【010】祝勝の宴会 その1
「」は台詞。””は思い・心の中の台詞。『』は名称・擬音・その他
『モンスターの大行進に勝ってその後の報償等を支払、打ち上げ宴会がありました。』
普通の異世界転生小説ならこの一行・一文でサラッと通るのでしょうが、その一行に一話を費やしました。
一行では書かれない、参加して頑張った兵士・冒険者たちにはほっと一息ついて楽しいひと時を過ごして欲しいので、敢えて書きました。
山登りのサークルやソフトボールのイベントの後、風呂で汗を流して皆で居酒屋に入ると凄く楽しい。そんな楽しいひと時をトシゾウさんにも・・・。
同月同日グッドカルビバッファロー(大牛)・ワイルドボア(大猪)の突撃が始まる数時間前。フローレンスランツ王国の王都ラフレシアの王宮その国王執務室で朝の会議があった。
足下には赤を基調にして様々な花が描かれたフカフカの絨毯が轢いてあり、その上に大きな机と豪華な椅子に座った王冠を戴いた国王が座り机越しに臣下の大臣から何かの報告を聞いて、今後の対策を話し合っている。
「うーむ。申していた話しとはまるで違うな。」
「はい。何処から情報が漏れたのか・・・。衛兵が到着した時には既にもぬけの殻、容疑者シェイクスオードめは逃走した後でした。捕り逃がしまして誠に申し訳御座いません。」5人いる臣下のうち中央の一人が一歩踏み出した位置で国王陛下に申し開きをしている。
やや大柄で筋肉質の整った体型で宮中用の軽装鎧に身を包んではいるが、剣や盾は帯びておらず兜も脱いだ状態。武官の様だ。
話の内容からして王都の警備・防衛・治安維持を目的とした『王都守備隊』の隊長と想われる。
「この王都ラフレシアで捕まえていれば、『殺しても良し。活かしても良し。どちらにでも使い道が有る』と、その方等が言うからその話し乗ったのじゃが、何たる失態じゃ!」
と国王は不満を露わにする。
5人並んだ右端の高価な司祭服のアルバを|纏≪まとい≫穏やかな口調で
「畏れながら陛下。」とアルバを着た高位司祭のタベラ枢機卿は話しを続ける
「何だ申してみよ」と国王は発言を許可する。
「『勇者召還』に際し勇者と、勇者を助ける英雄最大で十二名まで召還の可能性が有ります。最大の十二名は記録に一度有りましたが、多くの場合は六から十名が殆どです。そして、勇者や英雄が存命である場合その数が召還数から減ります。」
とタベラ枢機卿は丁寧に説明する。
国王は相づちを撃ち「それは以前にも聞いた。」
「ですので、『英雄』の称号を持ち非協力的なシェイクスオードは是非とも処刑して頂きたかった。」とタベラ枢機卿も守備隊の隊長の失敗を遠回しに避難する。
「申し訳ありません。数日余裕を持たせる為に早目に捕縛に動いたのですが・・・。」と守備隊長は苦しい言い訳。
「だが、逃げられた。」ときつめの口調のタベラ枢機卿は自分に避難の矛先が向かない様に他者に対して強くでている。
「ですので、追っ手・追討隊を即座に派遣し後を追わせました。優秀と評価の高いラスパ隊長の二個大隊(二千人)を派遣しました。」
国王はその名前に覚えがある様で「最近入った者の中では優秀と余の耳にも聞こえておったぞ。その者が『勇者召還』の術の有る前日に追い付いたとも聞き及んでいるが。」
と王様はその話の続きが知りたい様だ。
守備隊の隊長は胸に右手を当てお辞儀をして「その後を報告させて頂きます。」と奏上した後に、姿勢を戻し報告を始めた。
「調査隊を派遣し調べました処、『勇者召還』の前日の夕刻三号大街道のミナブ野営場付近で捕捉し、その先シェラ野営場にかけて激戦が在った模様です。
その激戦で流された血の臭いを嗅ぎ付け近隣の魔物や妖魔が双方に襲いかかったと推測されます。」
と守備隊の隊長は手帳を出して内容を確認しながら報告した。
守備隊長は国王陛下がこういった戦記報告や物語が大変お好きである事を知っているので、話しに付いてこれる様にユックリと、物語を話す様な感じで喋った。
「ほお。」と国王は物語や戦記物語を聞く様に目を輝かせ聞き入る。あまり趣味・娯楽が少ないのかこういった話しには食い付きが良い。
「三号大街道のミナブより手前の町で情報収集をした結果、酒場で『移動中だった冒険者』が『激戦で追討軍が押している最中に妖魔や魔物の群れが襲いかかり両軍ほぼ壊滅』の惨状を見たとの証言が有りました。」
守備隊の隊長は一旦話しを切り、一息措いてから
「交易所でも別の者から三件、よく似た内容の事態を見たとの証言が得れております。その後現場の野営場付近には妖魔をはじめ魔物の群れが多く居座っていました。腕に自信のある優秀な斥候を放ち調査させました。
ミナブ野営場からシェラ野営場にかけて遺体の一部、装備品、馬車の残骸等が確認されています。そして衝撃的な事が確認されました。」
と守備隊長はもったいぶる。
「ん?何が有った?」と国王陛下も守備隊長の話術に機嫌良く乗せられている。
「はい。追討軍のラスパ隊長が着用していた特注で高価な皮鎧を身に着けたゾンビが発見されました。」と声のトーンを落として報告する。
「なんと!!、うううむう。」と驚きの事実に国王陛下は話しに引き込まれる。
「あと、我が王国軍軽装式鎧を着けたゾンビ・スケルトンが大多数居たとの報告もあります。現在三号大街道のミナブ野営場からシェラ野営場にかけて二千数百の魔物や妖魔・不死等が徘徊・居座っています」と報告にあった事実を守備隊長は述べ目で国王陛下の判断を仰ぐ間を取った。
国王陛下は事実を元に推理されて
「ううむ。その報告が真であるなら、ラスパをはじめ二個大隊が壊滅アンデット化したと考えるのが妥当であろうな。だが優秀な指揮官と聞くぞ、タダで壊滅したとは考えにくい。」
と見解を述べる。
「御明察恐れ入ります。入手した情報ですとシェラ野営場での激しい戦いの中で、魔物の群れと妖魔に襲われて双方共倒れ。被疑者のシェイクスオードも行方知れずになったとか・・。」
「やはりそうであったか・・。」と国王陛下は自分の推理に近い見解が有ったので納得。一呼吸置いて
「ラスパの損失は痛いが、生き残りの英雄の抹殺は成功したとみていいのだな。」と念を押す。
「はい。ラスパ隊長でさえ命を落としたあの情況で万が一にも生き残るとは思えません。遺体の確認はしていませんが、今頃魔物の胃袋の中かと・・。」
と守備隊長の感想と私見を申し上げた。
「『召還の儀』に間に合ったのならよい。調査の件も大儀である。下がって良いぞ」と国王も納得の様子。
一礼をして守備隊の隊長は正面のドアから執務室を退出した。
退出した瞬間造っていた涼しい表情がストレスと緊張で崩れてクタクタの表情になり、報告の無事通過で胸を撫で下ろした。
今回は王都から被疑者シェイクスオードを取り逃がした事、ラスパ隊長はじめ二個大隊を失った責めを問われると覚悟をしていたので、『お咎め無し』は大成功を収めたと言ってよく”よっしゃ!!”と心の中でガッツポーズをしていた。
王の執務室の中では話しはまだ、続いている。
今回の『勇者召還』で現れる勇者と英雄の数は五名と期待されている。
シェイクスオードが死亡したと仮定して前回の『勇者召還』で七人が勇者パーティのメンバーだったので、一番高い確率の数字は合計で七名。
生存している英雄は引き続き新たな勇者を助け補佐する『英雄』の称号が与えられる。生存者数の2を引くと五名新たに勇者・英雄が現れると期待されている事を確認した。
内訳として死亡者は、勇者歩美、英雄ではビショップのカルロス、重戦士のシェイクスオード(推定)、魔女の亜里砂の五名。
生存者は第四騎士団長のフラグガード卿、そして元勇者パーティの『ローグ』職(名前は不明)の2名である。
名前も知れず得体の知れない元勇者パーティの『ローグ』は大変邪魔なのだが手懸かりがない。
フラグガード卿は騎士団長として王国に貢献しているので此からも忠勤に期待する。
そして新たな勇者・英雄の五名は王立アカデミーで強化・教育後に王国が抱えている戦争に投入し早期決着・勝利に貢献する働きを期待されている。
そしてクルズ経済産業大臣から今抱えている戦争の戦場に送る兵糧および王都から東の地域の食糧不足が深刻化していていると問題を告げられる。
敵国に接している東部で作物の出来が悪かった事も有るが長期にわたり隣国との小さな戦闘が頻発している不安定な場所であり、食料・医薬品・日用品が長きに渡り高騰している。
当初シェイクスオードを王都で捕縛出来ていれば、謀反の疑いをかけて、領主のオガミ伯爵を息子の弁明の為に上京せよと呼び寄せてから親子共々処刑する。
その後、ラスパ二個大隊を派遣し領主不在のオガミ領を接収する筋書きであった。
なかなかエグイ謀略を用意していた様だ。
この謀略を立案したのはタベラ枢機卿(宗教大臣)とクルズ経済産業大臣の共同策である。
グレイ州オガミ領と言えば王国内トップの穀倉地帯でクルズ経済産業大臣としては、此所を国王の直轄地に出来れば戦争に掛かる兵糧を差し引いても尚、大量の穀物が残り国内の全ての食糧問題が一気に解決出来ると試算した。取らぬ狸の皮算用である。
一方タベラ枢機卿(宗教大臣)はオルテ教団のトップクラスのエリートで信仰も篤く知性も豊か。
実績もあり人望も厚いく紳士的な人柄なのだが、オルテ教の傾向として亜人への偏見・差別が強いという特色が有りその部分が色濃く出ている。
オガミ領はオルテ教とは距離を置き、亜人等の移民・難民を受け入れ保護している。タベラ枢機卿としては気に食わない。一言で言えば『気に食わん!虫ずが走る。このバチ当たりが!!』だそうだ。
オルテ教の神様は商売繁盛の御利益もあり、クルズ経済産業大臣とは気も合う様だ。
良好な関係である二人、クルズ経済産業大臣はオガミ領の産出する潤沢な穀物と穀倉地帯が欲しい。タベラ枢機卿は亜人達を保護し、オルテ教と距離を置くオガミ領は鬱陶しくて仕方がない。
両者の方向性が一致し、シェイクスオードに謀反の疑いを掛けて捕縛し、親子揃って抹殺し、お家改易・領地(穀倉地帯)接収の筋書きを立てた。
結果はシェイクスオードにはまんまと逃げられ、捕縛・領地接収の任務を与えて送り出したラスパ二個大隊は壊滅しシェイクスオードの行方不明・推定死亡の報を以て此の問題は頓挫した。
王国側は二方面に敵国と接し戦争状態のまま膠着している。その二カ所に国内の騎士団の殆どが張り付いており、動ける部隊は無い。
そして、一年前に急遽新設した二個大隊が壊滅したので事実上王国に動ける兵無し。
国王はこの二人の密約を知らず、オガミ辺境伯には何の遺恨もない。
「其所までしなくて良いだろう」との姿勢である。国王としては前線の兵や騎士達に送る兵糧の事の方が気になって仕方がない。
議論の結果、国王が親書を出す事になった。内容は大まかに
『臣下の一部がシェイクスオードに謀反の疑い有りと騒ぎ立てている。謀反が根も葉もない噂ならば忠義を示せ。現在一番の王国への貢献・忠義は前線と王都の食料不足の解決。
この問題に対処・貢献するならば余は辺境伯の忠義有りとして、謀反の疑い有りと騒ぐ輩から卿を擁護しよう。忠義を示せ』
とまあ、『討伐されたくなければ食料を出せ』と言う事だ。
王国側には既に討伐に動かせる兵も無く『紙一枚で食糧が手に入るなら安いものだ』程度の認識。
タベラ枢機卿は、直ぐにでも討伐するべきと言うが、無い袖は振れない。国王の親書を送り様子を見る方向で決着。
だが、オガミ辺境伯爵が拒絶して徹底抗戦の構えを見せた場合の食料の当てが外れる。
その場合に備える必要が有ると進言する。
国王も「そうよ、のぉー」とその場合は困ったと同意する。
タイミングを見計らってクルズ経済産業大臣が「妙案が御座います。」と進言する。
内容は、商人ギルドを通して大量の食料移送クエストを乱発する。内容はグレイ州付近(オガミ領付近の穀倉地帯)の安い食料を大量に買い付けて戦場の騎士団や王都に納入させる。
成功報酬等多少高めに設定しても高騰している地域で購入する事に比べれば安く済む。
問題は三号大街道が魔物達に封鎖されており輸送ルートを工夫しなければ成らない事ぐらいである。
「このクエスト乱発はオガミ領からの食料が届かない場合の保険です。」と国王様に進言し難なく了承された。
併せて部隊の新設も検討する事になった。
その次の議題が王宮の西の広間に極大魔法の『勇者召還』の為の魔法陣が描かれていたのだが改ざんされていた痕跡が有る事を宮廷魔導師の長から報告があった。
召還が成功すると王宮の西隣にある王立アカデミーの大広間に勇者や英雄が現れるはずだったのが、改ざんにより西方数十マイルの彼方に落着した。
その場所は前日にシェイクスオードの撤退部隊とラスパ二個大隊の激戦が有った付近なのである。
(実際には『勇者召還』が行われた当日に戦闘があったのだが、報告では一日早く戦闘があった事になっている。)
落着した場所と周辺の有事の情報を併せて分析すると、
『激戦跡地で、魔物と妖魔が溢れているシェラ野営場とミナブ野営場付近に勇者一行は降り立ったと』と結論付けた。
国王と大臣達は「選りに選ってソコか?」と絶望の溜め息をそれぞれが漏らした。
例え勇者・英雄と|雖≪いえど≫もレベル1で更に装備も充分ではない状態で魔物の群れに立ち入ったなら余ほどの幸運がない限り食い殺される事は解りきっている。
例え勇者・英雄であっても始めのうちは其れほど強くなく育ってこその勇者・英雄なのである。
重い雰囲気の中で他の大臣から報告があった。
「四号大街道の沿線の町スクワから勇者と思しき人物の冒険者登録が有ったと報告がありました。」
「おおお。」と一同嬉しいサプライズの感嘆を挙げた。
国王も「でかした。コレは吉報じゃ」とはしゃぎ気味。
激戦のあった三号大街道のミナブ野営場付近から結構遠く南に山を2つ越えて十数マイル南下した小さな町スクワ。
丁度四号大街道の沿線で一応穏やかな町である。
鶴の一声ではないが王様の一声「早急に迎えを遣りアカデミーに連れて参れ」が掛かった。
「ははぁ」と大臣の一人が一礼をして急いで退出した。
王様はホッとした表情で溜め息を突き、
「これで何とか成れば良いが、余は疲れた。進展があれば報告せよ。」と言い会議は閉幕した。
国王と大臣達は『勇者召還』で召還した勇者と英雄をアカデミーで育て、復活が予定されている魔王を討伐するよりも、今抱えている隣接国との戦争に勝つ為の戦力。戦争の道具として使おうと予定しているのである。
所変わって王国内西方グレイ州オガミ領のミコライウ周辺の森の中。
丁度モンスターの『大行進』の首領が討ち取られたところである。
トシゾウは目の前に横たわるミノタウロスの横に手から離れた『御旗』が転がっている。
気になって持ってみる。
”コイツには嫌な思い出がある”と心の奥底に湧く思いがあるが、嫌な思い出が何か思い出せない。むず痒く苦々しい。
手に持った『御旗』を微妙に苦い目で見るトシゾウにトワイライトが声を掛ける。
「人間が持ったところで、何の効果も無い。装備不能。潰したところで勿体ないだけ。特定の魔法道具の材料に成るらしいんだ。だから俺も3本持っている。持ってたら?」
トシゾウはトワイライトの言葉とは別に思い出せそうで思い出せないジレンマに飽きて
「まあいいや」と気持ちを切り替えて『御旗』をアイテムボックスに仕舞った。
改めて周囲を見渡すと多くの人が事後処理を進めていた。
五人一組のグループがオークの死体をロープで後方の解体屋の所に運んでいる光景が多く、一部では五人組で大牛を引こうとして動かず、小隊長殿に
「お前等アホか?五人で動く訳無いだろう。それに牛よりオークだ。オーク。オークを急いで引っ張っていけ」と言われる。
「え?なんでオーク?」と五人組の一人が聞くと
「鮮度が良いうちに捌かないと旨さが落ちたら勿体ないだろ!!」と小隊長殿もオーク肉が楽しみの様だ。
「ナルホド・・。へーい。」
と納得した五人組は近くにあったオークの骸にロープを掛けて引いていった。
トワイライトとシェイクスオード、亜里砂、ゲリー、ラー達と冒険者達は食肉に成らない虫系モンスターや小型モンスターなどを中心に魔石や素材取りを行っていた。
素材を取った残りの骸は所々にかためて置いた。素材取りなど精肉以外も大事な仕事なのである。
取れた素材は大きな麻袋に次々と放り込んでいく。アイテムボックスは使わない。
アイテムボックスは勇者・英雄限定スキルなので人目の多い所で使うと素性がばれる。
素性がバレる事でトラブルが増えて困った事が多かったので、トワイライトとシェイクスオード、亜里砂は人前ではほぼ使わない。
次々と素材を採取選別し麻袋に入れていくがトワイライトとシェイクスオード、亜里砂の採取速度が速い。手際が良い。高レベル冒険者なので当然なのだが。
ソレを横で見ていたエルフの戦士ゲリーは「手際が良いな」と褒めてくれる。
シェイクスオードも笑顔で「そうかい?褒められるのは久しぶりだ。まぁ冒険者やってたんでね、どうしても上手くなるよ。」
「なるほど!そうだな、やっぱり元冒険者だったか。俺もだ」ゲリーは親近感の篭もった笑顔で応じる。
トワイライトと亜里砂、ラーはそんなお喋りを気にせずセッセッセッセと選別と採取をこなしていく。
ラーは亜里砂の横で素材取りをしているが、自分より亜里砂の方が手数が多く仕事が早い事に気付く。
エルフの男は気位が高く、負けず嫌い。横に居る女より自分が遅いのが気に入らない。
”女に負けてられるかぁ!!”とムキに成って速度を上げるが、まだ微妙に追い付かない。
ラーが居る周辺の素材取りが終わる頃には、ラーはヘトヘトになっていた。
亜里砂はそのラーのヘトヘトの姿に好感を覚えてか、ニコリとして
「ラーさん、一生懸命頑張ってましたね。頑張る男は好感度高いですよ、お疲れ様。でも力八分目位にしておかないと体が保ちませんわよ。」
と労いの言葉を掛けて優雅に去っていく。
ラーは目が横線になり、ドッと汗と疲れが吹き出してきてしゃがみ込んだ。
そのしゃがみ込んだラーの肩を相棒のゲリーがポンと叩き
「柄にもなく全力で採取か?珍しいなへばるまで・・」と笑い混じり冗談混じり。
ラーはやっとの思いで「そっとしといてくれ」と口から絞り出した。凹んでいる。
参加者全員で後片付けをそれぞれ頑張っている。あと片付けと言っても獲物の処理・解体である。
オークの解体所までの搬送と、虫類や小型の魔物等の魔石・素材採取も大体終わった。
残りはワイルドボア(大猪)とグッドカルビバッファロー(大牛)の重量級の移送が待っている。
エルフ達が大物を仕留めた時に使う大型の台車を改良したモノを貸してくれたので、まだスムーズに運べたが、それでもグッドカルビバッファローを運ぶのに10人から15人は人手が掛かっている。
支援で参加した商人達の多くも手伝ってくれているので予想より早い。そして活気もある。
ここから時間が凄く掛かる予定だったが、支援の方の手伝いという嬉しい誤算も有ってはかどり、大豊作な肉類は余さず解体・精肉され冷蔵馬車に積み込まれて随時発車。
夕方手前の3時半頃には終わった。
最後に一本締め「よーぉ、ポン!お疲れ様ー。そして、支援の方々有り難う御座いました−!。」一応イベントは一旦終了。
「えー。続きまして16時30分迄、本陣横で、ミコライウ、ディンバ、ドニプロの三里の投資を受け付けます。7口以上の投資で名産品の買付が可能に成ります。ふるってご参加ください。」
エルフの里の出納係さんらしき初老の男性が戦場には似合わない正装でメガホンを持って叫んでいる。
その呼びかけに反応した多くは非戦闘員で支援参加をしていた商人と一部の冒険者達。
支援クエストを受けてバザーや武器の修理等をしていた商人系の方々は今からが本番。
最低一つの里で、資金に余裕があれば3つの里で投資をして名産品の購入権を確保する事が今回の主目的。
エルフの『ハーブ調味料』3種と『極旨焼き肉のタレ』3種が名産で人気商品。コレが扱えると貴族や豪商、富裕層からのその他のついでの注文も増える。
王国の貴族の多くはオルテ教の信者が多いので、生産者や生産地は伏せられている。で、実際に貴族は美味い食事を食べるだけでその食材や調味料の生産地や生産者の事には興味がない。
実際に食材に触れるのは料理人なのだが、料理人も王都周辺や東部・南部ではオルテ教の信奉者が多いので、それを扱う商人達も良く心得ており聞かれても
「私共は仲買人から仕入れてますので生産者・生産地までは解りません。ただ、どの高貴なお客様も御気に召して頂いている御様子でよく売れてます。その分値は張りますが・・(愛想笑)。」
とはぐらかして答える。
オルテ教が迫害している亜人が作る調味料と知らずに、オルテ教の熱心な信者でも「旨い。旨い。」と人気がある。
この商品は原産地が何処で入手するか殆ど知られていない。
今集まっている商人は『極旨焼き肉のタレ』の原産地を絞り込み・特定し付近でのイベントを嗅ぎ付けた勤勉さと幸運の持ち主ばかりで心の中で大喜びしている物が多い。
一方エルフの里の者達に取って、里の整備、交易品・名産品生産の投資等に資金はどれ程有っても余る事はないので、商人が集まるイベントには積極的に投資を受け入れている。
トワイライトの友人でTemperという女性商人が投資を終えて「今日のお仕事終了」
と一息着いている。
其所にポルトスが金袋を持ってトシゾウとマヤと3人でやって来た。そしてTemperに
「あのー、昨日会ったTemperさんだよね。おぼえてる?」とポルトスが声をかける。
「ああ、スノウさんと一緒にいた戦闘職の方々。」と明るい好感度の良い返事。
「ああ、良かった覚えてくれてたんだね」とポルトスが握手して少しTemperの表情が明るくなり、薄笑みが浮かんだ。トシゾウはこの『女性の無意識の表情の変化』に覚えがあるり、内心ニヤっとする。
次にマヤが普通に握手。そしてマヤの後にトシゾウが手を出し
「土方歳三です。ポルトスが投資の事を余り要領得て無くて・・」と言って最後に握手。
「Temperさん、今空いてる?」とポルトスが言う。
「え、ええ。私の用事は終わったし良いですよ。」とTemperはニッコリと協力的。
「あの昨日一緒いたトワイライトに投資して来いって言われたが、初めてで分からん。」
とポルトスが”教えて”って顔で頼む。
「トワイライトって・・・。」と名前がピンと来てない。
「あの、振られ野郎だよ。」とポルトスがポロッと口を滑らす。
Temperは『ブッ』と吹き出す。そして”そういう直球な表現どうかなぁ?・・・誰か分ったけど。”とクスクス笑いながら。
「スノウさんね。いいわ。一緒に行きますよ。」とTemperは投資の受付窓口に案内した。
Temperもポルトスに好感を持っているのだろうか、ポルトスと良く喋り楽しそうだ。
マヤもトシゾウもヤボな事はしない。ポルトスが教えて貰い、ポルトスの行いを真似している。
Temperに教えて貰いながら、トシゾウ、ポルトス、マヤは無事に投資を完了した。
トシゾウは『ディンバの里』に、ポルトスは『ミコライウ』、マヤは『ドニプロ』に投資した。
三人ともまだ商人ギルに登録してないから『商人ギルド証』がないので、領収書を出して貰った。3ヶ月以内に『商人ギルド証』を持って来たらちゃんと名産品が買える様になるそうだ。
忘れないようにしよう。
やがて投資窓口も閉まり、クエスト報酬と副賞を配りだした。副賞は部位は様々だがオーク肉でやや大き目な肉の塊。商人の方の支援クエストの方はソレよりも一寸小ぶり。
本陣付近はクエスト報告でごった返している。
支援クエストを達成報告した商人にとってオーク肉は滅多に拝める代物ではない。
半数弱の商人は保冷箱に厳重に仕舞い馬車に積み込んで一番効果的な使い方を思案する。
ある者は貴族に貢いでより良い関係を築こうと考える。ある者は市場に出せば幾らになるかワクワク妄想する。
ある者はエルフの里の投資窓口だった場所に行き、肉の加工を依頼する。オーク肉で作ったベーコンのブロック、オーク肉のフランクフルト、ハムのブロック等に出来る。
それらは保存が利く上に美味しくてたまらない。只、工賃が掛かり調理に2日ほど待たされる。
更に最高峰がある。熟成肉である。1ヶ月半熟成させて分厚いステーキで食う。多分この世界の最高峰の美味に成るに違いない。
戦闘職の冒険者は?というと。商人の支援クエストよりも大きめな肉を貰い。料理人に焼いて貰い美味しく食い、幸せに浸る予定。
冒険者という職業は何時死ぬか分からない、明日生きている保証はない。美味い物を食わずに未練を残すのは初心者位だろう。
祝勝会が近隣のミコライウの里で有ると聞くので、その時に焼い貰おうと、ミコライウの里に向かう者の列が長く続く。
オガミ家の近衛隊とゴールデン・バーボン中隊が資材の片付けを終わり、馬車に積み込みも終わった頃、|漸≪ようや≫く解体業者の食肉解体と仕分けが終わった。
ワイルドボア(大猪)、グッドカルビバッファロー(大牛)、大角鹿等が綺麗に食品になっていた。
オガミ家の特殊な馬車、氷魔法と魔石を組み合わせて調整し冷蔵・冷凍機能を馬車に持たせた、亜里砂の自信作冷蔵・冷凍馬車が25台が次々と大量の精肉された塊を飲み込んでいく。
近衛隊の隊員は黙々と肉の塊を積み込んでいくが、ゴールデン・バーボン隊の隊員は嬉しそうに、美味しそうに、食いしん坊が顔に滲み出ていながら積み込んでいる。
其れを最後に積み終わって冷蔵馬車は出発する。積み込みを頑張った近衛隊とゴールデン・バーボン隊も馬車に乗り込み随時出発。
最後に残ったのはトシゾウ、マヤ、ポルトス、シェイクスオード、ヴァネッサとミレイの6名で、亜里砂とトワイライトがいない。
トシゾウが「あれ?いない・・?」と二人を目で捜す。
シェイクスオードが「ああ、宴会場の仕切りに行ってるんじゃないか?」
「宴会場?」トシゾウとポルトスは何の事か理解出来ないで聞き返す。
「ああ、こういったイベントの後は祝賀会とか、戦勝会、反省会と題して宴会を開く事が多いんだ。参加者の慰労と交流、後は戦場の跡地に人を残さない為にね。」
とシェイクスオードは戦場の跡地を眺めながら言う。
戦場だった場所には解体し素材採取の終わったモンスターの死体を集めた山、肉を取って残った内蔵や骨食べれない部分を積み上げた山等が幾つも出来ている。
トシゾウは「あー、ナルホド。暗くなったら血の臭いを嗅ぎ付けて魔物や妖魔が集まってくるんだな。」
ポルトスも言われて思い出し「おお、ほうほう。そうだったな」と理解した顔。
「じゃあ、俺達も行くか。」とシェイクスオードが頭の先を馬車の方向にクイッと傾けて馬車に乗っていこうと促した。
全員馬車に乗ってシェイクスオードが御者席に着くと横には小型犬のそらちゃんがお座りして「はっはっ、はっはっ」と息が荒く『俺も肉を食うぞ、早く食いたいぞ』と言っているように落ち着かない。
一行は程良い疲れと馬車の揺れでウトウトと気持ちよくまどろみながらあっと言う間に『ミコライウ』の広い入り口駐車場に到着した。
隣のとても広い入り口広場では既に会場の設営が始まっていた。
亜里砂はセイロンから届いた保冷馬車十五台の駐車位置を指示してその前にエールとビールのサーバー(ジョッキに注ぐ部品)を設置していた。
その後他の兵達と共に机と椅子の配置を頑張っている。
トシゾウ他5名は到着して直ぐに亜里砂が他の兵達とテーブル・椅子などを並べて頑張っているのが目に入った。「あ、居た居た。」と皆ニコニコが顔に浮かんでいる。
次にトワイライトを探すが見あたらない。6人全員でキョロキョロしている内にマヤが小型犬のそらちゃんを抱っこして『高い高い』する様に両手で頭上一杯まで持ち上げて
「そらちゃん、お兄ちゃんさがしてー」って下から声を掛ける。
パピヨンに似た小型犬のそらちゃんは鼻をクンクン言わせ、辺りを見渡し少しすると前方やや右手の方向に向かって『ワンワン』と吠えた。
マヤ以外の5人はその方向を向いて探すが人が多い。
ヴァネッサとミレイが目を線にして遠目で見ながら「あ、居た。あっちの奥。」と見付けた。流石弓や森の中での斥候が得意なエルフ族は目が良い。
マヤはそらちゃんを地面に降ろしてから6人はそらちゃんが吠えた方向に歩き出した。勿論、設営・会場の準備の邪魔はしない様に所々迂回して進んだ。
会場の奥の端、調理施設のスペースに居た。
作業机にエルフのおばちゃん二人と一緒に座ってこぶし大の牛肉の塊にナイフで『#』状に切れ目を入れてから鉄串に刺していく。
牛肉、野菜、牛肉と交互に刺しほぼBBQ用の刺し方である。
横に座って作業しているエルフのおばちゃんとお喋りしながら刺し終わった鉄串をテーブルの真ん中に置いてある小型の樽に突っ込む。
小型の樽は人間の腰から肩位の高さで、幅は両手で輪を作った位の大きさ。中に三割ぐらいまでタレが入っていて、肉と野菜が刺し終わった串を其所に突っ込んでタレに漬ける。
串を樽に入れれば入れるほどタレの水位が上がり、串が一杯になるとタレも一杯上まで上がっている。
「あなた、若い割に料理上手そうねー、良い旦那になるわ。」
とお喋りをするおばちゃん。トワイライトはそんな他愛のない話しも嫌じゃなくニコニコお喋りを楽しんでいる。
横のテーブルには猪肉で串を作っており、猪肉用のタレの入った漬けダルに入れていく。
そんな調理をしているテーブルが一杯出来てて活気に溢れている。
今日のイベントの後に宴会が有ると聞いて周辺のエルフの里から村人総出で宴会の手伝いに来ている。勿論村長の号令もあっての事。
肉串が一杯入った樽は集積所に集められて三十分タレをしみこませて、次に焼き場に持って行ってジックリ焼く。
焼き場でゲリーとラーも真面目に火でBBQ串を焼いている。肉が焼けて『ジュウジュウ』音をたて肉汁や脂がしたたり落ちている。焼いていてゲリラも腹が鳴り出した。
トワイライトがやって来て「火は確り通して下さい。衛生管理が充分じゃないからレアはダメ。ミディアム以上で。お願い。確り火を通したら菌やウイルスは滅菌出来るので。生焼けはだめよー。」
と一通り何度か大きな声で説明する。気の良い奴等は片手を挙げて『了解』の意志を示す。
近くにいたゲリーもラーも「OK」と了承。
肉とタレの焼ける臭いがもうもうと立ちこめ、辺りには良い臭いが漂う。入り口広場にいるみんな臭いで余計に腹が減った。
日も傾き斜めからの日光。少し明るさが落ちてきて、入り口広場の中央で太い木で組んだキャンプファイヤーに火が入り燃えだした。
まだチョロチョロの火だが、焚き火・キャンプファイヤーの火が好きな者は多く、火を見ている者の表情は無意識に緩んでいる。
キャンプファイヤーからやや距離を置いて囲む様に長机と椅子が並んでいて、机にはパンとスープが大皿と鍋で置かれている。
更に出来上がったあつあつの肉の串焼きが盛られた皿が次々にテーブルに配られていく。
タレを吸って良い具合に焼かれた串焼きの肉の魅惑の臭いが、目一杯体を動かし腹を空かせた者達の空腹を加速させる。
テーブルに出来立ての串焼きを盛った皿が載っていくに従い、魅惑の旨そうな臭いが会場に満ちていく。
「そこの前の4つのテーブル以外は誰が座ったって良いよ。手の空いてる人は串焼きの大皿が載ったテーブルに座っていって呉れる」
と大きな声で亜里砂が手が空いて遠巻きに突っ立っている者達を捌きだした。
その亜里砂にトワイライトが声を掛ける
「亜里砂、串焼きのメドが付いた。酒出すぞー。」
「了解。ヴァネッサちゃん、ミレイちゃん行って。」と亜里砂は右後方に向かって言った。
その方向にはビールサーバーが有り付近でエルフの娘、おばちゃん達が
片手にジョッキを3つずつ両手に持って待機している。
ミレイとヴァネッサが「ビール行きマース」と先頭を切って運び出した。
続いてジョッキを運んだのは近隣のエルフの里から手伝いに来た娘や子供とおばちゃん達。
子共のお手伝いには必ず母親が同行して子共だけにはしない。同行する母親もジョッキを運んでいる。
祝勝会を手伝ったら自分達も美味しい肉料理が食べられると聴かされていて里の族長からも手伝う様にと言われていたので、里の女や子供、親子で手伝える者の殆どが手伝いに来ている。
実は今朝、そのエルフの三つの里の族長に『領主側の依頼』として伝えて回ったのがヴァネッサとミレイの二人。朝一番で先発し作戦の地に向かう前に里を訪問して回った。
ミレイはエルフの里『ミコライウ』の出身でこの辺りは身内も同然。エルフの里の族長達もニコニコしながら依頼の内容を聞く。
ヴァネッサもミレイも家族を見る様なニコやかな表情。この表情の時は二人とも凄く可愛い。
内容は、『祝勝会の会場設置や配膳の手伝いの依頼。手伝った者は会場に出されている御馳走を食べて良い。尚手伝った者の子共や家族も食べて良いので連れて来て欲しい。
乳幼児、おさな子は必ず母子共参加する様に。母子のスペースを設けます。
商人からの投資を受け付ける事。投資によって得た資金は里で管理運営し有効に活用せよ。
一定量以上投資した商人には、里の名産・特産品を売買出来る様に認可せよ。
今回の事後的な相談・入れ知恵等は後日改めて会合の機会を設ける。』であった。
ミレイが口で伝えて伝え終わると、ヴァネッサが手渡しで手紙を見せる。
ニコニコ笑顔で話しを聴いていたエルフの里の族長の表情が一変し、険しくなる。
「本当なのか?」とこの時はもう族長の立場の顔付きに戻っていた。
ヴァネッサは頷き「はい。残念ながら。この里も警戒が必要です」と残念そうに言う。
族長も「こうゆう祭の時に無粋な奴等だ」不快を露わにする。
ヴァネッサは「昼の2時頃に防衛の第五小隊が馬車で到着します。族長は衛士の一部と共に止まり第五小隊到着後、共に警戒をお願いします」と仕事の時の涼しい顔に戻っている。
「うん。了解した。・・・此の事も有って女子供達を手伝いに行かせた方が良いのだな。」
と族長は念を押した。
今度はミレイが”その解釈で正解”の意味で微笑みながら
「はい。一所に纏めた方が警備もし易い。とシェイクスオード様はお考えです。あとこういったイベントを機会に他の里の者や近衛隊の人と交流して、分断ではなく相互協力・親睦を深めて欲しいと仰ってました。」
「分かった。配慮感謝するとお伝えて下さい」
「では、私達は是で、次の里に向かいます。」とヴァネッサとミレイは一礼してその場を離れた。
里の入り口広場では護衛の騎兵が一個班(10名)が待っていて二人と共に次の里に向い、他の二つの里でも同じ要請をしてから、迎撃予定地に向かった。
ミレイは今朝の事を思い出していたが、「次、ビール入ったよ」との声で我に戻り、ジョッキ運びを頑張った。
ビールジョッキを運び出す所の横に厨房スペースがあり、その付近に手伝いのエルフの娘、母子、幼児と幼児連れ達専用のテーブルが用意されていて一見託児所の様に見える。
美味しい串焼きの肉を嬉しそうに食べている母や子供、おばちゃん、皆嬉しそうで心和む風景だ。
その付近にトワイライトとシェイクスオード、亜里砂、ロナウド近衛中隊長他ロナウドの側近と、シェイクスオードの護衛達が集まっている。一応周囲をそれとなく警戒している。
トワイライトとシェイクスオード、亜里砂が「開会式の挨拶どうする?」って話しになった。トワイライトは「俺は暗躍専門だから余り表に出たくない。」
シェイクスオードは「俺も、生死不明の行方知れずって名目だから、出たら不味いだろう」
亜里砂が「じゃあ、私?」と驚いた顔。
「いやいや、お前は処刑された魔女で身許がばれたら即指名手配だから、不味いだろう。」
とトワイライトはダメだと言う。
「って事は・・・。」と三人ハモりながらロナウドの方を見た。
ロナウドは驚いた顔で「え?私・・・?」
少し、二分ほどしてロナウド近衛中隊長がキャンプファイヤを背にして喋り出した。
「コレより、戦勝祝賀会を開催します。今回、ジョッキに注がれている最初の一杯目はエールではありません、エールの進化形で『とりあえずビール』らしいです。キンキンに冷えてますので一気に呑み下して喉越しで味わって下さい。お代わりからは冷えたエールが出ます。」
ロナウドは一旦言葉を切り間を置く。
その間に会場からは「おおおー。冷えたエールはうめぇぞ!!」とか
「ビールってのもエールの仲間なら冷えてると旨そう」と声が上がる。ココで冷えたエールを呑んだ事あるのは、近衛中隊とゴールデン・バーボン中隊だけである。
冒険者や支援で参加した商人、エルフ達は「へーー。」と感心する顔でジョッキの飲み物を見ている。
ロナウドが続きを喋り出す。
「あと、皿に盛られた串焼き肉は今日の緒戦で取れた新鮮な肉をエルフ名産の『焼き肉のタレ』で漬け込んだ・・・」
と説明が長くなりそうな雰囲気の話の途中で
「ウウウー。ワンワン!!」とマヤの横、テーブルの上にお座りをして待っているそらちゃんが吠える。
”話しが長いぞ、早く食わせろ。腹減った!”と言わんばかりのタイミングである。
「ああ、話しが長くなってワンちゃんに怒られましたね(笑)。では、今回の司令官の土方歳三さんの発声で乾杯します。トシゾウさんお願いします」と乾杯の音頭をトシゾウに振った。
席に座って待っていたトシゾウが言われて前に出て
「皆さん、良くやってくれました。お疲れ様。カンパーイ」と早口で言ってジョッキを突き上げてから飲み出した。
どうやら早くビールを飲みたかった様だ。
”どうせユックリ喋って話し長いのだろうなー”と想像していた参加者達はトシゾウの早さに付いていけず、呆気に取られている間にトシゾウが飲み出したのを見て
「カンパーイ」とトシゾウに倣いジョッキを突き上げてからグビグビ飲み出した。
周辺で「やっぱうめー」とか「冷えたビール最高!!」と歓声を上げているのは飲んだ事のある経験者。
冒険者やエルフ達は嬉しそうな驚きの顔でカルチャーショックを受けビールを見つめている。衝撃の旨さなのだろう。少し間が空いて拍手をし出す。中には「デカルチャー」と叫ぶ者もいた。
歓声や拍手その他でガヤガヤと賑やかになり宴は始まった。
冷えたビールを飲んだら串焼きの肉にかぶりつく。またビールグビグビ飲む。顔が自然と幸せそうに綻ぶ。
ビールを飲み干し、次は冷えたエール。冷えていればエールも旨い。
酒で肴は美味くなる。肴が美味けりゃ酒はもっと旨くなる。ビールとBBQは最高だね。
一通り呑んで食ったマヤは気分が良くなった。
その横で食べているそらちゃんは美味い。美味いと食べる事に一生懸命。
気分が良くなって少し酔ったマヤはキャンプファイヤの前まで出て『魔導ステージ』を発動し音楽と共に
「エールをまわせ 底まで飲もう〜♪」と機嫌良く歌い出した。
トワイライトとシェイクスオード、亜里砂はエルフの子供や幼児と母親、おばちゃん達がいるスペースでジュースで串焼き肉をユックリ食べている。
トワイライトとシェイクスオード、亜里砂はそれぞれ別の場所、三箇所で母や幼児・子供おばちゃん達が御馳走を食べているスペースを囲む様に散っている。
そして一人で肉の串焼きを食べながら周囲を警戒・監視している感じだ。飲み物はエールではなく果物のジュース。警戒モードである。
そして暫く経ってから『まくら』ことTemperが串焼きの皿を持ってトワイライトの所に来た。
「どお?」とTemperは様子を聴く。
「うん。今のところ動きはない。テンさん情報有り難うね。」と暖かい串焼きの肉をかじるトワイライト。
トワイライトの横にTemperは座り持ってきた串焼きの肉を同じ様にかじり、
「何も無ければいいけどね。」と言う。
「まあ、そうだが。よく考えると不自然すぎる。確り見たんだろ」と目はキョロキョロしながら口は肉を飲み込んだら喋る。
「ええ。奴隷商人のザウダだった。あんな嫌みな奴の顔を見間違えないよ・・。」とTemperも食べながら喋る。
長椅子のトワイライトの横に座っているが、向いている方向が180度の反対方向を向いて座っている。警戒の手助けの積もりか別の方向を見ながらモグモグと味わってからゴクリと飲み込み、続きを喋る
「昨日、昼間此所に来る前にセイロンの町に入った所で見かけた。私、馬車で帽子被っていたから向こうは気付かなかったみたいだけど、私は見たわ。人相の悪いゴロツキ・手下を30人ほど連れていたわ。奴隷は連れていなかった。」
一通り喋ると今度は串焼きの肉と交互に刺してある野菜を食べた。食べながらトワイライトと反対の方向をそれとなく見渡している。
「嫌みな奴隷商人が、奴隷を連れずに手下のゴロツキを連れて、奴隷売買を禁止している此のオガミ領に顔を出すかー、不自然すぎるね。奴は食料や肉製品、武具、鉄材なんか扱わない。」
トワイライトは情報を|反芻≪はんすう≫してから肉をかじりモグモグしだした。
「ザウダの奴は無駄な動きはしない奴。そんな奴が手下を連れて商品(奴隷)も持たずオガミ領に入る。丁度翌日にエルフの里付近でイベントが有る。胡散臭いよね。」
Temperも怪しいと思っている。
「ソレを昨日バザーの時に聴いて助かったよ。まだ宵の口だったから、友人の領主の息子で、若様に通報出来た。今頃バッチリ警備出来てる頃だと思う。」
とトワイライトはシェイクスオードの遣る事だから抜かりは無いだろうと心配していない。
横から声がした多分シェイクスオードだろう。
「一カ所に集めて目光らせていればおいそれと手は出せんだろう。」周りを見渡しながらシェイクスオードが近寄ってきた。
「で、そちらの可愛いお嬢さんはどなた?」とトワイライトに聞く。
「可愛いだろう、こちらはTemperさん。腕利きの商人で、今警戒している奴隷商人のザウダをセイロンの町で目撃した人。」とトワイライトは言う。
シェイクスオードは『腕利きの商人』さんと紹介された部分までは愛想笑いに近い表情だったが、奴隷商人の話に移る時には誠意の有る顔付きに表情が替わり
「Temperさん有益な情報助かりました。今回は借りにしといて下さい。良い友人が増えたと思っています。以後よろしく。」とシェイクスオードは手を出し握手を求める。
「Temperですよろしく」と求めに応じ握手する。
「シェイクスオード・オガミですよろしく」と微笑みながら握手する。
「え?ええー?」とTemperは握手しながら驚く。貴族の坊ちゃんらしくない。
Temperの貴族に対するイメージは、横柄で気位が高く上から目線、常識が無く無理難題を平気で言ってくる。ボンボンなら更に性格がねじ曲がった質の悪い者が多いという実感。
しかし、目の前にいて握手している貴族は何だ?同じ商人同士で喋っている感じ、仕事・依頼の相談をしている時と変わらない。
貴族らしからぬシェイクスオードの話し方・印象に驚き見取れているTemperにシェイクスオードが
「年頃の可愛い女性に見つめられると照れるじゃないですか(笑)」と多少のお世辞を盛りながらこの一瞬を楽しんでいるシェイクスオード。
「似合わねぇな。どの口がそんな上等な台詞を吐ける(笑)。」とトワイライトが『ボソ』っと呟く。
「言ってろ」とニヤニヤ会話が楽しそう。
嬉しそうなと羨ましそうが混じった笑顔でTemperが「仲が良いんですね」と言う。
二人とも同時に「まぁな。」と返す。
「なあシェイク、信用がおけて口が硬い賢い商人を探しているんだったよな。目の前にいるが」
とトワイライトはシェイクスオードを見てからTemperを見る。
「優秀な商人は大歓迎だ。コイツのお墨付きが有れば尚更だ。」
「だろー。今回怪しい奴隷商人が領内に入ったのを目撃して、対応出来る時間内に情報を供与してくれた。そんな都合の良い腕利きの商人と仲良くなりたいよな。」
と態とらしくトワイライトは友人を売り込む。
「うんうん。お友達になりたいわ」調子を合わせるシェイクスオード。
「私、嫌な商人を見て幸先が悪そうと、スノウさんにぼやいただけだよ」とTemperは申し訳なさそうに言うが、
「貴方は貴重な情報という商品を売ったんだよ。その代金は受け取らないといけない。明日セイロンの屋敷まで取りに来てくれ。用意しておく。」
「え・・。そんな」と善良な娘を装った言葉とは裏腹にTemperはワクワクしている。
あまり大見栄を張る積もりはないが、シェイクスオードは誠意を見せる積もりでいる。
今回目撃されたダウザは奴隷商人で主に一部の亜人の女性を富裕貴族に売って冨を築いた、その筋では名の通った奴隷商人。
主に容姿が美しいエルフ女性・娘や、猫系の獣人の娘、ハーフリング(小人族)の娘、美形に限り人間も扱い、壊れた性癖を持つ貴族・富裕層の屋敷にコソコソと出入りしている。
一部女性の客の為に、各種族の美少年も多少は扱っている。
国内でオルテ教団が亜人への迫害・弾圧を後押ししているが、亜人達もバカではない見つからない様、迫害を受けない様対策を講じている。
一昔前では、当時比較的見付けやすいエルフや獣人の里にオルテ教の影響を受けた貴族の軍隊が襲いかかる事が時々有った。
討伐時に村人の女子供を捕虜にして奴隷として売ったり、そのどさくさに紛れて奴隷商が拉致したりと、奴隷を多く確保出来る時期もあった。
今現在残っている亜人達は、オルテ教の影響地域では先ず見つからない様に身を隠し、対策し場合に依っては移住もやむなしと移り住む部族もある。
各部族が危機感を持って対策を講じだした事もあり現在亜人の奴隷の入手は困難になっている。
奴隷商人も必死だ。儲けの大きい亜人の奴隷を入手する為に野盗化する連中も増えている。
そういった一団が貿易商と肩書きを偽りオガミ領に潜入している。
目的はエルフの里にいる娘や女性、幼女を|浚≪さら≫い性奴隷として富裕の顧客に高値で売りつける事。
普段ならば里毎に自警団も居るし、オガミ領ではエルフの里の住民も市民権を得ているので、何事か有ればオガミ家の騎兵隊が即座に駆けつける。
そんな情況で役30名(一個小隊)率いて力攻めしても勝てないだろう。
今回の奴隷商の狙いはモンスターの『大行進』という他人の不幸を利用しようと考えている。
一般的な情報ではモンスターの『大行進』では十中八九モンスター側が勝利している事実がある。
最近『大行進』に打ち勝っているのはレイアード領のダン中佐率いる部隊ぐらいだ。
そのレイアード領から援軍が来たという情報はない事から奴隷商のザウダは今回も大敗すると予想する。
大敗すれば、『大行進』の予定進路付近のエルフの里は蹂躙されて大惨事。
皆逃げるのに必死、その時に里にいるエルフの娘や女性を|浚≪さら≫う機会はタップリあると思う。火事場泥棒の発想だ実にセコイ。
仮に善戦し『大行進』を止めたとしても、エルフの里から衛士や戦力になる男達は激戦地に駆り出されているはずだ。
里には碌に戦える者は残っていないと思う、エルフの幼女や娘、女性を拐かすのは容易いと考えている。
”この機に乗じない手はない”と奴隷商のザウダは自信たっぷりで、奴隷商の勘がそうささやいている。
”相手はモンスターの『大行進』だ。迎え撃つ貴族側は強敵を相手に頭がいっぱいのはずだ。里の女子供が|浚≪さら≫われるとは想像も付かないだろうし、それどころではないはずだ。”と心の中で自分の作戦に自画自賛している。
そしてエルフの里の近くまで来て隊を3つに分けてそれぞれ行動を開始した。
エルフの里『ミコライウ』では宴も|酣≪たけなわ≫ワイワイと賑わっていながらマヤの歌声が聞こえる。
『らららー いつの世も漢達 そおさドンキホーテ 夢を追い愛に飢え 戦いにでかけーる。』
マヤは誰が聞いていようがいまいが関係なく、酔って歌いたくなって好きな歌を歌っている。
魔導ステージを使ったカラオケ。聞くに堪えない下手くそではない。まあ上手い方と言った程度だが、宴会場では音楽があった方が感じは良いので誰も文句は言わない。
丁度トワイライトとシェイクスオード達がいる母子や娘が塊って串焼き肉を食べている所で、エルフの子供が母親に
「スカーレットブーケちゃんとそのお姉ちゃんとお母さんがいないの。一緒に出発したはずなのに」
とお友達を捜している声が聞こえてトワイライトとシェイクスオードは気になって話しを聞きに近づいた。
話しはこうだ。『スカーレットブーケちゃん(友達)とその姉と母の3人が里から一緒に出て宴会場に向かったのだが、宴会場に着いて探したが居無かった。』
エルフの里『ドニプロ』から此所『ミコライウ』に宴会場の手伝いに来る間、又は到着して直ぐに居無くなった様だ。宴会場の手伝いに来る途中はエルフのそれぞれの里の自警団が同行して警戒に当たっていた。
やれる事はやっていたが其れでも行方不明者は出てしまった。
トワイライトとシェイクスオードは「捜索隊を出すか?」と相談しているところで、宴会場の反対側から変などよめきが起こった。
娘や母子達がいるスペースから見て宴会場の向こう、丁度反対側である。トワイライトが無表情でスッと立ち上がり遠目で見る。
トワイライトは一度シェイクスオードとアイコンタクトを取った後、宴会場の反対側でどよめきのあった方向に急いで向かった。
トワイライトの向かった先、どよめきのあった辺りでは酔っぱらった兵達が顔を引きつらせ
”ほろ酔いが悪酔いに変わっちまったよ!!”と顔に書いてある。
その引きつった酔っぱらいの視線の先にはコボルドの戦士が20名ほどいる。
そのコボルド達の前で酔っぱらっていた兵達は近衛中隊所属で、数日前ミナブ野営場の戦いで酒を飲んでくつろいでいたラスパ大隊をいとも簡単に撃破したばかりである。
今は立場が逆で自分達はエールを浴びる様に飲みくつろいでいて、剣も帯びていない。
顔には嫌な汗が噴き出し、酔っぱらいの頭の上に弧を描く様に文字列が浮かび上がる『万事休す』とか『ピーンチ』と。神官だろう胸の前で十字を切ってお祈りのポーズ。
周囲30人ほどが身動きも出来ず悲鳴も上げれないで固まっていて悪い空気・雰囲気がただよう。
コボルドも空気を読んで、悪い空気・雰囲気に理解が出来ず『え?あらー。何か間違った?』みたいな口が半開きでチョイ舌が出て戸惑ってしまった。
そこに|態≪わざ≫とらしい声が悪い空気を散らす。
「おおー。待っておったぞ!!、漸く来たなぁ」と声を掛けながら早足で近づいてくるトワイライト。
その後に続くトシゾウも「遅かったじゃねぇか。もう一寸遅かったら冷めて御馳走が美味しく無くなるところだったぞ!!」とトワイライトに話しを合わせているっぽい言い方。
引き攣った顔に脂汗を掻き金縛りに遭っていた兵達の緊張が解けた。一気にぼやきで賑やかになる。
大きな溜め息「はあぁー。」が一番多かったが、「獣人だったのかー」「何だよ死ぬかと思ったよ」とか「ラスパ大隊の気持ちが分かった」「俺なんか走馬燈みてたよ」とホッとした口調で冗談まで出ている。
緊張が解けて酔いが一気に回ったのかろれつが回っていない者もいる。
トワイライトが早足にコボルドの一団の先頭にいる戦士ニャンニャンの手を取って肩を抱いた。少し遅れてトシゾウもニャンニャンと握手した。
周囲からは『なんだ、トシゾウさんの知り合いかよ』とか『仲間かよ脅かしやがる』とトシゾウやトワイライトが親しそうにしている姿をみて遠目でも問題がない事を理解した。
一瞬前までは”え!ヤバイんじゃない?ヤバイんじゃない?”と固唾を呑んで見守る者が多かった。
その多くは『大行進』の生き残りのモンスターが宴会場に最悪のタイミングで襲撃に来たのでは?と思っていた。
トワイライトはいち早くピンと来て火消しに走った。駆けつける途中にトシゾウの肩をポンと叩き「手伝ってくれ」と声を掛けた。
「どうだった?」とトワイライトはコボルドの戦士ニャンニャンに聞く。
ニャンニャンは手に持っていたスケッチブックの一枚目のページを見せる。
大きな文字がスケッチブックに書いてある。内容は
『エルフの里ドニプロ付近の林道でソレらしき集団を見付けた。女子供を拐かしたのだろう。』
『少し離れていても鳴き声で捕捉出来た。奇襲を掛けた。10人いただろうか8人殺して2人捉えた。』
トワイライトやトシゾウ、周りの兵達が内容を読み終わったらページをめくる。伝える内容を考えて前もって書いていたのだろう。ニャンニャンは戦士ながら気が利く。
『そして、エルフの女性1名と娘2名を保護した。』
読み終わって「やるじゃん!!」とトワイライトは大きな声で褒め讃える。
周囲の酔っぱらいも文面を見て「お手柄だよ。」とか「獣人|朋友≪ポンユー≫」と『うおー』と賞賛の拍手が起こった。
コボルド達は保護したエルフを囲み厳重に護衛した状態でココまで来た。取り巻いていた前の方の数人が道を開けて保護した3人のエルフの女性を送り出す。
別れ際に3人のエルフの一番幼い娘がニャンニャンの横に行って手を握り引っ張る。
ニャンニャンは引かれるままに腰を屈め姿勢を低くする。
ソレを見ていた周りの兵は既に気の良い酔っぱらい。何でも面白く何でも楽しい。
その酔っぱらいがエルフの娘の行動とニャンニャンを見て有る行動を期待する。固唾を呑む。
エルフの幼い娘が「ワンワン(犬に対する子供の呼び方)有り難う。」と言ってコボルドのニャンニャンのほっぺたにチューをした。名前が名前でややこしいが。
周囲は一気に盛り上がる。「いいぞいいぞ」とか「待ってました」、「ロマンスですなぁ」と調子の良い歓声が挙がる。まったく調子の良いモノださっきは胸の前で十字を切ってたくせに。
ソコに夫のエルフが駆けつけて何度も頭を下げて礼を言っていた。
少し遅れて『友達がいなくなった』と心配していたエルフの幼い娘とその母親も駆けつけ「スカーレットブーケちゃん良かった良かった」と喜んだ。
母親が事の成り行きを説明する。
この親子はエルフの里『ドニプロ』から皆と一緒に『ミコライウ』の里に向かった。
族長の決定に従い女子供も総出で宴会場の手伝いに行くと聞かされた。手伝えば取れたての肉を焼いた御馳走を食べられると聞き喜んで親子で手伝いに参加した。
移動の道中、里の自警団の護衛達が今回は多いなぁと思った。
歩いている途中で下の娘がいない事に気が付きお母さんとお姉ちゃんで林道付近を探していると茂みから手が出てきて引っ張り込まれて押さえつけられた。口も塞がれ声も出せない。
護衛と他の里の人達は気付かずに遠ざかっていく。
護衛達が見えなくなる程遠ざかってから親子と供に10人の胡散臭い男達が姿を現す。
親子3人は捕まえられロープで縛られている。テープで口を塞がれていて喚いても声量は出ない。
子供2人も声を出して泣いているが篭もっていて少し離れれば声は聞こえない。
3人とも暴れるが、男達は意に介さず、慣れた感じで肩に担ぎ上げて運ぶ。
運ばれている最中親子は諦めずに「んー!うんー!」泣き叫ぶが、
リーダー格の盗賊風の・・・見るからにゴロツキかドロドロ親父にしか見えないおっさんが凄んだ声で
「諦めな。泣いても叫んでも誰も来やしねぇ」と三下のやられ役の言う台詞。
連中は口を塞いだ悲鳴やガサガサ音を立ても誰も来ないと知っている。
”エルフの男達・主立った者はモンスターの『大行進』相手に今頃お陀仏よ。”と高を括っている。
そのガサガサと歩いている一団を遠巻きに追跡している影がスーっと動くのが見え隠れしている。
十数メートル離れた位置で茂みが微かに揺れる。茂みの影から犬の耳先や尻尾がチラと見えたりする。
エルフの女子供を抱えて進む一団は全く気付かない。警戒もしてにない。
隠れた追跡者は気付かれない様に遠巻き乍ら、少しずつ距離を詰める。
一団は馬を繋いで隠している場所に到達する。
縛られたエルフの女を担いでいた男は馬の上に『ドサッ』っと荷物を乗せる様に置いて落ちない様にロープで固定する。娘達も同様に他の馬にのせられてし固定される。
一団は『ホッ』と一息着き気が緩む。順調だ。
その時エルフの幼子を馬に積んだゴロツキの頭に一本矢が刺さる。次いで胸の中心付近に二本の矢が突き刺ささる。
一瞬遅れて、エルフの女性を担いだ男、娘を担いだ男二人に矢が5本ほど命中しその場に倒れる。
そして突然の出来事に理解出来ずに氷付き動きが止まったゴロツキ達に矢が次々と飛んで来る。
一呼吸遅れて矢の飛んでくる方向に振り向くが、茂み・低木の向こうから矢は飛んできて敵の姿は判らない。
矢の飛んでくる方向に振り返ったリーダー格の男、その左後ろに居た仲間が「ぐあ」とやられた声がした。
大柄なコボルドが立っており、仲間を切り倒しコボルドの足下に倒れている。
リーダー格の男は眉をひそめて”エルフじゃない・・コボルド。モンスターか?”
コボルドは大剣を片手に一歩二歩と歩を進めリーダー格の男に向き合った。
突然「ガオー」と咆吼を上げる。咆吼に釣られてゴロツキ達は一斉にそちらに視線が行く。
両手で大剣を握って振りかぶり、踏み込み鋭く上段からの豪快な一撃を繰り出し、リーダー格の男も両手で剣を握り『ガツン』と辛うじて受け止め、双方押す力が強く鍔迫り合いになる。
ゴロツキのリーダー格の男の後方、最初に茂みから矢が飛んできた方向から槍や剣を持ったコボルドが飛び出してくる。
リーダー格の男の背中に飛び出したコボルドが剣戟を浴びせかける。別のコボルドが槍で背中を突く。
リーダー格の男は背後から攻撃を受け、力が抜けて袈裟懸けに斬られその場に倒れる。
ゴロツキの仲間達も不意に背後から攻撃され次々に討ち取られていく。
3名が負けを確信し逃走したが背中から一斉に弓で射られ転倒、1名は死亡したが2名は生け捕られた。
戦闘が終わり繋がれた馬の付近にコボルドが集まってきた。生け捕られたゴロツキ2名はロープで縛られている。
繋がれた馬は10頭でゴロツキの人数分ある。その内の3頭の背中に捕まったエルフの女と娘が積まれている。
コボルドの中で一匹だけ一回り大きくガタイの良いリーダーがいる。そのリーダーが捕らわれたエルフを馬から降ろし縛ったロープを解き解放する。
エルフの母子達は脅えている。ゴロツキに捕まり連れて行かれそうになって、仲間が助けてくれたと思えばモンスターだった。今度は命の危険を感じている。
娘二人を庇いながらも脅えているエルフの母親の前に他のコボルドより一回り大きいリーダーらしき一匹がやって来る。
脅えて声も出せないでいるエルフの母親のすぐ前でそのリーダーのコボルドが片膝を着き手に持った小枝で地面に文字を書く。このコボルドは『ニャンニャン』である。
地面には『大丈夫か怪我はないか?』と書かれていて、ニャンニャンはエルフの母親の目を見てから地面の文字を指さす。
エルフの母親は驚いた。モンスターが人語を解す以上に文字を書いて示したのだ。驚いた顔をしながらも『うん』と頷く。
続いてニャンニャンは地面に文字を書き『ミコライウに連れて行く、馬は乗れるか?』と聞く。
母親はまた頷く。
コボルドの戦士ニャンニャンは先ずエルフの母親を指さし、馬の一頭を指さす。
母親は意図を理解しその馬に近づく。ニャンニャンが仲間のコボルドに向かって「ガウガウ、ウウガウ・・」とコボルド語で何か言う。
仲間のコボルドが「バウ」と言って、エルフの母親の元に駆け寄り騎乗を手伝う。エルフの娘と幼女が母親の乗った馬の側にいる。
幼女の方が「わたし、ワンワン(子供が犬に対してそう呼ぶ事が多い)と一緒に行くー。」とニャンニャンの元に駆け寄る。
幼児にはコボルドはイベント等に出てくる『着ぐるみの動物』と変わらない扱いだ。
ニャンニャンは子供に好かれるのは嫌じゃない様で、エルフの幼女を胸の辺りに抱っこして母親の顔を見ながら”いいのか?”って積もりで頭を傾ける。
母親も”仕方のない子ね”顔で苦笑しながら会釈する。
ニャンニャンも騎乗しエルフの幼女を自分の体の前に座らせる。
その間に母親の馬に娘のエルフを乗せて、負傷した捕虜2名を縛られたまま空馬に積み込み縛った。
馬に乗れるコボルドが騎乗し、討ち取ったゴロツキの持ち物は手懸かりとして身ぐるみ剥ぎ空馬に積み込んで出発した。
助かった母親の口からの説明が終わった後改めて「有り難う御座いました。」と深々とお辞儀をした。
周りの近衛兵やエルフの戦士達も『うんうん』と頷きながら手を叩いている。気が早い一部の酔っぱらいがコボルド達に肉の串焼きを手渡している。
コボルドの一団は恩人・仲間として受け入れられ、「兄弟!、お前達も遠慮しないで食え」とその場にいた近衛隊やエルフ達に御馳走とエールを渡され嬉しそうに食べ出した。
美味しい酒と肴があれば種族の壁を越れる。酔っぱらいは酔っぱらい、打ち解けた様だ。
少ししてトワイライトの元にニャンニャンが肉の串焼きをかじりながらやって来た。
「ご苦労さん。良くやった。期待以上の結果だ。」
ニャンニャンは微笑みながらスケッチブックに文字を書き筆談する。
『そりゃどうも、身内に話したら前回の肉料理のお陰で20名の若いのが手伝ってくれた。全員が御馳走に有り付きたいって付いてきた。図々しいかな?と思ったが大丈夫そうだな。・・・で何が有ったんだ?』
「酒や御馳走は充分にある。気にせずに楽しんで欲しい。・・・で、何が有ったかと言うとだな」
とトワイライトがお喋りしている最中にシェイクスオードもやって来た。
トワイライトは気にせず説明をし出す。
「今日の昼11時頃にモンスターの『大行進』と激突した。此所から北に馬で三十分ほどの場所だ。皆の奮戦もあって何とか撃退出来た。クエストを乱発してイベント化したお陰で冒険者や商人たちの参加や支援が入り何とか戦えた。」
トワイライトは一旦話を切ってシェイクスオードを”後、話すか?”って目で見る。
シェイクスオードは首を振ったので、トワイライトが続きを話す。
「イベント化してしまったのでお約束の祝勝会を今やっている。幸いモンスターの大猪、大牛やオークがタップリ狩れたので食肉は大豊作。ただな、招かざる客も来た」
「『奴隷商』が『貿易商』と偽ってこのオガミ領内に潜入した。このオガミ領は奴隷売買を禁止し、奴隷制度を否定している。
その『奴隷商』はエルフや獣人の女性を拐かして奴隷に仕立てて質の悪い性癖を持った貴族等に高値で売りつけている悪い奴だ。そいつ等から領民を守る為に君達には今回パトロールを頼んだ。
そして見事に犯罪を防いでくれた。」
コボルドの戦士ニャンニャンはソレを聞いて機嫌良く冷えたエールをグイグイっと呑んだ。「ぷはー」
顔には『俺達のした事は良い事をしたのだな』と薄笑みを浮かべた。
「そうだ、エルフ3人のいや、夫を含めて4人の幸せを守ったのだ。」
と今度はシェイクスオードが口を挟んだ。いや言わすには居れなかった。
そして、トワイライトに耳打ちした
「ディンバとドニプロの里に派遣した守備隊が戻ってきた。両方不法侵入者を発見し撃退したそうだ。全部合わせると26名は討ち取った計算だが、奴隷商のザウダは取り逃がした様だ。
そして、追っ手は差し向けた。コテンパンに遣られた情況で最早危険はあるまい。」
と言い終えてシェイクスオードの表情が緩む。
トワイライトは席を立ち亜里砂にも告げた後、冷えたエールのジョッキを3つ、亜里砂が2つ持って戻ってきた。
「これで、漸く飲めるな(喜)。」とトワイライトはそれとなく近くにいたTemper、シェイクスオードにジョッキを渡し、亜里砂はニャンニャンにお代わりのジョッキを渡した。
「お疲れ!!」とシェイクスオードがジョッキを前に突き出す。
そのジョッキ向かってそれぞれが自分のジョッキを突き出して軽く当てて「お疲れした〜!」と乾杯してグイグイと冷えたエールを飲み下す。
シェイクスオードもトワイライトも緊張が解けて顔が緩み締まりのない酔っぱらいの顔に成っていた。
トシゾウはポルトス、酒を酌み交わして何か喋っている。元居た世界では決して交わる事のない英雄・豪傑同士が酒を片手に何を話しているんだろう。
その横にはヴァネッサとミレイの姿がありエールを呑みながら笑顔で二人の話しを聞いている感じだった。
この時、会場はザワザワと賑やかだったが、妙にマヤの歌声は雑音を貫いて聞こえていた。
『・・・遙かに響く あれは平和を願う 君達の祈り』
『雄々しくも侵略に立ち向かう それが地球 君のふるさと』
『君もいつの日にか この星守り 続く友に渡して欲しい』
マヤはカラオケ状態で、アルコールも入り気持ちよく歌っている。絶好調。
多くの人達が賑やかな夜を満喫している。
とあるオンラインゲームの『大海戦』の時を楽しかった思い出を思い起こして、今回は書きました。
祝勝会の雰囲気が出てればいいですが、あまりじしんがないです。
マヤが最後に歌っていた曲は大空魔竜ガイキングのエンディング曲の2番です。時節柄、侵略に立ち向かって頑張っているウクライナの兵たちを思い起こす歌詞ですね。
命を張って大事なモノたちを守っている人たちに祝福あれ。いつか勝利の美酒を飲める日のあらんことを。