【002】また賊軍?
土方歳三の降り立った異世界はまた戦場だった。因果なもので治療してもらった相手が賊軍で、また賊軍に関わってしまった。手足の無い土方は剣術は使わず、戦術を駆使して切り抜けようとする。今回は戦記物に近い内容になってしまいました。土方の勇者としての冒険はまだ先。
2022/05/20::改行を乱発して、段落編成しました。読みやすい成ったと思います。
落ちてる本人は分かっていないが、回りから見ると光の玉が空から降ってきているのである。
普通に物が落ちるより大分速度が遅くなっている。
その光の落下地点を目指しながら馬を駆ける者達がいた。
皮鎧に身を包んだ若者とローブにとんがり帽子の女の二人組である。ローブの女の馬が先頭で一頭予備馬を連れている。後ろは皮鎧の若者で2頭予備の馬を連れている。
起伏も少ない丈の短い草原の中の道を落ちてくる光めがけて馬を走らせている。
皮鎧の若者が先頭の女に言った。
「|亜里砂≪ありさ≫、あれか?」
「そうよ何とか間に合ったみたい。」二人は最低限しか喋らない。
疾走中の馬上ではお喋りをしてる余裕はないし、余り喋ると舌を咬む。
道の先に人集りと人の列が見えてきた。別の方向でも行軍中の人の列のが見えた。
しばらく近づくと人の叫びと金属音、剣撃の音が聞こえてくる。撤退戦・追撃戦の最中である。
撤退側は最後尾で装備の整った兵達が追撃側を上手く|凌≪しの≫いでいる。
凌いでは引いて距離を稼ぎ又守りを固める。
最後尾よりちょっと手前の道より草原に数メートルずれて光は着地した。
撤退側の兵が土方を見つける。
「民間人の負傷者発見。」
二・三拍遅れて続いてその周囲に新たに二つの淡い霧の様な光が降り立つ。
男と女で両方とも若い、体格の良い大きな男は身長二メートルはあろうかと思えるほどの大男で筋肉もしっかり付いており無駄肉は無く鎧を着ければかなり映るだろう程である。
顔立ちもそこそこ整っており、性格も明るそう。見るからに体育会系であるが服装はグレーの麻のシャツに革のズボン。
女性の方は身長も百七十センチはあるだろうか、均等の取れたスタイル、細身だが筋肉はまあまあ付いている方である。現代日本の育ちだろうか?、ジーパンに黒のトレーナとデニムのジャケットといった服装。
黒髪にショートカットで顔はやや小顔、知性と貴品の|滲≪にじ≫む美人だが、着地に失敗したのか顔に泥が付いていている。
先程「負傷者発見」を報じた兵士は光の着地が見えてない感じで”ここにも人がいたのか?”といった表情で
「新たに二名の民間人発見。」と大声で報じる。
道の先の人の集まってる集団から「連れてこい」と声が帰ってくる。
発見した兵士は土方に肩を貸して、立ち上がらせようとして土方の負傷が酷い事に気づく「おいおい、大丈夫か酷くやられたなぁ。」と気遣いながら、
体格の良い男の方に「手を貸してくれないか?」
「うん。俺に任せろ」と土方を背負い。
兵士に連れられて三人は人の集まってる所に近づいていく。道なりに小高く丘になっている所に近づくにつれて簡易的な防御陣地を作っているのが分かった。
壊れた馬車やソフトボールぐらいの太さの丸太等を使い、バリケード・柵を作り土嚢を積みそこそこ防御力のある砦になりつつある。
そこの設営作業を指揮してる若者、洒落たデザイン・高級そうな皮鎧を着けた若者に兵士が声を掛ける
「シェイクスウォード様、連れてきました。」
シェイクスウォード様と呼ばれた若者は
「避難民の列からはぐれたのか?命があって良かったなぁ」と声を掛けながら背負われている土方に気づく。
「おお、手酷くやられたなぁ、しかしもう大丈夫だぞ。おーい、衛生兵クリームを付けてやれ。」
土方を負ぶっていた大男は物資の入っているであろう大きめの木箱に土方を下ろした。
木箱に座った土方に二人の衛生兵が近づきソフトボールぐらいの大きさのビンに入った軟膏を人差指と中指2本で|掬≪すく≫い土方の手足の傷に塗り始めた。
「もう少しの辛抱だ、コレで楽になるぞ」クリームと呼ばれている軟膏を左手の傷口に塗られると、まず冷やっとした冷たい感覚があり痛みが引いてく。
初めての感覚に驚いた土方は自分の左手を見た。クリームが触れた傷口がぼんやりと薄く光り異常な早さで皮膚が盛り上がり傷口を塞いでいく。右足の方も同様にクリームが傷口を塞いでいく。
手足の痛みが引いて腹に痛みが残っているのが判り、無意識に腹を押さえた。土方の左手にクリームを付けている衛生兵が土方の腹の傷に気付いた。
「シェイクスウォード様、腹に傷があります。出血もしています。」シェイクスウォードは「軟膏を付けた後ポーションを2つほど傷口付近に掛けてやれ」
そして土方に向き直って「すまんなぁ守ってやれなくて、命が有っただけでも良かったと思って欲しい取りあえず応急手当だ町に着いたらちゃんと治療してもらってくれ」
シェイクスウォードはニコリとして言ったが、口に出さず心の中で”無事に皆んなたどり着けたらな”顔には出さないが危機感の方が強い。
土方は「有り難う助かった。恩に着るよ」と言い。
衛生兵もシェイクスウォードと呼ばれた指揮官も優しく普段から住民を大切にしているのを感じ取れ、土方は好感を持ち心が温まるのを感じていた。
衛生兵が土方の腹に回復ポーションを掛けているその横で、別の兵が「シェイクスウォード様、トワイライト様と、亜里砂様がお見えです。」
言い終わると直ぐに後ろの方から若い男女二人が現れた。先程、落ちてくる光を追って馬を走らせていた二人である。
「やあ、マゾイ事やってるじゃねぇかシェイク。撤退戦のお味はどうだ?」シェイクスウォードがしぶといのをよく知っているのでジョーク混じりで微笑みながら二人は握手した。
続いてシェイクスウォードと亜里砂も握手しながら説明する。
「撤退戦はショッパイ(美味しくない)。そっちは亜里砂を無事に救出できて良かった。・・・こちらは王都で有らぬ疑いを掛けられ出頭命令、その後衛兵に屋敷を囲まれ捕まりそうになった。」
「王都から夜逃げしてみれば、国から討伐の軍が2個大隊送られた。尻尾巻いて国境手前の城塞都市ポンテ、セイロンに逃げてる途中だ。前もって君が教えてくれてたから何とか王都からの脱出は成ったが・・・。追ってきているのが悪名高いラスパ隊だった。」
「最低だよ・・そんなんで飛地の領地にある村々の領民をみんな連れての大所帯での撤退戦の最中だ。護衛を付けて先に逃がしてそして俺達は|殿≪しんがり≫ 泣きたいよ」と泣く真似をして三人とも笑った。
トワイライトはシェイクスウォードが半笑いでぼやいてるのを見て”笑ってやがる。未だ大丈夫そうだな”と思い「で、ココで次の殿か、足止めか?、戦力差は?」
「相手は二千で|此方≪こちら≫は最初は八百弱いたが、今まで三回簡易の陣地を敷いて防御力高めても負傷兵が百チョイは出てる。現在負傷兵を除いて六百五十位かな?先細りだ。・・・ところで何しに来た?まさか加勢に来た訳じゃないだろう。」
シェイクスオードは来てくれただけで気持ちが少し楽になったと顔と声色に出ている。
トワイライトは「うん」と頷きながら一呼吸置いた。話す順番を整理したのだろう。
「王都で勇者召還の儀式が行われた。多分今朝一番のはずだ。昨日夜更けに王城に忍び込み牢屋から亜里砂を救出した時に処刑報告書を偽造しておいた。」
「その時に、西の魔法師の使う中部屋で大掛りな魔法陣が書かれてあったのを見付けてね。警備も変に厳重だったので調べたら勇者召還の魔法陣だった。」
「勝手知ったる何とか、城の内部は熟知してるから、|序≪つい≫でに分からぬ様に忍び込んで魔法陣に手を加えて召還で勇者の現れる場所を書き換えた。で書き換えた場所からも更にずれて、さっき地に落ちる光を追ってきたら撤退戦に遭遇した。」
言い終わる前からシェイクスウォードは負傷者と他2名をみていた。”ひょっとして・・”という顔をしながら土方達に「さっきの三人、名は?」
まず娘「私はマヤ」続いて大男が「俺はポルトス」二人は続いて負傷者の方に視線を向ける土方は「トシゾウ」とボソッと言った。
顔色が悪い失血が多だろう、また|溜≪た≫まった疲れが顔に出てるようだ。
トワイライトが続いて「女神に英雄って言われた人、ハーーイ」って手を挙げる様に手ぶりで促す。マヤとポルトスは手を挙げる。
トワイライトとシェイクスウォード顔を見合わせて「勇者って言われた人、ハーーイ」トシゾウが手を挙げる。
トワイライトは「俺は何とか追い付いた様だな。国王の手下より先に会えて良かった。」ほっと一息をついた。
気が緩んだ表情でトワイライトはシェイクスウォードの横にいる護衛の兵に「お水を二杯欲しい。」と自分と亜里砂の分を頼んだ。馬で駆け通しで喉が渇いたようだ。
シェイクスウォードは”勇者が発見された位置は敵兵の到達してないはず、他の二人は無傷・・。”
と考え事をしてる顔で「勇者トシゾウ様はこの世界に来ていきなり戦闘に巻き込まれて負傷された・・・でしたっけ?」
「トシでいいよ。この傷は閻魔に会う前だ。」
「閻魔?」意外な表現にシェイクスウォードは半笑いの顔でトシゾウを見た。ポルトスとマヤは「え?」って顔で首をひねっている。
「あ、閻魔じゃない。女神だった失礼。」トシゾウは半分天然・半分ジョークのつもりだった。
横でコップで水を貰って飲んでいたトワイライトは水を吹出し|咽≪む≫せている。
咽せるのが止まったトワイライトが「しょうもない事言うから大事な水○×♯じゃれなか!!」
シェイクスウォードは良い事見つけた時の顔になり
「つまり、トシさんは召還で女神に会う前にその手足の傷を負った。戦場に居たって事で OK?」
「ああ合ってるよ。」
「つまり、戦争のプロだったりしますか?」と言いながら心の中で
”たしか戦術や剣術に長けた人が勇者召還で世界を越えてきた場合は+αの特典がつく”
と過去に聞いた事を思い出していた。
「うん。上手い下手は別にしてさんざんやっては来た。手当てして貰った借りもある。撤退戦だって?手足のない達磨だが、微力で良ければ協力するぜ」
シェイクスウォードは嬉しそうな笑みを口元に浮かべ配下の兵士に簡易机と地図を持ってくる様に指示した。シェイクスウォードの配下の中隊長で手の空いてる四人も作戦会議と聞いてやって来た。木箱に座っているトシゾウの前に簡易組み立ての大きな机を置き地図を広げて説明し出した。
「追討軍は約千人の大隊が二個の二千だ。ラスパ二個大隊このラスパ大隊長がかなりの戦上手らしい、今は大隊長が|後詰≪ごずめ≫の大隊で副長が先鋒の大隊を指揮している。」
「どの騎士団も兵が足りて居らず、両大隊とも盗賊上がりの兵を多く抱え規律も緩い、|蹂躙≪じゅうりん≫と略奪を好む。まあ、『王立盗賊団』という評判だ。」
「そのまんまだな」
トワイライトが顎に手を当てながら無意識に突っ込みを入れてしまっているが、シェイクスウォードは気にせずに続ける。
「今回はその二個大隊が王国の追討軍として出てきている。賊軍、賊軍の領地相手に襲撃、略奪、強姦、殺戮やりたい放題する気でいるに違いない。厄介な相手だがそんな相手に可愛い領民を被害者にしたくないのが心情だ。」
「地形だが俺の後ろを見てくれ向こうが西で御覧のとおり道の先南北に山脈がありその切れ目に向かって道が伸びていて、この道はなだらかな登りになっている。」
「ここか2.5マイル(約4Km)先、山の|麓≪ふもと≫に野営できる広場シェラ野営場が有り、今居る此処がミナブ野営場と言うんだが、此所の三倍位いの広さで三千人位は野営出来る大きさだ。」
「山向こうから川がシェラ野営場を通り森の中に続いている。その川沿いに道が通っていて此所がミナブ野営場から南に行く道と1マイル先で交わっている。あとここからミナブ野営場まで続くこの道の左側・南側|山裾≪やますそ≫一帯に大きな森が広がっている。」
地図を見ながら話を聞いているトシゾウの目が赤く淡く光りだす。耳を澄まさないと聞き逃すほど静かに『キュィーーン』と音がしている。
シェイクスウォード、トワイライト、亜里砂はお互いアイコンタクトを取り、お互いの思わんとする事が一致した事を確認した。
”神の恩恵が掛かったスキルが働き出す時によく見られる現象。”地図を見て作戦を練る時に恩恵の兆候が出ている。
神の恩恵を受けたスキルで『戦術』をトシゾウが所持している可能性が極めて高く、状況が一変する可能性が出てきた。
撤退戦にうんざりしていたところ僅に希望の芽が出てきたシェイクスウォードは内心嬉しくなるのを隠しながら、説明を聞いてる者達を見渡しつつ
「敵の目的は私の首と、我が家の領土。はっきり言えば最近開発が進んでいるセイロン関門都市より奥の穀倉地帯だな。賞金を掛けた上に討伐令が出ている、反逆を含めて有らぬ罪を列挙されていた。領地没収の上お取り潰しってやつだ。」
「王都で出頭命令が出た辺りから、領民にはセイロン関門都市に向けて避難勧告を出しておいた。現在焦土作戦と撤退戦を実施しており『金目の物、家畜や食料は残すな』と。」
「あと村や街の|義倉≪ぎそう≫(災害の時にこの倉を開き配給する為の蓄え)も全部ポンテ城塞都市とセイロン関門都市に運ばせた。王国の追討軍に対して効いている様だ、元々現地調達や略奪する気満々の連中だからな、補給部隊を用意せずに始めた様だ。」
「幸い何度か接敵した時に後続の部隊の様子も注意していたが、兵糧輸送の馬車は確認出来なかった。よって昨日今日は十分に食っていないはずだが、我方も撤退戦の|殿≪しんがり≫でそこそこ被害が出ており精神的ストレスも相当来ている。我慢比のような状態である。」
シェイクスウォードが言い終わってからトワイライトが口を挟んだ
「シェイクの持ってるスキルの多くは商売系が多くて戦争に有利になるスキルあまり無かったはず。プロの意見が聞ければ凄く助かるんだと思うんだが。」
トシゾウは頷きながら周囲の地形を確認しながら地図と見比べて
「直ぐに思いつくプランは三つだが、実際に・・・いや現実的に行えるのは一つ。」
トシゾウは難しいなぁって顔しながら
「現実的なのは是まで通り陣地戦で防御力を高め自軍の被害を減らし相手の被害を増やして士気を低下させ日没迄粘る方向だな。奇策で楽して勝とう思えば何処かで思い通りに行かずに失敗するもんだ。兵力劣勢で撤退戦、策を弄して失敗なら立て直し出来なくなる。」
シェイクスウォードは”やっぱりそうかーー”という表情をチラッと覗かせた。
「陣地防衛戦が基本で良いと思います。陣地防衛戦ならば兵力劣勢と撤退戦のマイナス部分を緩和出来るので。あと相手の意図を読むのも必要と思います」
「ああ、いいですよお聞かせ下さい。」
「地図上で見ればこの先の野営場が有り此所に我々が陣を張り待ち受けて|殿≪しんがり≫をすると予想する筈です。『また時間稼ぎの陣地防衛戦か?ある程度足止めして潮時を見て撤退するだろう』と思うだろう。だが地形を見れば教科書に出てくるぐらい二面挟撃が可能な地形だと気付くだろう。数で勝っており更に二面挟撃で何とか殿を撃破出来ないものか・・と。」
「此所で殿を撃破出来ればその先を行く避難民等に対し、蹂躙・略奪とやりたい放題。避難民は避難するから食べ物や大事な物、お宝一杯持っているから早く襲いかかりたいだろう。食料も無い今の状態なら、一番望む展開。人間はな、見たいモノを見ようとするモンだ。」
「そこで、まず我々は、次の野営地の広場入り口辺りで防衛線を張る。すると敵は自らの方が数が多いので敵は主力を正面から仕掛けさせる。そして機動力の有る騎馬隊であれば川沿いに迂回させても何とか正面の攻撃に歩調を合わす事が出来る。
メインは正面の歩兵とタイミングを合わせた二面挟撃の形で森を通って側面から突然現れた騎馬攻撃に防御側も驚き防御に乱れが出てくるればラッキーって所かな?。」一端言葉を切りコップの水を飲み続ける。
「敵の馬はどれ位あるだろうか?」
「昨日から敵の騎馬の数が多少減ってる。食料の現地調達が出来なので兵糧買い出しに連れて行かれたんじゃないかと見ている。それでもまだ百五十騎ぐらいは有りそうだ。」
「百五十か・・・騎馬は野戦で歩兵の五倍戦力と見るから、七百五十戦力か・・。」
「仮に、急造のバリケードや陣地が有って守備兵600全部で当たったとしても、正面と側面からそれぞれ七百以上の戦力で攻められれば保たんなぁ・・・手堅く二面挟撃をすれば勝てるならそうするだろう。敵の勝機が見えてきたな、此方が正面の攻撃に押されて東入り口から引く所に騎馬隊が回り込めれば袋のネズミ、喩え逃がしたとしても騎馬隊で追撃戦をすれば甚大な被害を与えられる。」
シェイクスウォードはそれぞれの道にの上にチェスで使う黒い駒を置いて目印にしながら渋い顔で「聞いていると気が滅入る。」野営地の自軍は白い駒を3つ置いた。
亜里砂は川沿いの駒を指さしながら「こっちが歩兵の可能性は?」
「こっちが歩兵だと遠回りするぶんシェラ野営場に達するのは遅くなって夕方以降になる。本隊と連携して仕掛ける二面挟撃は無理だ。勝つ為のプラス要因に成らなければ無駄な事に兵を割くことになる。無駄はしないと考えれば、機動力を確保する為に歩兵抜きで騎兵だけだ。」
ココで考えが追い付く為に少し間を開ける。
「それに兵糧不足で十分に食えてない以上決着を先延ばしにしたくないはず。こっちは騎馬で良いんじゃないかな?此方としては撤退戦の時に追手に機動力の有る騎馬隊が有ったら容易に追い付かれ被害が鰻上りなので、今回のチャンスでに騎馬隊を誘い出して森の中で罠を張って潰しておきたい。今後の為に」
トワイライトは腕を組み頭をやや左に傾げ話を聞きながら「そうだな、騎馬隊は厄介だな、何とか出来るなら何とかしないとな」と|呟≪つぶや≫いた。
トシゾウは周囲を見渡しバリケードの方を見ながら
「シェイクスオード、あのバリケードを組むのに使ってるロープって未だ一杯あるか?」
と聞くのに対しシェイクスウォードは「ああ、王都で一杯買たからまだまだあるはず」
トシゾウはニヤリと口元に笑みを浮かべ
「十中八九森から騎馬隊が来るだろう。歩兵が最短距離の正面から来ると道が一杯になり渋滞気味になる、そうなると騎馬は通れない。森の方は正面に比べて道幅は細いが騎馬の機動力が有れば問題なく通れるはずだ。そうすれば騎馬も戦闘に参加出来る。森で罠と伏兵でコレを叩こう。来ると判っていて通る道も決まってるんだ。何とかしたい。うーん・・弓兵六十と槍兵四十、あと指揮官が要るなぁ」
目で居並ぶ面々を見渡し頭を傾げてるトワイライトと目が会い、トシゾウの頭も同じ方向に傾げた。
「え?俺?」
「歩兵を連れてない騎馬はもろいモノだ。頼めるか?森であのロープを使って罠を張る。後で段取りを言う。」
トワイライトは”ほう、面白そうだな”って顔をして「OK、メモ取るよ」
トシゾウは改めて地図を見ながら話を続けた。
「次に本隊だな、シェラ野営地の西出口手前付近を陣地化。東入口には仮設の防御柵を設置。敵が近づくギリギリまで引きつけ東入口で防ぐと見せかける。二面挟撃が効くと思わせる事で敵の騎馬隊が森に入ってくれると有難い。
敵の本隊が東入口に近づいたら仮設の柵を持って西出口の本隊に合流する。東入口では戦わない。東入口付近はどう工夫しても防御効果は期待できないのに対し、西出口は使える。
西出口付近は人の登れそうな大きな岩場があるらしいので岩場の高い所から弓兵が援護する。それを背にする形で防御陣地を作り敵を迎え撃つ。
ここなら森で騎馬隊を撃ち漏らしても横っ腹を突かれる心配は無い。更に騎馬隊を無事叩く事が出来て、森からトワイライトの隊が来れば敵の背後を奇襲できるかも知れない。
野営場東口から中央付近は言わば『死地』そこに居て戦えば負ける。挑発して敵が陣地に仕掛ける。その時に居る場所が『死地』って感じに陣地を張るのが理想だな。
よしんば罠を見破って敵が東入口付近で停止したなら、此方は陣地に篭って時間を稼げばいい。こちらは敵に痛手を与えられずとも避難民の撤退の時間を稼げればそれで勝利。
最悪の場合なんだが、敵が二千全軍でこのシェラ野営場に渋滞覚悟で踏み込んできて被害無視の全軍突撃を仕掛けて来る場合がピンチ。この場合接敵面が多いので各ポイントで四対一の数的不利な状況が起きてほとんどの陣地は突破される。被害は大きく壊滅的打撃を受ける事になる。
敵が二千全軍で来た場合は陣地を放棄し百メートル西に引いた所つまり山に挟まれた谷間で馬車を一、二台倒しバリケードにして殿戦に移行する必要がある。
|其処≪そこ≫ならば道幅せいぜい十数メートル、兵士が敵に接する数は六百だろうと二千だろうと同じで一個中隊で封鎖出来る。接敵面を減らせば兵数の多さによる有利は打ち消せる。一応対処方法と共に頭の片隅に置いといてくれ。」
コップの水を飲み。シェイクスウォードの方を見る。
「なるほど、素晴らしい。さすが歴戦の軍人さんだな。最悪の場合まで考慮してある。」
トシゾウの説明が明確で、理解しやすかったのですんなり方針が決まった。
今居るこの陣地での方針はなるべく足止めをし、次の陣地の設置の時間を稼ぐ。そしてヤバくなったら即退却する。
シェイクスウォードは部下の中隊長に指示を出し作業を開始させた。
トシゾウはトワイライトに策の詳細を話し準備に掛かって貰った。
回りで兵達が目まぐるしく動き出す中、広場の端で壊れた馬車と荷物が山積みになっているのを見つける。まともな馬車と荷を入れ換えている最中であった。
「あれは?」
トシゾウは近くにあった槍を取り柄を杖代わりにして歩いていこうとした。すっと、横からポルトスとシェイクスウォードが肩を貸し、ゆっくりと荷物に近づいていく。
「ああ、酒と水・食料積んだ馬車が壊れてね、屋敷に置いていたダンジョン出土品等今使えないガラクタを置いて酒・食料をまともな馬車に積み込んでる最中だ。」
トシゾウの足が止まって必然的にシェイクスウォードやポルトスも止まった。
トシゾウはシェイクスウォードの顔を見ると物資の積み代え作業の方を一度見てニコっとした。
シェイクスウォードは首をひねりつつ
「なあ、焦土作戦やってたので酒や、食料を残さない様にと思っていたが・・・、残した方が良いのか?」
トシゾウは所々芝居がかった言い方で
「シェイクお主の焦土作戦のお陰で敵は飢えている、酒・食料が戦利品として手に入ったらどうなる?丸二日充分食えてない連中が飯と酒を手に入れるんだ、食べたくなるわなぁ、まして盗賊あがりが多くいて規則も緩い。食べたくなるわなぁ・・食べると酒が欲しくなるわなぁ。酒を飲んだら兵は使い物にはならん。
置いとく量にも寄るが、先に見付けた一個大隊を無力化、此所に釘付け出来れば最悪の状態に成る確率は非常に少なくなる。
思惑通りに事が運ぶか判らんが、『負けない為の要因・準備をどれだけ開戦までに積み上げられるか』が大切。」
「うん。」シェイクスウォードは積み替え中止を命令し壊れた馬車の中と横に酒と食料を積み込む様、更に余分に酒を追加で置く様に指示した。
そんな三人の後ろから亜里砂が付いてきていた。
「ねえねぇ、さっき言ってたガラクタってダンジョンで拾ったお宝でしょう。何が御座いますの?」
「確かにお宝だけど、使い道が無くて残ったモノばかりじゃないかなぁ?」
トシゾウ、ポルトス、シェイクスウォードは、酒樽の横に置いてあるお宝の箱の側に来た。亜里砂が先に箱の中を覗く
「義手、義足なんか無いかなぁ?」と独り言を言いながらスクロールを取り出した。
「あああ、錬金術のスクロールですの。使える人いないですものねぇ。」
シェイクスウォードも頷きながら「ダンジョンから出るから昔はもっと使える人いたかもしれんが、今じゃあ王国内や周辺国にもギルドや、アカデミーで教えてる人居無いからなぁ。」
その時、トシゾウの目にスクロールが映った時、目が淡く赤く光った。
ソレを亜里砂は見逃さなかった。「トシゾウさん、今反応した。!!」
「ん?・・・??・・!あ、そう言えばレンキン何とかってのココに来る前に女神様から貰ったかも?」
「トシゾウさん、ステータスオープンって言ってみて下さる」
「ステータスオープン・・お!!」トシゾウの前にステータス画面が現れた。
そして目で内容を追っていき見つけた。
「あ、これか?・・コレ見てくれ」
亜里砂は呆れた顔で「トシゾウさん、ステータス画面は本人しか見れませんのよ。本人には画面が見えてても、他人からは空を見ている様にしか見えないですの」
横でシェイクスウォードも「そうそう」と頷く。
「だから錬金なんとかって付いてる項目読んで頂けません?」
「お、おう・・・。錬金術優遇+1ってある。」
「おおおおーーー。」
「わおーー。きたーー」シェイクスウォードと亜里砂が喜んだ。シェイクスウォードにとって撤退戦の良い気晴らし気分転換である。
二人ともスクロールにトシゾウが反応した時点で期待していたのである。まるでクイズ番組の問題で知ってる事柄が出題された時の様な確信を持って。
ポルトスは状況が飲み込めず”何?”って顔をしてる。
自称魔法系アイテム・魔道具を愛して止まない女:亜里砂は
「シェイク、これでこのガラクタにも日の目が当たりますのよ。」嬉しそうな顔をしている。
シェイクスウォードは”マックシェイクみたいな呼び方何度言われても慣れないなぁ”と心の中でぼやきつつ、「おう、良かったなガラクタ」と大きな木箱に入った品々に声を掛けた。
「トシゾウさん巻物一通り目を通してみて下さる。読めるのが御座いましたらソレ使えますので。」
「『トシ』でいいよ。昔、ごく親しい仲間はそう呼んでくれていた。」
「じゃあ、トシ。錬金優遇+1はね、レベル0や、スキルを取っていない状態でもレベル1は使えますの。更にスキル技能、センス・応用の上乗せが御座います、とても有難い特記ですのよ、上手くいけば失われた技術を再興出来るかしらって、今私ワクワクしてますのよ。」
「へぇー・・・、読めないヤツばかりだけど・・」
「トシ、今の状態レベル1だけ優遇のお陰で見れるのよ。要求レベルが高い奴は読めないけど、錬金術のレベルが上がれば読める巻物が増えてきますわよ。」
トシゾウは巻物を次々と一見し横に置いていく中で当たりを引く。
「おし、コレ行ってみよう。」
「あら・・。何か判らんやつだけど・・・発動出来そうなの有った・・。汚れで内容が読めん」
「読めないけど発動って・・。ああ、書いた人の字が超汚い時がそうですわねぇ。そんなのって、発動して術を覚えないと説明や内容が読めないタイプね。取りあえずやってみて頂けます?」
と言いながらシェイクスオードと亜里砂はトシゾウから距離を取って近くの岩陰に隠れた。ポルトスもそれに習った。
トシゾウは片足で立ち左肘で木の物資コンテナに肘を着いて寄り掛かっている。
岩陰から「いいよ」って声がした。どんな魔法か判らないので安全を取ったのである。
トシゾウは巻物の術を発動した。直後トシゾウはパタッと倒れた。
岩陰からワクワクしながら覗いてた三人は「えー?」って感じで固まって呆気に取られてた。二呼吸ぐらいの間を置いてトシゾウがムクッと起き上がった。
「死霊魔術の幽体離脱と憑依だった。」とトシゾウは言う。
三人ともズデーンとズッコケタ「期待とチガウ」。
シェイクスオードは「なーーんやソレ。死んだふりか?と思ったぞ」
亜里砂は驚いて「死霊魔術?幽体離脱?あらーーそれも一般人に教えれる人居ませんの(喜)。モンスターとか魔族側の魔術です。後で改めて術式覚えると良ろしいかと」
驚きとワクワクで声がうわずっている。
一人はしゃいでいる亜里砂を気にせずにトシゾウは次の巻物を開いた。
「なになに?『造形』・・。要求:錬金術Lv1、魔力5、MP4、生命でない物・素材の形を変える。又は形を与える。材質と容量は変えられない。・・・読めた。」
「へーー、そんなのありますのね・・。それってあの壊れた馬車の破片から松葉杖作れませんこと?」
亜里砂は「有ると楽ですわよ」と言って大きめの木切れを持ってきた。
「まずは術式を覚える事ね、巻物を睨んくださいな」
トシゾウは言われるまま巻物を睨み付けた。散々人を斬ってきただけあって目付きが怖い。
さっきの様に瞳に淡い赤い光が浮かび上がった。それに応じて巻物の文字も赤く淡く光を放ち出した。
「そこで、習得しますかって聞いてききましたら、『はい』を選びます」
言われた通りにした。呼応して巻物の赤い光がトシゾウの目の中に吸い込まれ、やり方や手順等が瞬時に解った。
トシゾウは壊れた馬車の横にある木箱の上に木切れを置き亜里砂から書くモノを借りて木切れに円を描き線と文字を書き入れ魔法陣らしきモノを書き上げた。
そして右手で魔法陣に触れながら「造形」と唱えた。
木切れはうっすらと光り形を変えた。光がおそまった時台の上に有った木切れは松葉杖に形を変えていた。
「おおおおお。!!!」三人揃って驚きの声を漏らした。
亜里砂も右斜め後ろから「錬金術復活の歴史的瞬間ですわーー。酎ハイ飲みたい(嬉)。」
トシゾウは嬉しそうな顔で松葉杖を使ってみた。「まあ、コレで一人で行動出来そうだな」。
トシゾウは続いて使えそうな巻物に向かってブツブツ言いながら次の術を発動したが、何も起こらなかった。「また死属性・・『メイクアンデット』だって、日の光の無い所限定だそうだ。次行く。」
シェイクスオード、ポルトス、亜里砂の三人はハズレ引くの慣れてきて和やかに「はいはい。」言う感じで見守っている。
トシゾウも”死霊系ってろくな術無いなぁ”と呆れながらも次の術を発動する。
トシゾウの周りに小さな赤っぽい光の粒が無数に発生する。トシゾウの身体もうっすらと赤く発光しており赤っぽい光の粒を次々に周囲に放出している。
赤っぽい光の粒は星雲のよう|疏≪まば≫らに|纏≪まと≫まりつつトシゾウを中心にユックリと渦巻き回転しながら徐々に収束してゆきトシゾウの頭の上で光の玉になった瞬間パーンと弾けた。
衝撃波みたいな光の波がサーッとトシゾウを中心に円状に広がり彼方へ消えていった。
「あれ?終わり?」トシゾウは拍子抜けした。発動時の光景からしてもの凄い魔法と期待したが何も起こらなかった。が、少し間が開き一気に疲労感を覚えて|蹲≪うずくま≫った。
「大丈夫か?」三人が岩陰から駆け寄った。
トシゾウは「術終わったらどっと疲れが来た。」と言い残して気絶した。
亜里砂が「あ?ヒョッとしてメンタルダウン?Mp使い果たして気絶しました?」と察して亜里砂のアイテムボックスからMP回復ポーションを取り出しトシゾウの口に少量流し込んだ。
直ぐにトシゾウは意識が戻った。
そのトシゾウに対して亜里砂が「ふふん。気が付かれました?そのMPポーション一瓶全部飲んで下さりませんこと、MP全部使い果たして気を失ったの。それ、最大値の30%回復しますのよ」
トシゾウは全部のみ切ってから手の中の空の瓶を見つめながら「美味いな、これ」と気に入ったようだ。
その場で何も起こらなかったのでスルーしたがトシゾウの使い気絶した術は死者の魂や骸を供物として使う魔術で『使い魔・悪魔召還』である。
死霊魔術Lv1以上、魔力×使用MP(積算値)及び(発動から12時間以内に半径8Kメートル内で死亡した穢れた魂または骸を供物とし相応の使い魔・悪魔を呼び出し使役する。であった。
ワイワイと楽しそうにやっているのを見ていたシェイクスウォードは我に返り「あ、こんな事してる場合じゃなかった・・・。あ、あのねトシさん、ソコの物品群をトシさんのアイテムボックスに入れといて貰えます?」
「え?このガラクタの山?」
「ガラクタ言わんで下さい(笑)、トシさんが錬金術と死属性使える様になって価値が出てきだんですから。もっともトシさんしか使えないと思うので持っていて貰った方が良いいと思います。で、自由に使って下さい」
「分かった。入れとく」セッセ、セッセとポルトスに手伝って貰いながら全部アイテムボックスに入れた。その間にシェイクスウォードは壊れた馬車の横に野積みされてる酒樽をかなり多めに積み増し、食料は少しだけ積み増した。
「まあ、酒飲みの盗賊は酒見つけたら勝手に酒盛り始めるっしょーー。ソレで追手が減る思ったら惜くない。惜くない!!」
未練たらたら(未練が大きく|悔やみながら何度も振り返る様子の方言。)だ。一応、布を掛け石や砂置いたり掛けてヘタな隠蔽をしている。隠してる様に見せないと計略がバレると元も子も無くなると思ったからである。
トシゾウとポルトスは食料を運ぶ最後の馬車に乗って次のシェラ野営場に向かった。
シェイクスウォードと兵百五十名前後は未だ残っている。馬もそれぐらいある。馬の横に大盾と馬装鎧(馬用の鎧)の後ろ半分が並べられていた。
馬の後ろ半分に馬装鎧を着け大盾を背中に担げば後ろから矢を射られても被害は殆ど防げるのである。防御拠点から撤退する時用の組み合わせである。
馬車の荷台で揺られている道中ポルトスが「次の拠点では俺も守りに加わる」と言い出してるのである。
亜里砂が「レベル1ですのよ、お止めなさいな」と止める。
英雄や勇者と言えどもレベル1は一般人よりやや強い程度なので、ジョブ(職業)も取って無くレベル1や2で前線に出るのは自殺行為と思われているのである。ただ、今日召還された三人は色んな意味で規格外なのだが、
「だいたいポルトスさん、あんたに合う鎧ないのよ、防具無しは絶対ダメ。私なんかレベル1、2の時に重装してましても何回も死にかけましたわ」
其れを聞いてたトワイライトは”そう言えば、駆け出しの頃に亜里砂がフルプレート着て金属に相性の良い土魔法の『ストーンバレット』使うってやってた。
戦車かトーチカイメージしてたらしいんだが、重量オーバーでジリジリしか動けなくて後方にゴブリン一匹抜かれて避けれず、振り向けずにゴブリンに棍棒でタコ殴りあってたよな。
ゴブリンの棍棒何度殴ってもダメージ着かなかったので後回しにしたら、痛覚だけは通ってたらしくて罰ゲーム状態で泣いてた。
最後はションベン迄掛けられてたっけ・・ありゃぁ臭かったなぁ。其れだけは覚えている”とトワイライトは駆け出しの頃を思い出していた。
一方ポルトスは「ううぅうぅーん」犬が不満の時に出す唸り声をまねて不満を露わにする。
見かねて馬車の手綱を取っているトワイライトが前を向いたまま
「トシさん、錬金術で鎧をリフォームしてやってあげてくれませんか?」
トシゾウは”あ、そんな使い方出来るんだ!!”と目を丸くした。
「レベル1なんで、防御力の高い金属鎧が良いと思います、ヘルムと手足の防具フルセットならそうそう死ぬ事も無いんじゃないか?」
「あああ、トワイライト貴方ね空気読みなさいよ!大人しくするように言ってますのにー。」やれやれといった顔をする。ポルトスは成長すれば名だたる英雄に育つのは間違いなくこんな所で失ってはならない存在である。大事を取って言っているのだ。
ポルトスは目を輝かせて「トシ、やってくれ頼む。」
「ああ、向こう着いたらやってみよう。」
馬車で揺られている間に武器の話も出た。何個か前の馬車に錆びたクレイモア(大剣)が有る様なのでクレイモアの錆び落としもすることになった。
目的地のシェラ野営場に着くと先に来ていたマヤが待っていた。
到着して早々トワイライトは弓兵六十、槍兵四十を連れ、ロープの山を馬車に乗せて森の中へ向けて出発した。
シェラ野営場は東にある(さっきまで居た)ミナブ野営場の三倍強の広さで、だいたい直径二百五十メートル程のほぼ円形で丘の上にある起伏の少ない平面、丈の短い洋芝や雑草が生えている。
東西に出入り口がありその間を五メートル位の幅の道が通っており道には草は生えておらず踏み固められた黄土色の土が覗いている。多少の轍もある。旅路の小休止で馬車を止めたりするのだろうか、道から外れて草地が禿げている所が何カ所か有る。
東出口付近は何も無くほぼ平坦で若干下りの道が先にミナブ方面に続いている。東出口は丘の上の東端で見晴らしも良い。
西出口の付近は南北に走る山脈の切れ目で谷と成っており西出口は正面に道が西に延びており道の両横は切り立った山肌が|聳≪そび≫えている。
北側の山すそに道が通っており南側の山すそに沿って川が流れている。川は西出口からシェラ野営場に入り南の山すそを通って南に出て森の中にながれていく。戦闘がなければ牧歌的で心の安まる風景である。
トワイライトを見送ったトシゾウ、ポルトス、マヤ、|亜里砂≪ありさ≫の四人は野営地の一角の馬車が数台止めてある横で物資の入ったコンテナが置かれているのを机代わりに早速防具のリフォームに取りかかった。
残ってたブレストプレート取りあえず三つ用意してその一個の鎧を色んな角度から眺めて形状を記憶した。魔法陣を描き、錬金術発動。
ブレストプレート三個でポルトスでもややユッタリ目で使えそうなサイズのものが出来た。
ブーツの様な形の鉄製足部防具のグリーブや鉄製の籠手ガントレットも三個で何とか出来た。
三品終わった時に『タラララッラッタッタターー』とパンファーレが鳴ったように聞こえた。
錬金術のレベルが上がり1になった。トシゾウは辺りを見渡し何の音か理解できずにスルーしようとした。
亜里砂が「術のレベル上がりましたのね、おめでとう。さあ、次大剣いまいりましょうか」木箱の中からボロ布に包まれた鉄の塊を誰が取り出すかお互い顔を見合わせた。
トシゾウは隻腕、マヤと亜里砂は見るからに大変そう。
やっぱり俺か?って顔をしてポルトスが持ち上げ、机代わりのコンテナの上に置いた。ボロ布を取る。
重く長くて太い赤錆の塊が出てきた。トシゾウが小さめの魔法陣を書きその上に赤錆の塊を置き術を発動。赤錆は熱い鉄の上に置かれた氷の如くゆっくりと溶け刀身に吸い込まれてき鉄の刀身が出てきた。
そして刃は刃こぼれ、皹入り等があるがその上をトシゾウの指がなぞると綺麗に治っていた。新品みたいに綺麗になった。
ポルトスは嬉しそうに装着していく。見違えるほど様になっている。
「おおお、ドコゾの英雄みたいだな。」感嘆し賛辞を送りながらトシゾウは心の中で”実際に期待できる”と確信していた。
期待できる奴、出来ないヤツ、見かけ倒しなヤツと数多くの兵士や仲間を見て来たトシゾウの目には嬉々とした期待の眼差しが有った。
トシゾウ、ポルトス、マヤ、亜里砂の四人は思っていたより早く終わったので、要の西出口の陣地をのぞいてみた。
兵士達が集めた丸太をロープで括り格子状の柵を作っていた。陣地設営の中隊長が駆け寄ってきて
「トシゾウさん、背後の大石や山肌に弓兵を配置する件ですが、岩場が急でかなり難しい状況です。何カ所か登れそうな場所はありますが、せいぜい十名十五名です。」
陣地の直ぐ背後にある岩場、崖の岩肌に目をやった。
低い位置で棚みたいな場所は少なく、3メートルぐらいの高さに良さそうなのが有ったがソコまで登るのが大変そうである。
トシゾウは困った顔でそれほど急でない岩肌を睨んでいたら、
亜里砂が「あそこの大っきい丸い岩の上の部分、平に変形出来れば使えませんこと?錬金術でって無理でしょうか?」
亜里砂は自分の発想と経験・ノウハウからトシゾウにヒントを与えてみた。
子供に直接的な「~~しろ」といった指示・命令ではなく、学校の先生が子供にヒントを出して、子供が自分で答えや考えを導き出すようにである。
トシゾウは「!!」な顔をした。
四人は大きい丸い岩の所に歩いていった。大岩の所に着くとトシゾウは岩肌に魔法陣を書きだした。書き終えると魔法陣に手を当てて術を発動する。
丸岩が立方体に姿を変え上部分が平になりテラスの様になった。トシゾウは手答えを感じた。アイデアが浮かんだのである。
「ねぇねぇトシ、階段は付けませんの?」
「ココはダメだ」
「なんで?」
「ここは柵のすぐ後ろだろう、ココに階段を付けると柵が突破された時に敵兵はここから弓兵を襲う為に上がっていくだろう。弓兵にとって逃げ道から敵兵に来られては助からない。」
トシゾウは陣地から西に延びてる道、山と山の谷間の方を指さし
「あっちから登って行ける様に階段と通路を整備しよう。あそこだったら陣地が抜かれても階段手前の道で足止めすれば無事に弓兵を逃がせられる。」
それを聞いて亜里砂は”さすが軍人ね戦争の事になると良く気が回るわね”と感心しながらついて行った。
岩肌の斜面平均六十~八十度位の角度の岩肌が道の端から切り立っている。道幅は約十メートルぐらい。
西に向かって道の左側の横に川が流れている、水量もそこそこ有り流れが急。川幅は場所によって五メートルから十メートル弱。川の対岸は急な岩肌がそそり立っている。
トシゾウが示した斜面がなだらかな場所で魔法陣を書き錬金術で大分広い目の階段を作った。錬金術の技『造形』のレベルが2に成った。
MPの消費量が4→3、効果範囲術者より2メートル→3メートル、容量2立方メートル→3立方メートル。2倍掛けまで可能になった。
倍がけすると消費量2倍、範囲2倍、容量4倍になる。技『造形』のレベルが3になると3倍掛けまで可能になる。
トシゾウは柵の裏手にある崖に高さの違う棚が二カ所有る。ソコを目視確認し階段の先から通路を錬金術で形成した。通路の幅は約七十五センチ。
通路を|穿≪うが≫つ分の石材を外側に約十センチ幅の壁で腰のやや上の高さ迄あり滑落を防止と弓兵が身を隠せる様に成っている。技『造形』のレベルが2に上がった事で術後の形をイメージする時に水平二方向と垂直のグリット(目安線)が出る様になって地面や壁などを作るイメージをする時に楽になった。
通路の先端で少々思案をし、亜里砂から紙を貰い紙に魔法陣を書き岩肌に貼り付けて術を発動した。
紙だけがグチャグチャになり、トシゾウは頭を抱えた。失敗の様だ。地道に岩肌に魔法陣を書き込み二度ほど通路を形成した。
そして暫く繰り返して、斜め上の虚空を見上げ・・・何か気付いた様で、アイテムボックスの中を探り革手袋を取り出し、手袋を睨み続けた。端から見て小汚い目付きの悪い兄ちゃんが手袋にガン付けてる異様な光景が一分ほど経って、亜里砂が「ああ、ヒョッとして鑑定してる?」
鑑定は勇者の持っているスキルではあるが、最初は使い物にならない。失敗を繰り返しているうちに鑑定レベルが2に上昇した。そして鑑定できた。
「『錬金術の革手袋』ってよっしゃ!!多分・・・」とトシゾウは独り言を言いながら手袋の右手の甲の部分が白くなっておりそこに魔法陣を書き出した。
書き終えて革手袋を右手に付け通路の先端の岩肌を手で押さえて技の『造形』を発動した。同じ形状の通路が出来た。「おおおお、出来た出来た。」トシゾウははしゃいだ。
ポルトス、マヤ、亜里砂の三人は途中から何をやっているか理解したので成功した時に「おおお!!」と歓声を上げた。
こうゆう作業は見てるだけでもそこそこ楽しいようで退屈しない。以後作業は急ピッチに進んだ。
柵の裏手の岩肌斜面の棚の形状利用し弓で上から攻撃出来る城壁を上下二列作った。下段の少し上辺りに四畳位のステージを作った。
マヤが「ココにステージが要る」と言い、トシゾウも「指揮所が有っても良いかも」と思った。
しかし錬金術だけではマヤが言う程の広さは取ない。岩石の体積が足りないのである。
悩んでいると亜里砂が「何悩んでますの?」って聞いて、問題点に対しストーンウオールという魔法使いの土魔法を使い箱形の土台を作りその上にステージを作って要望のモノが出来た。
所々問題に|躓≪つまづき≫きながらでもサクサク施工出来るのでトシゾウは楽しんでおり、三人も退屈せず楽しんでいる。トシゾウは此所で一服、MPポーションを飲む。そしてまた施工を進める。
野営地の西出口付近の城砦化が進んだ。次にトシゾウはポルトスに手を肩をかり、松葉杖を突きながら木組みバリケード柵の前に来た。
トシゾウは膝を突き右手を地面に着け術を発動した。深さ三メートル幅三メートルほどの堀が出来た。バリケード柵の前は堀、柵の切れ目は出入り口でソコには堀は張らない。
横に長いバリケード柵の前を次々に堀に変えて進んでいく。時間も掛からず堀も作り終えてしまった。
終わった頃には技『造形』のレベルが3、錬金術もレベル2に成っていた。
丁度その頃に前の野営地で足止めしていたシェイクスウォード達が馬で引き上げてきた。
山裾のシェラ野営場の東入り口に入ると仮設の柵が既に出来ており、入り口入った所の横に置いてある。
東入り口入る手前まで緩やかな登りになっていてそこから野営地の広場はほぼ平らな原っぱで丸みを帯びた六角形みたいな形で直径二百五十メートル位のまあまあの大きさの陸上競技場位の空間である。向かって左側(南側)広場の端には森に向かって道が延びている。
シェイクスウォードはこの森の方向に向かってトワイライトは兵を連れて行った筈だと心の中で作戦を思い起こしていた。
東入口から少し入ると西側の出口手前に築く予定の陣地が予想を|遙≪はる≫かに超えて立派に出来ているのが分かった。柵の前には堀が出来ており、柵裏の崖の岩肌には二段の城壁が出来ている。見事な砦である。
攻め手が柵・堀に阻まれて攻めあぐねている状態で柵の中から長い槍や弓矢で応戦し、二段の岩肌の城壁型通路の狙いの付けやすい高い位置から多くの弓兵が一方的に攻撃出来る。
シェイクスウォードはこの砦を見るまでは、今まで足止めに造成してきた簡易砦・陣地を一寸良くした程度のモノを想像していた。
着く頃にはまだ半分程しか出来ていないだろうと思っていたのだ。追手が到着する迄に急いで陣地の完成度を上げる為に何から手伝おうか考えていた。
トシゾウ、マヤ、ポルトス、亜里砂の四人は陣地の前までシェイクスウォードを出迎えた。
到着早々開口一番「どうしたんだ?これ」と満面の笑みで言わずには居れなかった。
「遠目からでも凄いのが出来てるのが良く判った。こんな短時間でどうやったら出来るんだ(嬉)」
亜里砂はニヤニヤしながら「トシさんが使える錬金術に便利な技が有って崖の岩肌の形状を書き換えてくれましたの。あの城壁の様なモノがそうですのよ。|凡≪およ≫そ百五十名前後の弓兵が配置できますわよ。」
みんな出来具合の良さに気を良くしているが、トシゾウは表情が険しくなった。
「シェイク、どの辺りから城壁モドキや堀が確認出来た?」
「丁度野営地の東入口入って少し行った所かな。中央より手前かな。どうかしたか?トシ」
トシゾウは渋い顔しながら「入って少し~中央か・・」一呼吸置いて
「東口入って少しの所で気付かれたら困るなぁ。」
ポルトスが頭を捻りながら「困るのか?弱点でも見つかるのか?」
「そう、弱点が見つかるんだ。シェイクが敵将だったらどうする?入ったら立派な防御陣地が有ったら」
「私が敵将だったらこんな物々しい防御陣地には無闇に突っ込まない。弓矢や魔法の飛んでこない中央、東入口付近から中央で布陣し状況を見てから対処を考える。」
「だよな。優秀な指揮官なら無闇に仕掛けない。数的有利・総兵力約四倍弱、立場的有利・撤退戦の追撃側の有利が有る以上無理して不利な地形で戦う必要がない。ソレじゃあ此方としては面白くないなぁ。」
トシゾウは半分苦笑が混じりながら「隠蔽と挑発で食いつかれるしかないか・・?、森から木の枝葉っぱ付きを切ってきて堀の前に並べる。堀の隠しは是でいける。あと、城壁型通路の方は・・」
トシゾウが思考の為言葉が途切れた所でシェイクスウォードが「弓兵に最初は合図があるまで通路で座って隠れさせる。それでどだ?」
「それしか無いよな、あとは挑発でどれだけ乗ってくるか」
トシゾウは納得しない顔でブツブツ言いながら、シェイクスウォード、ポルトス、亜里砂の後に続いて松葉杖でコツコツ戻っていった。マヤはトシゾウの横に付いている。
トシゾウの中では戦とは、戦闘に入るまでにどれだけ準備を積み重ねられるか、が戦だと思っている。勇者召還以前なら準備も十分整える暇も無く戦闘に突入せざるをえん事が多かったのだが、今回は錬金術とやらのお陰で時間の余裕が出来た。
未だ何か準備を上積みしたいが追加策がない。あとは本番に入ってからしかする事が無くなったので、兵に指示を伝えたり、臨戦態勢にはいった。
*******************************
所変わってトワイライトの一隊。弓兵六十と槍兵四十と荷馬車一台を連れて森の中まで来ている。荷馬車の中身は大量のロープの束。
野営地から森の中へ二百メートルほど行った所に角度の緩いカーブがあったのでそこをA地点として罠を張る。弓兵四十と槍兵二十五が作業に取りかかった。ロープも一杯下ろされた。
残りは更に奥のB地点へ行きココでも多くのロープを下ろした。最初のA地点から三百メートルほど離れた場所で罠の準備をした。
トワイライトはA地点で作業始めながら指示を飛ばす。罠を張り終わって弓兵は弓と矢筒を担いで木によじ登り安定して撃てるポイントを確保するべく登っていく。
殆の弓兵は木登りが上手ではなく槍兵に手伝って貰っている。童心に戻るのかキャッキャ言う兵も何人かいた。
「弓兵いいか、騎馬が止まるから、騎手をしっかり狙え馬には当てるなよ。」と命令を伝えた。
A地点では準備が終わって此所にいる全員がドキドキしながら待った。待つ時は時間が長く感じ”ヒョッとして騎兵は来ないのではないか?”との思いが心を過ぎりだした。
更に時間が過ぎると騎兵のドロドロいう音と地響きが聞こえて来た。徐々に音が大きくなり、近づいてくるのが判る。
B地点(騎兵が最初に通過するポイント・森の奥側)で騎兵が通過した。通過し終わると右側の茂みからロープを持った槍兵三人一組で茂みから出てきて道を渡って道の反対側の木の幹に二度巻き括り付けてた。ロープには木の枝、幹その他障害物になるモノが括り付けてある。
障害物がある分重くなるが三人協力して順調に張っていく。五、六本のロープが張られて、そこから道沿いの木々に二十メートル道と平行にロープ張られ袋小路が作られた。道沿いのロープの終端から三メートル先に、黒く塗られたロープが高さ二メートル位の位置に張られた。距離を置いて二本。騎兵の退路は罠になった。槍兵は又茂みに身を隠し準備完了。
騎兵は何も知らずB地点を駆け抜けその先の緩いカーブが終わってA地点にさしかかった。
緩いカーブが終わって見通しが利く様に成るはずが、突然前に障害物が現れた。
手綱を引き馬を減速させる。木の枝や幹など障害物が結ばれたロープが道を塞ぐように張ってあり馬が止まった。
止まった騎馬の騎手に向けて斜め上から数本矢が突き刺さり騎手が倒れ込む。騎手を失った馬がロープの前で立ち往生している所に後続の騎馬が来てまた止まってしまう。後続が次々と詰まって行き窮屈に渋滞して余計に身動きが取れない。
走っている騎馬に矢を当てるのは至難の業だが、止まってしまった騎兵には当てやすい。
木の上の方のから矢が次々と騎手を打ち落としていく。機転の利く兵もおり道から外れ茂みの有る木立の間に出ようとするが、其処にもロープが張ってあり、なかなか馬が通れ無い。突然の出来事に対処出来ずに矢が刺さり落馬する。
矢が刺さりながらも辛うじてロープを剣で切り渋滞している道から木立の中に逃れた者もいたが茂みから二人一組の槍兵に不意に下から槍で突かれ絶命する。
次々と騎兵が討ち取られて行く中、騎兵の最後方にいた数騎が渋滞にはまり前方を覗う。道なりに渋滞の列が続き到る所で悲鳴や声が上がっている。
横にいる仲間と顔を見合わせて伏兵か罠が張ってあったかも?と推察し|踵≪きびす≫を返し来た道を逃走しようとする。
其処に道の脇左側の茂みから障害物の結ばれたロープを持ったトワイライトと他二人が一組になり道横の茂みから跳びだして最後尾の馬の直ぐ後ろを横切った。
必死の形相で道を横切り右側の道脇の立木にロープの端をぐるりぐるりと二度巻き付け|縛≪しば≫った。張ったロープに最後尾の馬は後ろから押され渋滞の列に押し込まれていく。
そして、ロープを張り終わったトワイライトの足下に置いてあった別のロープを持ち、もう一度その外側に障害物の結ばれたロープを張り今一度退路を断った。
森道を使った罠、包囲網が完成した。本来ならば騎兵は狩る立場、歩兵は狩られる立場にあり、騎馬に突撃されれば蹂躙され、仲間から分断されれば仲間の元に戻るまでの間に騎馬の機動力を活かしてスーと多数が集まり一対多数になってやられてしまう。
言わば歩兵にとって騎兵は死神的存在で恐ろしい存在なのである。最後の退路にロープを張って蓋をするところはトシゾウの指示にはなかった。
無かったのだが、罠を作っている時にトワイライトはふと気付き付け足した。自分が最後に付け足したので騎兵は怖いが勇気を振り絞り必死で蓋をした。
過密状態で動きの取れない騎兵は只の的と変わらず木の上から射られる矢に倒れる者が続出し、剣を抜き矢を払おうとして仲間を傷つける者もあり。大混乱である。
仲間が次々倒れていく中、混乱の中にも冷静で頭の回る者も居り一本ロープを切れば飛び越えれそうな進路を見つけ、目立たぬ様にロープを切り退路を確保し脱出した者がいた。側にいた親しそうな三名が直ぐ後に続いた。
その脱出を十数名の者が見ていた。機を見るのに敏感で何時も勝ち組に顔を出す奴等が仲間のその行動を見逃さない。脱出した四名に習い十五騎ほどが包囲網から逃走出来た。
逃げ出した騎馬にも矢は襲いかかり三人ほどが射落とされた。最初に逃走した頭の回る奴は森道に戻らず茂みの少ない木立の間を選んで四騎縦隊で落ち延びていった。
この先頭の男は罠の大分手前で茂みに隠れた人の気配を察知していた。
襲ってくる気配が無かったのでそのまま通り過ぎたが、罠を脱出した今では元来た道を帰るのは非常に危険と勘が知らせている。あえて道のない木立の間を駆けていった。
後から遅れて続いた十二、三騎は先に脱出した四騎を見失い探しているうちに走りやすい元来た道に戻ってしまった。
後ろをチラチラと見ながら罠から脱出出来た安堵感で警戒心が和らぎ間違いを犯してしまった。元来た道を急いでいるのである。
忌々しいこの森を早く抜けようとの思いで。追っ手が来ていないのを確認し気が緩んだ所で前方に来る時には無かったはずの障害物付きのロープが張られているのが見えた。
逃走中の騎馬兵は無意識に舌打ちをし止まりかけた思考を巡らそうとしているうちに黒く塗られたロープを認識できず腹・胸に掛かり落馬した。
先頭から半数の騎手が落馬した。先頭集団のお陰で後方集団は頭を屈めて伏せた状態で通過し事なきを得た。がそのワンアクション取った為に馬への指示が遅れ馬が障害物付きロープの前で止まってしまった。
「仕舞った。」と思った瞬間、木の上から射られる矢の雨に残った後方集団の騎手も討ち取られてしまった。
先頭集団の落馬した者達は落馬の衝撃で動けず苦しんでいる所を茂みに潜んでいた槍兵に討ち取られて終わった。森中の騎兵退治は決着が付いた。
脱出出来たのは木立を進んだ四騎だけだった。その四騎は出発したミナブ野営場に辿り着いた。
其処にはミナブ野営地を落とすまで先鋒を務めていた大隊が早目の野営をしている。
騎馬隊の進んだ南方向から四騎が戻ってきた。見張りの兵が”変だなぁ”と思いつつも知ってる人なので黙って通した。
四騎のうち一人は肩に矢が刺さっており、四人とも険しい顔をしていた。入り口付近の馬車が何台か止まっている場所で馬から下りて徒歩で野営地の中央付近の大隊の本営のテントに向かおうとした。
馬から降りたとたん、先頭の一人と仲間三人の内の一人の手がガタガタと震えている。歩くのもやっとという感じ。
普通なら恐慌状態で身動きも出来ず震えて思考停止していたであろう程である。多分強靱な精神力で己に言い聞かせ、思考し、行動・馬を操りミナブ野営場まで帰り着いた。
馬から降りて未だに恐慌状態は解けておらず、足が思うように動かず、手の震えが押さえきれなかった。本当の恐怖を味わい数年分の肝を冷やした。
本営までの道中に其処等で食事を始めているグループが多々あった。多くは飯を喰らいながら酒も飲んで騒いでいる。
四人の先頭にいる隊長らしき男が嫌な顔をしつつ横目で見ながら本営のテントの前に着いた。本営テントの前で何とか手の震えも止まり、平常心に近づいていた。
先頭の隊長らしき男が一度深呼吸をして「入ります」と声を発してテントに入った。
テントはかなり大きめを二つ繋いで立ててあり屋根だけで横の布は巻いたままの横壁は無い状態。中では中隊長数人と大隊の副長が酒を飲み喋りながら食べていた。
本営の入り口の前で四人の内の隊長以外の三人は待機している。
本営の中でお喋りしているうちの一人が帰ってきた四人に気付き上機嫌で声を掛ける
「おおお、どうしたヘンリー早いな。・・・顔色悪いぞ馬に酔ったか?」とジョークを混ぜて声を掛ける。
ヘンリーと呼ばれた男は「騎馬隊が全滅した」と報告した。
場が一瞬凍り付き、一呼吸置いて飲んで食べていた中隊長達が口々に「おいおい、冗談にも程があるぞヘンリー」
「もっとマシなジョークを頼むよ」笑いが又吹き出した。
ヘンリーと呼ばれた騎馬隊で生還した四人組の隊長らしき男は「マジだ。|這々≪ほうほう≫の体で、一目散に逃げてきた。」
本営の中で飲んでいた男達は冗談ではないと察したらしく、酒で真っ赤ではあるが真顔に戻って「騎馬隊の隊長は誰だっけ?」
「確かヴェリスだったよな。」
「ああ、ヴェリスか、そそっかしいからな・・」
「ヘンリーあんたが応援で付いていて・・・何があった?」
ヘンリーと呼ばれた男が苦虫を噛みつぶした様な表情で「森の中で待ち伏せにあった。罠に嵌められ、そして包囲された。」最後の単語「包囲された」の言葉の後に一瞬、間が空いて「ぷぷぷっーー」
「がはははは嘘だろう」酔った中隊長達が爆笑ではじけた。
「やめて、やめて笑い死ぬ(笑)」
「機動力の優れた騎馬隊が包囲って、どうやったらそうなるんだよ(笑)。歩兵にか?」
「ああ、歩兵にだ」
「やめて、ダメ腹が痛い(笑)俺、吐きそう」二人が転げ回ってゲラゲラ笑っている。座ってる者もジョッキを片手に笑っている。散々笑ってから
「はぁ、はぁ、騎馬隊が全滅したとて、戦上手のお頭が後詰めの大隊を連れて正面から力押ししてる、早々に決着付くだろう。心配要らないと思うぞ。」
ヘンリーとしては自分と自分の隊はここラスパ大隊では外様で、今回臨時で雇われた傭兵、だからキッチリと報告はしないといけないと思っている。|序≪つい≫でに気になっている事を聞いてみた。
「食料買い出しで酒は買ってなかったはずだが、どうしたんだ?それ」
「ああ、これか?敵が逃げた後、この野営地の端の判りにくい所に壊れた馬車が隠してあってな、その馬車に酒樽が一杯積んだ状態で見つかった。持って逃げる余裕が無かったんだろう。先鋒の俺達の隊が見つけてな、戦利品だからな交代した俺たちが先に頂いているって訳だ。あ、心配しなくてもちゃんと残してあるぞ。」
酒が入って皆ニコニコしながら別の中隊長が「ヘンリー貴様の隊で行った食料調達無事終わって帰ってきたぞ。こちらの功績は大きい。ご苦労さん、頼りにしているよ。後で、お頭には口添えしとくから心配しなくて良いぞ。傷口見て貰って休め」
補給の食料と水が到着し、更に無いはずの酒まで手に入って幸先が良いと戦勝祝い気分である。
撤退部隊の今までの戦い方、大隊長の戦の巧さ率いてる兵力があれば撤退部隊の|殿≪しんがり≫なんぞ|一蹴≪いっしゅう≫されると信じ切っている。
ヘンリーは胸騒ぎを覚えつつも「報告は以上です。」と本営テントを後にした。
待っていた三名に加え四名が本営のテントから出た所で待っていた。先程本営のテントで聞いた食料買い出しチームの班長である。
「ヘンリー隊長。食料買い出し隊任務終えました。報酬も確に受け取りました。ただ、食料の一部が別の倉庫にあって取りに行った馬車三台が未だ遅れております。それと、先勝祝いの準備をしろとコレ預かってます。」と金貨の入った袋を見せた。
「分かった。今ココに残っている隊員を全員連れて遅れてる三台の馬車と合流しろ、そして一寸外れるがヨントメの街で一泊しろ。宿泊代はその預かった袋から使って良い。OK?」
「はっ。買出し班全員連れてヨントメの街に移動し一泊します。・・・ヨントメの街って地酒の産地でしたよね。先勝祝いの買付ですか?」
「ふん、余計な事は良い、空いた馬車と、馬使ってなるべく早く合流し移動しろ。別命有るまでヨントメで待機。買付は俺が到着するまで待て、いいな。よし行け。」
「は!!」ヘンリーの部下はすぐさま行動に移った。
ヘンリー達四人は馬の所まで歩いて行く途中、兵達が分隊(十名前後)や小隊(二十名前後)毎の塊であっちこっちで食事を食べていたり、酒飲んで騒いでいたりして和やかな雰囲気である。
ヘンリー達四人は自分達と周囲の和やかな雰囲気とのギャップで背筋の寒くなるのを感じていた。
「隊長、あの包囲網経験したからそう思えるのかも知れませんが、あんな罠を張る奴が、わざわざ酒や食料を残して行くのはうさん臭くないですか?。」
「ああ、意図的に置いていった酒だな。酒を飲んだ兵士は使いものにならん。正常な判断は出来ない上に踏ん張りが利かない・・・。騎馬隊を包囲殲滅戦に|嵌≪は≫めた指揮官なら、結果としてラスパ大隊を撃破し此所まで追撃してくる。その為の酒樽。そう考えると筋が通る。」
ヘンリーの直感に四人共に本日二度目の背筋の凍る思いをした。見晴らしの良い丘の草むらに潜んで事の結末を見守る事にした。
善は急げで矢の治療して貰い、二回分の食料を持って馬に跨りミナブ野営場から姿を消した。
此所ミナブ野営場では早目の夕食を腹一杯食って眠気に襲われ寝る者、酒飲んで騒ぎ酔いつぶれる者が多く良い休息になていた。午後三時過ぎ丁度シェラ野営場では歌声が流れる中、戦闘が激しさを増していた。
***********************
王国の討伐軍一個大隊が接近中の報を受け各員が配置につき緊張の走るシェラ野営場の西出口付近の防御陣地内。
柵の裏側、崖の岩肌付近に設置された十二畳程のステージにトシゾウ、シェイクスオード、マヤ、ポルトス、亜里砂が適当に座っている。
亜里砂が「一応パーティ組みますわよ。こちらへ寄って頂けませんこと」パーティ編成を済ませて。
「アンチミサイルプロテクション・・・是で弓矢無効三時間」
「サンキュー。心強いね!!」ポルトスは礼を言って城壁型通路を通り颯爽と柵に向かった。
シェラ野営場の東入口の仮柵に詰めていた守備兵が偽装を終え西出口に帰ってきた。
ソレを見届けてトシゾウは銃を|徐≪おもむろ≫にアイテムボックスから取り出した。ライフル型の銃。シェイクスオードは、横でライフルが出てきたので驚いた。
「おお?」その声で亜里砂も「ああ?」と気付いた。
シェイクスオードと亜里砂が知識として転生前に雑誌で見た事のあるライフル(平成の時代のライフル)からすれば相当旧式で、二人には火縄銃との違いが今一判らない。
エンフィールド銃(Enfield Rifle Musket)パーカッションロック式の|前装式小銃≪マズルローダー≫(|施条銃≪しじょうじゅう≫)である。
トシゾウが「エンピール銃だ。激戦をくぐり抜けた相棒だ。」と言いながら、唖然と見ている三人にニコッと微笑んで見せた。
「マヤ、ここを持っててくれるか?」とトシゾウは銃の尻を床に付け銃口を真上に向けて右手で持っている所に視線を送った。
マヤが両手で銃を固定する。「そそ、ありがとう」と言いながらトシゾウは銃を握ってた右手を放し、ポケットから指より少し太くて長さ十センチ弱ぐらいの紙の包みを取り出した。
紙には防湿の為|蝋≪ろう≫のようなモノ(牛・豚脂)が塗ってあり一寸光沢感がある。紙の包みの端を|咬≪か≫んで破った。
歯にはボタン型のキャップのようなモノを軽く咥えており、手にある破れた紙の間からは黒い粉、黒色火薬が見えていた。
紙の包みの中の黒色火薬を慣れた手つきで銃口にサーと流し込み紙に包まれたままの弾丸を銃口に入れて、銃口下にある装填用の棒(さく杖)を取り出し銃口に押し込みトントンと突き固める。
装填用の棒を元の位置に戻し装填完了。固定していたマヤから銃を受け取り軽く咥えていた雷管を手に取りニップルにかぶせる。
その作業を見ていたシェイクスオードと亜里砂は”明治時代の日本陸軍の隊長やってたんだなぁ”と慣れた手際の良さに合点した。
トシゾウの持つ銃、アメリカの南北戦争が終わり余った銃が幕末の頃大量に入ってきて使われてた事を知らず、目の前にいるのが新撰組の土方歳三とは思っていない。
土方歳三と聞いても聞いた事はあるがというぐらい。新撰組は着物に袴そして水色と白の羽織を|纏≪まと≫い、剣を構えているといったイメージがある。
目の前のトシゾウは土と血がたっぷり付いた革のコートにブーツ革ズボン雰囲気からしたら軍服に近く明治大正辺りの日本陸軍の隊長と思われている。
そのトシゾウが銃を構えてみる。左手が手首の手前から無く銃身を左手で握って支える事が出来ない。辺りを見渡し、自分の座っている小型の木製物資コンテナに目がとまった。マヤに言ってマヤのと自分のを二つ重ね銃口付近をその上に置く。左膝を立て、右足はあぐらをかく感じのニーリング(射撃体勢)で丁度良い具合になった。
「何とかいけそうだな。」と呟やきながら前を向いてみると、敵が東入口から野営地の広場に進入し直ぐの所で行軍の隊形から中隊毎に横に並べた横一文字の形に部隊を並べた一般的な形に布陣していく。
ただ、このタイミングで攻撃を仕掛ければ布陣作業中の敵は十分に態勢が整えわないうちに戦うことになるので、此方としては有利ではある。
トシゾウ、シェイクスオードは、ここで相手に仕掛けたら陣地を出ることになり折角作った防御陣地の防御効果を捨てることになる。
相手の体勢が整わない有利はあっても兵士数の差が二倍ぐらいある以上、兵力差による不利の方が大きくあっという間に劣勢に立たされるのである。
それを分かったうえで相手は目の前で着陣・陣形編成をしたのである。誘っているのを二人は感じている。あえて言葉にはしない。
相手の(王国の追討軍)の体勢が整う迄もう少し時間が掛かりそうだ。
トシゾウはステージで森の方から狼煙が上がっているのに気付きシェイクスオードに向いて言った。「トワイライトから狼煙だ。五本だな。作戦成功、馬確保。騎馬隊ヲ編成シ突撃ス。合図待ツ・・・だな。上手くいったみたいだ。」
シェイクスオードは横目でトシゾウを見ながら「それは上々。撤退戦で散々苦しんでたここらで一発勝ちたいねぇ、なんかワクワクしてきた。(喜)」
トシゾウはシェイクスオードに横目で見られているのを感じながら心の中で
”水を差す様で悪いが、是だけ(勝つ為の準備を)積み上げても、勝つ理由にならんのだよシェイク。孫子|曰≪いわ≫く『勝つべからざるは己にあるも、勝つべきは敵にあり』といってね
『勝べからざる』(つまり負ける)原因は自分のミス(準備不足、不注意、思い込み等)にあって、勝つ時は敵のミスが原因で勝つ。結局負ける原因を極力減らし、相手のミスに付け込むのだ。”
トシゾウは目を合わさずに心の中で語っている。経験豊富なので|蘊蓄≪うんちく≫はあるのだけど聞かれてないので口に出していない。其れがまだ続く。
弓兵用の城壁型通路も、柵の前の堀も、騎馬隊の伏兵的投入(予定)も積み上げたが勝つ原因とは成らない。
その一例として追討軍が此方の防御陣地が罠の塊だと気付いて警戒し、今の位置で対峙したままであれば弓は届かず、堀は単なる穴で終わる。
追討軍が陣地に攻撃を仕掛ける、つまり『死地』に踏み入ることをしない限り勝利はない。ただ避難民撤退の時間稼ぎには成るので最低限の目的は達成出来そうだ。
だが、ここの防衛陣地を分析されて翌日全軍で力押しをされると此方が撃破される。
追討軍は総勢二千。防御側は六百で弓兵が百五十としたら、四百五十が柵の中の守備軍、四対一強である。
五カ所ある出入り口は|謂≪い≫わば|目眩≪めくら≫まし、つまり出入り口に|拘≪こだわ≫ってくれれば其処に目がけてお互いの兵が集まり密になり両軍押し合いになる。
出入り口付近のスペースは限られているので攻撃側は混み合ってたどり着けない兵は戦えず人混みに揉まれるだけで兵力差の有利を活かせない。
対策としては入り口に|拘≪こだわ≫らず|梯子≪はしご≫などを用意し堀を越え柵を登る様に命じれば、互いの兵は分散される。分散すれば兵の少ない我方は兵四・五人を一人で対処しないといけない計算になる。なかなか忙しい。
攻め手が突破するまで攻め手の被害は積み上がるが、柵の中から突いてきた槍を掴んで放さなければ他の三人が突破しやすくなり。何らかの形で一人突破すると守備軍一人の柵での防衛行動を邪魔できる。
対峙し邪魔してるうちに三人、四人の突入隊が邪魔されずに突破してくる。次々突破人数が増えて行き、大雨で川の堤防が決壊する様に穴が横に広がり出入り口まで到達すれば防衛線は破綻する。
そうなったら守備軍はほぼ壊滅し多くの兵士の命が失われる。そうなれば二度と足止めさえ出来なくなる。
先の足止めの地ミナブ野営場で追討軍の先鋒の兵士が食料と、大量の酒樽を見つけてくれていれば本日は先鋒の兵の多くは酔っぱらって使い物にならないはず。
結果として今来ている敵が一個大隊だけなのが吉報である策は効いているかも知れない。敵が喜んで戦利品として接収した酒を結果として敵にとっての毒に成る。
敵の行動を阻害する。トシゾウは「埋伏の毒」という命名を思いついたが、三国志に同じ名前策があったので”ダメか”と諦めた。
総勢二千での力攻めが有るとすれば明日以降だが、防備を過信するというミスを犯せば(防御陣地にこだわれば)此方が負ける。敵が今日は仕掛けず対処方法を講じた上で明日力攻めとなれば、偽装と嫌がらせして今夜中にトンズラするべ。その時この陣地は使わずに終わるが仕方ない。
トシゾウの見立ては、シェイクスオードの見立てよりショッパイ(美味しくない)。見立てと言うより最悪の場合を想定している。想定しておいて悪い方に転んだ時に慌てず判断を誤らない為である。
人間は想定以上・想定外の悪い状況・ドツボに陥った時に、”ソコまで酷くないだろう”と自分に都合の良い方に希望的観測が入り判断を誤りやくするのでる。その時の判断ミスで身を滅ぼした偉人は数多い。良い方に転んだ時も想定しておくに|濾≪こ≫したことは無いが・・。
其れよりも余裕があれば最悪の状況を想定し、その時どうゆう行動を取るかの考えを平常心の時に用意しておけば大失敗には至らないのである。
トシゾウの思惑を説明しているうちに追討軍の陣形は整った。
|流石≪さすが≫に王国軍だ整った装備で隊列を組んでいる状は壮観である。トシゾウも「ピカピカだな」とニンマリしている。
最近は負け組にしか縁がなかったトシゾウ、ヨレヨレの敗残兵|纏≪まと≫めて作戦行動が多かったのでヨレヨレの敗残兵の方が好みのようだ。自軍であれば「はぁ?幕府軍と一緒。こんな小綺麗な部隊で泥仕合出来るのか?」と言うかも知れない。
見栄えのする敵軍の隊列の中に所々身体半分高い奴がいる。多分指揮官で中隊長だろう、馬に乗っていてその分だけ高くて目立っている。
中央やや後ろに小隊位の集団に四、五人騎馬の塊がある。中央の一人の鎧が黒地の革鎧に金色の装飾やけに豪華だ。多分、大将首・ラスパ大隊長だろう。トシゾウは心中で”ターゲット補即!!”とつぶやく。
トシゾウが狙撃スキルの望遠機能で見ている中、その大隊長が右手を軽く挙げて、手首から先を前に振った。前進の合図だろう。少し遅れて大隊がゆっくりと前に歩き出す。
”間違いないアレが指揮官だ”と確信する。
さっき弓と魔法の射程距離が百メートル位と聞いた。トシゾウはその手前距離百二十メートル位で止まり様子を|覗≪うかが≫うだろうだろう予測する。
当の王国追討軍は完全に布陣が完了し臨戦態勢で近づいているのに、未だに逃げ出さない事に意外感を感じているラスパ大隊長である。
”布陣途中の弱い状態を見せても釣らて来ないのはいつも通りとしても、コレまでは布陣が完了する前に逃亡し足止め程度で近づかなかった・・・”と思い|乍≪なが≫ら防御側の陣地の備えを注意して見出すと手を掛けて作り込んでいるのが判った。
”東入口の柵が偽装でちゃちな物だったからまたトンズラか?と思ったが奥で作り込んでいるじゃないか。此方の騎馬隊で迂回しての二面挟撃を見抜いて西の奥に張り付いたか?それとも、作り込んでいるという事、罠か何か用意して相手してしようということか。”
意外に思ったが、戦う意欲を感じて無意識にニヤリとしている。
何をする気か意図を読み始めながら神経を澄ましだした。柵の前に木の枝など障害物が置いてあるのと、後ろの崖の斜面が普通じゃない事に気が付いた。
”ふふふ、そこかー・・。”と思い。まるで、好きなパズルを解く様にニヤニヤしながら、読みを楽しみながらどう料理するか思考を巡らせる。弓と魔法のギリギリ射程外で敵の手の内を見定めよう。判断するにはまだ早い。
ラスパ大隊長は合理的な考えに至り、大隊は横一文字隊形のまま兵の体力が減らない程度のゆっくり歩く速度で整然と前進している。
まだまだ距離はある。「マヤ、マイクとやらを呉れ。」マヤはアイテムボックスからマイクを取り出し、スイッチを入れてトシゾウに手渡す。
トシゾウは戦術技『挑発』の発動を宣言する。大きく息を吐き、吸い込んで
「お前のかあちゃんでべそ!!」とマイクを通して大声で|喚≪わめ≫く。『ズデーン』
トシゾウの近くでは亜里砂とシェイクスオードがズッコケていた。
「なんやそれ、子供の喧嘩か!(笑)」下の方でも守備兵何人かがズッコケていた。
すると、敵陣の方から「カッチーーン」と聞こえた様な気がした。
そして敵陣から「何でお前が知ってんねん?おまえかーー!!」怒号が帰ってきた。トシゾウは柵の守備兵達にマイク外して「お前ら大笑いしろ!!」と声を掛け、マイクを使い「間抜けめー!!うはははぁー!!」守備兵も一緒に大きな声で笑いで続いた。
亜里砂は右上虚空を笑顔を引きつらせて睨み付けながら「アホ発見。アホ発見。」と笑いを堪えるのが一苦労の様子。
シェイクスオードはズデーンともう一度ズッコケながら左手の平で両目を覆いながら痙攣して笑いを堪えている「吉●新喜劇かよ。」とツッコむ。
トシゾウはシェイクスオードを横目で見ながら”笑ってるけど、仕事しないの?”と|呆≪あき≫れる。
守備兵達も大笑いしながら声の大きい一人が
「がはははは!!馬鹿じゃねーの!そんなんだから奥さん寝取られるんだよ!!」と良いアシストをしている。
中には腹を抱えて笑っている者もいるが、多くは盾を剣でガンガン叩きながら大声で笑って挑発を頑張っている。
敵陣の方から「ムキーーー!!」とムキに成って敵意が跳んでくる。敵陣の前側の列がバラバラと崩れだし攻め寄せてくる。
トシゾウはその時が来たと判断し、先にポンとマイクをマヤに返して、エンピールと呼んでいる銃を構える。
先程射撃体勢確保の工夫している時に照準の辺りに違和感を感じていた。照準を定めてみても何も変な所はない。撃鉄を起こし引き金に指を掛ける。ぱっと照準の辺りの見え方が変わった。
百二十メートルほど先の敵兵が三十メートル位先に有る様に見える。望遠機能、トシゾウの持っている狙撃スキルの効果である。
「スキルの効果か・・凄いな!!」凄く狙い易い。さっき補即した大隊長らしき敵指揮官に照準を合わせる。
トシゾウは「全軍停止」の合図を出す頃だろうと予測していた。その前にという思いがある。
敵指揮官は”困った奴らだ”と言いたげな顔で右手を軽く挙ようとした時、トシゾウは息を大きく吐き、息を止めて引き金を引いた。
『パン!!』乾いた銃声が響く。守備兵の頭上を、先走った敵兵の頭上を通り弾は敵指揮官の胸を貫いた。敵指揮官は体勢、表情はそのままで後ろに倒れ込み落馬した。『全軍停止』 の命令を出さぬまま。
トシゾウの銃口の上に扇型に『CRITICAL!!』と金色の文字が浮き上がった。トシゾウは”何じゃそれ??”と思いながらも時間が惜しいので気にせず射撃体勢を解き次弾の装填を始めた。
横にいたマヤは直ぐにトシゾウの銃を両手で支えて作業を手伝う。
柵の内側に居る防御側の兵は盾を剣で叩いて鳴らすなどして挑発を続けている。
敵陣では横一文字を形成している各中隊の指揮官は「全軍停止」の命令が来てないので前進の速度を保ちながらも、本陣が騒がしいので其れが気になってはいた。
トシゾウの第二射が敵横一文字の陣型の真ん中の辺りの中隊長を射貫いて落馬させていた。
二射目を終えると「ハア」と息をつきステージに腰を下ろし、「手伝いは良いのか?」と目で問うて来てるマヤに身振りで「もういいよ」と合図し銃をアイテムボックスに仕舞った。
王国追討軍は一部兵士が先走ってはいるが、大旨陣形を維持し前進している。そして弓矢や魔法の射程距離である八十メートル地点を越えて、ややゆっくり目の小走り程度で防御陣地に接近していた。
弓矢の攻撃命令はまだ出ていなく、弓兵は身を隠したままである。
防御柵には全部で五カ所出入り口があり、その前には堀がない。
先頭の先走った兵とその取り巻きが防御柵の出入り口付近に近づき守備兵と戦闘を開始した。
|其≪そ≫れを見ていたマヤがスッと立ち上がり、左手の指をパチンと鳴らした。
その瞬間に|其≪そ≫れまで着ていたジーパンに黒のトレーナとデニムのジャケットだったのがアイドルさながらの舞台衣装に変わった。元々美人でスタイルも良かったので似合っている。
トシゾウはマヤを見上げながら真顔で”何ソレ?”って顔で思考停止し、理解フノウ状態で固まってしまった。なんせ江戸時代末期の育ちですから。
亜里砂と仕事をしてないシェイクスオードは、その光景に目を輝かせていた。”これライブじゃん”
マヤはリズムを取って「1、2、3、4、・・1、2」マヤの周辺から大音量のイントロが流れ出す。スキル・魔導ステージが発動した。
『ガオオオーーン、ズッチャ、ズッチャ、ズンチャチャチャチャン。』
マヤがマイクを片手に歌い出す。トシゾウは自分の手の直ぐ横に緑色の文字が浮かび上がり「ATK Up↑ DEF Up↑士気UP↑」と表示が出たのを見た。
守備兵の目に炎が灯り、「勇気凛凛、やる気が湧く湧く。元気になっちゃったかも!!」と声がし、士気が向上している。身体も軽くなった気がする。
柵の守備兵の中から「すげー、これがバトルソングかー!!」ユニークスキルである。
王国追討軍は挑発に掛かり先走った兵達や、その兵を死なすまいと追従する兵などで柵の守備兵との戦いが徐々に激しくなっていた。その後ろから前進命令を受けた戦線が押し上がってくる。
弓兵の出番が来たのでトシゾウはシェイクスオードを見たが、シェイクスオードはアイコンタクトで頷き微笑むだけで指揮を取ろうとしない、トシゾウに任した感があった。
「弓兵、撃ち方はじめー!!」トシゾウが号令を掛ける。城壁型通路で身を隠してた弓兵が一斉に身を乗り出し矢を射始める。
矢の投射を合図に戦いが激しさを増していった。早足だった攻撃側の兵士達が一斉に駆けだした。
一部は柵の出入り口付近仲間が戦っているポイントに加勢をし、また一部は人の集まっている所を避け、土のやや盛り上がっていてその上に切った木の枝を障害物として置いている所を越えようと踏入り、堀に落ちた。
堀に落ちて落ちた衝撃でもがいている者の身体に数本の矢が突き刺さる。堀の深さは三メートル、柵手前の斜面は急で登れない。反対側は何とか登れる角度。
堀に転がり込んだ敵兵は仕方なく自軍の方に戻ろうとして背を向けて、背中から撃たれる。敵兵は堀にはいると危険だと判り堀の手前で弓矢の撃ち合いを始める。
王国追討軍はガッツリ防御陣地に食らい付いた。守備側は城壁型通路の壁で身を隠れながら矢を撃てるが、攻撃側は遮蔽物はなく、味方が中盾で守りながらである。
それでも十分に盾の数は足りておらず撃ち込まれてくる矢から守りきれず徐々に被害は増していく。
トシゾウの算段は、突入口を絞り防御に専念して良く敵を防ぎ、遮蔽物の有る味方と遮蔽物のない敵で弓矢の撃ち合えば敵に被害は増加し士気は下がる。
士気が下がった所で大きめの被害が出れば兵士は「このままだと俺も死ぬかも?逃げた方が良いんじゃないか?」と思う。そう思う兵が増えて浮き足立つ。其処で攻勢に出て押してやると一気に突き崩せる。
指揮官を失い止まるべき所で止まれず、死地(防御陣地)に踏み込んだ時点で七割勝ちは確定した様なモンだが、戦いは終わってみないと判らないからなぁ・・・、それがトシゾウの目算である。
取りあえず、今は弓の撃ち合いで相手の被害と士気低下に時間を掛けている。
トシゾウは角笛を森の方向に向かって2回鳴らさせた。森で待機しているトワイライトへの合図である。
合図の内容は「トワイライト隊突撃せよ。」合図は出したが、到着まで少し時間が掛かる。
順調に弓兵達が敵に被害を与え続けている。柵の守備隊も良く防いでいる。
其処で一旦マヤの歌が終わった。何度も同じ歌を歌って汗が出ている。
ほっと息をつき水筒の水を飲み次の歌のイントロが始まる『タラタタータタン、タラタタータタン、タラタタータタン、タララタララ』ピアノベースで軽快。空の青さを感じさせるイントロ。マヤの歌がまた始まった。
所変わって、森の中から騎馬隊を率いてトワイライトが野営地に近づいていた。捕獲できた馬は百三十七頭で上々である。
トワイライトの元で生き残った兵は弓兵六十槍兵三十七負傷者三名で騎乗出来る者は八十四名 残りの十六名は空馬を曳きながら辛うじてゆっくりと馬に乗りながら遅れて付いて来ている。
森の中では上々の結果が出ている。森を抜けて野営地が近づいてきて歌声が聞こえてきた。
トワイライトも聞き覚えのある歌に遠くを見る様に目を細め懐かしんでいる。
バトルソングを始め守備側に多大な有利な状況が有るのに対し寄せ手の王国追討軍は矢傷を負った兵も増え士気もかなり下がってきた。トシゾウはそろそろ頃合いと見て亜里砂に「魔法で派手なやつ使えないか?」と注文。
「派手ですの?威力じゃなく?」
「そう、派手さが重要」
「御座いますわよ」
「じゃあ、あそことあそこに打ち込んで」トシゾウは十分浮き足立っている中隊二つ、中央に指揮官を狙撃した中隊が有りその両横を指さした。
亜里砂が魔法を立て続けに二発打ち込んだ。ブラストファイヤーボール(爆風を伴う火の玉)が炸裂し爆風で十数人が転倒した。辺りは騒然として、”敵の中に魔法師がいる”と判り魔法を食らった追討軍の中隊は混乱状態に陥った。
トシゾウは守備兵の中のポルトスに向かって「ポルトス!!打って出ていいぞ」と漲るパワーをもて余してるポルトスにゴーサインを出した。
待ってましたとばかりに柵の出入り口付近に集まってきている敵兵の元に飛び込みクレイモアが一閃する。数人の上半身、頭、腕が吹き飛ぶ。
間髪を入れずクレイモアを振った先から切り返して反対方向へ一閃。数人の兵士が吹き飛ぶ。次の瞬間クレイモアの切っ先が通った空間に踏み込んでまた薙ぎ払う。
盾で受ければ盾ごと吹き飛ばされ、剣で受ければへし折られてそこから上が切り飛ばされる。辺り一面血の海。
「おりゃーー」と気合いの篭もった声が聞こえてくる。
其れを見ていた亜里砂とシェイクスオードが
「あれ、呂布じゃねぇ?」
「呂布ですわね。手が付けらませんの(笑)。敵として会いたく御座いませんわよ」と本音。
亜里砂とシェイクスオードが喋っている間に手近な中隊長らしき騎馬を討ち取ってしまった。
まさに蜘蛛の子を散らす喩えの如く敵兵が逃げ惑う。「化け物だーー」隊長の討ち取られた敵の中隊が恐慌状態に|陥≪おち≫いり叫びながら離散していく。
ポルトスは仕方なく隣の中隊に殴り込む。挙がる悲鳴・阿鼻叫喚。
徐々に追討軍に崩壊の波が広がりだした良いタイミングでトワイライトの騎馬隊が森から到着した。陣地にガッツリ噛み付いている追討軍にとって背面。斜め後ろに敵が出現した。
本来なら即座に予備隊をぶつけるのだが、大隊長は既に斃れており、他の者は味方の騎馬隊が到着したと勘違いしている。
トワイライトは密集隊形に隊形を改め、突撃を開始した「突撃!!蹂躙せよ。」
追討軍は騎馬隊が味方ではなく敵と判った時には既に遅く次々と蹂躙されていく。
陣地に食らい付いている隊の後方は騎馬隊に蹂躙される、魔法は降ってくる、鬼の様な敵将が暴れ狂っており味方は鬼将から逃れようと逃げ出している。
随所で悲鳴が上がり、仲間がやられていくのが分かると自分も此所に居ると死ぬかも?と多くが思い始めて、士気は下がり続ける。
敵・追討軍は遂に大混乱に陥った。歌い終わって息の荒いマヤからマイクを借りてトシゾウが「押し出せーー!!」と総攻撃を指示した。
一斉に多くの|鬨≪とき≫の声が上がりまさしく「ワーー!!」の歓声と共に柵の出入り口から守備兵が次々とあふれ出し攻勢に転じていく。
反撃を受けた追討軍には耐えれるだけの士気は残って居らず突き崩され壊走を始めた。守備軍の勝利はほぼ確定した。
トシゾウの描いた予定は|此所≪ここ≫では終わりではない。暫くして、その予定を実現するのに都合が悪い事が目の前で起こっていた。
退路を断たれながらも堅固に抵抗している部隊が一つあった。味方が壊走している中で士気を保ち、逃げていく味方が邪魔で退却路にたどり着けず退路を失う。包囲され仕方なく|殿≪しんがり≫を担っている。
盾を巧みに使い矢を防ぎ連携技を持って攻撃を|凌≪しの≫いでいる。このような状況でも戦闘集団として機能しており、良く訓練された兵達と良い指揮官が率いている証拠である。
トシゾウは退路を失った不幸な部隊を退路を失う前から見ていた。周囲が逃げ惑い統制の取れない烏合の衆なのに対し、この一団だけ隊伍を組んでおり崩れてなかったからである。
「ああーあ、いつも正気な奴等が貧乏くじ引くなぁ・・」と同情的。そして徐々に負傷者がふえていく。
トシゾウがマヤのマイクで「告げる、トワイライト及び騎馬隊は陣地前の中央に集合!!」と連絡した後、ポルトスが横に来て
「何なら俺の居る隊で突入しようか?」と言ってくれたが、トシゾウは右手で”いやいいよ”と制止ながら
「いや、実に惜しい。包囲され多勢に無勢雉と鷹。あの状況で一糸乱れぬ戦いっぷり。気に入った!!」わざとマイクで聞こえる様にほめ言葉を贈った。
未だに抵抗を続けている優秀な部隊への弓矢での攻撃を止めさせ槍持ちにも一定距離引かせた。そして
「双方武器を置け、軍使である。」とトシゾウが進み出た。緊張感のある静寂が辺りに満ちた。
「敵の指揮官に告ぐ。勝敗は既に決した、無駄に命を捨てる事はあるまい。武器を捨て投降せよ。命は助けよう。」
トシゾウが言い終わると二呼吸置いた後に、正面に厳重に並べられていた大盾中盾の一部が空き三十代ぐらいの精悍な感じの男が押し出される様に出てきた。
出てきた以上は交渉に応じる余地は有るという事だろうが、口を開かない。気のせいか?顔が引きつっている様にも見えるが・・・、遠くを見る様な目でトシゾウを見ている。
改めてトシゾウが口を開く「味方が崩れ、敗走しても戦う姿勢を維持し、誰もが嫌がる殿を務める。真にあっぱれ、死なしてしまうには実に惜しい|益荒男≪ますらお≫共よ勝敗は決した、この期に及んでは速やかに武器を捨て投降せよ。命は保証する。」
トシゾウは今の口上は我ながら上出来と自負して返答を待つ。が、敵の指揮官は眉一つ動かさず返答も無く時間が過ぎていく。
実際一分ほどの時間が数倍に感じられて、トシゾウの後ろに控えている兵の一人が焦れて剣を抜く時の鍔の音「ガチン」とならした。
つられて数十人も鍔の音を鳴らす。双方とも緊張が走る。トシゾウは右手を横に出し制止した。
「返答がないと言う事は、交渉決裂と言う事だろうか?」口とは裏腹に”勿体ない!勿体ない!勿体ない!コレだけの熟練兵を育てよう思ったら何年掛かんねん。見たところ相当使える。実に惜しい”渋い顔が少し出ており隠し切れていない。
敵の指揮官は顔色一つ変えないが、どこか変だ。
トシゾウは芝居がかった喋り方で「勿体ないなぁ。残念だなぁ。惜しい、是だけの強者共を死なすのは実に惜しい。」と相手の指揮官が言葉を発し易い様に態とらしい台詞で間を延ばし待った。
その時、後ろに並んだ敵兵の集団は盾を一応前に構えてその上から兜を被った多くの頭、心配で目が泳いでいる連中の”はらはらドキドキ”した目が見守っている。
その並んだ兜の上に手が出て振っている。そして「すんませーん!!」
トシゾウは胸をなで下ろした、緊張と高ぶった空気で一触即発の危険を背中でビンビン感じていたので手を振った人物の登場を有難く思い待った。
一人の若者が人混みをかき分けて何とか出てきた。「ちょっと失礼します。」若くて一寸キーの高い声が危険な空気をしらけさせ、緊張感が下がっていく。
若者は先に出てきた指揮官の側に寄り、肩を揺すった。その瞬間指揮官は膝から崩れ若者が抱き留めた。
「すんません、一寸説明させて貰って良いですか?」
と言いながら倒れた指揮官を後ろの仲間の兵に預けた。多くの仲間の手で胴上げ状態で後方に飲み込まれていった。
トシゾウは無言で事の成り行きを見守っている。顔には一触即発の危機を回避させた若者に好意の笑みを口元に|滲≪にじ≫ませている。相手から見ると不敵に微笑まれたのが冷徹の笑みに見えて超恐いんですが・・。
若者はダメ元で開き直り指揮官の居た位置に歩み出て説明を始める。
「今、うちの隊は隊長が居ません。で、副長が仕方なく出てきたんですが、人見知りで話すのがヘタで交渉なんて無理な人なんです。仕事は凄く出来るんですよ。ヒョッとしてと思って見に来てみたら案の定、立ったまま気絶してました。」
トシゾウの後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。背中に感じる危機感はもう無い。
心の中で”良いぞ若者(嬉)。お前に大きな感謝を。もっと場を和ませろ。”と応援している。
「見たところ装備もバラバラだが安全性重視で硬目の鎧、|貴殿等≪きでんら≫は正規軍ではないな?正規軍でなければ無理に命を捨てる必要も無かろう。」
とトシゾウは間の手を入れてみた。
「はい、自分達は正規軍ではありません傭兵です。勿論自分達は誰も死たい者はいません。まず命の保証そして、降伏しても自分達に身代金を払うだけのお金は無いですが、奴隷に落とされるのは勘弁して欲しい。奴隷=死んだも同然と思ってます。それが此方の要求です。」
どの世界でも一緒で一度奴隷に身を落とすと滅多な事では抜け出せず、|惨≪みじめ≫に一生こき使われて終える事になるからだ。
兵士の場合は前線に送られ捨て駒として使われ更に寿命も短くなる。
トシゾウはドスの効いた声で「じゃあ、体で払ってもらおうかいのぉ?」ヤクザのような台詞。本来ヤクザより怖い人ですが。
「え゛?」若者は肝を冷やした顔をする。
振り返ってやや斜め後ろにいるシェイクスオードと小声で相談した。
シェイクスオードとしては疲労も相当|溜≪た≫まっており今回ぐらい傍観者モードで楽させて貰おうと思っている。よほどな事がない限りトシゾウに一任する旨を伝えた。あと、シェイクスオードとしては、転生者として前世での奴隷に対する歴史的な知識と否定的な良識があり、奴隷反対の立場である事も伝えた。
「ところで貴殿の名は?」
「リトルジョン」と若者は答えた。
「では、リトルジョンこれでどうだろう?。奴隷には落とさない。強制労働を以て身代金分の働きをして貰う。三食・宿舎付きだ。」
極度に緊張していたリトルジョンは「え?」って顔をして思考が止まってしまった。
良い方の意外さで嬉しさが顔に出ている。交渉が下手な素直な若者である事が分かる。
そして、以前に隊長から交渉は難しいと聞いていたので、こうもすんなり要求を聞き入れて貰えると思ってなかったのである。
トシゾウは更に「分かった、分かった貴殿も欲張りだな、よし夕食に中ジョッキ一杯の酒も付けてやろう。其れでどうだ?是は破格の待遇だと思うぞ(笑)」
完全に意表を突かれ戸惑っているリトルジョンの後ろから「よし、乗った!!それで満足。」
と焦れたリトルジョンの仲間達が声を上げた。
「リトルジョン、何やっている!早く承諾しろ」リトルジョンは我に返り深々と頭を下げて
「その条件でよろしくお願いします。えっと・・貴方のお名前は?」
「あ、俺か? 壬生の狼 新撰組副長 土方歳三と|白≪もう≫す。」
其れを聞いてトシゾウの斜め後ろにいた亜里砂とシェイクスオードは頭を捻り、「どっかで聞いた事有るぞ、その名前・・・」って顔をして「あ?」っと気が付いた。
トシゾウは松葉杖を突いて三歩、歩み寄りリトルジョンと握手をした。
リトルジョンの背後から喜びの歓声が上がった。歓声が勝ち|鬨≪どき≫に代わり、どっちが戦いに負けて降伏したのか分からない位であった。
同時に、ポルトスはその場から離れた。
トシゾウは握手と同時に目眩を覚えその場に倒れそうになった。リトルジョンがその身体を支えて背中に回した手にべっとりと血が付いていた。
「え?えー?俺じゃないよ、俺じゃ」と狼狽えてしまっている。
トシゾウはシェイクスオードに向かって「さっきの銃撃の衝撃で傷口が開いたようだ。」とその時からかトシゾウは気が付いていた。
顔色が青白く悪い失血が多い。気が抜けたのか意識も朦朧としてきた。特に慌てたのはリトルジョンの直ぐ後ろにいた兵達である。
まるで、戦場の緊急事態|宛≪さなが≫らな叫び声で「ドク!ポーションと軟膏持ってこい急げ!!」と更に後ろにいる兵に言ってトシゾウに歩み寄る。
トシゾウのマントとシャツを脱がして背中を出し後方から届いた軟膏を傷口に塗り込みながら
「折角交渉決まったのに、あんたに何かあったらこっちが困るんだよ!!」とぼやいている。
傷口が塞がりきらない様だ。次にポーションを振り掛け
「神官いただろう・・ウォルトン、頼む来てくれ」と敵だった者達の必死の介抱にシェイクスオードは嬉しさを感じていた。
シェイクスオードは、今此所に居ないトワイライト、ポルトス達に思いを馳せて”上手くやってくれよ”と祈るのである。
時間はトシゾウが降伏勧告に行く前に遡る。トシゾウが柵の手前に来た時、柵の外でトワイライトと騎馬隊が待っていた。
トワイライトはトシゾウ・シェイクスオードとうち合わせをして騎馬隊の再編成に入った。|鹵獲≪ろかく≫した馬は百三十七頭うち十四頭は傷を負っており。是は除外。
シェイクスオードの部隊の手持ちの馬で、馬車に繋いでいる分を除き百三十四頭ある。合わせて二百七十一頭。
まず、トワイライト・ポルトスの二頭確保後、柵の守備隊、弓矢隊から騎乗に自信がある者を優先に割り当てた。
二百七十騎以外は徒歩であるが、事前に十四台の馬車から荷が下ろされていた。うち十二台は騎兵隊の後に続き兵士を荷台に載せて運び、残り二台は回収と鹵獲任務で最後に出発。
回収と鹵獲任務の二台は御者一名と十人の計二十二名で敗走兵が捨てていった武器、盾その他金属製武器・防具を中心に回収して回る。余談だが、シェイクスオードの領内では金属は産出しておらず貴重資源扱いでリサイクルに力を入れている。
トワイライトは段取りを聞いていたのでトシゾウの降伏勧告中にテキパキと指示を出しだいたい準備を整えた。
少し待つとポルトスが現れた。他に追撃に加わる兵達も次々に到着し、騎馬を割り当てられた者は騎乗し騎馬隊の待機位置に移動する。他の者は馬車に乗って満員になった馬車から騎馬の待機場所の後ろに移動している。
少し経って、トワイライトは準備状況を見渡して確認し
「ここで相手の後方部隊にもダメージを与えられれば明日以降の撤退作戦が大分楽になる。大分疲れが溜まっているだろうがここが頑張り所だ。明日の晩は気楽に酒でも飲もうや諸君!!勝利はすでに我らの手に!!。出発!」
騎乗したトワイライト・ポルトスを先頭に騎馬隊が続き、その後に兵士を満載した馬車の順である。同行する兵達の表情は明るい。
昼間で三日間撤退戦・殿で疲労とストレスが最高潮であったはずだが、戦いに勝利し先行の見通しが明るくなったせいか?もう疲労とストレスを感じていない、いや麻痺してるのだろう表情が明るい。
騎馬隊はやや早足で進んでいるが敵の骸がチラホラ見かける。敵の敗走時に柵を守備していた中隊のうちの一つが追撃に移り追い縋った。その者達に討たれたのであろう。敗走した方は走って逃げるが、足の遅い者・怪我を負って動きの鈍った者から追撃部隊に追い付かれ討たれていくのである。追い付かれれば常に一対多数。個人対集団の一方的な戦いで討ち取られるのである。この状態を防ぐ為に退却や撤退の場合には殿を置くのである。殿があれば個人対集団では無く集団対集団の戦いとなり敵を其処で食い止める事が出来る場合がある。
だが、負けた兵・壊走した兵は恐慌状態で士気も皆無。殿を出来るはずもない。
逆に殿が出来る位なら指揮官の制止命令も聞かず逃げ出したりはしないのである。そういった組織だっての反攻の出来ない集団に対し中隊規模(百二十人ぐらい)の追撃でも被害は甚大になる事がある。
シェイクスオードが、トシゾウ達三人に会うまでは撤退戦の殿をずっと続けていた。
今トワイライト達が向かっているミナブ野営場(トシゾウ達三人と出会った場所)まで飛地の領地の端で王都に近い村からずっと続けていたのである。
五個中隊が殿部隊で防御陣地や、バリケードを利用し追撃を防ぎ、二個中隊を撤退進路に先行させ防御陣地やバリケードの造成をさせている。
そうやって殿が防御陣地で待ち構えている所に1個2個中隊程度で突っ込んでくれば各個撃破で突っ込んできた中隊に大打撃を与えられるので、敵も部隊が到着し数が揃うまで|迂闊≪うかつ≫に仕掛けられず時間稼ぎが出来る。稼いだ時間で領内の村人の避難誘導を進めていた。
其れと違い王国追討軍の方は殿もなく敗走したのでやられ放題なのである。
本来なら大隊の指揮官が部下に殿を命じ命じられた部隊は踏み止まって敵と殴り合い敗走した仲間に攻撃が及ばない様に捨て駒になるのであるが、指揮官はシェラ野営場での戦いの緒戦で戦死したことで、中隊長同士は殿を買って出る者も居らず我先に逃げを打ったのである。
結果的に逃げ遅れて取り残されたリトルジョンの居る(名乗ってないがヴィックモロー副隊長の率いる)中隊が組織だって抵抗できていたので殿の役になっていた。
トシゾウはこの部隊を押さえておく為に二個中隊は最低残さなくてはならず、全軍を追撃に投入できない。
この様な士気高く練度も高い部隊をゴリゴリ力攻めで|擂≪す≫り潰せば三十分から一時間近く掛かる上に此方の被害も尋常では無くなる。トシゾウは瞬時の計算で物好きな傾奇者を演じて厚遇で投降させ殿は二十分で無力化できた。
一方力攻めだと全軍で攻め立ても最低三十分は掛かり、更に追撃準備で三十分移動に三十分。合計一時間半も与えてしまうと敵が残りの一個大隊で体勢を立て直してしまうかも知れない。
この場合トシゾウが優先したのは『孫子』の『兵は|迅速≪じんそく≫を|尊≪たっと≫ぶ』である。もう一つ付け加えると相手は熟練部隊で被害も一個中隊ぐらいは出るだろう。被害を出して投入戦力が減ると敵の防備に間に合った兵士が少なくても敵の備えを突破出来なくなる。力攻めは何一つ良い事はない。
それに比べ、投降させれば、武装解除に一個中隊で間に合い、被害も出ない。戦闘もしないので降伏勧告中に追撃の準備が平行して整えられる。実際二、三十分位で追撃に移れる計算である。
それなら敗走兵が逃げ込んで混乱している状態のミナブ野営場に突撃がかませるはずだ・・相手が混乱から立ち直る前に、迅速を尊としとして速やかに行動し打撃を与える考えだ。
トワイライトはトシゾウからの指示を思い返していた。
「ミナブ野営場に酒樽を一杯置いてきたから盗賊上がりの兵士達であれば大概は戦利品の所有権を主張し酒盛りをするだろう。この戦場シェラ野営場に現れたのが2個大隊ではなく後詰めの大隊である事からしてその策には引っ掛かっていると思う。
その場合ミナブ野営場に居る兵の多くは酔っぱらいで役に立たない。其処に敗走兵が逃げ込んでくれば大混乱。そうゆう事態を希望している。
トワイライト達が向こう(ミナブ野営場)に着いて入り口から見て既に臨戦態勢が整っていたら。何もせず逃げて帰って来てほしい。敗走兵が逃げ込んでから警戒・迎撃の鐘が鳴って右往左往してたら、体勢を整えてから仕掛けてくれ。
敗走兵は敗走した時点でもう士気・戦う気概は残っておらず逃げる事しか頭にない。逃げる仲間を見れば人間の心理として自分も逃げたくなる。そいつ等も頃合いを見て逃げ出す。突き崩すのは簡単だ。
敵の迎撃部隊が多少出てくるからポルトスに歩兵一個中隊付けて好きに暴れ回らせろ。
トワイライトあんたは騎馬隊で酔った連中を蹂躙して回れ。食料や消耗品など使えそうな物資を見つけたら鹵獲してくれ。」
トワイライトが指示の内容を思い返しているうちにミナブ野営場が近づいてきた。
トワイライトは右手の掌を前に向け開いた状態で真上にゆっくりと突き上げる。
騎馬隊は一斉に速度を落とし停止した。続いて次の手信号を出す。右手の肘を肩の高さに下げて、肩から肘を真横に肘から先を上にに曲げ手は拳を作った(待機・freezeの意味)。
部隊には待機命令を出し、トワイライトが十騎だけ連れて野営場の入り口に行き中を覗いた。
まだ酒盛りしている集団もいたが多くは逃げ惑う兵と武器を手にして取りあえず出て来た兵、指示を叫ぶ指揮官。
何かをしようと丁度動き出した様だが動きがバラバラである。ザッと見てやや混乱状態と見た。
トワイライトは踵を返し騎馬隊の元に戻りミナブ野営場に向かってボールを投げる様な仕草で指を指し全体に進軍を指示した。
そのミナブ野営地ではシェラの防御陣地で敗北をして必死に逃げて来た敗走兵が「敵襲!!」と叫びながら自分の恐怖心をまき散らしながら小走りで敵の来る方向と反対に逃げて行く。
敵が現れたら真っ先に逃げ出す為である。指揮官が部下の兵を集めて指示を出すが、その横を敗走兵が逃げていくのを見ると兵達は”これはやばい状態?”と思い、士気は半減している。
そこにトワイライト率いる騎馬隊が登場し「突撃ーっ!!」の号令と共に騎馬突撃を開始した。少し遅れて馬を下りたポルトスが馬車で到着した歩兵を率いて戦えそうな敵集団を見つけては蹴散らしていく。敵兵は殆どがつい先程まで酒を飲んでおり動くと酔いが回ってあっさりと負ける。
ミナブ野営地に残っていた一個大隊は迎撃準備の整わない状態で敗走兵が流入し混乱状態になり、その混乱が治まらない間に敵の襲撃・追撃に会い早々に壊滅。ミナブ野営場内の敵を殲滅するのに三十分しか掛かずワンサイドゲームになった。
ポルトス隊が敵の本営付近に真っ先に討ち入り中隊長クラスの指揮官の多くが此所でポルトスに討ち取られて屍になって転がっている。
ミナブ野営場に突入して三十分ほど経つ、粗方片付いたと見るやトワイライトは集合を指示し追撃軍を|纏≪まと≫め、戦利品等を調べて回った。
多分到着いて間もないのだろう食料満載の馬車が八台と本営内に軍資金、高級鎧、武器などが見つかった。
鹵獲した馬車八台と最後尾から付いてきた回収チーム、敵の放棄した武器などを回収してきた馬車二台が、時間に追われる様にサッサと撤収していった。
引き上げていく途中街道沿い一寸離れた草むらに何人か敗残兵が隠れているのをトワイライトは見付けたが、意に介さず先を急いだ。
日が傾きつつあるのだ。トワイライトは|頻≪しき≫りと太陽の位置を気にしている。
夕方四時半頃だろうか。シェラ野営場に到着すると、此方でも残った部隊が慌ただしく撤収の作業を急いでいた。
敵の骸がそこ等に転がっている。そして草の生えてない土の広い広場があり馬車の|轍≪わだち≫が何本も走っている。其処だけ骸が片付けられ端っこに積み上げられている。
轍の通っている筋の両横に物資コンテナの木箱が塊まって置いてあり、その塊の間に馬車が通って塊の手前で馬車から一人降りる。
馬車のスピードがユックリに変わる。馬車が塊の真横辺りから「オーライ、オーライ、オーライ、ストップ」物資の塊が馬車の後尾から少し過ぎた所で馬車が止まった。
乗ってた兵士が鎧を脱いだ状態で手袋を|嵌≪は≫めてゾロゾロと下り来て二人一組で順番に荷物を馬車に積んでいく。
馬車の中では別の二人組×三組の計六人が順番に荷物受け取り整頓して積み上げていく。
馬車に積む荷物は荷台の七割で積み込みが終わる。残りのスペースにけが人や歩けない者、戦傷により歩く速度の遅くなった者が乗せられる。荷台で作業していた者が手を貸し負傷者の乗り込みもスムーズ。
馬車の|幌≪ほろ≫は外されており、ロープで荷崩れしないように馬車の両サイド二人がかりで「ムラタさーんロープこっちチョーダイ」等と声を掛けて交互にロープを掛けてトラック|縛≪しば≫りで固定する。
一連の作業を手際よく終えると、最後のロープを縛り終えた者が「オッケー!!コイさんだしていいよー!!」と御者役に声を掛けて馬車が動き出す。
同じ感じで多くの馬車が次々積み込まれては出発していく。トワイライトも馬車の御者をしており、横にポルトスを乗せてロープで縛って貰うのを待っている。
その作業を見ているポルトスは”こいつ等、快勝したのに喜んで騒いだりしていない。むしろ夜逃げするみたいに荷物を|纏≪まと≫めている、そしてこの手際の良さだ・・”
というのが感想だで不思議で仕方ない。違和感を覚えるポルトスが、「今日はここで野営をしないで、先を急ぐのか?」と問うてみた。
「ポルトス今日多くの人間が死んだ。多くの血が流れた。・・・」とトワイライトは横に座っているポルトスの目を見て緊張感を隠さない。
そのトワイライトに”何か厄介な事が有りそうだなぁ”と読み取り頷いた「ん。そうだな」
馬車の後ろの方から「アンちゃんだしていいよ。」と作業の終わった声がした。トワイライトは馬車を発車させながら
「日が沈むと血の臭いを嗅ぎ付けて魔物が集まるんだ。夜行性で厄介なのが多い。元居た世界でも狼の群れとかサバンナの野獣とか、それ等よりも厄介な奴等が人間の肉を喰らいに集まって来る。この世界の魔物にとって人間の肉って超美味いらしい、大人気和牛A5ランクなんだ。」
「へぇー」和牛A5ランクと言われてもピンと来てないポルトスだが、トワイライトの出すピリピリ感で何となく想像している。
「夜中に魔物が多い状態・・・今日の戦場だった所とかだったら、一個小隊(四十五人位)・・・ヘタしたら中隊(百三十人位)でも全滅するかも。気が付いたら|彼奴≪あいつ≫が居ない、誰々はどこ行った?とか。知らないうちに夜の暗闇に引き込まれて狩られてるんだ。右の方で音がしてそっちに注目している内に一人か二人減ってたり・・・。」
聞いていて遂にポルトスも危険さが分かってきた。「聞いてて、背筋が寒くなってきた。」
「はい。ホラー映画ですよ。ポルトスさっき道脇から一寸離れた草むらに敗残兵何人か隠れていたでしょう。私たちが通った後直ぐに全力でこの地域から逃げてなければ今晩が彼らの命日になります。まして足に傷を負ってたりしたらまず助からない。」
さすがにポルトスもそれはヤバイなと判ってきたようである。
「で、人間の血が多く流れて、魔物も多いと上位の妖魔が出る場合がある。冒険者の熟練パーティで魔法師や英雄が居ないと勝てない。
普通の兵隊だと一匹に対して中隊でも軽く皆殺しに会う。大隊でもヤバイ。正に『一騎当千』です。今回はそんなヤバイのが出るかも知れないぐらい多く血が流れたのでみんな撤収に必死なんです。」
「おおお、クワバラクワバラ。」ポルトスは理解した。何故、兵士達は勝利したのに喜ぶよりも緊張感のある顔で撤収作業を急いでいたのか。
そうこう説明を聞いてた間に一行はシェラ野営場の西口から出て山と山の谷間の道を抜けて行く。西に向かって進んでいくと両脇の山は抜け丘陵地帯になり、川もいつの間にか離れていった。
三十分ほど進むとピクニックの様に雑談しながら歩いている一団があった。一個中隊約百四十人位の一団が道の左側を二列で進んでいる。みんな左手にロープが括ってあり荷物を担いで元気に歩いている。
シェラ野営場での戦いで降伏した連中である。中にはリトルジョンや、さっきは名乗ってないが ヴィックモロー副長もいる。連中は傭兵であるので散々血の流れたシェラ野営場は大変危険な状態な事を知っている。
リトルジョンがロープを多目に貰って来て兵達それぞれが自分の左手をそのロープで|縛≪しば≫り、「連行準備完了」と報告して出発してしまった。慌てて護衛の騎馬十騎が随分遅れて後を追った。
武器と鎧は武装解除の時に提出してるので、身軽で行軍速度も速い。捕虜連行とは言ってるが降伏した兵の列にはシェイクスオードの監視兵は一人も付いて居らず事実上「自称:降伏し連行されている兵達」なのである。
|傍目≪はため≫で見ると|目出度≪めてたい≫い奴らに写る。降伏で命が助かり魔物出没の危険の高いシェラ野営場からも離れたので雑談や笑い声がこぼれている。取りあえず良い条件で降伏出来たので足取りも軽やかに気も楽だ。
日が暮れて一時間ほど過ぎて真っ暗になった頃に街道沿いやや南に小道が分かれる三差路があり其処を曲がり中位の無人の村に|辿≪たど≫り着いた。
アラビンと言う名の村である。シェイクスオードの撤退ルート付近にあり、シェイクスオードの焦土作戦で前日までに村の住人が全員避難した無人の村である。
王都からの追撃部隊は以前から評判の良くない盗賊上がりのラスパ二個大隊という情報が入っていたし、動ける部隊で王都付近にいたのはこのラスパ大隊だけであったので容易に予想が付いた。
そしてこの大隊は悪名が高く食料に困ると「現地調達」と称して略奪行為をしばし行う曰く付きの部隊なのである。
シェイクスオードは村の住人の安全を第一とし事前に避難をさせていたのである。村の規模は小さい方で人口二百人弱。
小さいながらも教会が村の中心にありその村の空き家を使って野営を行う積もりで村に入った。全員村の中央の教会の前に集結しつつある。
五人に一人ぐらいの割合で手には松明が持たれており、教会周辺は多くの松明で明るくなっている。
トワイライトとシェイクスオード、亜里砂の三人は教会の入り口観音開きの戸を開けて中に入った。
中は真っ暗で入り口から三メートル位のに三、四人掛けの長椅子が真ん中にありその左右に人一人が通れるぐらいの通路を置いて柱が立っている。その外側に同じ真ん中と同じ位の長椅子が置いてある。同じ並びの列が八段位続いてる。
奥の方は松明の光が弱くなって行くのでボンヤリとオレンジ色の光で教壇が浮かび上がっている。教壇の奥に壁があり壁の上の方に女神様のレリーフが掲げてある。
普段の平穏な日々であれば神官が教壇に立って説教するのだろう。その神官の頭の天辺ぐらいにレリーフの胸の下部分が来る様に配置されている。
三人は教壇周辺とレリーフの掛けてある壁の周囲を探している。「おい、有った。」トワイライトがレリーフの掛かっている壁の裏側に目的の物を見付けた。
胸の高さまである大きなランタンのような形の物である。亜里砂とシェイクスオードは巨大なランタン状の物の前で|覗≪のぞ≫き込んでいるトワイライトの所に集まった。
「実際近くで見るのは初めてだがコレが探してる魔道具なんだろうなぁ」とトワイライトは関心している。
トワイライトは駆け寄ってきた亜里砂から松明を受け取り魔道具に光の当たり具合を見つつ両手を真横やや斜め上に延ばした。
亜里砂は魔道具に関しては専門知識が多いのだろう目を輝かせて腰を屈めて顔を突き出しブツブツ言いながら|覗≪のぞ≫き込んでいる。
一通り確認するポイントを見終わったのか亜里砂は「多分間違い御座いませんわ、魔石頂けます?」とシェイクスオードに顔だけ向いて手を出した。シェイクスオードがポケットからにぎり寿司一個(一貫の半分)位の宝石の様な物を取り出して目で確認し、指三本で摘み渡した。
多分無意識なのだろうが亜里砂は嬉しそうな顔をしており、嬉々として作業を始める。
その間トワイライトは左手の松明をシェイクスオードに突き出しアイコンタクトしながら「うん」とだけいった。言外に「シェイクお前も暇だろう、片方持って」が込められておりシェイクも「おう」と松明を受け取って亜里砂が作業しやすい様に松明の位置を調整した。
待ってる間暇になってトワイライトが口を開いた「なあシェイク、今日俺、芸術的戦術って言ったらいいのか?高レベルで更に神の恩恵付きの戦術体験したよ。凄かったなぁ初めて見たよ。
俺の戦術レベルも上がったよ(嬉)。俺な、槍兵と弓兵が騎馬隊を包囲するなんて歴史的瞬間を見てしまった。普通あり得んぞ、機動力の有る騎馬を槍兵と弓兵で包囲殲滅したんだ。数百年に一度だぞ多分(笑)」
「騎馬隊を包囲か・・・想像付かんなぁ・・。俺も早い段階で、『あ!、俺が口を出さ無い方が良いわ』って悟ったわ(笑)。でな、今日は観戦を楽しんだ。」
亜里砂がお喋りしている二人を睨んで「ちょっと、やめて頂けませんこと?。私くしもその話喋りたい事山ほど御座いますのよ(笑)。」
「はい」
「はい」その後しばらく静寂が続いたが「はい、オッケ」亜里砂が作業完了した様だ。シェイクスオードとトワイライトはかなり眠そうな目をしている。
二人とも今日は色々頑張ってかなり疲れている。静かに黙っていると睡魔が襲ってきた様だ。アクビをしながらシェイクスオードが「やってくれ、やってくれ」と言う。
「ポチッとな」掛け声と共に亜里砂が機動のレバーを引いた。ブンという音と共に巨大なランタンに似た魔道具が動き出した。三人は体感として何が変わったか分からないが、知識として『聖空界』が広がった筈だ。亜里砂が「これで、村の外柵ぐらいまで聖空界が広がったはずで御座いますわ、魔物はその中に入ると不快感がする上に弱体化しますのよ。」
「村から避難する時に停止したんだろうけど、良いモノが有るなら使わないって手はない」とシェイクスオードも疲れてはいるが抜け目がない。
その後、教会の前の広場で夕食の配給があり、その時に見張りの順番、寝る空き家の割り当てを伝え、村の外周の柵から出ないよう厳命した。
明日は追っ手が居なくなったので余裕を持って進めるだろうから、明日の夕食は早目に準備をして良いモノが食えるぞと予告して解散となった。
こうして勇者召還のその日は幕を閉じようとしていた。その間際に村の『聖空界』の範囲の内で真夜中に変異があった。
変異と言っても被害や不幸が有ったわけではなく無人村アラビンに滞在しているシェイクスオード達一行は見張り当番を除いて皆すやすやと寝ている何の影響もない。
トシゾウの置かれている寝床の直ぐ横の枕元で光の小さな粒がゆっくり、ポツポツと発生しユックリ点滅しながら収束し闇より暗い霧が発生した。
今その付近も覆っている『聖空界』はその霧を異物と認定しそのモノを包み込むように淡く光り出した。マーキングしたのである。
そのマーキングされた霧が五十センチほどの霧の塊に。その霧の塊はトシゾウの顔を覗き込み少ししてから小型動物に姿を変えたが、何かは暗くて良く判らない。
犬が雨等で濡れた時に身体を捻るようにブルブル振る仕草をしてから暗闇の中、何処かへ走っていった。周りはみんな寝ていて誰も見てない。誰も知らない。ただ、近くでイビキと寝息が聞こえていた。
夜空は闇ではなく満天の宝石箱。本来三つある月が重なり見た目は一つの月が天空にあって、まるで、地球の夜空に月があるのと同じ夜景。そして月が柔らかく照らす。
夜空の星が綺麗な中で真上にあって|一際≪ひときわ≫輝いていた二つの星座が戦乙女と鍛冶神の星座であった。
その二つの星座が見守る中、土方歳三が初めてこの異世界に降り立った其処はまた戦場だった。その記念すべき初日を失神中で終えた。明日は何があるかな?
ヘンリー隊長と、リトルジョンの居る部隊は最初は設定して無かったのですが、本文を書いていく中で生まれて来ました。ですので、ネーミングは超適当なので知る人ぞ知る名前だとおもいます。今後作品の中で元気に何度も登場してもらう予定です。あと、錬金術ですが、地味ですが使い方次第で強いと思います。