。此所で笑ったら交渉が台無しだ。トワイライトは必死に笑いを堪えて平静装った。
コボルドのニャンニャンは族長に話しに行った。二、三話した後帰ってきて
『恩人・我が部族の友人故許す。ニャンニャンが案内する。』と書いた。
トワイライトはコボルドのニャンニャンと握手してから、エルフの里の物産店で買ったハムとベーコンのブロックをアイテムボックスから一塊ずつを出して
『族長に渡してくれ。』と書いて渡した。
ニャンニャンはハムとベーコンのブロックを持って族長の元に駆け寄ったり、其れを渡した。
族長はユッタリとお辞儀をして、悠々と洞窟へと戻っていく。
「おーいトワイライト、フランクフルトの焼いた分がもう一回分残っているけど。食ってしまわないか?」とトシゾウが声を掛けた。
トワイライトはニャンニャン他三匹のコボルドに、指さしてから焚き火の横で焼けているフランクフルトを指さし「もう一丁食っとく?」と聞いて見た。
ニャンニャンの後ろのコボルド三匹は意図が通じたのか「ハッハッハッ」と息を弾ませながら嬉しそうな顔をしたのでポルトスに頼んで配って貰った。
コボルド達は早速美味そうにガブガブと平らげた。
コボルド達が先導して洞窟の入り口から中に入る。洞窟内部は採掘作業をしている鉱山の坑道と同じように整備されていて通りやすくなっている。一寸長めの間隔で壁に光の魔石を使ったランタンが配してあり、夜の住宅街の街灯みたいな感じでポツポツと明かりがある。
むろん案内役のコボルドは四匹いるがニャンニャン他一匹も魔石を使ったランタンを持っていて、歩くのに支障はない。
入って一寸行った所に横穴の分かれ道があり分かれ道の入り口付近で子供のコボルドが二匹物珍しそうにトシゾウ達を見ている。そっちは居住区なのだろうか。
更に進むんでニャンニャンが一旦足を止める。直ぐ後ろにいるトシゾウ達に身振りで『一寸待って』と待たせた後、手に持っているランタンの蓋をした。もう一匹のランタンを持っているコボルドもニャンニャンに倣った。
壁に掛かっている明かりから遠く、更に坑道が少し曲がりくねっているので死角になっていて真っ暗になった。
闇に目が慣れてくると、天井、横壁、床の周囲全てで満天の星空の様に光の点が|鏤≪ちりば≫められており、一部は綿菓子が青白く淡く発光するようにふわっとした塊が浮き上がってきた部分もある。
トシゾウ達は星の海・宇宙に浮かんでいる様な錯覚にとらわれる程の綺麗な光景にただ、ただ「すげー」と感嘆を漏らし衝撃を受けた。
『タラララ、ラッタッタター』”経験値+25を取得し勇者称号がレベルアップしました。レベルアップによりスキルを取得しました。”とトシゾウの頭の中でアナウンスがあった。
目の前の光景に感動しながら”そんな事言ってたなぁ”とトシゾウは綺麗なモノ、珍しい物を見たり接したりして感動すれば、女神の加護で経験値が入りレベルアップする事があると女神に告げられた事を今思い出していた。
コボルドのニャンニャンはトワイライトのスケッチブックに
『どうだ、綺麗だろう。腹の足しには成らんが(笑)』と筆談でドヤ顔で自慢する。
トワイライトも余りにも綺麗な光景に『恐れ入ったよ』と書いた。
心から感動したのは何年ぶりだろう?とトワイライトの表情も緩んだ。
『魔鉱系の鉱物が人の魔力に反応して輝いている。俺達の部族には其れを精錬する技術は無いのでココの採掘は殆どしていない。・・・しかし、いつもより数倍ぐらい輝いている。大魔導師でもいるのか?』
『念のため、少し掘らしてもらって良いか?』とトワイライトは亜里砂に見てもらおうと思った。
『別に良いぜ』
許可をもらったので、淡い光の点が|犇≪ひし≫めいて星雲の様に成っている部分をトワイライトは鶴嘴を使って掘った。
直径二十センチ程の鉱石が四つ採れ、その四つをアイテムボックスに入れた。
「済まない。待たせた」と言って合図をしたらコボルド達は案内を再開した。
暫く坑道をすすみ目的地の鉄鉱石が採れるポイントに到着した。
トシゾウとマヤはステータス画面を開き『鑑定』と『鉱物知識』を指で繋いで連携させた。
ポルトスは「どうやるんだっけ?」とマヤに聞きながら設定した。
三人は採掘場の岩の壁を睨んだ。鑑定結果は『壁』。何度も睨んだ『壁』!『壁』!『壁』!
たまに『岩の壁』!
どうやら『鑑定』のスキルレベルが足りない様だ。本来ならもっと難易度の低い鉱石、錫や銅、亜鉛の鉱石で経験を積んでレベルを上げる必要が有る事を三人は知らない。
トシゾウ、マヤ、ポルトスは『鑑定』と『鉱物知識』の連携で楽ちんにいけると思っていたので『壁』!に戸惑い頭を抱えた。スキルの『観察』も使ったが効果は無かった。
一方コボルドは到着して直ぐランタンの光で岩肌を照らし岩肌に浮き上がっている色合い文様を吟味している。ポイントが見つかればランタンを次のコボルドに渡す。
真剣で無言。さっきフランクフルトを頬張っている時とはとはまるで別人。目付きは鋭く流石その道の玄人といった雰囲気を出していて頼りがいがある。
そして、それぞれ採掘のポイントを指で示した『ここ掘れワンワン』。そう当にココ掘れワンワンなのである。
トシゾウ、ポルトス、マヤの三人はコボルドの指示を頼りに鶴嘴を振りだした。
一方トワイライトは『鑑定』レベルが既に高いのでポイントを見付けコボルドのニャンニャンに”ココで合っているか?”と目配せする。
ニャンニャンも”この人は判っているやん”て感じで頷きながら手でOKサインを出した。
トワイライトの採掘はトシゾウやマヤ、ポルトスと違いコボルドから見ても”なかなかやるな”と合格ラインを越えている。
其れもそのはず冒険者レベル35で持っているスキルも結構使い込んで育っているスキルが多く、『採取』もかなり育っている方である。
対照的にトシゾウは義手・義足故に、マヤは筋力が低めなので鶴嘴で鉱石を巧く掘れていない。
見るに見かねてマヤの側のコボルドが頭を傾げて右手を出し人差し指だけ立てて『1番』と言う時にする手の形で左右にゆっくり振り「チッチッチッチー」と微笑みながら言葉が喋れたら『お嬢さんそんなじゃ日が暮れちまうぜ』と言いそうな表情で自分を指さして鶴嘴を受け取ろうと手を伸ばした。
鶴嘴を受け取るとコボルドは慣れた動作で鶴嘴を振り下ろす。一振り一振りガラガラと坑壁が崩れ掘れていく。
其れを見ていたトシゾウの横のコボルドも「○×三角■h☆≧∋〆」と訳の分からない事言ってトシゾウから鶴嘴を受け取り鉱脈を掘り出した。多分「その手足じゃまま成らんだろう、貸してみな」と言っていたのだろう。
ポルトスに付いているコボルドも『しゃーねーなぁ(仕方ないなぁ)』って顔をして左手の平を上にしてポルトスに差し出し指二本で『来い来い』として鶴嘴を要求した。
ポルトスは鶴嘴を何度振り下ろしても入りが浅かったり、角度が甘かったり、弾かれたりで悪戦苦闘し疲れて肩で息をしていたところだ。
「こりゃ、歯がたたん。」と言いながらポルトスは鶴嘴をコボルドに渡した。
早速少し掘り進む。ガラガラと鉱脈を崩して少し手が止まる。
コボルドとポルトスは目が合う。目が『キラン』と輝く。脇腹の辺りで左手の親指を立てて『任せなさい』マーク、犬頭だが表情が判る『どや顔』。「わはははは」と得意げに笑いながら盛んに掘り進んで潜っていく。何か気分良さそうで手が着けられん。
ポルドスは「すげーな」と感心する。
マヤは「すごーい。」と黄色い声。コボルドも自分の長所で喜んで貰えると嬉しい。コボルドはオス。マヤは女性。褒められるとやっぱり嬉しい。上機嫌だ。
十分ほどで身動き取れにくくなる程瓦礫の山になった。まるで地震で倒壊したビル跡の瓦礫のようだ。
「コボルドの友よ是だけ有れば十分だ。」とトワイライトが声を掛けた上で、スケッチブックに文字を書いた。
トシゾウ達の代わりに鉱石を掘っていたコボルド達は手を止めた。コボルド達も”そろそろ充分かな?”と思っていたと思われる。
たった十分で質の良い鉱石がいっぱい切り出せた。鉱脈の目利きは達人級の上に、特技は採掘、趣味も採掘といた連中。
特技は手術、趣味も手術の大門未○子みたいにその方面では失敗しないのだ。
そんな連中が御機嫌で行ったのだ上質な鉱石がゴロゴロしている。
トワイライトは「さあ、アイテムボックスに収納しよう。一個一個手でいれると疲れるよ。両手でアイテムボックスの入り口の大きさを設定して入り口を被せて、放り込むんだ。」
と言いながらトワイライトは遣ってみせる。アイテムボックスの入り口が通った後は綺麗に鉱石が無くなっている。まるで掃除機で吸って行くみたいに。
トシゾウ、マヤ、ポルトスの三人も遣ってみた。
「こりゃ楽ちんだ。非力なマヤでも問題ないだろう」とトシゾウが感想を述べる。
「ええ。か弱い私でもいけます。」と『か弱い』が自分の形容に使えたのでマヤはやや機嫌が良い。
「レベル1で防御力六百越えの超頑丈でか弱いマヤさんは・・・」とポルトスがニヤニヤしながら突っ込んでいる最中にマヤが
「何か言ったかしらポルトス」と凄味の効いた声で遮った。
「はははは。」トシゾウは楽しくなって笑った。
続いてマヤ、ポルトス、トワイライトも一緒に笑って|和気藹々≪わきあいあい≫の空気が気持ちいい。
笑い終わった頃には一杯有った鉱石も綺麗さっぱり収納出来ていた。
坑場より入り口に戻る途中でトワイライトはスケッチブックに『是は謝礼だ。有り難う』と書いてコボルド四匹にそれぞれハム一塊とフランクフルト三本を渡した。
コボルドのニャンニャンは筆談で『こんなにもらって良いのか?』
とは書いたが尻尾がパタパタしてて『ハッハッハッ』と息も荒い。顔に嬉しいと書いてある。
『今後、鉱石や金属に困ったら頼って良いか?』とトワイライトは書いた。
『勿論だ友よ。何時でも頼ってくれ、その時は手土産を頼むな。美味い物とか、美味い物とか』
『勿論だよ。手土産は忘れないぞ。・・・時に友よ』とトワイライトは欲を出して追加の成果を模索しだした。
『友よ、余剰で残っている鉱石、余っている鉱石やインゴットってあるか?』トワイライトは横目でニャンニャンを見ながら筆談する。
『んんー。此方に引っ越して来たばかりだから、まだ炉が一つしか出来て無くて鉱石はタブ付いている。』
ニャンニャンは少し渋い顔をしながら書く。
『なら買い取らせてくれないか?』
『買い取ると言っても、俺達コボルドは貨幣・コインは使わない。』
『だろうな、食料と物物交換ならどうだ?』トワイライトの追加の狙いはココである。
『物物交換は可能だ。食料だと助かる。ココに引っ越して来たのはいいがオークの縄張りと接していてなかなか狩りが上手くいかない。大鹿、ワイルドボア等はオークと取り合いになってなかなか狩れない。』とニャンニャンは食料が不足している事をポロリと漏らした。
『さっきのハムやベーコンの塊だが、未だ残っている。其れと鉱石の一杯詰まった袋を交換しては貰えないだろうか?』とトワイライトは”好都合”とばかりに提案する。
ニャンニャンは少し考えてから『少し時間を貰えないか?族長と話しをしてくる。』と言って洞窟の中に走って行った。
トワイライトはシェイクスオードは友であり仲間なので此処オガミ領の事情はよく知っている。オガミ領には鉱山・採掘場が圧倒的に少ないのである。
従って、シェイクスオード達領主側は金属、鉱石等の必要な量の殆どは割高な輸入に頼っているのである。
トワイライトとしてはこの機会に実績を作り後にシェイクスオード達領主側と交易を始めやすくしておきたいのである。”シェイクは喜ぶだろうなぁ”と。
マヤは「そらちゃんに私のフランクフルトの半分あげてくる」と言って馬車に向かった。
ニャンニャンが走って戻ってきた。後ろには鉱石を一杯入れた麻袋を抱えたコボルドが七、八匹付いて来ている。見るからに交渉は成功だ。交換する気満々に見える。
『鉄鉱石が五袋、魔鉄鉱石が二袋、魔鉄のインゴットが二本。今はコレだけ出せる。』
鉄鉱石は知れている一袋でハムかベーコンのブロック一個半だが、魔鉄鉱石や魔鉄のインゴットは希少価値があり価格も高い。こんな品物が出てくるとは良い方の想定外だ。
此処のコボルドは目利きが良いのだろう、良い鉱山に住み着いたものだ。
嬉しさを隠さないトワイライトはニコニコして『嬉しいよ。全部良いか?』
『あんたは、良いモノを多く持ってきてると察しが付いている。コチラも出し惜しみ無しだ』
とニャンニャンは気っ風良く薄笑みを浮かべながらトワイライトを見る。
トワイライトは国内各地の物価表を有料で配ったりしていたのでだいたいの値打ちは直ぐ判るのだが、エルフの里『ディンバ』の物産店で買った肉製品の残り全てを出しても少し足りない。
『では、コチラもお望みのヤツを手持ち全て出そう。』と言ってアイテムボックスから、ハム、ベーコンの塊を身近な平たい岩の上に置きだした。20個近く積み上がった。
コボルド達は嬉しそうに「これだけ有れば祭が開けるぞ。すげー。」と荷物持ち達は喜んだ。
トワイライトは更に此の洞窟に着く前に倒したオークも一体出した。
肉製品が出終わった後に取れたてのオークが出てきたのでニャンニャンも感嘆の笑いを漏らしてしまった「おおおお。」と。
出し終わって『肉製品だけでは少し足りないので、残りはオークで頼む。』と告げる。
ニャンニャンは即座に右手を出した。その右手をトワイライトも即座に握った。
物物交換は成立した。
ニャンニャンは『少し足りないのでオーク1匹というのは気前が良すぎるのではないですか?』
『余った分であんたに頼み事をしようと思って』実はトワイライトにとって是からが本命で今の物物交換はその布石である。
『未だあるんですか?貴方も欲張りですね。』とニャンニャンも営業スマイル。
『俺の友人がコボルド族と定期的に物物交換の交易をしたがっている。勿論コボルド族の必要な物、欲しい物を持ってくる。医薬品や食料はじめ街で手に入る物ならOKね。』
『今日みたいな肉製品も頼めるのか?』
『ああ、注文を聞いてその次の回に持ってくる。ベーコンでもハムでも用意できる。』
『分かった。族長に話しを通しとく。』
トワイライトはポケットから二枚のカードを出した。
カードの表には交換のマークが描かれていた。『=』イコールの上は右矢印、下は左矢印で『行って、来い』になっている。『=』の左側に肉、右側に石が一杯入った麻袋。絵図と記号で取引を表している。
その交易のカードを一枚ニャンニャンに渡した。
『このカードを見せる事で交易をする意志がある事としよう。一週間後俺の友人の使いが来る。
その時に取り決めや出せる物、欲しい物と交換率を話し合ってほしい。』
『分かった。其れまでに族長はじめ主立った者で話し合っておく。』
『ああ、頼む意見は纏めて一本化していてくれると話しも早くなる。あと、条件は五分と五分対等な立場で取引する事を前提としよう。』
『うん。誠意は感じ取った。良い取引になりそうな予感がする。』
とニャンニャンがコボルドながら男前に見えてきた。良い表情をしている。
『友人が増えて嬉しい。』と言ってトワイライトとニャンニャンはグータッチをした。
其れを見ていたトシゾウ、ポルトス、マヤの三人も荷を持ってきたコボルド達と同じようにグータッチをした。双方とも明確な意味は知らないが、友人に対してする友好の証である事は理解している。
此処で、トシゾウがニャンニャンに何か言いたい様でトワイライトの持っているスケッチブックに筆談を始めた。
『出入り口は此処だけか?』
『ん、そうだが、どうした?』
『今日此処に来る前にオークに出会った。オークのテリトリーと此の洞窟は隣接してるらしいなぁ』
ニャンニャンは書かずに、頷いて応答する。
『オークが五匹、十匹束になって掛かって来たら太刀打ち出来ねぇよな』
ニャンニャンはまた頷ずく。
『その数でソコの入り口を封鎖されたら詰むぞ。』
言われてニャンニャンはハッとした顔を一瞬覗かせた。
『岩などに隠れて分かりにくい場所に二カ所ほど脱出口を作るべきだな。歯が立たない相手には逃げるに限る。』
『引っ越したばかりでソコまで気が回らなかった。族長と話し合って善処しよう。』
話は簡単に終わり、トシゾウとニャンニャンはグータッチで別れた。
双方交換した荷を納めて馬車は出発した。ニャンニャンとコボルド数匹は馬車を見送ってからご馳走を巣穴に運び始めた。
夕方手前の三時半ぐらいだろうか?傾き出した日の光が馬車を照らしている。この分だと日没前後に街に着くだろうとトワイライトは言う。
馬車の中ではのんびり、水筒の水を飲みながらお喋りタイム。
ポルトスは荷台のあおり(荷台に載せた荷物が横から落ちない様に荷台の左右両端に垂直に建てられた横板)にもたれながら気楽に話す。
「今日の後半は楽ちんだった。旅行ガイドさんの言う通りやってりゃすんなり行った。」
「上手く行って良かった。」と振り返ったトワイライトはニコニコして、何か隠していそうな。
「戦闘らしい戦闘は午後に入ってしてない。狙撃だけで終わらせたのはあったが、まあ目的の鉱石も手に入った事だし、上出来だな。ただ・・話しが出来過ぎな気がする。」とトシゾウは何か違和感を感じている歯切れの悪さ。
ポルトスは”気にしすぎではないのか?”って顔でトシゾウを見る。
「実はな、以前に近隣のレイアード領内で三件程コボルドの集落を手懐ける事に成功したんだ。今回が四度目だ」とトワイライトは種明かしをした。+出来過ぎな所は誤魔化した。
「それでか、交渉に必要な物も全部揃えていたし、口車に乗せてコボルドを抱き込む手際なんてとても初挑戦とわ思えなかった。相手の手の内が解ってたんだな。」とトシゾウは自分なりに理解した。
ポルトスは一寸眠そうな顔に成りながらも「俺はあの旨いフランクフルトの威力だと思っていたよ。」
「俺は肉類は食い慣れいないので未だ多少の抵抗は有るが、それでも旨かった。」とトシゾウもフランクフルトの旨さは認めた。
「あのフランクフルトの味が有ればこそだな。仲間を助けた事もあり、食いしん坊のコボルドの胃袋を掴んで話しの主導権を握れた。大成功だ。」とトワイライトも楽しいお喋りを楽しんでいる。
トワイライトの座る御者席の横は今は空席で、小型犬のそらちゃんはマヤの横で焼いて時間が経ったが未だ少し暖かいフランクフルトを味わいながら旨そうにユックリと食べている。
時折マヤやトシゾウに、ニコニコ嬉しそうな顔を見せて”こりゃタマラン”と楽しんで食べている。
マヤは御機嫌なそらちゃんの頭を撫でて「良かったねー」と話しかけている。
相変わらず、トワイライトは前を向いて後ろに話しかけている。
「ところで、オーク一体をコボルドに贈って、後二体残っているんだが。」
「ああ、あれも討伐証明につかうのか?今朝ギルドでモンスターの買い取りもやっているって聞いたが。」
トシゾウは反応したが、もうすぐ夕暮れでポルトスは眠そう。マヤは聞きながらそらちゃんを撫でている。
「実は提案なんだがな、昼に寄ったエルフの里に寄ってオークの肉でフランクフルトやハムなどの製作依頼をしたいなあと思うんですが」
「別にかまわないが・・・」とトシゾウはピント来ていない。マヤは無言で見ている。
「オークの肉って高級食材でとても旨い肉なんだ。ただな、オークは強いし単独では行動しないのでそこそこ名の通ったパーティでないと狩るのは難しい。」トワイライトは淡々と説明する。
「へーそんなに強敵だったのか。」とトシゾウも感心する。
「今回はコボルドに気を取られている内に狙撃出来たから何とか成ったが、マヤの足止めが無ければ大斧食らって即死。良くて致命傷で虫の息だったかも。」
「其れほど危ないヤツだったんだな。あの巨体で豪快なあの走りのスピード。言われてみれば只者じゃないな(汗)。マヤ助かったよ。」とトシゾウは思い出して冷や汗を感じた。
「えへ。褒められると嬉しい。」微笑んでいるマヤは可愛い。
「旨いけど強敵なので数が出回らない。希少価値だ。出たら出たで高額。金持ち貴族の口にしか入らない幻の肉。価格は青天井だ。」
説明を聞いているマヤは、”日本であれば松坂牛のA5ランクのシャトーブリアン以上ね。”と聞きながら想像してみる。
「そのお宝をどうするんだ?」とトシゾウは言いたい事は?と聞く。
「エルフの作る肉料理、ハム、ベーコン、ローストは絶品だ。オークの肉で作るとどんな味か食べてみたい。」と食いしん坊なトワイライト。
「いいねぇ」とトシゾウも聞いていると食べてみたくなった。
マヤもポルトスも親指を立てて『いいね』マークを示している。
そらちゃんも右手を挙げて賛成。満場一致である。
昼に寄ったエルフの里『ディンバ』では一行が到着して夕方なのに大騒ぎになった。オークが持ち込まれたからである。
トワイライト、トシゾウ、マヤ、ポルトスの四人はまず食肉加工場に通されて、目の前でオーク二体が解体された。一体二百五十キロ前後でヒレ肉やサーロインでさえ十キロ以上取れる。
ステーキに出来る肉と『てっちゃん』の一部を受け取り、トシゾウとトワイライトのアイテムボックスに収めた。残りの肉を加工して貰おうと相談すると、『加工はするから、一部で良いからオークの肉を我らエルフにも売ってくれ』というのだ。相談の結果残りの肉のうち、三割五分をエルフに売却。一割五分を加工賃。残りを使ってハム、ベーコン、フランクフルト、ロースト、チャーシュウ等をエルフの名にかけて美味しく作ってもらう事に成った。二日後に取りに来る。
トワイライトの影響を受け出したのか、トシゾウ、ポルトス、マヤも今からヨダレが出そうで口元が緩んで薄笑いだ。そらちゃんも落ち着かない。
エルフに売る分の代金は引き取り時に、昼に買った物産店で売っている様なエルフが作った普通の肉製品で払ってもらう事にした。四人の持っているアイテムボックスに入れておけば鮮度は落ちず何時も新鮮なので手には入る時に良いモノを買いだめ。
今はポルトスとマヤのアイテムボックスは鉱石で満杯なのである。ギルドに売ってからの方が都合が良い。
肉製品で足りなければ残額は貨幣でという約束になった。
エルフも明日の夕食は里全体でご馳走。市場に出さずに里の皆で楽しむ様だ。
肉の加工と、支払いの物産店の肉の増産、ご馳走の準備。里は突如湧いたお祭り騒ぎに大忙し。活気に満ち溢れていた。
そんな中、馬車は街に向かって帰って行った。
30分程経って荷台では心地よい眠りに支配されていた。今日は色々有ったから。運転手は黙黙と手綱を取っている。
日は落ちたが未だ宵の口、遙か遠くの街の明かりに向かって馬車は行く。
話が出来過ぎですねw。+登場人物が食いしん坊ばかりです。