【0015】南の国境へ
「」は台詞。””は思い・心の中の台詞。『』は名称・擬音・その他
トシゾウは沈み行く夕日と夕焼けの空が今日は一段と美しい事に気が付き少々見取れてしまっていた。
暫くしてトシゾウは我に返り前を見ると、ゴロツキの絶命して間もない遺体の前でトワイライトがしゃがみ込んで何かをしている。
よく見ると顔に『芸人が犬の役をする時に鼻と口付近に付ける犬の鼻の形をした変装グッズ』を付けて、ゴロツキの遺体の口や血の出ている傷口付近に鼻を近付けて『クンクン犬が臭いを嗅ぐ』真似をしている。
理解不能な情況が目の前にある。トシゾウの目が点になり呆気に取られる自分が半分、込み上げてくる笑いが半分で入り交じり、
「何してんねん?」ほぼ笑い乍ら突っ込みを入れる。
「ん?見て分からないか?」とトワイライトは表情を変えず動きを止めずに言葉だけ返す。
「ふん。分かる訳無いだろう。」
「だろうな・・・」
「ふさけてんのか!?」
トシゾウは笑いながら呆れて突っ込み、漫才を楽しんでいる。
「ふん。すまん、すまん」トワイライトも漫才を楽しんでいる気分なのだろう少し笑いながら作業を止めない。
トワイライトは遺体の傷口辺りの臭いを嗅ぎ終わって頷き、右手に少し大きめのハイポーションの空き瓶(細身のペットボトルぐらい)を持ち蓋の部分に四角い物体が付属している。
その四角い物体の端からストローの様な蚊の口に似た物が出ていて、そのストローの先を未だ血が流れ出ている傷口に付ける。
シーシーっと水を吸い取る音と共にポーションの蓋の先に付いているストローから血が吸引されて空き瓶の中に溜まっていく。
普通にスポイド等で吸うより余さず綺麗に吸い取っている。魔法道具なのだ。この道具で血を吸われた遺体は以後一滴も血が出ない。
トワイライトはハイポーションの空き瓶に7割ほど血液の入った瓶の蓋の部分、ストロー付きの四角い蓋の部分を外して、空き瓶のハイポーションの蓋を閉めてから魔力を少し通す。
ハイポーションの瓶の底には簡単な魔法回路が描かれてあり、軽く少量の魔力を流すだけで生活系の魔法で『防腐・保存』が長時間モードで起動する。
簡単に言うと腐りにくく、変質しにくくなる効果が長時間続くのである。
その後トワイライトは血の入ったハイポーションの瓶をアイテムボックスに収納する。
アイテムボックスから手を出した時にはストロー付きの四角い物体の蓋とハイポーションの空瓶を二個づつ持っていた。
「はい、トシさん」と2個の内の1個をトシゾウに差し出す。
「え・・・。俺もやるの?」とトシゾウは明らかに嫌そうな顔。
「勿論。後で必用になるから取れる時に取っとく。」
と素っ気ない言い方をしたが、少し間が空いてから説明しだした。説明の内容を整理したのだろう。
「死の予感を感じて、恐怖心が心を満たした時に血中に分泌されるホルモンが多く含まれる血が好まれるんだと」とお堅い専門書を読み上げる様な口調。
「ふーん・・・。言っている事がよく分からんが、・・・直感的にお前悪魔に魂を売っていないか?」
「え?んー、魂は売っていないが商品は売った事がある。」
「ふん。口車は達者だな」
「ははは、で・・俺が転がっている新鮮な遺体がニンニクを食ってないか嗅ぎ取るから、食ってない遺体の血をコレで吸い取ってくれ」
トワイライトの事だから後で、クエストやアイテム作りのために必用だとか言い出すに決まっている。
”コイツは突拍子もない事を言うが、無駄な事はしない”
とトシゾウは此の地に降り立ってからずっと一緒にいるトワイライトの今までの行動に嘘や『自分やマヤ、ポルトスに不利益になる事』はしていなかった事を知っているので渋々トシゾウも血液の回収を始めた。
「あ、ボトルに半分しか取れなくても、一体毎にボトルを代えてくれ、他人同士の血を混ぜると固まって使い物にならなくなる事が多いから。一人一人別瓶でお願いね。」
「分かったよ。・・・使い物ねぇ・・」とトシゾウは手伝ってはいるが、気が乗らない返事。
結果として、トワイライトが5本、トシゾウが3本回収した。
取り敢えずトシゾウが返り血で服(実際には革鎧)がベトベトなので、一旦『暗殺者ギルド』に戻り、シャワーを借りて髪の毛に付いた返り血も洗い落としサッパリしたところで、衣服も綺麗に成っていた。
トシゾウがシャワーを浴びている間にトワイライトが井戸の横で井戸水を使って、生活魔法(日常生活で使える魔法)を使ってトシゾウの衣服・鎧を洗濯・乾燥させていた。
トシゾウも着たきり雀だったので洗って綺麗になった服を着るのは気分が良い。
洗いたては少しゴワっとした感じがするはずだが、洗いたてでも柔らかくて気持ちよかった。
トワイライトは柑橘系の果物から作った物を柔軟剤として洗う時に混ぜたのだ。果物の良い香りもする。
サッパリして部屋に戻ると、『暗殺者ギルド』のマスターが
「突発クエストで報酬は出ないが、経験値報酬が入ってレベル上がったんじゃないか?」と教えてくれた。
この『暗殺者ギルド』のマスターはジャニーズ俳優の東山紀之によく似ていて落ち着いた感じのナイスダンディである。だが、トシゾウはジャニーズを知らない。
トシゾウが確認するとさっきのクエストで経験値が入り冒険者レベルが5に成っていた。
スキルの『短剣術』もレベル2に上がっている。
取り敢えず、ココでしか取れないスキルはもう無いので再度別れを告げて『暗殺者ギルド』を後にした。
もう日は暮れていて空は薄暗い、店の入り口付近や看板近くのランタンなどの灯りがあり表通りは明るい。
街は宵の口で仕事を終えた市民が友人と何所で晩飯を食べようかと歩きながらお喋りをしていたり、酒場や食堂の扉を開けて店中の席が空いているかどうか覗いている者もいた。
人混みの中に市中の見回りをしている衛兵の姿も紛れていて、”いいなぁー俺達も酒場で一杯呑みたいよなー”と感情が顔に出ている。
表通りは多くの人で溢れている。王都の宵の口は平和だ。
その中にトシゾウとトワイライトの二人も紛れていた。
トワイライトの知っている美味い店に行ったのだが、二件続けて行列が出来ていた。三件目でテーブルが空いていて無事に席に座れた。夕食に有り付ける。
トシゾウの注文は「俺も同じのをもう一つ頼む。」とトワイライトに先に注文させて此の台詞を言うだけ、至って簡単。
トシゾウとしては”俺がメニュー見たって分からん。あの決まり文句を言うだけで美味い物が食えてハズレがない。”とトワイライトの舌は信頼できる。
実は今日午後の自由時間でトワイライトと行動を供にしたのも晩飯でハズレを引きたくなかったからだ。
まあ、後トワイライトと一緒に居ると色んな事が起こって退屈しないとゆう事もあるが、一番の理由はやはり美味いメシだ。
トシゾウは以前から偶々トワイライトの注文の後に注文して「俺も同じモノをもう一つ頼む。」って注文で美味しい物を食べれていたが、何日か前の夕食で亜里砂の注文の後に同じ台詞を言って大失敗した。
晩ご飯が『罰ゲーム』に成ってしまったのである。トシゾウに言わせれば亜里砂のチョイスは世紀末。終わってる!
”勘弁しろ、晩飯が何で罰ゲームで食わされるような物を食べないといけないだ!”と寝るまで後悔した。
ちなみに、亜里砂も食べている時顔が歪んでいた。不味かったんだろう。
ソレを見たトシゾウはイラっと来て「あ゛あ゛」と漏らしてしまい。心の中で”ちゃんと美味い食い物選べよ、お前女だろう!!”と怒りが込み上げたぐらいだ。
そんな事が有って今日の3時から、亜里砂とトワイライトが別行動・・・。何の迷いもなくトシゾウは正解の方を選択した。
少しして注文した食事が運ばれてきた。明日からどうす予定なのかをトワイライトが食べながら説明しだした。
商人クエストで食料を配達するクエストがあと1本残っていてそれの消化の為に明日から南に向かい国境付近迄行き食料を納品する。
馬車の荷台に積んだ納品物で麻袋に入った小麦等の食料品は今日の納品で使ってしまった。
残っているのはアイテムボックスに収納している交易品が有るはずだが、アイテムボックスに入れたまま運べば荷馬車は要らない。
馬車は人間を運ぶのに何度も使っているトワイライトの個人持ち一車だけにして、トシゾウやポルトス、マヤ、亜里砂の荷馬車はレイアード家の屋敷に預けようと思っている。余計な馬車を持たずに身軽にする。
トワイライトの馬車は高級品で早馬車に対応する良い馬車、馬4頭引きにして荷はほぼ空で人間5人積み程度なら普通の一頭引き馬車の1.8倍位の巡航速度が出せる。
普通の荷馬車なら南の国境まで王都から12日間程掛かるところを7日間で到着出来る。
食料配達クエストをこなして、付近にある『始まりの村』周辺の初期クエストを何本かやって冒険者レベルを10前後まで上げる。
その後、特設科の実技試験に間に合うように王都に辿り着き試験を受ける。
特設科とは、普通科なら本来八年間の期間のところを一年の短期間で一部の科目を集中的に受講・実践・課題等で鍛える事を目的にした特設科である。
但し特設科の受ける授業の無い空いた時間に普通科の授業に参加する事も可能。
トシゾウは特設科の『神聖科』に、ポルトスとマヤは『魔法科』に受験する。
ソコまで話し終えた時点で二人とも綺麗に食事を食べ終えていた。
トシゾウも美味しいメシで満腹になり多少眠気に襲われているが、普通に質問する。
「南の国境付近だっけ?行って帰ってきて日数的に一杯のはず、馬車に馬を増設して無理して日数稼いだと思えば出先でクエストをこなす。その理由は?王都に戻ってからの方が安心じゃないのか?」
「うん、尤もな意見だ。理由その1、王都のフィールドレベルが12前後で、王都の冒険者ギルドで扱っているクエストの受領条件が冒険者レベルが10以上ないと受ける事が出来ない。冒険者ランクも一つあげないといけない。」
とトワイライトは順々に説明していき『始まりの村』付近は冒険者デビューしたての初心者が集う村でココであればクエスト受領条件を十分満たしているので、色々なクエストを受け放題なのだ。
ソコでいっぱいクエストを受けて消化してレベルを10迄上げる。
トシゾウやポルトスの防御力が攻撃力に比べて低いと言っても、ずば抜けた攻撃力に比べてなのだ、一般的な初心者の冒険者に比べれば防御力は相当高い方でこの辺りのモンスターの攻撃力は知れている。
たとえ多少危険なクエストを受けたとしてもトシゾウ達なら死ぬ事はないだろう楽観視している。
仮に王都付近のモンスター相手でも負ける事は無いと思うが、レベル12前後の敵になれば攻撃力はそこそこ有る。
もし当たってしまうとトシゾウとポルトスは防御力が育っていないので打たれ負けする可能性が有る。間違って敵の攻撃が当たると薬草取りの時ポルトスみたいに重傷化するカモ知れない。
更に自分の冒険者レベルとフィールドレベルが近ければ依頼も豊富にあり駆け出しのうちは依頼の成功報酬の経験値は大いにレベルアップの助けになる。
冒険者レベルに合ったフィールドで依頼をテンポ良く消化していけば効率よくレベルを上げていける。そうやって王都のフィールドレベル付近まで冒険者レベルを上げてしまう必要が有るとトワイライトはマスト(必要)な言い方をする。
トシゾウは「なぜ?」と問う。
『王立アカデミー』に入学出来たとして、在学中も冒険者ランクに応じたクエスト数を定められた期間内に達成しておかないと冒険者証が失効してしまうのだ。
つまり、王都の冒険者ギルドで依頼を受けられる様に成っておかないと、冒険者証を確実に失う結果に成るのだ。
依頼さえ受けられれば、半日から2日で達成出来るクエストもまあまああるので『アカデミー』の休講日の土曜と日曜を使って依頼をクリアして冒険者証を継続していく事ができるのである。冒険者証が無いと色々不便である。
トシゾウは「なるほど」と冒険者レベルを10以上に上昇させる必要性には理解した。
だが未だ『アカデミー』に関しては理解出来ていない部分が多い。
「トワイライト、今日『願書』を出しに行った『アカデミー』って良く分からん」
「あ、まあそうだなぁ今一度説明するとだな・・」とトワイライトの説明が始まった。
『アカデミー』とは王国立学園の総称で、大きく分けて2系統『魔法学園』と『騎士学校』がある。
『騎士学校』は名称の通り職業の『騎士』の育成を主としているが、王国軍の『士官学校』(騎士の資格を持たない軍の幹部・指揮官を養成する場所)もその騎士学校中に包括している。
此所を卒業するとガッチガチの脳筋に育っている事が多いので別名『脳筋精錬所』とも呼ばれている。
もう一方の『魔法学園』には3つの機関が有る。一つは『魔法学園初等部』で小学校に魔法教育が加わった学校で、国内の貴族の子弟や推薦を受けた才能のある少年少女を王国の人材として幼い頃より確保し一般的な基礎教育と魔法教育とで人材としての基礎を固める事が目的。
また、『魔法学園初等部』在学中に魔法、騎士の適性を判定し、魔法の適性がない者や騎士志望の学生は卒業後『騎士学校』に進学する。
魔法適性の有る者で魔法を志す者は『魔法学園高等部』に進学する。
二つめは『魔法学園高等部』で、『初等部』を卒業した学生で一定の基準を満たした者が進学する学校。
一般高等教育に合わせ行政や魔法の専門知識・技能を習得・専攻し王国の役に立つ人材・専門家を多く排出する事を目的とする。
三つめは『学院』と呼ばれる研究機関で『アカデミア』とも呼ばれている。『魔法学園高等部』の卒業生で一握りの成績優秀な者のみが『学院』へ進み研究する事を許される。
日本的に言えば、進学科とスポーツ科がある小学校から大学までの一貫校の様なものである。
『学院』に全体を統括管理運営している理事会があり、此の学校団体と研究機関を含めた総称は『アカデミー』である。
トシゾウは何とか理解したつもりだがイマイチピンと来ていない。
「トワイライト、お前はそこに行ったのか?」
「いや、俺は行っていない。家が没落して行けなかった。だが姉ちゃん初等部に通っていた。家が没落して高等部には行けなかったが、初等部卒業まで楽しんだらしい。友達、幼なじみも一杯出来て好きな男の子も出来たようだ。楽しかったと思うよ。」
トシゾウは「へぇー」と感心しながら少し良い印象を持った。
「で初等部の卒業で帰ってきたお姉ちゃんが『家が潰れて高等部に行けなくて落ち込んでいるかな?』と思ったら、『ライトちゃん交易で成功してお姉ちゃんはお友達に会いに行くわ』と友達から元気を貰って来たんだ。夢に向かって走り出した。」
トシゾウは優しい顔になり「それは良い所だな」と相鎚を撃つ。
「その元気で姉ちゃんは交易で成功したし、今の亭主は学園の幼なじみだ」とトワイライトは少し微笑んだドヤ顔。
トシゾウはニコやかなまま「ライトか・・その呼び方良いな。」
「おいおい、そっちか・・いい話をした積もりだが」
「ああ、良い呼び名だ、簡単で呼びやすい」
「そっちかよW」
二人とも晩飯を食べ終えて話しが続いてたので、酒を追加して呑みながら喋ったせいか少し酔いが回ってきた。少し気持ちよくなっている。
二人は店を出て合流する宿屋にゆっくりヨロヨロと歩いていく。
王都の気候はオガミ領やレイアード領に比べて暖かいが、夜の町に流れる風は涼しくてほろ酔いの二人には気持ちいい。
トシゾウは宿屋に行く道を歩き気持ちいい夜風に吹かれながら
「久しぶりに少し呑んだ、気分が良い。こんな日は気分の良いまま寝るのが一番だ」
トワイライトも気分が良いが、”酔うと『デテクトエニミー』(敵意感知)の精度が落ちる”と要らん事を考えつつも「賛成!」と嬉しそうに返事をする。
二人の後ろ姿は仕事帰りの若手のサラリーマンが仲間と一杯呑んで家路を辿る姿に似ている。鬼の副長土方歳三も時代と情勢が違えばそんなマッタリした|寛≪くつろ≫ぎも有っただろう。
宿屋に辿り着いた。歩いて宿に帰るのが多少疲れたが気分の良いまま二人は寝床で意識を失った。
日が昇る。宿屋の裏庭ではトシゾウ、ポルトス、マヤ、亜里砂が朝のルーティンの整備体操を遣っている。やや遅れてトワイライトも参加した。
宿屋で朝食を取り、マヤが会計を済ませて一行は二手に分かれて、『冒険者ギルド』と『商人ギルト』に向かう。
王都はオガミ領やレイアード領に比べ温暖で今の季節(日本で言う5月頃)なら昼間は薄手の服一枚で丁度良いが、朝は気温が未だ低く少し肌寒い。その肌寒さが脳をクリアにして体の動き・キレを良くしている様に思う。
トシゾウとポルトス、亜里砂は『商人ギルド』で依頼のチェックをして、亜里砂はポルトスに張り出されている依頼の内容を簡単に手早くメモに取る事を教えた。
トワイライトとマヤは『冒険者ギルド』に行き依頼のチェックをして、マヤに依頼の内容をメモる事が大事と教えた。
両ギルドの依頼情況を記録してギルドを後にした一行は馬車を駐めてある駐車場で合流した。馬車をトワイライトの馬車1台にして、他の4台をレイアード家の王都屋敷で預かって貰う事にした。
ポルトスは「今回はオガミ家じゃないのか?」と聞いたが、オガミ家の王都屋敷はシェイクスオードが謀反の疑いを懸けられて逃亡した時に屋敷の使用人達も一緒に脱出して今は無人で閉鎖されている。
そこで、トワイライトが顔の利くレイアード家の王都屋敷で馬車を預かって貰う事にしたのだ。
昨晩トシゾウには話したが、王国の南国境付近に食料を配送する依頼で南に行くのだが、王都で仕入れて南国境で利益の出せる交易品は無く、必要な交易品は王都と同じ食料なのだ。
王都でも食料品は高値なので利益が出せない。オガミ領で安い交易品の食料を買えるだけ買ったのでアイテムボックスに未だタップリ食料品はストックされている。其れを南国境付近で納品すれば依頼は十分達成出来る。
利益を出せる交易品の仕入れがない以上、身軽になって素早く依頼を達成する事がベターだ。其れをポルトスに説明すると時間が掛かるから、後で話すと言って取り敢えず行動を起こす。
先ずはレイアード家の屋敷に馬車で乗り付け、トワイライトが門番(お互い顔は知っているがトワイライトの身分は伏せてある)に言って『ギャリソン』(屋敷の執事)を呼んでもらって、馬車4台を預かってもらった。
トワイライトの馬車の馬を繋ぐ部分の部品を交換し4頭立てに変更し高速移動仕様に変更した。富裕層の乗る乗用馬車ではなくあくまで荷馬車の類で後ろに荷物が積める馬車。
馬車の換装を含めて30分ほどで終わらせて王都を出発し南に向かった。
何時もの移動中の風景である。トワイライトが馬車を運転して、荷台でトシゾウ、ポルトス、マヤ、亜里砂とそらちゃんがくつろいでいる。
移動中は遣る事がないので、先ずは作戦会議。
今後のスケジュールと遣るべき事をトシゾウの口から説明した。内容は昨日の晩飯の時に聞いた事ソックリそのままなのだが、話し方・説明の仕方が上手く聞いていてもトシゾウは頭が切れて賢い事が解る。
その後『商人ギルド』に張り出されていた依頼の内容がザッと読み上げられて、その後に『冒険者ギルド』の依頼の内容が読み上げられる。
依頼の殆どは冒険者レベル10以上で冒険者ランクE以上が受注条件で中にはレベル20以上のモノも1件有った。受注条件の無い採取クエストも結構多く溜まっていて、殆どが王都付近に生えていない薬草の採取の依頼だ。
王都では町が大きいので町から出るのが一苦労、そして近くに自生していないので、生えている場所に行くのが一苦労なので敬遠されている。
そういう事情から、移動途中の薬草の群生地で一杯取っておいて、今度王都に戻った時に纏めてクエスト達成しまくるという方向で対策は決まった。
その後も会議は進めていた筈だが、1時間後には荷台から寝息しか聞こえなくなっていた。
トワイライトは「ふん」と鼻で笑い「なんで、会議っていうのは何時の時代も眠く成るんだろうね」と独り言を言っていた。
3時に街道近くの街によっておやつがてらの昼食を取り、夜8時頃街道近くの街の宿屋に泊まった。
晩飯の後に宿屋の裏庭でトシゾウとトワイライトが『短剣術』の訓練をしていた。
『短剣術』の一つの型をトワイライトがユックリと動作をして遣って見せて、トシゾウがその動きを真似る。
トシゾウのユックリと動作してトワイライトが観察し直す処は直し、正しく型通りの動きを覚えたらソコから50回型を繰り返し、その後変な癖が出てないか型を再チェックして、今度は100回繰り返す。
型の稽古をしている内にマヤがいつの間にか加わっていてトシゾウと同じ様に型の稽古をしていた。
実はマヤも戦闘職の『ハンター』に成った時に『短剣術』を取っていた。だが、マヤがダガーを振り回した事は数回しか無く未だレベル1のままだった。
マヤも『短剣術』を持っていたのと、トシゾウとトワイライトが楽しそうにお喋りしながら遣っていたので気になってマヤも参加する事にした。
型による稽古をしておけば『短剣術』のレベルが上がった時に稽古した技は直ぐに覚える利点がある。
あと、咄嗟の時に反射的に技を出せる様になるのと、技のレベルアップに要求される習熟項目にカウントされる(例:受け流しの型乙を300回行う)ので技の成長が早くなる。
何人かでワイワイやっていると修練のストレスが少なくて済む。
マヤにも型を教えながらワイワイとお喋りしながら訓練をしている中で
トワイライトが『短剣術』レベル7で躓いて止まっているとぼやく。
『短剣術』レベルの8へアップの条件の習熟を積む欄が『???』に成っているので「色々試したんだが、ハズレだった」と何を遣って習熟を積めばいいのか分からないとぼやく
トシゾウもゴム製のナイフを使ってトワイライトと組み手形式の練習をしながら
「見当が付かないなぁ」と言った横で、マヤが何か感じた事が有るみたいで
「どうした?マヤ」とトシゾウは聞く。
「うん。違うかも知れないけど・・・」とマヤは言い淀む。
「こっちは色々試して思いつくまま遣ってみたけど全然ダメだったんだ。気にせずに言ってみてくれ」とトワイライトは『既に八方塞がりなんだ』と言いたげな苦笑い。
「今の組み手訓練での動きだけど、素人の私の目にはカンフー映画の組み手に動きが似ている気がする。」
トワイライトは急に動きを止めて考え出して「カンフーか・・・」と呟く、今は前を向いているが目の前は見えていない。
トシゾウは急に動きが止まったトワイライトの顔の前でゴム製のナイフを寸止めした。
表情は無表情からヤレヤレといった感じに緩んだ。
「カンフーかー、全く動きが分からん。トシさんは知ってる?」とトワイライトは渋い顔をする。
「カンフーって何だ?」とトシゾウも顔を横に振る。
「だろうなぁ・・・」とトワイライトはトシゾウの返事は予想出来ていた。
カンフーはトワイライトも予想外であって、この異世界でカンフーを習う事はまず無理だろうと想像はがつく。
だいたい、この異世界で『拳法』や『空手』の類はスキルとして独立していない。『空手』や『少林寺拳法』等をこの世界に持ち込んでもスキルの『体術』に分類されてしまう。『柔道』や『合気道』も同じ分類になる。
この世界は『拳法』や『空手』の類にはタフな環境なのだ、理由は金属防具やハードレザーの防具に素手で殴っても殴った手が痛いだけだ。下手したら殴った手が怪我してしまう。
身体強化系の魔法が必要になってくる。同じ使うなら剣にエンチャントした方が断然ダメージ量は増える。
更に、この世界はロングソードが一般的だ、また槍持ちも多い。素手に比べてリーチが断然長く圧倒的に有利。
達人級以上でないと武器持ちとの差を埋める事は難しいだろう。
しかし『体術』も時と場合に寄って有効な場面はある。
一対一の戦いで相手がプレートメール等の重装している場合、ロングソードで幾ら斬り付けてもダメージは知れていて泥沼の戦いになる。そんな時に関節技や体術で相手を組み伏せ鎧の間からダガーや鎧通しで致命傷を与える。
日本の戦国時代に鎧を着た武者同士の戦いは刀で切っても致命傷を与えにくかったので組み伏せて首を取る戦い方が多かったはずだ。刀の先や槍で突くのも有効だった。
戦国時代に甲斐武田の柔術として発祥し『合気道』の一派として今も(平成・令和の日本に)流れを受け継いでいる流派もあるぐらいだ。
話は逸れたが、兎に角この異世界では『柔術』や『柔道』は有効だが、『拳法』や『空手』は終わっていて撲滅状態なのである。そんな世界で『拳法』を探すのは無理に思えた。
マヤの感想は置いといて、3人はコレから毎晩『短剣術』の鍛錬をするのである。
馬車の御者の当番は午前と午後の二交代制の輪番で担当した。
その後6日間(合計7日)掛けて普通の馬車では12日間も掛かる南国境に近付いてきた。途中4日目は雨が降ったが幌と横幕を工夫して雨が入らない様にして凌いだ。
雨が降って分かりにくかったが高速馬車での4日目辺りから少し気候が変わり気温が上がった。
5日目の昼頃に薬草等の群生地に立ち寄り2時間かけて色々な薬草を採取しまくった。
王都を出発して7日目街道沿いの村の畑は一様に麦の若葉が茂りそよ風に吹かれてなびいている。
7日目、朝に宿屋を発ってから約3時間、昼前に南の国境近くの城塞都市『ホルムズ』の城壁が見えてきた。
町はそこそこ大き目に見えるが外壁が立派でそう見えているだけで、町の規模は中程度であるが交易の拠点でもある。
到着して町の中には『商人ギルド証』で簡単に入れた。ギルドの恩恵を改めて好感した。
町中に入り先ずは馬車を駐めて馬車から降りて、何時もならトワイライトが先導していくのだが、今回は珍しく亜里砂が先導する。この町は亜里砂の方が良く知っているのである。
町の大通りは人通りも多く衣装の趣の違う異国の商人も多くて活気に溢れている。
大通りには『交易所』や『商人ギルド』もあったが立ち寄らずに西の外壁よりの一区画が騎士団駐屯地になっておりソコを訪れた。
屯所入り口の衛士に亜里砂が「『フラグ・ガード』隊長に亜里砂が食料を持って面会に来たと伝えて」と言う。
衛士は4人いて4人とも胡散臭がっていたが、『食料を持って』と聞いて顔を見合わせて、
「ううむ。・・・待っていろ」と断らないで取り次いだ。
亜里砂の様子が変だとトシゾウとポルトス、マヤは感づいた。まるで初デートで待ち合わせをしている乙女の様。
トワイライトはソレを見ても無表情。頭の上に文字が浮かぶ『そんな事もあるさ』と。
暫くして三十代位の明るくてスポーツマン風の精悍な士官服の若者が親しげに右手を挙げて出て来た。
「亜里砂殿、久しぶり覚えておいでか?」
「あ、貴方は確か・・・・」と亜里砂は名前が出てこない。ド忘れした。顔は覚えているんだけど・・って顔で黙ってしまった。
出て来た騎士は『しょうがないヒトだ』といった苦笑いの表情で
「フラグ隊長の副官でダイサンゲンですよ。」
「そうそう、ダイサンゲン!覚えているわよ。相変わらず元気ね」と取り繕う亜里砂。
「お陰様で。私だけでも元気出さないとうちの隊長の空気に押されて通夜みたいに成ってしまうので。」
と精悍な騎士は今度はトワイライトに親しそうに笑顔で敬礼をした。「お久しぶり。」
ダイサンゲンの挨拶は体育会系に近く聞いていて爽やかさが有る。
見た目はトワイライトと同年代に見えるが、トワイライトの方が年下。ダイサンゲンとはレイアード家の『お家騒動』の時も手助けしてくれた親しい旧知の仲で身分を知っている。
トワイライトとシェイクスオードとも気が合い仲良く成ってお互い、敬語無しの友達付き合いと言い交わした仲。
久しぶりでつい挨拶の後に、つい冗談半分で「閣下」と着けそうになったが飲み込んだ。
その冗談を言いたくなったが、トワイライトは貴族扱いされるのを嫌っている事をダイサンゲンは知っているからだ。
トワイライトは「なあ、ダイちゃんその名前、今一度聞くがあなた転生者じゃないのか?」とニヤニヤしながら聞く。
「ライト、何度も言っているじゃないか、『違います』って、どうしてそう思うんだ?」
「うん。何となく・・お前の(名前:『この部分は言葉に出さない』)優秀さに会う度に思うんだ。」とトワイライトは誤魔化すのが下手なのだが
「へー、褒め言葉と受け取っておきます。それで、そちらは?」とダイサンゲンはトシゾウ達の方に目線を遣りながら聞いた。
応えたのは亜里砂でトワイライトは今回少し遠慮気味
「此方はヒシガタ トシゾウさん」とトシゾウの方を手の平を上に向けて示し紹介した。
「土方だ、土方 歳三です。よろしく」トシゾウは訂正し、挨拶した。
どうやら亜里砂は幕末の歴史や新撰組に元々興味が無く会うまで土方歳三を全然知らなかったそして、麻雀もやった事がないのでダイサンゲンと言う言葉に馴染みがない。
「ポルトスさんとマヤさん」と続いて紹介する。ちなみに亜里砂にとって何所のポルトスか、まさか三銃士のポルトスと知らない。イケメンのポルトスだとしか思っていない。
ポルトスは「チーッス」と指に二本を立てた状態で軽く敬礼に似た感じに右手を挙げた。
マヤは軽い笑顔で会釈した「よろしくお願いします。」と。
一通り自己紹介が終わってダイサンゲンは身を翻して
「では隊長の所までご案内いします」と5人を案内しだそうと先導する。
歩き出して間もなくトワイライトは歩きながら先頭のダイサンゲンに
「ダイちゃん、商人の納品クエストがあるんだが食料庫に先に案内して検分してくれないか?」
「え?また食料運んできてくれたんですか?助かる〜(嬉)」とダイサンゲンは『ポジティブ・サプライズ』(嬉しさの混じった驚き)の顔で振り返りホッとしたという言い方。
その表情を見ていた亜里砂は”やっぱりダイサンゲンは可愛い。名前は少し変だけど”と嬉しそうな顔。
亜里砂はいつの間にかさり気なくダイサンゲンの側で歩いている。
「では馬車は何所に止めています?兵に運ばせますよ。」とダイサンゲンは申し出るが
「いや、全部アイテムボックスに入っている。倉庫に行って置く場所を示して呉れればいい。フラグに会いに行ってからまた倉庫行くのは手間だからな」とトワイライトは珍しくアイテムボックスの事をこの男には隠さない。
ダイサンゲンもトワイライトと亜里砂が『勇者』と供に戦った『英雄』であることを知っているからである。
因みに『勇者』と『英雄』は『アイテムボックス』を持っている事も知っている。
「そうゆう事ですか、なら先に倉庫に案内しますね」とダイサンゲンは食糧貯蔵庫に案内した。
食料貯蔵庫の付近には料理人達が忙しそうに動き回っているが、料理長にダイサンゲンは話しを付けて「私が良いと言うまで食料庫は誰も入れないでくれ」と頼んだ。
そしてダイサンゲン、亜里砂、トワイライト、トシゾウ、ポルトス、マヤの6人は倉庫に入った。
倉庫は広い広間のようになっていて、広さを確保する為に支柱が何本も立っていた。その広い部屋の端の片隅に残り少ない食料の麻袋が積み上げられていた。
「ほぼ空じゃない、あなたちゃんと食べてるの?」と亜里砂の口からダイサンゲンの身を案じる言葉がでる。
「ああ、何とかな。毎週到着する兵糧だけじゃ足らないので北西にある森で獣を狩る事が多くなったが結果はイマイチ、まあ少し飢えながらだが何とかやって来ました」とやせ我慢しながら凌いでいるようだ。
「ダイちゃん何所に置けばいい?場所を言って」とトワイライトがニヤニヤしながら話しに割ってはいる。
ダイサンゲンは貯蔵庫の左半分を示して「こちら側に置いてくれれば」と言う。
トワイライトと亜里砂が相談して、亜里砂とマヤ、ポルトスの『アイテムボックス』に持っている交易品の食料を出す事にした。
トワイライトが「食料はちゃんと種類毎に小麦、大麦、ライ麦、ジャガイモやニンジンとか、纏めて置く様に、あと何を出すか掛け声掛けようね、後ダイちゃんは出してる間に数の確認頼むよ。」
と言われて、亜里砂とマヤ、ポルトスは次々に『アイテムボックス』内の食料品を種類毎に積み上げていった。
『アイテムボックス』への出し入れは大きな酒樽であっても、ティッシュの箱を掴んで動かす位の労力しか掛からない。
そして『アイテムボックス』は持ち主の魔力値の大きさによって広さが追加される。
つまり個人のステータスの魔力の値が大きいトワイライト、亜里砂、トシゾウはステータスの魔力値が高いので容量も特大なのである。
出す作業も簡単なのでスンナリ作業も終わった。食料貯蔵庫の七割が食料で満たされた。
殆どが亜里砂の『アイテムボックス』に入っていた食料だ、流石に『召還英雄』の魔女だけあってアイテムボックスの容量も半端なく大きい。
亜里砂はオガミ領でトワイライトの食料取引スキルを活用して更に『特別追加発注書』(再度交易品を購入する権利を得る)なるアイテムも駆使して交易品の食料を目一杯まで買い込み溜め込んで来た。
無論、クエスト発注者のフラグ・ガードの副官ダイサンゲンの喜ぶ顔が見たかった為である。
亜里砂の持ち分全部を出し切って食料貯蔵庫が大方満たされた光景を見てダイサンゲンが
「こんなにくわえ込んでたんですか?ウワバミみたいなヤツ(笑)」と横にいる亜里砂に感嘆の言葉を贈る。
「それはちがうんちゃう?、か弱く美しい妙齢の女性が大量の兵糧を運んできたのよ、美の女神様とか豊穣の女神様ってお褒めの表現が合ってません事?」久しぶりに出た亜里砂のドヤ顔。
「表現ですか・・。私が亜里砂を表現するなら・・・思い浮かぶ場面は酒場で蜷局を巻いて酒をがぶ飲み、そして周囲の冒険者を巻き込み酔い潰してまわる当に『酒場のウワバミ』」
とダイサンゲンが言うと少し距離を置いて見ているトシゾウとポルトスが
”よう知っとる”心の中で表現を肯定して笑いながらウンウンと揃って頷く。
「それは過剰表現ですわ」と亜里砂は苦し紛れで誤魔化す。
「しかし、お陰で助かったよ。予算はあるんだが現物の食料の入手が困難になっていたんだ。倉庫もほぼ空だったから、食事に制限を懸けて出していたぐらいだ。コレだけあればで一息付けるよ。有り難う」
と亜里砂に笑顔で礼を言うと、亜里砂も嬉しそうに微笑みながら
「どう致しまして」
と仲の良さが滲み出る遣り取り。
トシゾウもポルトスと顔を見合わせて”仲間の恋路が上手く行っているのを見るのも微笑ましいな”と口元が緩む。
「取り敢えず、クエストの納品量の3倍ですね。『アイテムボックス』の容量すげーな。経験値ボーナスに追加は無いですが、報酬金額で追加の2倍相当分は我々が払いますね。」
とダイサンゲンは数量を確認した事を宣言した。
ダイサンゲンはトワイライトが皆と一緒にいない事に気が付き姿を目で探した。
納品した食料の山の端に何やら『アイテムボックス』から取り出して置いている。
「ライトさん、何してるんすかー?」
「ああ、ディンバ産の肉料理一杯仕入れてきたんだ、それも置いとくよ。」と50樽並べている。
「おお、名産のヤツですね。有り難う御座います。兵達も喜びます。」とダイサンゲンは笑顔を絶やさない。
「勿論、名産品の代金はちゃんと頂くよ。」とタダじゃない事をトワイライトは告げる。
「ええ。商売が成り立てばまた美味しいモノ仕入れて来て呉れるのが商人ですよね。また頼みます(笑)」
「まいど有りー」とトワイライトは笑顔でお辞儀する。商人の気風が濃い。
ダイサンゲンは優しい表情で名産の肉料理を詰めた樽の一角を見つめながら話しを続ける
「ココは南方の蛮族どもの襲来を防ぐ拠点じゃないですか、王国の命運を握る拠点。なので予算は潤沢に有るんですが、只この地域は去年、一昨年と二年続きの凶作で、現状は兵糧の確保に大変苦労しています。予算が有っても物が無いので食料の値段が上がる一方です。
周辺の枝城・砦も含めて三万七千の将兵の胃袋がこんなに凄まじいモノだって事をこんな時に思い知らされましたね。」
まさか蛮族よりも日々の食料の消費量に苦しめられる事に成るとは思ってもみなかったダイサンゲンは心の重荷が減って体が少し軽くなった心地で食料貯蔵庫を後にしてトシゾウ達を隊長の所に案内しだした。
廊下を歩いて案内しているダイサンゲンの横に亜里砂が並んで歩きながらお喋りをしている。
「私も商人を始めたのよ」
「おおそれは良い、また食料一杯積んできて欲しい」と二人は楽しそうに他愛もない話しをする。
亜里砂、ダイサンゲンの二人の少し後ろを歩くトシゾウ、ポルトス、トワイライトは顔を見合わせニヤニヤしながら、亜里砂が何故急に商人をやると言いだしたか分かった様な気がした。
そんな亜里砂の久しぶりの幸せを暖かく見守りながら一行は隊長フラグ・ガードの居る騎士団事務所に通された。
事務所は8メートル×12メートルの大きめな部屋で入り口から向かって正面に大きな窓があり外の光を一杯取り入れていて明るく部屋の中は20個の机と椅子が機能的に並んでいる。
部屋の中の事務員達は仕事をしている者、お喋りをしている者、休憩している者様々だが、皆一様に鎧ではなく布製の半袖の制服を着用している。この地域は気温が高いので涼しい格好をして仕事をしている。
「隊長、トワイライト様と亜里砂様がお越しです」とダイサンゲンは報告する。
部屋の中で仕事をしている事務員の中の一人が顔を上げ入り口の方を「はぁ?」と返事しながら見る。
見ればその一人だけ制服の形式は同じだが色が違いこの集団の長である事が伺えるが、モッサいしょぼくれたオッサンで元気・覇気が感じられない。
無精髭は伸びていて髪もバサバサで制服もヨレヨレ、まるで徹夜の残業が数日続いた徹夜明けのサラリーマンのオヤジって表現が妥当な男がトワイライトと亜里砂の方を向いて右手を挙げて
「おお、久しぶりだな」と元気が無く疲れた声で言う。
亜里砂もトワイライトも手を挙げて応じる。
その横に居た副官のダイサンゲンが
「商人の配送クエストで食料を届けてくれました。納品と数量の確認は私が済ましておきました。コチラに完了印をお願いします」
ダイサンゲンはクエストの用紙を5枚隊長の机に差し出し、少し離れた机で事務仕事をしている財務担当の事務員に追加報酬の金額を指示し用意させた。
隊長のフラグは言われるままに5枚のクエスト用紙にスタンプを『バンバンバン』と押し
「はい、ご苦労さん」とクエスト用紙の束をトワイライトに渡した。
ダイサンゲンは金貨が一杯詰まった追加報酬の金袋を亜里砂に渡し
「有り難う御座います。またお願いしますね。」と笑顔を向ける。
亜里砂の方も好きな男性の笑顔が見られてとても嬉しい様だ。受け取った金袋は直ぐさま金庫番のマヤに渡した。
疲れた冴えない顔のフラグが改めてトワイライトに向かって
「今日はこの町に泊まりか?」と問う。
「ああ、何時もの宿屋だ。じゃあまた後で」とクエスト用紙を持った手を軽く挙げて応えると同時に出口に向かって歩き出した。
「分かった。勤務が終わったら行くよ」とフラグ隊長は友の退出を生気の無い視線で送り出す。
トワイライトに続いてトシゾウ、ポルトス、マヤと続き最後に亜里砂が名残惜しそうに部屋から退出する。
廊下を歩きながらトシゾウが「元気のない指揮官だな。アレでは士気が下がるだろう」と率直な感想。
ポルトスは「うん」と応えながらも少し口元を綻ばせて「しかし、中々の手練れで只者じゃないと俺の勘がささやいている。」と面白そうに言う。
トワイライトは我慢出来ずに会話に参加する。振り返らずに歩きながら
「あれで、戦場に出たらスイッチが入って人が変わる。前線で暴れ回って手が付けられん。本人は死に場所を求めている節はあるが、中々死ぬ様なヤツじゃない。」
「フン」とトシゾウとポルトスは鼻で笑う。
「んで、副官達が優秀でな、隊長が暴れ回って開けた穴に精鋭を送り込んで敵陣を崩壊させてしまう。コレがまた巧妙なんだ。普段の業務にしてもあの副官の他5人の優秀な副官で余裕で回しいるから隊長があんな感じでも全く問題ない。」
「へー」と感心しながらトシゾウは”その戦い見てみたい”と好奇心がジッとしていない。
「まあ、フラグの成れの果てってやつだ。昔は違ったんだけどねぇ」
とトワイライトは漏らす。
「旧知の仲か?」
「ああ、元勇者パーティの接近戦アタッカーで戦い方はポルトスに近いな」
ポルトスは「ほう、ヤッパリか?」と嬉しそうに言う。
「うん。昔は元気すぎて部下達がなだめるのに大変だったらしい。良いヤツなんだ。」
とトワイライトは一旦言葉を切り間が空く。その間に哀愁が感じられる。
「勇者パーティのアタッカーで『英雄』、そして先代『勇者』の元彼だ。」
「元彼?」とポルトスの野次馬根性が頭をもたげる。
「元彼?」とトシゾウはその単語を知らない。
「その『勇者』は女だったのか?」とポルトスは嬉しそうな顔。『他人の与太話は蜜の味』と顔に書いている。
「ああ、先代の『勇者』は女だった。(フラグは)婚約までしていたのだがな。」
とトワイライトは前を向いて歩きながら背中越しに喋っている。
「って事は逃げられたのか?冴えない奴だなー」とポルトスはこんな話しだと活き活きとしだす。
「いや、死んだ」とトワイライトは一瞬立ち止まり左斜め下に視線が移りボソっと答える。
「えええー!」とポルトスは口が左右に伸びた横線で目は一杯に見開く驚き顔。
マヤはビックリした猫の様な表情。
トシゾウは与太話と聞いてたが、話しが一変して『ブッ』と吹き出す。
気不味い空気が漂い気温が数度下がった気がした。
マヤはボソッと「元彼って・・それ、『男やもめ』って言わない?」と人知れず突っ込む。
「・・・・・。」トワイライトはまた下手な話し方をした。偶にある。
次回からトシゾウ達の冒険者としての活動が始まる予定です。
私の個人的な妄想ですが、ジャニーズの俳優東山紀之が中村主水の役をやっている新・必殺仕事人を見てみたい。嵌り役だと思うんです。
仕事人出陣の時に真夜中の道で辻から中村主水姿が現れる。緊張感はあるが無表情で斜め前の視線からカメラ目線に代わる。
そのシーンを東山紀之にやらせるとメッチャしぶいと思うんです。
ああ、見てみたいなあ。