【017】美少年二人(中)
運の悪い駆け出し冒険者2名がやる気を出し、歳三はそれを暖かく見守りながら依頼を来ないしていく。
歳三はイケメン二人に肩入れしていく。
ポルトスが先頭を行き、トシゾウが少し後、その直ぐ後にバウとガザ、マヤで少し開いてトワイライトの順で15分程歩いて村の外柵に到達する。
先程のレッドボアの時と違って外柵に目立った損傷はない。
だが、ゴブリンが数匹外からこの辺りを通って村に侵入して来るらしい。先ずは周囲を捜索してみる。ゴブリンらしき足跡が複数見つかった。
その足跡は外柵の向こう側で森の方向に続いている。
外柵の外に丈の短い雑草が森までの間に生え揃っていて、草の長さは膝下位でだいたい20センチ程だろう。
その生え揃った雑草の原っぱに外柵から森に向かって3本程筋が出来ている。雑草が踏まれて萎れて筋になっておりソコを通った事が判る。
ポルトスが雑草を踏まれて出来た跡を指さし
「ああ、コレだな。」と言って振り返って言った。
トシゾウも目視して頷きながら
「うん。なあポルトス、相手はゴブリンだ後方から襲われると厄介だ。殿で後方の備えを頼みたい」
「わかった。・・・しかし俺は奇襲の相手は下手だぞ」とポルトスは冗談交じりで苦手だと正直に言う。
「んん。・・・」とトシゾウは思案する。
今回は遭遇戦を遣る事になるとトシゾウは認識している。先頭の人間が斥候の役割を果たさねばならない。
斥候に必要な警戒系の技能はポルトスの得意分野ではなく、むしろ不得手な方だろう。
その得意でない者を先頭を任せれば捕捉出来る敵も捕捉出来ない上に容易く伏兵による奇襲をくらってパーティが危機に陥ることになる。
それは避けなければならないので、やはり『気配察知』のスキルを持っているトシゾウが先頭を行くしかない。依ってポルトスには後方の備えを頼むしかない。適材適所とは言えない、つまり人材が足りていないのだ。
「背後、左右で敵の気配がしてヤバいと思ったら遠慮なく『挑発』を連打してくれればいい。」
そうポルトスに指示してトシゾウは前の方に戻った。ポルトスがもし仮に指示通り『挑発』を連打した場合どうなるか、乱戦・ゴッタゴタの泥仕合なりトシゾウとポルトスはひたすらタゲ(敵のターゲット・攻撃目標)を奪い合い敵に殴られ続ける事に成る。
乱戦の中で、マヤとバウやガザが効率的に敵を減らしてくれるかが鍵になるのだが、奇襲を受けて圧倒的不利が続くより、泥仕合で有利不利が無い乱戦の方がまだましなのである。
”相手はゴブリンだ、最悪の場合は乱戦にしてしまえば一人一人が優秀だから打開出来できるだろう”
とトシゾウは楽観的な見積もりをしながら先頭のバウの横に戻った。
暫く森の中を獣道沿いに進みトシゾウのスキル『気配察知』が前方に『感有り』を示した。
トシゾウは腰を落とし右手を軽く挙げる。右肩から肘までは横に肘から手先までは上にしたL字で手の平は無造作に軽く開いていた。
一拍遅れてバウも前方に何かが居るのを目視して、”アレですか?”と言いそうな表情だが無言で横目にトシゾウを見る。
トシゾウは横に居るバウに身を寄せて「この道の先を歩いているヤツは囮だ」と小声でささやく。
バウの目には獣道の先をキョロキョロしながら歩いていく人型の魔物の姿を捕らえていた。
背は低くずんぐりした小太りのオヤジ体型に禿げた頭、右手には棍棒を握り緑の肌をしたゴブリンの後ろ姿である。
そのゴブリン一体が獣道をフラフラ歩いていくその仕草は頼りなさそうに見える。
「アレは誘っている。あのゴブリンが今通った場所の左右の茂みに気配がある。その向こうにも・・・」
とトシゾウは表情を変えずに目だけ動かしてバウを横目で見る。まるで師匠が弟子に実地で実戦を教えている感じにも見える。
トシゾウの『気配感知』はレベルが高く奥の茂みにも身を潜めているゴブリンを察知していた。そして小声で言葉は続く。
「囮が誘って伏兵のど真ん中に誘き出し一斉に襲いかかる算段だろう、バウお前は左の茂みに潜んでいるヤツをやれ」
横に居るバウに指示をだしたトシゾウは振り返ってマヤに身振り手振りで指示を出した。
囮のゴブリンは獣道を進んで行きバウが道脇の茂みに近づいた時、バウが左側の茂みにロングソードを突き入れた。手応えがあった。
バウの行動を合図にトシゾウも右側の茂みに魔法を放った。マヤとガザが前方に魔法を放つ。
獣道の先を行く囮のゴブリンは背中に鋭い石弾を何発も受けて前のめりに倒れて絶命。
獣道の左脇にある茂みの中ではバウが突き入れたロングソードに胸を突き刺されたゴブリンが「ギギィ」と呻くが、バウがロングソードを更に突き入れ動かなくなった。
バウがロングソードを引き抜くと小柄なゴブリンが力なくゴロリと転がった。
反対側の茂みからトシゾウが放った魔法『ストーンブリット』の石弾を腕や胸に受けたゴブリンが立ち上がり茂みから出た。
トシゾウは「やはり魔法一発ではその程度か」と呟きながら大盾職のスキル『挑発』を打つ。『挑発』を喰らったトシゾウの目の前のゴブリンは重傷ながらも右手に持った棍棒を上段から振りかざし殴りかかってくる。
『バシン』トシゾウがゴブリンの振り下ろす棍棒を大盾でタイミング良く弾いて、ジャストガード。
既に重い傷を負っていたゴブリンは弾かれた棍棒に右手を引っ張られて体勢を大いに崩した。
トシゾウはチラッとバウを見た。目の前のゴブリンに攻撃を出来る位置かどうかを確認する為に。
”一寸遠いな・・・。”トシゾウは口元から微妙に渋い表情が漏れる。
バウはトシゾウが自分に視線を送ったので『前のゴブリンを殺れ』と解釈して急いで移動する。
トシゾウは待って、待って、待っているがバウは間に合いそうにない、ゴブリンの体勢が崩れた状態から立ち直りだそうとしている。
『バゴォ』
トシゾウは意識より先に体が動き右手に持ったラージウッドシールドで目の前のゴブリンをぶん殴る技の『シールドバッシュ』をかましていた。
HPに与えるダメージはショボイのだが、顔と胸を盾で殴られると非常に痛くて敵視が上がるそして体勢も崩れる。大きな盾で強打されたゴブリンはまた体勢を崩しヨタヨタっとする。
トシゾウは盾でぶん殴った時に足は踏ん張らずに、強打の反動でトットットッと後ろに下がった。バウの攻撃の邪魔に成らない様にである。
トシゾウの『シールドバッシュ』のお陰で間に合ったバウは体勢を崩し無防備に成ったゴブリンにロングソードを鋭く突き出す。
ゴブリンの胸をバウの繰り出したロングソードの突きが貫く。
悲鳴と供にゴブリンはだらんと崩れる。
バウはグッとロングソードをゴブリンの胸から引き抜く一連の動作は荒く改善の余地は多いのだが、身のこなしか器用さで補っていて動作自体は普通より早く、続き次の行動に移れる体勢を整えた。
トシゾウは横目でバウの動きを評価する。
”この少年、まだ動きが荒いが筋が良い”と見込みのあるヤツを見付けて少し喜れしくなっている。
そして機嫌の良いトシゾウは前を向き調子よく2発、3発と『挑発』を発動する。
『挑発』に引っかかり怒り心頭で姿を現すゴブリン達、人数は残り8匹とトシゾウ達より多いが、トシゾウ達を待ち伏せて罠に掛けようと配置した位置取りが仇になる。
ゴブリン達は罠に嵌める相手を四方から攻撃する配置、つまりポツポツと散開した状態で伏せていて急に横から悪い体勢のまま正攻法で攻められてしまった。
奇襲や伏兵などは見破られて失敗すると不利な体勢で攻められて被害が積み上がっていく事が多いのだが、今回のゴブリンもそうだ。
ポルトスが前列に追い付き『挑発』をしつつ盾役として敵を防ぎだす。
敵のゴブリンは襲いかかってくるが、散開した状態からなので足並みが揃わずバラバラに攻撃してくる。
『挑発』が効いていて怒り心頭状態のゴブリンがバラバラにポルトスに迫ってくる。
遠距離攻撃でマヤとガザにトシゾウの3人が一つの的に魔法を放ち一匹ずつ確実にゴブリンを倒していく。
一度2匹同時に迫る事があったが、魔法がまに合わなかった方の一匹にはポルトスが盾受けであしらい横からバウが切り伏せる良い形で対応する。
3分も経たずに戦闘は終わった。
倒れているゴブリン、既に絶命しているヤツも多いがバウがトシゾウに言われて念の為に改めて一体ずつトドメを刺していく。
トシゾウは他に気配が無いか周囲に気を配るが、周囲に気配は無かったはずだ。
ゴブリンにバウがトドメを刺してまわったってその後でガザが討伐の証の右耳を切り取って周り報告する。
「やはり2匹足りない。トシゾウさん10匹でした。」
ガザが石製のダガーを鞘に収めて仕舞いながら渋い顔で報告する。どうやらガザは戦闘が終わった時に12体を超えていると思っていたようだ。
「足らないなら仕方ないな、もう一度遭遇戦をやるか」
ポルトスが”仕方ねーよ”って顔をしているが前向きの発言だ。
ポルトスが前向きな発言の理由は横に居るガザとバウの二人が原因。
ガザとバウは今テンションが高い。この二人はつい最近迄に何度も『依頼の失敗』を経験していて気持ちが卑屈に成りかけていた。
それが今回、依頼の進捗が順調に進んでいきとても嬉しくて堪らない。
ポルトスはこの二人の弟分が可愛く思い、この二人の影響をうけて依頼に前向きに成っている。まあ良い兄貴だ。
パーティ一行は5分程休憩を取った後、先程の戦いで囮になったゴブリンが歩いていた方向を探索する事にした。
10分が経ち15分が過ぎた頃、トワイライトがゴブリンを発見した。
丁度獣道から左脇に30メートル程離れた位置に大きな蟻塚のような土の盛り上がりと穴が有った。
そしてその穴の横で槍を持ったゴブリンが2匹つっ立っている。巣穴の守りをしているのだろう。
その巣穴の周囲は森から木々が途切れてポツポツとしか木は生えておらず、青空が見えている地面は丈の短い草が生えていて所々土の地面が顔を出している。
丁度テニスコート4面分ぐらいの広さ(半径20メートルぐらい)の草地があり真ん中にこんもりと土が盛り上がっていて其所が巣穴の入り口。
入り口の穴付近にいるゴブリンに気付かれないよう森の木々や茂みに隠れながら草地の外縁まで近づいた。
トシゾウとトワイライトが先頭で茂みに隠れながら様子を覗って居る所にバウが身を低くして茂みに隠れながら近づいてきた。
「どうします?」
「あの2匹を倒せば依頼は達成する」とトシゾウは静かに小さな声で話す。
「巣穴は放置するんですか?」とバウは意外といった感じで聞く。
バウが冒険に出る前に居た村はゴブリンの被害に悩まされていた。物が無くなったり、食料や家畜が盗まれる。
被害は徐々にエスカレートしていき村人が襲われ怪我人が出たり死人が出るといった被害も出るようになった。
バウとガザはゴブリンに対して深い憎しみを持っており巣穴を見付けたら黙って見過ごす訳にはいかないと言う気持ちが強く出てしまった。
トワイライトはゴブリンを目の敵にする者達のだいたいの理由は察しが付く。
兄弟や家族、友人等大事な人達をゴブリンに傷つけられた殺された、汚された、また故郷や住んでた処が奪われた。そんな理由が殆どだ。
遣っている事は人間の野盗の類と変わらんのだが、相手が同族よりもゴブリン相手の方が憎しみや蔑視が強くなる傾向が有る。
それを知った上でトワイライトは
「依頼には巣穴の討伐はない。」とはぐらかす様に言う。
「しかし、放置したら周辺の村の被害が大きくなる。下手したら村人が皆殺しに合う・・」
と小声ながらバウの口調が強く激しくなる。
「バウ、声がデカイ」とトシゾウが窘める。
「あ、ごめんなさい」とバウは我に返り声のトーンが落ちる。
「話しは後だ。バウ先ずはあの茂みで・・・・」とトシゾウはバウに顔を寄せてささやき声で指示する。
バウは無言で頷き身を屈め茂みに身を潜めて音を立てないようにソロリソロリと移動していく。
トシゾウは無言でバウを見送り、次にマヤとガザに近づきささやき声で段取りを打ち合わせする。
その後マヤとガザもバウの様に身を屈めソロリソロリと音を立てないように気を使いながら移動していく。
最後にポルトスに近寄り
「一応、バウに指示を出す前に『気配察知』のスキルを使った。伏兵は無いと思うが、マヤやガザが移動した付近で大きな音がした場合は、『大盾』のスキル『挑発』を連打してくれ。」
とトシゾウは万が一に魔法使い達が伏兵に遇った場合の対応策をポルトスに頼んだ。
「おう。心得た。」ポルトスもトシゾウの意図を理解した。
巣穴の入り口を守るゴブリン2匹以外に敵は居ないはずだが、もし仮に此の状態でマヤ達が攻撃を受けた場合はゴブリン達の罠に違いないので、狙われる対象は魔法使い達のマヤとガザ。
マヤの方が防御力が高いので少々の事では死なないが、ガザは打たれ弱そうでゴブリンの奇襲に遭うと直ぐにやられそうなので危険だ。
ポルトスが『挑発』の連打するのはガザに向いた敵のタゲ(ターゲット)をポルトスが奪い、ガザの被攻撃を減らす為なのだ。
それぞれの役割が決まり所定の位置まで移動し作戦が始まる。
巣穴の入り口を守る2匹のゴブリンの正面で少し離れた茂みが『ガサガサ』音を立てて揺れる。
巣穴の入り口を守る2匹のゴブリンは顔を見合わせて2、3回言葉を交わす。
左側のゴブリンが持っている槍を握り直しガサガサ揺れている茂みに近づくが、茂みは相変わらず『ガサガサ』と音を立てて揺れている。
茂みの手前でゴブリンは”誰か居るのか?”という感じで槍先を茂みに突っ込み『ガサガサ』と茂みを掻き分け中を覗き込む。
覗き込んで一瞬の後、茂みを覗いていたゴブリンが前のめりに転び上半身を茂み突っ込んでジタバタ藻掻いた。
転んで茂みに上半身を突っ込み藻掻くドジな仲間を見ていたもう一匹のゴブリンは仲間のバカさ加減に『アホな事やってふざけている』と思い込んで笑っていたが、あるタイミングで笑うのを止めた。
茂みに半身を突っ込んで藻掻いていたゴブリンの動きが、力なくダラリと手足を下に垂らして動きが止まった。
異常を感じ取った巣穴の入り口近くにいたゴブリンの顔から笑いが消え持っている槍を握り直し仲間が倒れた辺りを睨み警戒感を顕わにした。
そして足を動かしだそうとした次の一瞬の間に三方向から石弾がゴブリンを貫いた。
三方から石弾に貫かれたゴブリンは力なく膝から崩れ倒れた。
森の端の茂みからトシゾウがユックリと姿を現し石弾に貫かれたゴブリン元に歩み寄り死亡を確認して討伐の印を切り取りポルトスに手伝って貰い森の茂みに死体を隠した。
バウはゴブリンが茂みに倒れ込んだ位置から姿を現した。
左手には切り取られたゴブリン討伐の証を握っている、剣を握っている右手に少し返り血を浴びていたが怪我はないようだ。
トシゾウ達の所にバウも合流してゴブリンの討伐の証の数が12個有るのを確認して村への帰路に就いた。
帰り道でトワイライトがバウの横に行って入り口の番のゴブリン2匹を倒す前に話していた続きを始める。
「さっきの巣穴討伐の話しだが、誰もずっと放置するとは言っていない。ギルドに報告すれば巣穴討伐の依頼が発せられる。それからでも遅くない。巣穴の討伐はまあまあ報酬は良いのだ、依頼を受けてしっかり準備を整えて。完全に駆除しようじゃないか」
「しかし、放置したらそのぶん被害は広がるじゃないですか!」
とバウはゴブリンに対して強い恨みを持っていると誰でも判る程の敵愾心を示している。
この世界で生まれ育った人間ならばだいたいの察しは付くのだが、トシゾウはこの世界に来てからまだ日は浅くゴブリンの悪行を聞いてもピンと来ない。
よくある話しだと人は言う。
家の家畜や食料を奪われた。仕事道具を盗まれた。ゴブリンに住んでいた故郷の村を焼かれた。親兄弟や友達、恋人を殺された。
など、この世界の人達の不幸な出来事の4分の1(約24%程)はゴブリン絡みである。不幸の原因ダントツの1位でゴブリンとは本当に迷惑なヤツ等なのだ。
因みに2位は王侯貴族の我が儘によるモノ(7%で戦争や権力争いも含む)3位は盗賊・野盗による被害(5%)、以下グール等屍鬼類、疫病、奴隷狩り(奴隷商)、ゴブリン・グールを除く魔物系といった原因が続く。
王侯貴族も庶民にとっては迷惑なヤツ等だと統計上の数字は語っている。
トシゾウはピンと来てないが、トワイライトはだいたいの察しは付いていた。
そしてトワイライトは過去にバウの様な血気盛んな若い駆け出しの冒険者が無策でゴブリンの巣に挑み帰って来なかった若者達を幾人も見ている。
目の前の若者バウにはそうなって欲しくない。
”この少年は見所有るし、イケメンな上に明るくて性格も良さそうだ。上手に育てれば惚れ惚れするような偉丈夫に成長するに違いない、逸材をゴブリン如きに傷物にされてはかなわん。”
とトシゾウと同様にトワイライトもバウに期待している。
若者はどう止めたって遣りたい事を遣るだろう、ならどう戦うかやり方を教えて生き残って貰う方が良いに決まっている。イケメンは希少価値が高く大事なのだ。
「今の手持ちアイテム・装備では不十分だ。ゴブリンの巣穴を討伐するならそれなりの準備が必要だ。それを怠り準備や対策が不十分で突入したら死ぬぞ。」
淡々と説明するような普通のトーンでトワイライトが話しを、説明を続ける。
バウの横でガザも少しワクワクと不安の混在した様な表情で質問する
「僕らでも出来るんですか?」とガザはゴブリンに対し憎しみよりも恐怖の方が勝っている様だ。
トワイライトはニコやかに
「大丈夫だ、ゴブリンの手口を知った上でヤツ等の嫌がる事をすれば勝てる。」
トシゾウは『フン』と鼻を鳴らして嬉しそうに
「彼を知り己を知れば百戦殆からず・・か」トシゾウの思い出すような言葉に
「久しぶりのフレーズだ。」と孫子の一節を途中からトワイライトも嬉しそうに言葉を重ねてハモった。
少し間が空きトワイライトはゴブリンについてのお|復習≪さら≫いから始める。
「モンスター知識にもあるが、ゴブリンはモンスター最弱と言われている。」
トシゾウやバウ、ガザもその説明に頷く。「うん」と
「だが、その点は一対一で何も無い闘技場の様な広場で対峙した時、個体のステータスを他のモンスターと比べた時に限る。その点では事実と言える。だが・・・」
トシゾウとガザ、バウは前を向いたままユックリ歩いていて横並びで話しを聞いている。
ポルトスは少し後ろでよそ見をしながら聞いていない素振りだが、確り聞いている。
「だが、ヤツ等も自分より強い相手に正面切って一対一で正々堂々戦って死にたい輩じゃない、ガザならどうする?自分より強い敵を相手にする場合だ」
自分に話しを振られてガザは少し戸惑ったが
「えっと・・・罠に嵌めるとか、後ろから不意打ち攻撃で大ダメージを与える?」
ガザは自信がないので最後の方の「与える」の文言は語尾の音程が上がり『?』が言葉尻に付いていて相手に『この答えで会っている?』て聞いている感じな答えだ。
「うん。まあ正解かな。自分より強い相手に気合いで勝てると思えるのは経験の少ない新人だけだよ。
魔物にとって負けイコール死、当然必死になる。『不意打ち』『闇討ち』『だまし討ち』や罠を使い又は寄って集って『数の暴力』等、汚いと言われる手を勝つ為に使う。」
トワイライトは普通に正解を言い、ガザは答えが合っていたので少し表情は明るくなった。
トワイライトは歩きながら淡々と説明を続ける。
「ゴブリンは汚い手、いや冒険者に勝てる手段を知っていて使ってくる。だから駆け出しの冒険者でゴブリンをモンスター最弱と侮って『最弱だろ普通にいけるだろう』と無策の力押しで突っ込んで行って全滅するパターンだ。
ゴブリンは戦い方が巧なんだ。ヤツ等は非力な自分達がどのようにしたら有利に戦えるか、相手をノックアウト出来るか知っている。
そんな相手の巣穴(熟知したテリトリー)に乗り込もうっていうんだ、勝つ為の算段を付けて戦わないと・・・」
トワイライトは説教じみてきたので語尾を濁した。
トシゾウは大盾は背中に背負って歩きながらトワイライトの説明を聞いている。
バウは問題の答えを間違えた中学生のような顔で頭を掻きながら
「通路に沿って前から来るゴブリンをこの剣で倒していく積もりでしたがダメですか・・?」
「まあ、普通の初心者パーティなら全滅だな(笑)」
トワイライトは苦笑混じりの笑顔で答える。苦笑が混じる原因は
”トシさんとポルトスが剣を持てばそれだけで勝ってしまうが、それは例外だこの二人は規格外過ぎる”という心の呟き。
「はははぁ(汗)」とバウは申し訳なさそうな作り笑いで誤魔化す。
「巣穴にはゴブリンが20匹とか50匹とか山ほど居る。正面から真面にブチ当たって倒していっても何時かバテて力尽きてやられる。
そんな根性が要る事はしなくて良い、楽して楽勝なやり方がある。それに、討伐しないとは言ってないよ。
どうせ明日か、明後日にギルドの掲示板に依頼が出るから楽して楽勝駆除の準備と算段をしようや、依頼もなくだだ働きして命を張るのは後で頭を冷やすとむなしいぞ」
とニッコリしながらトワイライトはバウの肩をポンと叩いた。
バウは「うううむ」と頭では解るが不本意でもやもや気味。
ガザは”最弱のゴブリンが手強いとアレだけ脅しといて、楽して楽勝って・・”とからかわれている気がすている。
そんなお喋りをしている内に村に戻ってきて次の依頼の場所付近に到着した。
一応順調な感じに二件目までのクエストが消化出来ているので時間は十分に余裕がある。
先ずは現地付近の調査から始める。
今いてる現場は一反(300坪)ほどの広さの畑が2つあってその両方とも人の背丈以上(だいたい2メートルほど)の高さの木製の柵で囲まれている。
村の外周沿いの畑は何所も同じ様な立派な柵が施されている。
この立派な柵で獣への農作物に対する被害対策に注力している事が伺える。その柵も外周沿いで一ヶ所破損して破れているいる場所がある。
その破れているヶ所の周辺は横板が破壊されていて修理した跡が何ヶ所も見受けられる。破損した周辺が継ぎ接ぎだらけだ。
バウ、ポルトスがその破損した箇所の周辺を調べてまわる。
トシゾウはスキル『モンスター知識』と連携した『観察』で見てみる。トシゾウも慣れてきたのか捜索の仕方や手順が解ってきている。
注意ヶ所にまるで湯煙が上がった様な感じに見える。
柵の破損部分に獣毛が少し付着していた。あと破損箇所周辺の地面に獣の足跡を発見した。
今度は『モンスター知識』と『鑑定』の連携で付着していた獣毛を見てみる。
『モンスター知識』では『エルク』(大鹿)の仲間とあり『鳥獣知識』参照の事と書いてあったのでトシゾウは『鳥獣知識』は取っていないので詳しい事は判らなかった。
だが、マヤが『ハンター』職の時に『鳥獣知識』を取っていて結果としてマヤに説明して貰って討伐対象が確定した。
相手は『バイオレンスエルク』で気が荒いだけの大きな鹿。鋭い角で突いて攻撃する。ごく偶に上位種の『ライトスピアエルク』が親分で群れを率いている事が有る。
肉は赤身が多く脂身は少なめのサッパリしている方だが鹿系の独特の癖が多少有る。
調味料やハーブを使えば癖のある味を消したり誤魔化したりして美味しく料理し食べる事が可能で、特に森のエルフ族がこの手の肉料理は得意。
『バイオレンスエルク』の気性は自分より弱い者を虐める時や、少数に対して数で圧倒出来ている時は勇敢だが、士気崩壊が早く群れの四分の一位が討たれると一気に壊走し散り散りに逃げ去る事が多く駆除する場合は逃走の対策を取らないと六割以上を逃してしまう。
ポルトスが情報を聞いて
「気が荒いくせに、根性無しの『アカンタレ』かー、チンピラよりも|質≪たち≫が悪いな」
と厄介な相手であること直感する。
「逃走されると、捜索して討ち取るのに手間がかかるな」
トシゾウも説明から扱いが難しい相手である事は感じ取っている。早目に壊走してしまうとクエストの討伐数を確保する前に逃げ去り討伐数が足りずにクエスト失敗になる危険性があるのだ。
トシゾウ達5人から5メートル以上離れた場所からトワイライトが話し掛けてくる。
トワイライトが何故常に距離を取っているかというと、パーティの自動組み入れを恐れて距離を取っている。
トワイライトは冒険者レベル35以上の超上級冒険者でパーティに入ってしまうとパーティのレベルが一気に30以上に跳ね上がってしまい、モンスター討伐時の経験値がガクンと減ってしまうデメリットがある。
メリットの方はというと『魔法知識』や『モンスター知識』等の知識系のスキル、他に商人系の『○×取引』なんかはパーティ内で共有出来る。だが是等の知識系スキル等は今は出番じゃない。
モンスター討伐時の経験値の減少を気にして、トワイライトはパーティに自動で組み入れられないようにトシゾウ達から一定の距離を常に取っている。
オガミ領での採取の時と違い今回は戦闘が確実にあるので常に距離を取っている。
そのトワイライトが少し離れた場所から意見を言ってくる。
「アソコの外枠の壊れたヶ所に罠を張って、エルクが全部入ったら出られない様にしたらいい、俺の持ち物の中に網があるからそれ使って、エルクの退路を断つってのどうだ?」
トシゾウはトワイライトの意見を聞いて少し考えてから
「『大盾』が2枚有るから『挑発』での誘引でいけないか?」
「基本的にそのやり方で大丈夫だと思うが、取りこぼしがでる場合がある。保険は掛けといた方が良い、罠自体は簡単に仕掛けられる。」
「保険か・・・、解った。それで行こう。もし捕り逃がして足りなくなった場合、さっきみたいにゴブリンをもう一度って事に成れば大変そうだな」
「そう。更にゴブリンと違ってエルクは捕捉し辛い」
トシゾウとトワイライトは捕り逃がした時の手間が大変だと意見が一致した。
基本路線として、『大盾』2枚で『挑発』や敵視上昇でエルクを誘引しエルクの角攻撃を盾受けする。
大盾には『大盾』職のスキル『フォースシールド』(攻撃を受けた時に盾から反射の衝撃波を発する効果を一定時間付与する。衝撃波を受けるとダメージと状態異常値が上昇する)
状態異常は麻痺。麻痺した個体にバウとマヤがトドメを刺してまわる。マヤもこの時は石英素材のダガーを使う。
ガザはエルクが侵入してくる外枠の壊れヶ所付近に身を伏せて潜伏し、エルクが入りきるとロープを引いて壊れヶ所に仕掛けている網を引き上げて塞ぎ退路を断つ。
そして網を引き上げたロープが外れないように柱に縛る。その後魔法での援護に参加する。
役割分担が決まったのでそれぞれ準備に入った。
トシゾウとマヤは村の外周に設置された獣避けの外枠の柵で比較的破壊が少ないヶ所の修理(木の板を打ち付けて塞ぐ)、余計な出入り可能な所は塞ぐ。
ポルトスとガザ、バウは村長に言っておびき寄せる餌、穀物や果物を少し別けて貰いに行った。
トワイライトは他の5人が近くに居ない事を確認して、外枠の壊れたヶ所にロープと網・『ロープワーク』(スキル)を使って罠を張り、入り込んだ後にロープを引くだけで壊れた柵の裂け目に網が掛かる様に仕組んだ。
ロープと網はアイテムボックスから出した。シェラ野営場での撤退戦(2話)時に使ったロープや網が残っていたのでソレを活用した。
シェラ野営場での戦いの後取り出すのを忘れていた。
三十分ほどでスタンバイ完了。計算どおり日も少し傾いて夕日が差してきた。
更に二十分ほどして外枠より外に気配があったのをトシゾウは察知して臨戦態勢に移行を伝えた。
外枠の奥の森から三頭ほどの角を持ったエルクが姿を現した。外枠の壊れヶ所に近づき様子を覗う、続いて森の奥から二十頭以上のエルクが続いて姿を現す。
最初の三頭が壊れヶ所から中に入る。
外枠の内側で真ん中付近に餌がありその前にトシゾウ達冒険者が四人いるがエルクは意に介さない。
エルクは自分達が威嚇しながら群れで押して行けば人間(村人)達は恐れをなして逃げていくものだと知っているからだ。
先頭の三頭に続いて後続の本隊が入ってくる。丁度群れの真ん中辺りに一回り大きな個体がいる。群れのリーダーと見て良いだろう。
エルクのリーダーを中心に群れが纏まったと同時に最前列の四頭が群れから離れて前に出て来る。
『鶴首』と言って首が弓なりに弧を描いている格好をいい、気合いが乗っている現れで更に鼻息が荒い、戦意旺盛でやる気満々のようだ。
エルクの前衛四頭は士気も高くゆっくりと迫ってくる。
トシゾウ達はというと、エルク達が侵入して来たヶ所から反対側で、村の中心部に近い広いスペースの真ん中に穀物や果物の篭を人の背丈の半分程に盛ってコンモリとした寄せ餌の山を背に大盾を構えてトシゾウとポルトスが待ち構えて居る。
トシゾウとポルトスは『大盾』職スキルの『フォースシールド』(攻撃を盾受けすると衝撃波を発する)を掛ける。大盾がうっすらと淡い光を纏った。
トシゾウは普通に敵視を浴びながら涼しい顔をしているがポルトスは恐く怒っているような表情に変わった。
”所詮鹿如きが!一寸見ねぇうちに偉くでけぇ顔する様になったじゃねぇか。散々俺に狩られていた奴がよぉ”
とポルトスは昔(元々ポルトスの居た世界)に時々狩っていた獲物がイキって向かって来る状態に半ギレ状態になっていた。
「上等だぁ、コラァ!掛かってこいやぁ!!」
最初にポルトスが『挑発』を打つ。
トシゾウは細かい事は知らないので
”ポルトス!お前が挑発に掛かってどうする・・”と横目で見ていて不安になった。
何故ポルトスが熱くなっているのか解らないトシゾウは冷静にポルトスに合わせる形で『挑発』を続いて打つ。
『挑発』を食らったエルクの前衛四匹の目が血走り「ピー(何か腹がたつ)」と雄叫びをあげて襲いかかってくる。
目を血走らせたエルクは頭を下げて先の尖った角をトシゾウ達に向けて突いてくる。
二人は大盾で受けて大盾から衝撃波がかなりの量発せられる。
『フォースシールド』(攻撃を盾受けすると衝撃波を発する)は剣や槍等の攻撃を受けた場合ヒット毎一発衝撃波がでるのだが、
『バイオレンスエルク』の角は額の上部分に左右二本の角を有していて、角は途中で枝分かれしていて先端に左右両方に四つか五つの鋭い尖った突起を有する。
なので、エルクの角突き攻撃を一度盾受けすると八発以上の衝撃波をエルクは浴びる事になる。
もう此の頃には、トシゾウとポルトスの発する『挑発』で群れのリーダー付近にいたエルク何匹も釣り出されトシゾウ達の前で押し合っていた。
『シュババババー』と大盾から出る衝撃波の音が連なり車のエンジン音の様な音になっている。
エルクが角で突いて、トシゾウとポルトスが大盾で防ぎ衝撃波がマシンガンの様に出ている。
トシゾウはポルトスに目配せをして、左斜め後ろにジリジリと下がっていく。
その光景は奈良の東大寺の前で外国人観光客が不用意に『鹿せんべい』を買ってチラつかせた時の様である。
鹿達は『鹿せんべい』欲しさに外国人観光客に殺到する。鹿は頭を上下に振ってお辞儀をすれば『鹿せんべい』が貰える事を知っていて|頻≪しき≫りに頭を上下に振る。
中にはドサクサに紛れて頭突きをする鹿(奈良の鹿は角を切られていて安全)も居るが外国人観光客はこんな『普通では有り得ない鹿に大人気な光景』を楽しむのである。そして鹿の圧力で少しずつ後ろに下がってしまう。
トシゾウとポルトスは今、その光景によく似ている。
トシゾウとポルトスがジリジリと左後方に下がる。エルクは心の赴くままにセッセセッセと角で突き攻撃を出し、盾受けをされて反射の返り衝撃波を浴びる。
衝撃波を一発浴びれば雀の涙ほどのダメージ(実際に1から3程度)と状態異常値が上昇していく。
盾受けで生じた数多の衝撃波を浴びたエルクは状態異常値が急上昇して一頭、また一頭と団子状態の群から麻痺を起こして脱落していく。(今回の状態異常は『麻痺』)
あるモノは横倒しになり足をピクピクさせている。あるモノは膝を折りその場に|蹲≪うずくま≫る。
トシゾウとポルトスが斜め後方にジリジリ下がっていくので、エルクの群れはトシゾウ達に着いてジワジワと進んでいく。
ポツポツと『麻痺』を起こした動けないエルクが群から取り残されていく。そのエルクにバウがロングソードを急所に突き刺し、トドメを刺してまわる。
マヤもエルクの脇腹から心臓に向かって石英製のダガーを刺し息の根を止める。
その順調な駆除の光景を見ながらエルクの攻撃に大盾で対処していたトシゾウは、村の外壁の柵で壊れたヶ所(エルク達が畑に入ってきたヶ所)付近に視線をやる。
其所にはガザが潜んでいてエルクが入りきったらロープを引っ張り網を引き上げて外壁の壊れたヶ所に蓋をする手筈になっていた。
「うんとこしょ、どっこいしょ・・・アアまだ上がらない」ガザは運動会の『綱引き』競技で綱を引く格好で頑張って引いていて掛け声まで出している。
予定通りガザは本腰を入れてロープを引っ張っているが一向に網は引き上がらない。
トシゾウはよそ見をし過ぎると盾受けが疎かになるので、チラチラとしか見てないが一向に網が壊れヶ所に架からないので、
”ヤレヤレ、ロープか網が柵のどっかに引っ掛かったかな?”
程度の認識をしてトシゾウは盾受けに集中した。
一方距離を置いて傍観者モードでいるトワイライトは外壁の壊れたヶ所を見ながら唖然と口を開けていた。「あらら」と呟いているに違いない。
トシゾウは”ソレならソレで・・・、群れのボスが出張るまでどれだけ狩れるかだな”と切り替えは早い。
更に討伐は進み六割以上のエルクが討たれた頃に漸くボスに『挑発』が効きだしたのか鼻息が上がりゆっくりと歩み出してきた。
その時点でも雑魚のエルクはトシゾウとポルトスの『挑発』に懸かり4、5匹が群がっている。状態異常の麻痺を引き起こして一匹、また一匹と倒れていく。
残りが数えるほどに減った頃合いでボスが迫ってきた。
ボスは雑魚のエルクより一回り体も大きくて角はエルクよりたいそう立派でうっすらと発光している、一目でボスであり上位種であると判る。
『モンスター知識』を参照するとボスの『ライトスピアエルク』はレベル11~18のレアモンスターで今のトシゾウ達のパーティにはハッキリ言って『格上』である。
先ずはトシゾウがボスの突進を阻む。
『バシン』トシゾウがジャストガードで受けてボスの足を止めたが、トシゾウの大盾も左端と左斜め上の部分が削られた。
ボス・エルクは出だしにビンタを食らった感じで足が止まり、トシゾウは大盾が破損した事で驚き動きが止まる。
「チッ」、”木製の大盾だから仕方ないか・・”とトシゾウは無意気に舌打ちが出ている。
トシゾウは真面に受ければ盾を貫通すると実感して戦い方を変えた。
ボスが攻撃に出る刹那に大盾を斜めから当ててボスの攻撃を封じる。流石は幕末の十剣豪に名が上がっただけの猛者である、瞬時の判断で盾の扱いに工夫を盛り込んでいっている。
ボス・エルクは攻撃に出ようと動作に入った瞬間に盾ビンタを食らい不発に終わる。
ボクシングの試合で相手がパンチを出す瞬間にそのパンチを出す手に自分のジャブを軽く素早く当てて弾き相手がパンチを出せなくする牽制のジャブに近い。
この情況で足が止まったボス・エルクにマヤは見逃さずに魔法を放つ。
ボス・エルクも格上なのでマヤの魔法一発ではたいした傷に至る事はないが、チョコチョコとダメージが蓄積していく。
トシゾウも何度か牽制のジャブを撃った後、ポルトスにアイコンタクトを送った。
「任せろ」とポルトスが前に出る。ポルトスの大盾は元々トシゾウが使っていた金属製なのでポルトスは何の不安もなく大盾を構えて前に出た。
ポルトスはボス・エルクの攻撃を大盾で受ける。
『ボコ』ジャストガードを失敗。だが普通の盾受けは出来ている。
だが、ポルトスの大盾には六、七本の人差し指ほどの角先が貫通していた。
ボス・エルクは角が大盾に刺さった上に、衝撃波をいっぱい正面から頭に食らい少し体勢を崩して動きが止まった。
双方がほんの一瞬凍り付いたように止まった瞬間が有った。その間に
「ああ、ポルトスその角は魔力で鋭さ増して普通の金属製の盾でも貫通するから気を付けてね」
と少し離れたトワイライトがモンスター知識でアドバイスしてくれた。そのトワイライトの雰囲気は緊迫感が無く相撲やボクシングの試合を観戦する様なくつろいだ感じがした。
「チッ!、先に言ってくれよなぁー」
と漏らしつつもポルトスは右手も大盾を支え持って角度を変える様に捻った。
刺さった角先を抜かせない様に盾の角度を変えて引っかけて保持しようと頑張ったのだ。
ボスの動きが止まった。その瞬間を狙っていたマヤは魔法を放ち、同じく機を伺うっていたバウもボスの斜め後ろから斬り付けた。
ボスはポルトスの大盾に刺さった角先がなかなか抜けないので何度か頭を振ったが、ポルトスも『角を抜かすまい』として頑張り何とか少しの間ボス・エルクの動きを封じる事が出来ている。
動きの止まったボスにマヤの魔法が襲いかかるが、さほど効いている様には見えない。
ボスの斜め後ろからバウが走り寄り剣を突き立てようと突き出すが、ロングソードの鋒が少しばかり刺さった程度だ。レベル差が有りさすがに硬くなっている。
バウは即座に刺したロングソードを引き抜き、引き抜いて流れる様に無駄のない動作で振りかぶって刀身を叩き込んだ。
ソレと同時にボス・エルクが苦し紛れに後ろ足で跳ねた。
ボスの反撃は苦し紛れだったが、見事にバウに命中した。
バウは辛うじて左手に装備した小型盾で受けたが蹴りの力は凄まじく、小型盾は粉砕されたうえに後方に吹き飛ばされた。
その蹴りを出す時にボスは身を躍らせ首を振ろうとしていた。ポルトスが大盾で引っ掛けて掴んだ角を引き抜こうとしてであり、と同時に角の輝きが増した。角に流す魔力を増やし威力を上げた。
その角の輝きが増して貫通力と破壊力(肉体や木材や石、金属までも破壊する力)が増した。まあ、ビームサーベルみたなのが太くなったと思えばいい。触れるとヤバイやつだ。
ポルトスの装備している大盾は金属製で、その金属製の大盾を貫通した角が尋常ではない事は判っている、だがボス・エルクが身を躍らせ暴れたことでその凶悪な角も跳ねようとして余計にヤバくなった。
その輝く角が豆腐を切る様にズルッっと大盾の金属装甲を横に走りポルトスの大盾を切り刻む。
序でにヤバくなった角がポルトスの大盾を持った左手の肘の少し手首寄りの太い筋肉の部分をかする。かすっただけでもその付近の肉を削ぎ『かすり傷だ』とは言えない傷になる。
ポルトスの金属製の大盾が3分裂し宙に舞う。ポルトスの頭の付近に『絶体絶命』の文字が立体で浮かび揚がり、そのバックに大きく立体で『ピーンチ』と更に強調された。しかし顔は『ヤバイ』という表情をしていない。
目線の先にはトシゾウがいた。ポルトスの目には”これだけ時間稼いだんだ後は何とかしろ”
といった表情。
実際にポルトスが割って入って盾で受け、バウが蹴られて持っていた小盾が粉砕されるまでに1秒半しか経ってないがトシゾウの準備動作の2アクションの行動が稼げた。
ポルトスとエルクのボスの直線上から見て斜め横から急接近するトシゾウ。
トシゾウの右手にある半壊した木製の大盾がボスの頭部にブチ当たる。
右手に大盾を持ち義手の左手が添えられていて、振りかぶってぶち当てられた。
ブチ当たると言うより投げつけられるに近い。だが『シールドバッシュ』はちゃんと発動した。
大盾の上半分は発光している角に当たりえぐれる。まるでビームサーベルで『ズブゥ』と切りこんだ感じだ。
だが残っている下半分がブチ当てられて『シールドバッシュ』の役を果たした。
エルクのボスは一瞬『フラッ』としかけたが次の一瞬で木製の盾を上から下に角が一閃し半壊した木製の大盾を両断していた。
木製の大盾をエルクのボスにブチ当てた頃からトシゾウに変化が訪れていた。
トシゾウの視野の外側から中心に向かって風景の色が徐々に抜けていきモノトーンの白黒画像に変化していき、次いで背景の情報が抜け落ちていき灰色の空間に変わっていく。
遂には灰色の空間に自分とエルクのボスだけが居て光を浴びて浮かび上がる様に淡く輝いていた。
右手に持ったボロボロの木製大盾を義手の左手を添えた両手持ちでエルクのボスをぶん殴ろうとしている。
ぶん殴る・『シールドバッシュ』の発動の動きが遅い、スローだ。トシゾウはこの感覚に覚えがある。
何年か前に京の都で殺人鬼のかなり手練れの剣士とやり合った時に何度か経験しているアレがまた始まった。”この感覚・・覚えているぞ。ゾーンに入ったな”
昔、京の都で何度か起こったその時は、自分を含めて全てがユックリに動く情況になり、相手の太刀太刀筋の軌道が前もって赤い半透明の残像が未来予告のように先駆けて見えているから避けやすいのが、回避行動も先駆ける赤い残像から前もって太刀筋を予測し早目に動作し始めておかなければ自分の動きも遅いぶん間に合わない。
まるでビデオ再生の『スロー再生』に近い。違いは剣戟の来る未来予告の赤い残像が有るのと周りの景色が灰色でうす暗い事ぐらいだ。
スローなうえに太刀筋の未来予告まであるので楽勝で寸差での避けが可能だ。
相手の攻撃を寸差で|躱≪かわ≫す。躱した瞬間に反撃の絶好な瞬間が来る。
反撃の瞬間に相手の『急所』か『攻撃を入れるべき場所』から明るい光の帯が出て川の流れの様に剣まで伸びてくる。
その光の帯に自分の剣を沿わして滑らせていけばいい。剣の滑り行く先が相手の急所だったり受けるべき敵の剣戟だったりする。剣はソコに辿り着く。
相手の急所に当たり勝負が付くと『スロー再生』の世界が突然終わる。
後で隊士に聞くと、『スロー再生』の世界には気付いていない。
「副長は相手の剣を見切って寸差で躱し、目にも止まらぬ早業で相手を討った」
見ていた者は口を揃えてそう言う。その様な事が過去に何度かあった。
同じ事が今ボス・エルクを相手に起こっているが、まだ緩やかで完全じゃない感じだ。
『スロー再生』の世界でボス・エルクに『シールドバッシュ』がヒットする。その瞬間に両手をボロボロの大盾から離す。
トシゾウは今『スロー再生』の世界が未だ完全じゃないと感じている。そして
木製の大盾から離した右手は左手の義手に向かう。義手の先は付属の挟むタイプのクリップになっていて鞘に入った短剣(少し大きめのダガー)が挟まっていた。
少し前までココには魔法使い用の小型のロッドが挟まっていて、ロッドを使ってトシゾウも初期魔法を使っていた。
だが、さっきバウが蹴られ、ポルトスが大盾を傾けて角を掴み稼いだ一瞬の間。実際時間にして1秒半ほどではあるが、
その稼いでもらった時間でトシゾウは左手の義手の付属のクリップで挟んで保持していた魔法使い用のロッド(オーケストラの指揮者棒に似てる)を外し、ダガーを何時でも抜ける様に付け替えた。
このダガーアイテムボックスに仕舞っていた王都ラフレシアの『暗殺者ギルド』で買った上等で一番高いやつ。
ダガーは金属製なので装備した状態で魔法を発動しようとしたら、魔力が金属に誘引・歪められて逆流・分散散霧してしまい、魔法は不発に終わるらしい。運が悪ければ自暴の危険もあるタブーな事柄。
トシゾウは腹をくくった。こういったギリギリの戦い、短くてもやはり剣が面白い。本人は気付いていないがトシゾウは嬉しそうないい顔をしている。
”短剣術は剣術を流用で来て擬似的に中級辺り迄技量が高められるが、実質レベル2なので攻撃力・威力が上昇する事は無いと聞いている。
そして今の情況では魔法の詠唱をしている時間はない、唱えている間に殺られる。短剣だな。”
と見切りを付けていて仲間が稼いでくれた一秒半の間に装備の変更をしていた。
そしてダガーを抜く。その瞬間に音の聞こえが悪くなったような気がした。その他にも、何かは解らないが色々とトシゾウの周囲の環境が変わったような気がする。体の動きが更に遅くなった。
どうやらトシゾウの『スロー再生』の世界が本格的に始まって、ダガーの刃に続く光の帯の流れが出現した。
トシゾウの過去の経験上、光の帯に刀や剣等を乗せて辿っていけば良い事を覚えている。
しかし光の帯に沿おうとするなら上体を捻り一回転する必要が出て来た。
トシゾウは身を捻り振りかぶる様な体勢を作った。振りかぶって勢いを乗せ光の帯に沿ってダガーを滑らせボス・エルクの胸に斬り付ける。
丁度エルクのボスの顔の辺りに木製の大盾が漂いながら重力で落ちようとしている。その大盾がボス・エルクの目隠しにもなっている。
斬り付けたヶ所、ボス・エルクの胸の少し上で『Critical』と表示が出ていて、刃の通った後に傷口がザクッと口を開けたがトシゾウの手応えに比べると浅い。
レベル差が有るぶん手応えが有ってもクリティカルであっても深手には至らないようだ。
トシゾウが剣を持ち『剣術』スキルを使えばレベル差を跳ね返して致命傷を負わせていたかもしれないが、スキルの習熟ランク2そこそこの『短剣術』ではレベル差を覆せない。
光の帯はまだ繋がっている。トシゾウの周りをぐるりと周りボス・エルクの頭付近に続いている。
トシゾウはボス・エルクの胸に切りつけた時の回転の勢いを殺さず、更に上半身を捻り右腕の可動域を確保し光の帯にそってダガーを滑らせていく。
一瞬チラ見した後は目では追わず、今のダガーの軌道で問題ない事を確認したら目はもうダガーや光の帯を見ていない。先の半壊した大盾だ。
体の回転する方向に更に捻りが加わっていて腰から上と顔が回転方向の先に向いていて一見するとゴルフスイングのインパクト前の振り絞った貯めの状態に似ている。
そうしている間に、ボス・エルクの側頭にブチ当てて手を離した半壊の大盾がまだボス・エルク顔の前に漂っていた。
重力で落ちようとしているのだが、スローな世界では止まって見えている。
その大盾を数本の光が縦に一閃し細長い木片に断ち切り撒き散らす、豆腐を包丁で切るようにスカッと。
ボス・エルクが角に流す魔力を増やし輝きと切れ味が増している。
光の帯がトシゾウの周囲を通りボス・エルクの前に有った半壊の木製盾に行き着いていたが、木製盾が細切れになり四散してその先にボス・エルクの右側の角があり、その根元に続いている事が見えた。
スローで灰色な世界の中でまだトシゾウは光の帯に沿ってダガーを滑らせている。無心で機械的に。
ボス・エルクは目の前の男が自分の胸に傷を負わせた事を自覚して『カッ』と頭に血が上る。
自分の頭を殴ったヤツが盾で殴ったのなら盾を持っているはず、”やりやがったな腹いせに・・・”と盾を深々と輝く角で切り裂く。
ボス・エルクは盾諸共手を切り落とし目の前の人間が手を押さえて苦痛に歪む顔を想像していた。
四散した大盾の破片の先には切り裂かれた人間の手はなかった。大盾に隠れていて見えていなかったダガーがボス・エルクの頭に向かって目の前に迫ってきている。
ボス・エルクの背筋が凍りつく、もう避けられない処まで刃は迫ってきていた。
ボス・エルクは辛うじて頭を前に傾け迫ったダガーの刃を角で受けた。
ボス・エルクが頭を傾けた事でトシゾウは見えていた光の帯の端からズレて角の根元のやや上にダガーが命中した。光の帯はその下の角の根元に続いていた。
双方一瞬動きが止まる。
角とダガーが交わった部分で変化が起こる。輝く角がダガーの刃を削りだした。金属の大盾を裂いた時のように『ズブッ』とはいかない。
このダガーは伊達に高価ではない。『その道のプロ』の通うギルドで売られている高級品で選別した良質の鋼を腕の良い鍛冶師が丁寧に鍛え手間と暇を掛けて作った逸品で毒付加の効果付きの高機能モデル。
それでも氷の板に熱く熱した鉄の棒を押しつけて氷の板が溶けるような感じにダガーの刀身を光る角が徐々に浸食していく。
ダガーと光る角が交差した時点でボス・エルクは勝ちを確信した。
”後は力押しすればいい”相手は全力で武器で押し返さなければ角が相手の体を傷つけるので、押し返すしかなく、押し返している間に相手の武器を角の光が削っていき武器を斬ってそのまま相手の体も斬り刻んで勝ち。”
ボス・エルクは過去に殺した冒険者と同じやり方で勝てると確信している。
トシゾウは無心な状態で、最適な方法に体が反応して動く。
ダガー根元より3センチほど先、光る角に接している刃の部分が角の形に沿って浸食されていて丸く凹みだしている。
押し返す力加減はそのままでダガーの凹みを利用して角に沿って根元に向かって滑らせる。
角の根元は鍛えた鋼を浸食する輝きはない。ダガーはエルクの頭と角の境で輝いていない部分に到達する。
到達した瞬間にトシゾウはダガーを引き抜いたように見えたが、実際は角を斬ろうとした。日本刀を振るっていた時の骨を断つ時の要領で角にダガーの凹みから先の刃を走らせて断とうとしたのだ。
『パキーン』
ダガーの刀身が割れた。浸食により弱くなった部分に力が掛かり耐えきれず二つに割れたのだ。
同時に『ボトり』とボス・エルクの右側の角も落ちた。
ボス・エルクは斜め後ろに跳んで距離を取った。獣故表情はないが超驚いている。
ボス・エルクにとっては『必勝パターン』だったはずだが角をヘシ折られてしまった。信じられない。
更に音を立てて割れたはずのダガーしか持っていないはずの目の前の男が、別のダガーを手に持っている。アイテムボックスから即座に次に高価なダガーを取り出していた。
ボス・エルクの顔に表情はないが、トシゾウを睨んでいる。
トシゾウの目には変化が訪れていた。
ボス・エルクとトシゾウの二人だけだった明灰色の霧の中の様な空間が、霧がサーッと風に流されて薄まり霧が晴れてくる様に周りの景色や色が戻ってくる。色だけでなく周囲の音も蘇ってきた。『ゾーン』から抜けだした。
両者とも動かない止まった時間が長く感じられるが実際には一呼吸の間、その後ボス・エルクは少しよろけてから踵を返して出口に走り出した。胸の傷のせいか走り方も少し変だ。
ボス・エルクの取り巻き4頭が少し遅れて後に続く。
向かう先は網が掛けられなかった外枠の柵が壊れたヶ所。網が掛かっていないので其所から外に逃れられる。
壊れた外枠の柵のすぐ側にガザが未だに一生懸命ロープを引っ張っていた。
ガザはボス・エルク達が向かって来る事に気付き、ロープを放り出してその場から逃げようとしたが、足が縺れて転ける。転けたまま慌てて両手両足で体を庇い防御の姿勢を取り丸くなる。
ガザが防御態勢を取ったところで完全な気休めなのたが、チンバを引きながら逃走モードに入ったボス・エルクはガザに目も呉れず柵の壊れたヶ所を通って外に逃れた。取り巻きの4頭もその後に続く。
ガザは防御態勢で転がったまま目を瞑って脅えていたが、いつまで経っても何も無いので恐々片目を開ける。
辺りにはエルク達の姿はもう無かった。ガザは『ホッ』と安堵の溜め息を着く。
ガザは知的系のハンサムないい男だが気質は天然でお笑い要員のようカモ知れない。
戦いは終わった。
身内の不幸や親の介護などで続編に10か月もかかりましたが続きが出せました。
今後とも御贔屓にお願いします。
バウとガザは追々成長していき一人前の冒険者に育ちます。ちゃんとした装備・小奇麗な格好で街を歩き町娘の多くが『ハッ』として振り返るシーンを後々お届けしたいと思っちょります