【0016】美少年二人(上)
「」は台詞。””は思い・心の中の台詞。『』は名称・擬音・その他
トシゾウ達の初の交易業は大成功に終わり、冒険者としての修業を開始する。
守備隊騎士団の詰め所から出る間に先代の勇者の大まかな話しを亜里砂が話した。
先代『勇者』の名は『歩美|≪あゆみ≫』と言い現代日本から召還された女子高生だった。歩美は『召還勇者』で仲間と魔王討伐の旅を続ける中パーティ内のメンバーの『フラグ・ガード』と恋いに落ちる。
パーティ内の皆が見守り・祝福していた。亜里砂もトワイライトも諸手を挙げて応援していた。
当時、異世界召還三年目の歩美は二十一歳で。フラグ・ガード三十三歳。年の差十二歳。
余談だが、亜里砂は歩美の同級生で仲の良い友達だった。下校途中に歩美の『勇者召還』に巻き込まれて召還された『召還英雄』。理系の女子高生だったので魔法の飲み込みも早くこの世界で数少ない『魔女』に上り詰める。
勇者一行は長旅と激戦の末に、この世界に何人か居る『魔王』の内の一人を倒し、もう一人を無力化して王国の脅威を取り除いた。
王国に帰還後『勇者』の婚約が発表され祝賀ムードに包まれたが、隣国との紛争が激化し結婚は延期。
その紛争の戦線に投入されて以降心が病んでいったようだ。
その後、高難易度のダンジョンの遭難パーティの救出隊に参加するがフラグガードと八ヶ月になる愛娘を残して帰らぬ人になる。
それ以来、フラグ・ガードの異名が『戦場の死神』だったのが仲間からは『生ける死霊』に代わった。七年経って尚落ち込んで立ち直れずにいる。
だが、戦場に立てば人が変わったように激烈な攻めをして『戦場の死神』の異名は健在だったが、無謀な事は逆にやらなくなった。
それは忘れ形見の娘の存在が大きい。残された娘が彼をこの世に引き留めていると言っていいだろう。
亜里砂の説明が終わった頃には詰め所の門を抜けて商業地区に行く途中であった。
不幸を絵に描いたような内容に一同の空気は重かった。トシゾウも気が重くなり溜め息が出た。
商業地区の交易所に到着して、残っている食料の類を交易所で売却した。
目的は商人レベルの経験値である。商人の経験値は(売却値−仕入値)×数量・・・つまり利益額が経験値に直結する。(輸送費や護衛を雇った費用をさっ引く前の利益の事)
今回仕入れた穀物や野菜はオガミ領では豊作で10%ほど値下がりしていたが御当地での食糧不足は深刻で通常の値段の4倍、肉類は5倍の高値を付けている。
長年交易をやってきたトワイライトにすれば血が騒ぐ情況なのだ。普通に何も無い情況だと同じ距離を運んで8%〜12%、輸送料や護衛費用を引いて5%〜8%の利益が出せたら上等な交易業。
目の前にあるは利益率200%以上の千載一遇のチャンス!。
『アイテムボックス』内の食料系の交易品の九割以上を売った。トワイライトは半分放心状態。
モノが食料品なのでごく少量何かあった時の為に帰る直前まで残しておく事をトワイライトは偶にする。
今回も”まあ、食料だから何か使えるかも知れん”と気まぐれで残している。
トシゾウ、ポルトス、マヤ、亜里砂の商人レベルが14迄上がった。
換金して出来た資金は金貨135枚、マヤがパーティの財布に100枚入れて残金を頭割りして一人金貨7枚それぞれ受け取った。
仕事をやった感に浸っているトワイライトを連れて、『商人ギルド』に行き配送クエストの結果報告を行った。そしてそれぞれが商人系の経験値と成功報酬金貨50枚を得た。クエストとしては破格の報酬である。
時間的に丁度昼をまわった頃で近くの酒場に行き昼食を取った。
5人は昼食が終わり『冒険者ギルド』に行く途中の交易所のオヤジの台詞が昼前は「食料品が高騰している青天井だ」だったのが今では「食料品が高目だね、高騰はいっぷくした」に替わっていた。
トシゾウとトワイライトの『アイテムボックス』内で溜め込んでいた大量の食料の交易品を売りに出したので当然と言えば当然の結果だ。
しかしファンダメンタルズは変わっていないのでトワイライトは『高騰は一服した』状態は一時的なモノだと知っている。
一行は『冒険者ギルド』に入った。午後に取り敢えず一つか二つクエストを消化するべく先ずは掲示板に貼ってある依頼に目を通す。
トワイライトの助言で「移動時間が多いとクエストを消化しきれなくなる」のでクエストの対象地域が近いモノが多い案件を選ぶ事にした。
クエストは馬車で二十分ほどの『のどか村』で3件。
1,ゴブリン討伐。『最近増えてきたので駆除をお願いします:村長』
2、農作物を荒らす野獣の退治。
3、用水路掘りの手伝い。
”コレは肉体労働で冒険者への依頼じゃないんじゃない?”とトシゾウは思うが、トシゾウが使える錬金術で対応出来そうなので一応受けておく。
報酬金額はやや低めだが、達成報酬で経験値も貰える。トワイライトが「コレ楽勝じゃねえ?」って言うので受けた。
『のどか村』の近隣の村落『のんびり辺境村』に1件。
1、凶暴化した『レッドボア』(気の荒い大きい猪)二頭の退治。
の合計四件のクエスト(依頼)を受ける事にした。
依頼が決まったのでパーティの再編を行い、トシゾウ、ポルトス、マヤの3人でパーティを組んだ。
亜里砂とトワイライトはパーティから外れた。(理由:パーティに加わっているとパーティでの冒険者レベルの判定が高くなりモンスター討伐の時の経験値が無くなる為。)
トワイライトはオブザーバーとして付き添い助言だけする。戦闘には加わらない。
亜里砂は魔道具の材料採取の為に別行動を取る。
亜里砂は「晩ご飯には宿屋に戻りますわ」と言い残して直ぐに出発した。
トシゾウ、ポルトス、マヤは商人職だったので『初級転職書』を使い冒険者職に転職する。
ポルトスは以前から懸案事項だった防御力を鍛える為に選択の余地無く『大盾』に転職した。
マヤは『魔法使い』で、トシゾウも『大盾』を選択した。
トシゾウは以前に王都で突発クエストで『ゴロツキ』達に襲われてその時に冒険者レベルが5に到達していた。
冒険者レベル5に成ると『ジョブスロット』(冒険者は最低1持っていて冒険者レベルが一定のレベルを超えると増えていく)が1個増えて2になり、ジョブスロットを2個使う一般職かスロット1個の初級職を2職併用する事が出来る。
ポルトスとマヤは冒険者レベルが4なので初級職で問題ないのだが、トシゾウは迷っていた。
一個は『大盾』だが”もう一つは何にする?”と悩んでいる。
”『クレリック』(僧侶系)が選択出来ればそれで決まるが、前提条件の能力値の『信仰』が足りなくて選択出来ない”と残念に思っている。
前提条件が達成出来ていない職は論外として『戦士』、『魔法使い』、『ハンター』の3つ。
『戦士』はロングソード持ちで高レベル判定になるので不可。
『ハンター』の主武器は長弓・短弓で左手が義手のトシゾウは不可。
結局消去法で『魔法使い』しか残っていなかった。
しかし『魔法使い』だと魔力が高いトシゾウだと高レベル判定が有るのではと危惧したが、ここでトワイライトの助言。
「『初級攻撃魔法』(魔法使いのレベル1から使える攻撃魔法)だけを取得してそれだけを使うと良い。初級攻撃呪文の習熟ランクが1か2なら魔力に関係なくダメージ固定。
習熟ランク1ならダメージは6から12、習熟ランク2は8から16のランダムダメージ。魔力や魔法攻撃力は加味されずダメージに影響を及ぼさない。
習熟ランク2以下の初期状態なら影響を及ぼすのは呪文の習熟ランクが3になってからなんだ。」と説明をした。
トシゾウは「で?、結論は?」とトワイライトの扱い方に慣れてきた様だ。
「『ストーンブリット』、『ファイアブリット』『ウオーターブリット』等の初級攻撃魔法の呪文を取って、習熟ランクを2迄で止めておけば魔法攻撃力の欄が『論外』のままで経験値の減算処理りは無い、って盲点がある。その3っつの魔法は必修ね。」
「ふーん・・。抜け道的な用法だな」とトシゾウは自分が確り理解しておかなければと思って頭を働かせている。
「呪文の習熟度がランク2の上限に近づいたら使わない様にしたらいいのだな。」
「そうだ。最初は『ストーンブリット』を使い習熟ランク2の上限に近づいたら『ファイアブリット』に切り替える」
「分かった。習熟の溜まり具合には気を付けておく。」
トワイライトはマヤの方に向き直って
「マヤの魔力はレベル相応なので何も気にせず魔法を使うと良い。制限はない。」と言う。
マヤは首を傾げてた状態(トシゾウの運用方法に理解に苦しんでいた)から言葉を聞いてホッとした感じで頷いた。
取り敢えず陣容は決まった。『大盾』2枚だが1枚は『魔法使い』と兼務で後『魔法使い』が1枚 。
トシゾウ、ポルトス、マヤの3人はそれぞれ受付で転職と魔法修得を終えてきた。
冒険者ギルド内の向かって左側に更衣室があり、トシゾウ、ポルトスと順番に着替えに入っている。更衣室は2部屋でマヤは順番待ち。
トワイライトは更衣室の近くのテーブルに座り
”どう考えても火力不足だよなぁ。元々高い攻撃力を封印しての戦い・・・、わざわざ適性の合わない職種を選ぶんだから。仕方ないか”と率直な意見としてバランスの悪さが気になるが、アイデアが浮かばない。
”まあ、何とか成るかなぁ?”と一人首を傾げつつも希望的観測を持っている。
其所にトシゾウが防具を装備し直して出て来てトワイライトの横にドサッと座った。
「『魔法使い』って金属の武器や防具は厳禁じゃなかったか?、確か・・・詠唱中に練った魔力が散霧するとか、暴発するとか・・」
「ああ、そうだ。」とトワイライトは答えながらトシゾウの装備をチラッと見る。
革鎧主体で所々ハードレザーで補強してある何時もの装備だが、主装備の大盾が金属製だった。トワイライトは合点した。
「成る程。大盾が金属製だったな。此所は初期装備の売っている町だからな、武器屋でウッドラージシールドが売っているはずだ。それと、木製の『軽量ロッド』や『ウッドスタッフ』も売っているから後で買いに行こう。」
「なんだ、初期装備なら行けるのか『魔法使い』と『大盾』の併職。俺はお前さんには珍しく失敗したのではと期待したんだが。(笑)」
「残念でした(笑)」
と二人がお喋りしている間にマヤとポルトスも着替えが終わって出て来た。
ポルトスはブレストプレート等の防御力の高い防具にラージシールドの『大盾』装備。
ポルトスは気性的に『大盾』職とは相性が悪くやや気が重いって表情。
しかし頭では必要な修行と理解している。
このポルトスの持っているラージシールドはトシゾウが使っていた金属製の大盾である。トシゾウは金属を避ける為にウッドラージシールドを買うので、元々使っていた金属製の大盾をポルトスに貸したのである。
トシゾウは戊辰戦争で負け続けて物資や装備品が十分じゃない環境が続きいつの間にか節約・流用する癖がついていたので何の抵抗もなく此所でも節約している。良い事だ。
マヤは今回『魔法使い』なのだが、トシゾウと同じ革とハードレザーからなる革系鎧で『ハンター』の装備がそのまま流用出来る。
今所有しているダガーは金属なので装備せず魔法使いの杖を武器屋で購入しなければならない。
因みに石製のダガーも王都の武器屋で扱ってはいるがほぼ気休め程度。接近戦に成らない様に戦況を見極める事の方が大事。
初期装備は『魔法使い』に限らず全職種の防具類は能力ブースト機能が付与されて居らず魔法使いといえどもローブに拘る利点がない。
金属でなければいいのでより防御力の高い革系の鎧がベターで丁度良いのである。
三人とも着替えが終わったので冒険者ギルドを出ようと立ち上がった時、怒鳴り声が聞こえてギルド内が騒然とした。
「なんでこんな所にいるんだよ!お前等みたいな疫病神が居たらツキが落ちちまうだろう」
入り口付近で20代後半ぐらいのブサイク気味な冒険者が酒瓶片手に酔っぱらって未だ子供に見える駆けだし風の小汚い若者二人に難癖を付けて絡んでいる。
「お前達に関わってから、ろくな事しか起こらねぇんだよぉ」
と最近上手く行かないのだろう不満をぶつけてしつこく絡んでいる。
一向に酔っぱらいのインネンをつけるのが終わりそうにないので、トシゾウは『はぁ』と溜め息を1つ突き酔っぱらいに近付いて行った。
「いい大人が昼間っから酒かっ喰らって若者イビリか?感心しねぇな!」
トシゾウは涼しい顔で割って入った。
「なんだと!!」
酔っぱらいはイジメを邪魔されて更に鼻息が荒くなった。
トシゾウはヤレヤレといった顔で
「それ位にしときな、みっともない。」
酔っぱらいから見てトシゾウは自分より若く見て更に義手義足。嘗めてかかって
「何だコラぁ、正義漢ぶりやがっぺおぅ、ヒック。痛てぇ目みる前に・・」と超強気。
トシゾウは相手の台詞が終わらないうちに手が出ていた。
酔っぱらいの額に縦で右手の手刀で軽く空手チョップを入れていた。「酔っぱらい!」
酔っぱらいは喋っている最中で不意を突かれ「が!」と何が起こったか理解出来ずに口を大きく開けて呻いた。
トシゾウは続けざまにもう一発チョップしながら「ろくでなし」、更に「アカンタレ」、「はた迷惑」、「甲斐性無し」、「万年負け組」と言う度にチョップを出し悉く眉間に命中し、その度に酔っぱらいは「が!」とか「ぐへ」と口を大きく開けたまま間抜けた呻きを吐く。
周囲は見てて痛そうではなく、怪我も無さそうなので笑っていた。喧嘩の雰囲気ではない。
近くに居る呑み仲間らしき男3人も酔った赤い顔で笑いながら「あいつバカじゃねぇーの?」と指を指して腹を抱えて笑っていた。コントを見ている様だ。
絡んでいた酔っぱらいが白目を剥いて倒れそうになった。額に軽く何度も衝撃が加わり頭を振った様に酔いが回ったのだろう。
千鳥足になり倒れそうになった所で呑み仲間の3人が駆け寄り支えた。二人の小汚い少年に絡んでいた酔っぱらいの両脇に周り肩を貸して支えた。
その瞬間抱えられた酔っぱらいが頭を振られた加減だろうか、吐きそうになり両手で口を押さえる。
両脇で抱えた仲間二人が「うあ!やべぇ。ちょっと待て。我慢しろ」とテンパッた仲間を抱えて外に連れ出す。その後ろ姿から「路地裏まで我慢しろ」と聞こえる。
酔っぱらいの仲間のうちの一人が残っていて
「まあ、俺達はソコの二人と前にパーティ組んだが、組んでいる間はまったくついてなかった。まるで運を吸い取られている様だった。他のパーティも似たような事を言っている奴もいた。兄ちゃんも気を付けるんだな」
と忠告をして去ろうとした。
トシゾウは笑みを浮かべた何かを期待した眼差しで「おい、何か忘れてないか?」と声を掛ける。
酔っぱらいの仲間は『え?俺何か忘れてた?』って疑問の顔で首を捻ってから気が付いた顔に成り
「てめぇ!覚えてやがれー!」と去り際の捨て台詞を残しその後笑顔を見せて仲間の後を追った。
トシゾウは”解ってるじゃん”って笑顔で手を振って酔っぱらいの仲間を送り出した。
周りから何故か笑いと拍手が起こった。
トワイライトは”吉本喜劇の悪役退場シーンやん、コントだよコント”と嬉しそうに見守っていた。
トシゾウはポルトス達と、絡まれていた若者二人を連れてギルドの外に出て少し離れた路地の端へ移動して
「災難だったな。酔っぱらいに絡まれて。」とトシゾウから話し出した。
若者二人は片方は獣人の男の子で猫耳と尻尾がある。装備からして『戦士』だろう。
もう一人は人間の女の子でショートカットでズボンにベスト手には魔法使いの杖を持っている。
二人とも14歳位で冒険者に成り立てのようだ。
獣人の男の子が「有り難う御座います。助けて頂いて」と礼儀正しく礼を言う。
ソレに合わせて『魔法使い』の子もお辞儀をする。礼のつもりだろう。
続いて『魔法使い』の子が「でも事実なんです。僕が原因なんです。」と申し訳なさそうに言う。
驚いた事に『魔法使い』の子は男の子の声だった。
トシゾウは意外性に押され「君は?」と聞いた。口には出さなかったが「男か?」と聞きたかった。
『魔法使い』の子は何か喋ろうしたが口籠もってしまった。
タイミング良く獣人の男の子が相棒の『魔法使い』の子を右手で指して
「コイツはガザ。『魔法使い』の男の子」と紹介する。
「ガザです。男です。女とよく間違われます。」と小さい声で言ってお辞儀をする。黙っていると良く女の子と間違えられるのだろう、男だと明言する。
ガザは整った顔立ちの可愛い娘のような顔立ちをしているが男の子の格好いい声をしている。
トワイライトは声には出さないが”いやー、ドレスが似合いそうだな。”と『仕立師』の血が・・・いや悪い虫が騒ぎ出そうとしている。
次に獣人の男の子が右手を胸に当てて
「俺はバウ『戦士』やってます。」と明るい良い声で自己紹介をする。
スポーツ系の明るいイケメンにモフ耳と尻尾が付いた感じ。体躯もいいが未だ若く線の細さが残っている。
トワイライトはバウを見ても”この坊やも良い服を着せれば見栄えがしそうだ。”と一人別次元の事を考えている。
トシゾウもポルトスもバウをそこそこの逸材と見積もって好感を抱いている。
次にトシゾウが”今度はコッチが名乗る番だな”と思って
「土方歳三です。通称トシ。今は『大盾』をやっている。」と自己紹介を始めた。
次にポルトスが
「ポルトスです。俺も『大盾』をやってます。本職は『重戦士』なんだがな。今は修行中だ。」
とポルトスは『大盾』を遣る事に抵抗を感じている。性に合わないのだろう。
「マヤです。『魔法使い』をやってます。私は女です。以上。」
とマヤはあっさり普通の自己紹介で締めくくる。
トシゾウが「コレも何にかの縁だし・・」と本題に入ろうとすると
ガザが指を指して「あのオッサン。」とトワイライトの事が未だだと言っている。
トシゾウとマヤが「あっ」と忘れていたようだ。
ポルトスが吹き出しそうに笑いながら「時々、シレッと陰薄いよね、それにオッサンって」と言う。
マヤも一緒に笑っている。笑って誤魔化していると言った方が正しいかも知れない。マヤが話しを締めたし。
「トワイライトです。一応『大盾』と『魔術師』で男・・オッサンです。」
と気を取り直して自己紹介をする。オッサンと言われたのが多少効いているのだろう、笑いで誤魔化そうとしたが誰も拾えずスルーして傷口悪化。
トワイライトの併職『魔術師』は職業の『魔法使い』の上位職で詠唱以外に魔法陣も駆使して柔軟に繊細に魔法を発動出来るスペシャリスト、簡単な魔道具の調査・作成も出来るおまけ付き。
一応、大方の魔法系の有名な人物の最終到達点。
因みに亜里砂はその『魔術師』の更に上位職で最上位の『魔女』なのだ。『魔女』はこの世界で数人しか居ない。
魔法使い系列の職業:(高位)『魔女』>『魔術師』>『魔法師』>『魔法使い』(初級)
ココに居る全員が『魔術師』について知らず、良さがスルーされている。
あと、自己申告していないがトワイライトは『アサシン』の上位職が本職。
改めてトシゾウが右手を差し出してニコやかに
「一緒に来いよ。何かの縁だ」と優しく言う。
トシゾウも外見は十八歳位の若者だが中身は三十代半ばのオッサンの域で、仏心が芽生えたのか召還前の五稜郭の戦いの時も少年兵を逃がしたりしてる。
五稜郭で逃がした少年兵も美少年だったとか?・・・今目の前に居る少年二人、歳は十四歳頃で冒険者に成り立て、駆け出しだろう。
着ている衣服・防具は薄汚れたままで所々傷んでいる。依頼を達成出来ず所持金も乏しくなり、最近は野宿なのだろうと推測出来る。
「え?いいのか?」と獣人『戦士』のバウは嬉しそうな表情を示すが、言葉を続ける。
「しかし、さっきのヤツの言ってた事本当なんだ。俺達が入るとトラブルや色んな事が失敗しやすくなるんだ。」嘘をつかずちゃんと言い辛い事を申告する。
バウという獣人『戦士』の少年、素直な良い子だ優しくしてくれる相手には性格の良さが顔を覗かしている。
性格の良い子が美少年!トシゾウはもう放ってはおけない。
トシゾウの後ろでトワイライトも可愛い子猫を見た時の様に顔が緩んでいる。
「取り敢えずやってみよう。俺とポルトス、マヤはこの辺りではそうそう死ぬような事無いんだろう?」
とトシゾウはややしたり顔でトワイライトの方を見て同意を求める。
「その3人は余程の事があってもこの付近では死ぬ事はないだろう。」
とトワイライトもトシゾウと同様にしたり顔で答える。
トシゾウは若者二人に向き直り
「じゃあ、決定だ。宜しくバウ、ガザ」と改めてトシゾウは右手を差し出した。
ガザとバウはお互い汚れた顔を見合わせてから嬉しさで半泣きに成りそうになりながら
「よろしくお願いします。」とトシゾウの右手を二人で取った。
トシゾウは何か清々しい表情になりながら
「じゃあ、準備しよう。取り敢えず二人には同じ依頼を受けてきて貰う。」
「俺が二人に付き添って行ってくる。二人のパーティ勧誘よろしく。称号変更もね」
「オッケー」とトシゾウはバウとガザをパーティに誘い入れた。
トワイライトとガザ、バウは『冒険者ギルド』に戻り、トシゾウとポルトス、マヤは武器屋に向かった。
トシゾウとマヤはそれぞれ買い物をして近くの酒場を覗いて、作り置きのサンドイッチ二人前を買ってから『冒険者ギルド』の前に戻ってきた。
『冒険者ギルド』の少し横の壁際でバウとガザがサンドイッチを頬張っていた。
トシゾウは歩いて近づきながら
”トワイライトもろくなモン食ってねぇって思ったんだろうな、考える事は一緒か(笑)”
とトシゾウは顔を緩ませながら
「育ち盛りなんだからもう一個食っとけ。腹が減っては冒険は出来ぬって言うぞ」
と言いながらサンドイッチの包みをバウとガザに手渡した。
バウとガザは食べている最中のサンドイッチが未だ口の中に残ったまま
「ああ、有り難う御じぇえあます」と多少口籠もりながらも礼を言った。
そしてトシゾウが「食いながらで良いから行こうか」と移動を促した。
一行はトワイライトの馬車に乗り辺境のんびり村に向かった。トワイライトが御者で助手席にそらちゃんがお座りして進行方向を見ている。
荷台にはトシゾウ、ポルトス、マヤそしてバウとガザの合計5人が座っている。
トシゾウは少年の剣と小盾をチェックしてあげて、防具も目視で確認していた。
トシゾウも意外と世話焼きな面もある様だが、多分極一部の相手限定なのだろう。
マヤとポルトスはくつろいでいて、トシゾウがバウのロングソードにヒビがが入っていないか?ちゃんと使えるか確認しているのを眺めている。良いお兄ちゃんぶりだ。
ガザとバウ二人の装備のチェックが終わった時点で、何時もの様にトワイライトが前を見て運転しながら声を掛ける。
「トシさん、クエスト遂行の段取り説明しておいたら?」
「うん、そうだな。クエストの順番だが『のんびり辺境村』のレッドボア退治から始めようと思う。理由はクエスト報酬の金額と経験値が一番多いのがコレだからです。」
とトシゾウは作戦内容を説明した。あとフォーメーションの打ち合わせもして、ガザやバウもちゃんと働けるように丁寧に説明した。
説明が終わってからトワイライトがアイテムの『インスタントトラップ(並)』を4個くれた。
「トシさん、罠スキル持ってたでしょう。ソレを使って罠を張っておき最悪の場合罠に誘い込む形の保険で。今回不運に泣いて上手く事が運ばない可能性が有るからね。」
とトワイライトに言われてトシゾウも”あ、そうだった。”とすっかり『不運』だの『疫病神』だの事を忘れていたが一度見てみないと判らないとも思う。
打ち合わせが終わった頃に最初の目的地に馬車が到着した。
一同馬車を降りて背伸びやストレッチをしてから必要最低限の持ち物だけ持ち、村の入り口に近づく。
トシゾウが依頼の用紙を確認して「最初は村長に話しを聞く。だな」と言って村の入り口近くに居る門番役の村の若者、に近づいていき声を掛ける。
「やあ、こんにちは」
「ああ、こんにちはこの村に何か用か?」
と入り口に置いてある木のコンテナの上に座ったまま緊張感無く答える。門番役の若者は村民の一般的な私服で槍をすぐ側の門に立て掛けて置いている。
「レッドボア駆除の依頼で来たのだが、村長の家は何所だろう?」
「ああ、冒険者さん達ね待ってたよ、村長の家はソコの道を真っ直ぐ行って2つめを左に曲がると突き当たりだ。」
と教えて貰った道順を辿り村長の自宅に着いた。
家の周りの庭で五十代位の髭を生やしたおじさんが鋸で太めの木材を切っている。
その作業を手伝っている若者が3人居てその一人がトシゾウ達に気付いて村長に声を掛けて報せた。
トシゾウは依頼書を顔の横辺りに取り出して示し笑顔を向けた。
村長は鋸を置き手袋を外して「冒険者の方ですかよろしくお願いします。」
と言いながら歩み寄ってくる。一緒に作業していた若者達は自分の作業の続きを始める。
「早速ですが、情況は?」とトシゾウは前置き無しで切り出す。
村長は左の方を向いて腕を上げて指さし
「大きな猪に東の柵付近から頻繁に侵入されて、東の畑がよく荒らされてます。夕方など村民と出くわしたら襲ってきます。怪我人も3名でて困っている。」
と村長の説明が一旦途切れるが話しは続く
「東の柵の向こうの森の中が|塒≪ねぐら≫のようで木々の間に時々姿を見ます。柵を越えて森に入ると縄張りらしく襲ってきます。柵の近くにいても見つかれば襲ってきます。気を付けて下さい。」
と村長は必要な情報を手短に話した。
トシゾウは振り返り仲間を見た。皆トシゾウと目があうと頷いて、得た情報を理解した事を意志表示した。
村長が「討伐。期待しているぞ、頑張ってくれ」と言葉を贈り作業に戻っていった。
「では行こうか」とポルトスがトシゾウに声を掛けて其れを合図のように全員歩き出した。
ガザ一人だけが違う方向に歩き出した。
マヤが首を捻り不思議そうに「東はあっちよ」と皆が進む方向を指さした。
ガザは我に戻ったように慌てて
「あ、ああコッチか」と首だけ皆と同じ方向を向いた。一瞬遅れて体の向きも方向を変えた。
ソコにバウが駆け寄り「こいつ、方向音痴なんだ。気を付けてないとはぐれて迷子に成る。」
と説明なのか言い訳なのかをしながらバウはガザに寄り添った。本当に仲が良い。
この少年なら方向音痴でも可愛いから許してしまいたくなる。
マヤはガザを”一寸おっちょこちょいだが、可愛い子”とほほえましく見守る視線だ。
一行は村の東端の畑に辿り着いた。その畑の区画とその周囲の区画は作物が食い荒らされた跡があり、所々土も掘り起こされている。根菜類も食べられたのだろう。
村人には荒らされた畑には近寄らないように村長から『注意喚起』がなされていて、人気がない。
一行は被害のあった畑付近の端の村の中心に近い畦道で荷物を寄せて置く。
トシゾウとポルトスは背中に背負った大盾を外して手に装備しマヤは魔法使いの杖を持つなど、それぞれ戦闘態勢を整えてから畑の荒らされた現場に入った。
畑の荒らされた作物の近くに行きよく調べると、作物の実や茎の部分を噛み切り食い散らかした跡、実の半分食べた食い残し等が散乱している。
また、掘り起こした土の塊から根菜の食い千切られた跡も見つかった。
明らかに獣が食い荒らした跡だ。ソコに残された獣の足跡は特に猪の足跡によく似ている。
痕跡を発見したトシゾウは「これだなあ、猪系の足跡だ」と猪らしき足跡を示した。
他の皆も足跡を確認して頷いた。
ポルトスはスキルの『モンスター知識』と3週間ぐらい前に有ったモンスターの『大行進』での経験・ワイルドボアの足跡に酷似している事から”ボア系の野獣だな”と実感していた。
トシゾウ、ポルトス、マヤ、バウにガザの5人は他に手懸かりは無いか調べているが、畑からはこれ以上何も出てこない様だ。
その時トワイライトが「おおい、外埒の柵を見てみろよ。奥の壊されてる部分。」と外埒と反対側、村の中心に近い方向に7メートル離れた場所から指摘があった。
トシゾウは”その位置から良く分かるよな”と言いたくなる変な突っ込みを押さえ|乍≪なが≫らトワイライトをチラット見る。
トワイライトは一行と距離を置き畑の畦付近からトシゾウ達の方向、更に奥の壊れた外埒の方を遠い目で見ている感じだ。その横には小型犬のそらちゃんがお座りして欠伸しながら見守っている。
トワイライトはいつの間にか大きめのモノクル(片眼鏡)を右目にしていた。
余り似合っていない。
トシゾウは”またぞろ魔法道具ってヤツなのだろうね・・・って事は外埒に何かあるって事か?”とだいたい察した。
トシゾウとバウが先頭で15メートルほど離れた外埒に向かった。
外埒の壊された柵と散らばった木棒の残骸付近を調べだした。
バウが外埒の壊された柵の部分を丹念に調べていると木棒の割れ目に何やら毛のような物が挟まっているのを発見してトシゾウに「こんなの有った」と見せた。
トシゾウもスキル『モンスター知識』をオンにしているのでその体毛から対象を特定した。
「足跡、食った跡からしてボア・大猪系は簡単に判る。体毛の色で『レッドボア』だな。そして、頑丈な外埒の柵の壊し方、体毛の長さか推測すると成獣の中でも大きい方だ」
と結論をパーティ内の皆が判るように大きめの声で伝えた。
手懸かりは出揃った。
パーティ全員が外埒の外に出ている状態だ。何時討伐対象のレッドボアが襲ってきてもおかしくはない。
トシゾウはポルトスに「かなり大きいカモしれん、まともに受けるなよ、受け流せよ」とアドバイスする。
「わかってるって」ポルトスは頷きながら答える。
トシゾウのスキル『気配察知』に反応するモノがある。外埒から10メートル離れた距離から木々が生い茂る森になっているが、その奥から接近するモノが1つあった。
トシゾウは魔法を使うマヤとガザを外埒の中に入り柵の壊れていない部分の内側から射線を確保して魔法で援護するよう指示する。
続いて重装している大盾のポルトスを前衛にその次に自分その後ろにバウと並びを指示して近づいて来る敵に備える。
討伐目標は速度を上げて突進してくる。鳴き声は発していない。黙々と地響きを『ドッドド、ドッドド』と轟かせて進んでくる。
森の手前でポルトスが体勢を整えラージシールドを構えて備える。
構えている方向から赤い色の巨大な塊まりが飛び出してきた。
ポルトスが大盾で受け止めてしまった。
「ポルトス!受け流せって言ったジャン」トシゾウは咄嗟に言葉が出てしまった。
レッドボアの突撃を受け止めてしまったポルトスは踏ん張るが足裏の接地面の草と下土を削ぎ乍ら押されて下がっていく。
流石はポルトスと言えよう、普通の冒険者なら弾き飛ばされてあらぬ方向でもんどり打って転げている筈だ。
だがリカバーしているポルトスに不運が襲う。レッドボアを受け止てしまい、支えるように踏ん張っていた後ろ足が獣の糞を踏んでしまう。
ポルトスの足が『つるっ』と滑ってスッテンコロリン、転倒してしまった。
急に押す相手を失ったレッドボアはヨタつきながらポルトスを轢いて通る。
ポルトスは倒れた際に獣の糞に顔の左頬の辺りから突っ込んで、ウンコがベッタリ着いた。コレこそ超不運と言えよう。
通ったレッドボアに背中とお尻の辺りを蹴られて超痛かったが、金属鎧を着ていたのでHPを削るダメージ量としては知れていた。
踏んだり蹴ったりだ。
ヨタつきながらも前線のポルトスを突破してきたレッドボアに斜め前からトシゾウが大盾を前面に構えてブチ当たってきた。
『バシン、ダダダッダ』
トシゾウは盾技『シールドラッシュ』(シールド面を押し立てて突進し多段ヒットを狙う技)を決めた。この技は相手の敵視を買うが、体勢を崩す効果とスタミナを奪う。
レッドボアはトシゾウの『シールラッシュ』を食らい少し体勢が崩れてフラつき進むコースが左にズレて、外埒の柵の太い柱へ激突。太い柱をへし折り止まった。
激突の際に木片が飛びガザの左頬をかすめた。ガザの左頬で耳のやや下に赤い線が浮き出てジワジワと血が滲む。
ガザの顔から血の気が引き「ひいー」と村の方に逃げようとするが、マヤに襟首をつかまれていて動けない。
「逃げるな、魔法を撃て」とガザの掴んだ襟首を少し引き寄せ怒鳴った。
「はいー!!」とガザはマヤに圧倒されて何が何だか解らないまま魔法の詠唱を始めた。
マヤはレッドボアの激突にも臆せず、全く肝の据わった姉さん風の一面をガザに見せた。
マヤからすれば”前回見たワイルドボアより小ぶりだし、大挙して押し寄せて来ているわけでもない。”と平気な感じだ。
マヤとガザの魔法(『ストーンブリット』と『ファイアブリット』)がレッドボアを襲い多少なりとも効いている感じだ。
レッドボアは激突して大破した外埒の柵や柱の残骸がバリケードのようになり邪魔で柵越しに内側から魔法を放ってくるマヤとガザに近づけない。
「ピギャー」とレッドボアは大きな怒声をマヤとガザに浴びせかける。
”いい気になってんじゃねーぞ!この糞が−!!こんな残骸なんてなぁー”とでも言っているのだろう。
レッドボアは藻掻いて力ずくでバリケード化した残骸を押しのけようとしたが動かない。
一旦下がれば残骸は折り重なって動きやすくなりそうだが、レッドボアの頭には血が上っていて目の前のマヤ達二人しか見えていない。
トシゾウはというといけしゃーしゃーと状態異常の値を上げる『麻痺の息吹』を左手にセットした副武器のロッドからレッドボアの背中越しに吹き付けていた。
間もなくレッドボアは麻痺に陥り横たわった。
トシゾウはバウを呼び横たわったレッドボアの肩の少し後ろからロングソードを突き刺して息の根を止めるように指示をした。
バウは指示通り心臓を一突きしてトドメを刺した。
絶命したレッドボアの首筋にトシゾウがバウに説明しながらダガーを使い目の前で実演して切り落としてみせた。
胴体の方はトシゾウがバウやガザが見てないうちに『アイテムボックス』に収納した。
先ずは一頭、レッドボアの討伐対象はもう一頭残っている。
休憩を挟んで体勢を立て直して捜索しようとそれぞれ準備している。
ポルトスは腰にヒールシップをマヤに張って貰い腰の辺りを動かして様子を見ている。
バウはガザの左頬に出来たかすり傷をペロペロと舐めてあげている。傷口が鶯色にほんのり発光して治していく。
獣人のバウのユニークスキルで『ペロペロヒール』だそうだ。傷口や患部を舐めてあげるとヒールの効果が発動して傷を癒すらしい。
今バウはポルトスと目を合わさないように明後日の方向を向いている。
ガザのほっぺは舐めれても、ポルトスのお尻(腰付近)は舐めるのは嫌だ。何か言われる前に目を逸らしている。まあ当然の事だ。
美少年二人が片方の頬を舐めている姿はマヤにとって少し変な妄想を呼び起こしそうで、目を逸らして頭をブルブル横に振った。。
ポルトスが「そのペロペロ、俺のケツに頼んで良いか?」と笑いながらからかう。
「嫌ですよ。変な絵を想像させないで下さい」とバウが笑いながら返答する。
ポルトスも「言った俺も見たくないわ」とカラカラと笑う。
ワイワイと雑談している情況でトワイライトが少し離れた位置から
「おいガザ、お前呪い受けてるよな。」
といきなり突拍子もない事を言い出した。また右目にはモノグラス(片眼鏡)を掛けている。
トワイライトの目には紫色のどす黒いオーラがガザの体に絡みついているのを掛けているモノグラス(片眼鏡)を通して見えている。
呪いを受けた者、呪いの掛かったアイテムを装備した者に見られる光景だとトワイライトは以前に見た事がある事を思い出した。
「あ、はい。判りますか?」
トワイライトは懐をゴソゴソ何かを探しだした。
ガザは”ああ、この不運になる呪いのお陰でまたパーティを追い出されるのか・・・”と表情に陰が落ちる。
バウも口が半開きになり”ああ、呪いの事がバレちまったか?”と残念な表情。
その沈みかけた表情のガザにトワイライトが何かを投げる。
「ほれ、受け取れ」
投げナイフのようにシューっと四角いモノが飛んで行く。ガザは驚きその飛んでくるモノをキャッチするべく掴もうとする。
飛んでくるモノをガザが掴もうとしたが左手を通り抜けて、ガザの額に綺麗に当たる。ナイフだったら即死だっただかも。
殆ど痛くない。柔らかいモノが額に当たり落ちてきたモノをガザは腰の辺りで受け止める。
そのモノは綺麗な錦の袋に紐が付き表には丸に『守護』と書いてある。ガザには初めて見る模様だが、日本語表記で『お守り』である。
ガザは額にお守りが当たって出来た赤い縦線があるが、べつに痛くなかったので気付いていない。
「これは?綺麗な袋ですね」とバウが横からマジマジと見る。
ガザは左手に握られて手の平に収まる綺麗な袋に少し驚いた顔で無言で見つめている。
「うん。それはな、『お守り』だランク3迄の呪いなら打ち消してくれる」
「え?」とガザとバウが同じタイミングで驚く。
よくふうてんのトラさんが首から掛けているお守りにそっくりだ。
ガザは突然都合の良いアイテムを貰って、驚きの顔でお守りを見つめる。
ガザはオットリ方で、頭の理解と感情が付いてきていない感じだ。
代わりに機転の利きそうなバウが
「良いんですかこんな高価そうな物を」と礼儀通り少し遠慮気味に聞いてみる。
「ああ、今はな王都周辺でそのお守りの価格が暴落してて二束三文だ。まだ何個か持っているからやるわ」
と気前よさそうにトワイライトは言う。
「しかし、機能的に高価そうに思えるんですが」とバウは疑問を口にする。
「1年ほど前に、とあるダンジョンでいっぱい採れてね、王都で何も考えずに纏めて売ったら暴落してしまった。現状不良在庫だから気にせずに使ってくれ。」
と『やっちまった』と言った感じでトワイライトは笑って誤魔化す。
「そのお守り袋に付いている紐の輪っかを首に通して下着の辺りに入れといてくれ、本人の魔力を自動吸収して効果を発揮する筈だ。」
お守りに見取れているガザからバウが取ってお守りの紐をガザの首に掛ける。
そしてお守り本体をローブの胸元からシャツが見えている辺りに差し込んで服の中に入れた。
しっかり者のお兄ちゃんが妹の世話を焼いている感じだ。
トワイライトの片眼鏡を着けている目にはガザに絡みついていたどす黒い紫のオーラがスーッと消えた。
「効いているようだな」
「解るんですか?」とバウが『ホントですかー?』って感じで聞くが
「ああ、呪いのオーラが消えた。押さえ込めている感じだ。」
とトワイライトがソレらしく見えている様に言うのだがガザとバウは取り敢えず信じてみる。
もし仮に『呪いのペナルティーが消えたのであれば嬉しい事だ』と気を取り直して続きを始める事にした。
トシゾウはトワイライトから貰った『インスタントトラップ』を使って相手を罠に嵌めて仕留める手順を説明した。
さっきの場所より少し離れた別の柵が壊されている場所に移動し、柵の外で罠を設置しトシゾウとポルトスがガサガサ茂みで音を立てて囮をしている。15分ほどして感が有った。
トシゾウの持つ索敵スキル『気配察知』が森の奥から小走り程度の早足で接近する獣を察知した。
目標であるもう一匹のレッドボアが現れた。森の奥からビンビンと気配が伝わってくる。
森の薄暗い中下草や茂みも相まって目視は出来ないが、肌でどっちの方向から迫ってくるか感じ取れる。
レッドボア接近の速度が落ちた。森の暗がりの奥の茂みがガサガサ揺れて茂みの奥から人の肩位の高さのある大きなレッドボアが『ヌッ』と姿を現した。
姿を現したレッドボアは立派な体格を揺らして、ノッシ、ノッシとユックリと近づいてくる。
この立派なレッドボアに対して村人の誰一人も歯が立たなかったのだろう、完全に人を舐めきっていて威風堂々と迫って来る。
トシゾウとポルトスが外埒の柵より2メートルほど離れた所で並び目標のレッドボアに向かって『大盾』の技『挑発』をガンガン打ちだした。
当初レッドボアは威風堂々ユックリと進んではいたが、『挑発』により敵対心が積もっていき鼻息が荒くなり目が血走りだした。
『コイツむかつく!』って感じの敵視のこもった目になり遂に走り出した。
直ぐに大盾を構えるトシゾウとポルトスの目前にまで来た時に、レッドボアの真下から光を纏った鮹の足ような触手が何本も飛び出してレッドボアの体に巻き付きレッドボアの動きを封じだした。
『ブヒー』レッドボアが驚きの叫び声を上げた。触手が気色悪いのもあるだろう、もはや威風堂々とはほど遠い焦った狩られる側の顔をしている。
レッドボアの足下から出ている数本の光る触手がレッドボアの体にまとわりつき絡みつき完全に動けなくなった。
レッドボアを拘束している光る触手の元に『インスタントトラップ』が有った。
先程トワイライトがトシゾウに何個か渡していたやつだ。
この『インスタントトラップ』の効果は近くに居る生物や魔物を拘束し最大5分間その場所で拘束する。拘束対象の重量が大きいと拘束時間が短くなり、暴れたりして最悪場合拘束が破れる事もある。
距離を置いて見守っているトワイラトが”大きすぎるな”と少し焦りを感じて声を掛ける
「よし、動きが止まっている間に状態異常の『麻痺の息吹』で詰みだ」と指示をする。
トシゾウとポルトスは揃ってロッドの先から『麻痺の息吹』を吹き付けだした。
あっと言う間にレッドボアはぐったりと動かなくなった。状態異常の麻痺が発現したのだ。
トシゾウはバウを呼び「トドメを」と告げて、バウは無言で頷いた。
バウはロングソードをスラリと抜き刀身を横に寝かせて左手の人差し指と親指で鋒を摘んでユックリと歩み寄る。
横たわったレッドボアの前足の脇の下辺りで皮の薄い場所に鋒を押し当て少し刺し、刺す方向を確認してから柄を両手で持って一気に突き入れた。
正確に心臓を突いてトドメを刺した。
トドメを刺した後に剣を抜きある程度血が流れ出すのを待った。後の作業で返り血を減らす為だ。
バウはナイフを取り出してレッドボアの首周りに刃を入れて肉を切り首の骨と骨の間の軟骨部分にも刃を入れて丁寧に頭を切り落とした。
最初のレッドボアの首を落とす時に、トシゾウの説明を聞きながらやった事を思い出しながら適切に処置した。
バウもトドメ役は二度目なので手際がよくなっている。優秀な若者とトシゾウは高評価。
バウはレッドボアの|御首級≪みしるし≫(首から上)を切り落として持ち帰り討伐の証とする為の作業だが
トシゾウの指導を余すことなく吸収して僅かな回数で会得しつつある。
トシゾウは”この子は理解力・記憶力が良く正確に覚える、そして手を抜かず丁寧に行う。この子は伸びるだろうな”と見込みのある若者を見て嬉しくなっている。
それぞれ荷物を持って、一頭目のレッドボアの首はポルトスが、二頭目のレッドボアの首は バウが持って村長の家の方に移動を始めた。
トシゾウはレッドボアの遺体をアイテムボックスに収納してから後を追った。
一行は村長の家の横にある教会前の広場に差し掛かる。その広場に村長と15人程の村の男達が寄って話しをしている処に出会った。
村人の手には何らかの武器になりそうな得物を持っているが、ピリピリした殺気を含んだ不穏な空気は無い。どちらかと言うとスポーツの賞の発表前の空気に近い。
レッドボアの首一つを持っているポルトスが笑顔で
「丁度よかった村長の家に依頼の達成を報告に行くとこだった。」
と言って手に持ったレッドボアの首(頭の部分)を軽く持ち上げて合図した。
ポルトスの合図に続いてバウも同じ様に手に持ったレッドボアの首を軽く持ち上げて2頭ちゃんと狩った事をアピールする。
トシゾウがクエスト用紙を懐から取り出し村長に完了のサインをお願いした。
村長と村人から『おおー』と漏れた。”グッド・ジョブ”といった感じの良い反応だった。
村長はサインをしながら
「討伐は確認しました。その頭は此方で処理しておきますよ。」と笑顔で提案する。
「ああ、悪いな」とトシゾウは答えた。
その言葉を待っていたように村の若者が二人掛かりでレッドボアの首を受け取り何処かに持っていった。
「それで、首から下の部分で素材は取られましたか?」と村長はつかぬ事を|伺≪うかが≫う。
「ん?んん、まあ」とトシゾウはお茶を濁す曖昧な返事。
「アレだけ大きな獣なので動かすのも一苦労でしょう。引っ張って来てない様ですが置いてこられましたか?もしよろしければ牙やレッドボアの革等の素材の採取漏れが有ったら此方で代わりにお採りしますよ。
素材以外の部分は此方で処理させて下さい。討伐して貰ったので代金も無しで取れた素材は全部お渡しします。いかがですか?」
と村長は慣れない笑顔(愛想笑い)と美味すぎる話しにトシゾウは少し気に掛かった。
更に村長の後ろで控えている村人達15人程が手に解体に使いそうな道具を携えて皆慣れない営業スマイルで控えている。
”営業スマイルに慣れていない感じだ、それと美味い話しには裏が有るというが・・”
とトシゾウは思案している。解体道具は武器にもなるが持って後ろに控えている15人程の村人には敵意は感じられない、ただ少し焦燥感に似たモノを感じる。
「まあ、それには及ばない。それに収納バッグにもう収めた」とトシゾウは淡々と言う。
村長は焦りの色を隠しきれずに
「失礼かも知れませんが、持ち帰ってギルドに解体を頼んでも料金掛かりますよ。今回は料金取りませんしギルドの解体より絶対親切丁寧にやりますよ。村の熟練した解体の熟練工が一杯居ます任せて遣って下さい。」
と村長が食い下がり、村長の後ろに控えた解体自慢そうな村人達も営業スマイルに慣れていないが、愛想良く首を揃えて「うん!うん!」と頷く。
トシゾウは”え?コレだけの村人が揃って何が目的?”と相手の意図を図りかねている。
そこに村長・村民達がいる後ろの村長の家の壁際に積み上げられた資材の物陰から子供が3人コッソリと此方を伺っているのが解った。
トシゾウの視線がフッと其方に移る。
子供は二人は幼稚園の年長さん位(六歳位)で、一人は三歳位の可愛い子供。
その内の小さい子が「おっとー!おなかすいたー。」と村長の後ろに並んでいる村人に呼びかける。
解体自慢で並んでいる村人の中の一人が焦った顔で子供達に「ああ、しー!」と人差し指を立てて口の前で『黙ってくれよ』の仕草をした。
トシゾウの中で合点が要った。理解して『フン』と軽く笑い破顔してしまった。
笑ったトシゾウの負け。
トシゾウはユックリと子供達の方へ歩み寄り腰を屈めて姿勢を低くし子供達に近い目線になって
「ボウズ!もう少し待ってくれ、お父さん達が解体と料理が終わるまで待てるな」
と子供に笑顔で話し掛け右手で子供の頭を『ワシャワシャ』と撫でた。
村長と村人は話しの流れが悪い方向に行ってたのが好転したので、『ヤッタ』っという顔でトシゾウを見ている。少し遅れて喜びの声が上がった。
トシゾウは村長に穏やかな表情で
「村長、あんた食い下がるのヘタだな・・・まったく、最初から言ってくれよ!変に勘ぐったじゃないか・・・でモノは何所に出せばいい?」
村長は”精一杯やったんだけどなぁ”と言いたそうな苦笑いに頭を掻きながら村の広場の横に有る解体の出来る場所を指さした。
大きい方の子供、女の子がトシゾウの手を取り「連れて行ってあげる」と手を引きだした。
子供心に”ごちそう、逃がしませんわよ”と不敵な笑顔。
村長の家の建物の物陰から隠れて様子を覗っていた幾人もの子供達が「わーい」とか言って喜びながら出て来た。子供達にも上手く行ったと判ったのだろう。
子供達は冒険者を見るのが珍しいのか、ポルトス、マヤ、バウ、ガザ、トワイライトに群がり口々に喋り掛けてきた。
口々に好きな事を一斉にそれぞれのペースで喋るのでまるでムクドリの集団が|塒≪ねぐら≫の木の上でチーチクパーチク鳴くように五月蠅くてかなわない、実際何を言っているか分からない。
しかし、ポルトス、マヤ、バウ、ガザ、トワイライト皆揃って顔を綻ばせて嫌がってはいない。
トシゾウは一足早く少女に手を引かれて村の広場横に解体用の大きな作業台が3台もある作業所スペースに来ていた。
そして少女の前で少し芝居ががった大げさなアクションで
「さあ、見ておいで。この小さな鞄から大きな大きな猪を出すよ、一寸離れてろよ。」
とトシゾウはトワイライトに教わった通り『魔法の鞄』からモノを出すかの様に見える様に、普通の鞄を使って新鮮な獲物を『アイテムボックス』から作業台に取り出した。
二つの作業台に首のないレッドボアの新鮮な死体が載っていた。
其所に村長や村人が駆け付け「おおーー」とサイズのでかさに感嘆して喜んでいる。
トシゾウの近くにトワイライトとポルトスが寄ってきている。
トシゾウは二人に「別に良いだろう、猪肉」と横目で見ながら小声で同意を求めた。
「ああ」とトワイライトも優しい目のまま返事する。
「子供の笑顔には勝てねぇな」とポルトスも逆に子供から何か元気を貰った様ないい顔だ。
ココの『のんびり辺境村』はフラグ・ガード卿の守る城塞都市『ホルムズ』の近郊にあり、近年続いている作物の不作で住民が食べて行くのも苦しい情況に加えて食料物価高騰と食料流通の枯渇で食べ物に苦労している。
村人達は何とか工夫と遣り繰りして飢えを凌いでいた。
そこに、大猪に因る作物被害。村人達はかなり飢えた苦しい情況であった。
そして大猪のレッドボア討伐。狩った獲物は狩った冒険者に権利が有るが素材採取が終わったらその権利は消失する。
なので、村人は牙と革の採取後の食料になる肉に多いに期待していたのである。
ココにいる村の子供達も冒険者が来た時に”この人達が美味しいお肉を腹一杯食べさせてくれる。”と羨望の眼差しを持って迎えたのである。
トシゾウが村長に向き直り
「村長、牙と革を取ってくれ。その他の部分は村で好きにしてくれて構わない。・・・村長変な言い回ししないで最初から言って呉よな。」
「いや、面目ない。人の弱みに付け込む連中も居るから心配になっていたんです。良い人達で良かった。改めて言います。肉をくれ」話しの後半村長は笑顔が出ていた。緊張が解けたのだろう。
「ああ、今更腹を空かした子供達を前にしてやらんとは言えんな。」トシゾウも優しい顔で答える。
「しかし助かったよ、冒険者さん達。腹を空かした子供達が不憫で成らなかったのです。」
と村長も心の内を吐露する。
作業所が騒がしくなってきた、解体作業を村人が始めたからだ。
そこにポルトスがトシゾウとトワイライトに何か耳打ちをする。
ポルトスのアイテムボックスに納品で使った交易品の食品が残っていて「ソレをあげようか?」と耳打ちした。
トシゾウも、トワイライトも施しは良くないと意見は一致。購入原価そこそこで売る方が良い。
トワイライトも在庫を少し残してあるからトワイライトが交渉すると買って出た。
「村長、モノは相談だがな、銀貨どれ程有る?銭だよ銭」
「今は十五枚ぐらいなら持ってますが、村中かき集めれば六十枚ぐらいなら」
「俺達は商売もしていて南に来る前にグレイ州のオガミ領も通ってきた。食料を運んだのだが売れ残りがある。もし良ければだが原価に銅貨1枚追加で売ろうか?」
とトワイライトは村長に持ちかける。売れ残りとは嘘で意図的に一定量残して売らなかった分があるのである。
トワイライトもトシゾウもポルトスも子供が腹を空かしているのを見ると胸が痛むのである。
村長は嬉しいビックリ顔で「え?良いんですか」と顔に『ラッキー』と書いてある。
トワイライトは頷き、『魔法の鞄』に偽装したアイテムボックスから麻袋を何個か出した。
「コレはジャガイモ、ニンジン、ズッキーニ、カボチャ・・・」
と麻袋の大きい袋に入ったニンジン、ジャガイモなど一袋ずつ五種類出した。
そして交易品を前に並べてトワイライトは村長や子供達の前で『ふうてんの寅さん』の真似を始めた。
「いいかい?はい、並んだ数字がまず一つ。もののはじまりが一ならば、国のはじまりが大和の国、島のはじまりが淡路島、泥棒のはじまりが石川五右衛門なら、スケベエのはじまりがこのおじさん!っての。笑っちゃいけないよスケベエってわかるんだから目つき見りゃ、ね?」
と喋りながら袋の中身を一つづつ見せていく。
『スケベエ』と言った時は村長を見ていた。取り敢えずで理由はない。
そしてポルトスがアイテムボックスに残っていた大きな麻袋を出す。
大麦の大袋が3つ、ライ麦の大袋が3つ並ぶ。トワイライトの台詞は未だ続く。
「産で死んだが三島のおせん、おせんばかりがおなごじゃないよ?京都は極楽寺坂の門前で、かの有名な小野小町が、三日三晩飲まず食わずに野垂れ死んだのが三十三。とかく三という数字はあやが悪い、三三六歩で引け目がないというね。」
と言いながら、最後に小麦を6袋だした。
村長や子供達は言っている意味は余り分かっていないが、テンポの良い喋りが良くて笑顔。
食べ物がポンポン出て来るのでドキドキうはうは。
トワイライトは食料を出し終わってソロバンを手に合計金額を計算しだした。
トシゾウはトワイライトのソロバンを見て”ああ、懐かしい”と見慣れた品を見ると「何かホッとする」と笑顔になる。
「合計で銀貨68枚と銅貨8枚だ。どうだいけるか?」と村長の顔を覗き込む。
村長は「ちょ、一寸待って下さいお金集めてきます。・・・幾らでしたか?」と言って作業所の付近の村民からお金を集めて回り出した。
結局集まったお金は銀貨70枚だった。
「よし、なら大負けに負けてこのハーブソルトを付けて合計70枚でどうだ?」
とトワイライトはハーブソルトの樽を出した。
村長としてはハーブソルトの樽が無くてもこの金額だとこの地域の相場の五分の一の値段だ。
しかし穀倉地帯で豊作だったオガミ領での仕入れ値より上なのだが、村長と話しを聞いていた村民二人は有難くて貯まらずにウンウンと頷く。
トワイライトはハーブソルトの樽をポンポンと叩きながら
「これはな、オガミ領の『ミコライウ』の名産品で肉の臭みを消して旨味が増すハーブが入っている。肉に少量塗って焼くだけで美味しく激変。コレを付けてやるから焼いてみな。やみつきになるよ」
トシゾウも横で聞いててニヤニヤしている。”食いしん坊が言うと一段と美味そうに聞こえるなあ”と思った。
取り敢えず商売は成立して、売れ残りの食料の交易品と名産品のハーブソルトを渡して代金を受け取る。
素材の受け取りは夕方に町への帰りに寄って受け取る事にしてトシゾウ達は村を離れた。
馬車で移動する事10分、次の村に到着した。
バウが真っ先に馬車から飛び降りて村内の地図や案内板が無いかめぼしい場所を見て回る。
察するに前の村『のんびり辺境村』でのクエスト達成で気を良くしたのだろう、やる気を出して利発な若者が気を利かせて言われる前に自分から進んで雑多な事柄をこなしてく。
その動きをガザが「待ってよ〜」と付いていく。
ガザとバウにとって、『不運の呪い』のお陰で今までまともにクエストは達成出来ていなかった。
前に参加したパーティ内でも呪いのお陰でお荷物扱いになり風当たりが強くなって追い出され、次第に二人だけでクエストに挑戦する事になった。
以来連敗記録が続く。
それが一転して運勢の歯車が噛み合い上手く行きだして希望が見えてきた。可能性を感じれば人ってチャレンジ精神を発揮する。それが若い男の子なら尚更である。
”自分達の物語が漸く始まった”と予感したかも。
バウとガザのポジティブな姿勢を暖かく見守るトシゾウとトワイライトの横でポルトスが
「若いって良いなぁ」とささやきトシゾウは「うん」と頷く。
おじさんじみた会話だ、中身はおじさん年代だが傍から見たら二人とも見た目は18歳と十分若いのでトワイライトは苦笑いを浮かべている。
「ココの村長の家が判りました。こっちです。」
バウが右手を頭の上で『コッチコッチ』と手招きする。その横でガザが『はあはあ』と息を弾ませて膝に手を着き顔だけトシゾウ達に向けている。
ガザはどうやら運動は苦手のようだがバウと一緒に村長の家を探し回って動き息が上がったようだ。
だがいい顔をしている、若者の心がポジティブな時にキラキラ光を放つ超可愛い姿をしている。
「サンキューバウ、ガザ」ポルトスが明るい声で若者の骨折りに礼を言う。
「有り難う」トシゾウも笑顔で礼を言う。
村長の家を訪ねると家の中から初老の男が出て来た。
村長宅の玄関口で依頼の為この村に来た冒険者で、事情を聞きたいと話し必要な事情を大まかに聞いた。
トシゾウは村長から得たクエストの情報を頭の中で整理して皆に説明・確認する。
1件目は村の東の森からゴブリンが村に食料や家畜を奪いに頻繁に出没している。
村から東に徒歩2、3分程で森がありその森に潜んでいるゴブリンを12匹以上討伐すれば依頼は達成だ。
2件目は新規に開墾した農地に水路を引く。深さ1.5メートル幅2メートルの溝を20メートル掘る。
只それだけなのだが『依頼を出す場所が違うのではないか?土建屋に出すべきだろう』と思うのだが、土建屋に見積もりを取ると銀貨400枚と高額な料金を提示された。
そんな金は村にはない。
村長はダメ元で試しに『パパッと魔法で何とか成らないか?』って冒険者ギルドに依頼を出してみた。
普通の魔法にはそんな事が出来る便利な呪文はないので暫く放置されていたが、以前にシェラ野営場の戦いで造成した『掘り』や弓兵の通路と射撃ポイントを作った連勤術で対処出来るとトシゾウが直感したので受けてきた。
村長は長い間放置された事で、”そんな便利な魔法はないようだ”と半分諦めていたので、依頼の引き受けを聞いて驚いている。
3件目はゴブリンとは別の方向の北西にある森からエルク(大鹿)の群れ二十頭程が夕方から日暮れ前に畑を荒らしにやってくる。そのエルクの討伐だ。
エルクとは大型の鹿で平均体重500キロで大きいモノは800キロに至。体格でいえばレッドボアと同等かそれ以上である。
余談ではあるが、同じサイズのレッドボアよりも肉の取れ高は少ない上に脂の乗りが悪く癖のある臭みがある。(ただ、この味を好む人々もいる。その多くは酒飲みだ。腹が空いていれば気にせず充分食える程度)
腕の良い料理人の手に掛かりハーブ等を駆使し手間暇掛ければ旨い肉料理になるが、素人の手には余る食材。
臭みや癖を誤魔化すには多くの工夫と手間が掛かる難モノ、結果市場価値は豚・猪肉、牛肉よりも安い。
エルフの一族はスパイスとハーブの扱いに長けている者が多く鹿肉が持つ味の癖を良い風に活かし他の味や調味料を加えて美味しいといえる味に変えてしまい、人間が料理したなら『多少の癖はあるが取り敢えず腹一杯食える安い肉』的な扱いの肉を御馳走に変える名料理人が多い。・・・余談でした。
鹿と言っても侮る事無かれ、鋭い角を持ち気性も荒く過去にヒグマと戦いヒグマの死骸が確認さた事例もある。
つまり、戦い方によっては熊を殺せる程に戦闘力は高いって事だ。
更に群れで行動し一斉に襲ってくるととても脅威である。
ただ、皮膚はレッドボアに比べて薄く弓矢が効き、急所を狙い通りに射抜ければ一撃で倒せるので猟師にとっては得意な獲物である。
勿論魔法の『ストーンブリット』や『アイスブリット』も有効だ。
以上の情報をパーティ内で共有してトシゾウは段取りを説明する。
1.まず自分の錬金術で水路を掘る。現場に到着して5分もあれば済むだろうから、最初にトットト終わらせてしまおう。
2.東の森に入りゴブリンと遭遇戦を行い各個撃破を繰り返し12匹始末する。
3.最後にエルクが村の畑に入った所で罠を張り外埒で囲んで袋のネズミににする。
エルクは鹿だから逃げ出すと足が速く討伐が難しくなる。
幸いにエルクの来る方向の畑の外埒の柵はエルク避けに作った背の高い頑丈な柵がある。
一部壊されている場所もあるがその柵を利用すればエルクを罠に嵌めて一網打尽に出来るはずだ。
ゴブリン退治までを早く済ませて、エルク討伐の準備と罠設置に時間を掛けたい。
ポルトス、マヤ、バウにガザもその段取りで異論はなく早速最初の水路の予定地に向かった。 水路予定地には歩いて6分で到着した。
村長に棒を使って地面に線を引いて貰って『ココからココまで掘る』場所を指定して貰った。
掘る場所が決まりトシゾウは魔法道具の手袋を右手にはめてグーとパーを繰り返し手に馴染ませた。
魔法道具の手袋の手の甲の部分に錬金術の『造形』の魔法陣が描かれている。
そしてトシゾウは立ち上がり掘る位置まで移動し、水路にしたい位置に書かれた線付近に片膝を突いて右手を線の内側に置いて錬金術の『造形』という術を発動した。
引かれた線の内側は黒糖の粉が水に溶ける如くに中から崩れていき陥没しながら形を整えていき、水路は形成された。
村長は初めて見る光景に”凄い”と感じて「ほうー」と感嘆の声が漏れた。
トシゾウはクエストの用紙を村長にだして「はい、サインをお願いします。」
村長はサッとサインをして用紙をトシゾウに返した。
用紙に書かれている報酬は銀貨総額20枚と参加者それぞれに対して経験値が一人につき500Expで「土木工事で業者に頼んだ場合料金は20倍ほど掛かる」とトワイライトは言っていたが目当ては経験値なのでトシゾウは気にしていない。
村長としても冒険者への依頼書の購入に銀貨10枚かかり報酬と合わせて銀貨30枚になるが、「冒険者の魔法で何とかして貰えればラッキー」と魔法の事を知らない安易な考えだった。
更に凶作続きの農村には工事業者に銀貨400枚を支払う事は不可能だった。
ポルトスは横で見ていたが予想通りスンナリ『水路掘り』が終わったので
「さあ、次行こう次へ・・・。村の東端だっけ?」と荷物を担いで移動を始めた。
トシゾウやマヤ、バウにガザもポルトスに続いて移動を開始する。
感動も達成感も無く一件目はアッサリと終わった。
将来有望な若者を二人発掘したトシゾウ。
トワイライトもこの二人を買っている。二人でどう育てていくか楽しみである。
美少年二人(下)に続く