ラブカクテルス その100
いらっしゃいませ。
どうぞこちらへ。
本日はいかがなさいますか?
甘い香りのバイオレットフィズ?
それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?
はたまた、大人の香りのマティーニ?
わかりました。本日のスペシャルですね。
少々お待ちください。
本日のカクテルの名前は小言でございます。
ごゆっくりどうぞ。
私は悩んでいた。
どうしたものか。
一枚の紙を見つめる。
眉毛と眉毛の間に、極端なシワが寄る。
考えていても仕方がないか。
とりあえずペンを走らせてみた。
おい。
すると、どこからか声がした。
いや、声ではない。
しかし何かが訴えている。
おい。
なんだこれは?
私は疲れているのだろうか?
まるで幻聴、いや、幻覚?
おいって。
何だか重症のようだ。
おいっ、ここだよ。
ん?なんだか怒っているような相手はここって言っているが、
えっ?
やっと気づいたか。
私は唖然とした。
まさか。
するとそれは語り出した。
おいお前!前々から言いたい言いたいと思っていたが、やっとそれが言える時がきた。
私はまだ驚きを隠せずにいると、それはそんなこちらの事もお構いなしで続けてきた。
なんでお前はかっこをしないんだ。
私は驚きもそうだが、言ってきている訴えの意味がわからずに顔をしかめる。
なんだよその表情は!
それはどうやら短気らしく、また、少しこちらが冷静になれば、それはそれはふてぶてしく、そして偉そうな態度だと感じた。
いいかいっ!お前さんがやっていることは俺達の業界では通用しないんだよ。
いくら話がそれなりでも相手に分かりにくければ仕方ない。
感情が伝わらないんだよ、いくら俺達が頑張ったって。
私はその強烈な表現に、あっ、そうですか。すみません。と答えたが、それでは不満らしい。
だからそれがダメだと言っているのになぜわからない!
興奮を増すそれはまるで生きているかのようだ。
生きているのかもしれない。
私は尋ねてみることにした。
ところであなた様はどなたですか?
私は一応、低姿勢で接触してみることにした。
するとそれ?彼?いや、彼女だろうか?は答えてきた。
文章だよ。
なんとなくわかっていたものの、いざ直接、面と向かって言われると、やはりなんだか不思議な気分だ。
確かに書いているのは私なのだが、私が考えて書いている訳ではないのだから。
しかし思えば、その文章は、見た目はただの文字の連なりなのだが、それを読むことによって感情を感じ取れるのはまったくもって面白い。
やいっ!何を胡散臭いことを書いてやがるんだっ!
ほら、こんな文章は短気という感情を感じさせるし、まるで腹立たしさまでもが沸き上がるようだ。
よくよく見ればただの文字であり、単なる文章だというのに。
そんなことを少し冷静に思っていると、
ふんっ!偉そうに。別に説明などはいいからカッコを付けろと言っているんだ。
その短気さんはさっきからカッコ、カッコとやかましく続けた。
やかましいとはなんだっ!
おっ、かなりのご立腹。
だーかーらーカッコだってば。
カッコ。
俺達文章の前と後ろにカッコをつけろって。
私はあぁ、そのカッコね、とやっとわかった。
とりあえずつけてみる。
「これでいいですか?」
すると文章はため息をつくように、
「やっとつけてくれたか」と安堵の表情を文調に表した。
「どうだ。これならわかりやすいだろう。」
確かにそれはそうである。これで分かりやすくない訳がない。
渋々それに頷くように、
「はい。おっしゃる通りです」と答えてみるが、私は正直納得した訳ではなかった。
すると文章は、「なぜカッコを付けないことにこだわるのか」と私に切り出してきたので、私は自分なりに持っている考えを文章に打ち明けてみることにした。
「そもそも私が話を書こうと思ったのは、日頃自分の中で想像した面白いと思う発想や、はたまた他人などが話しをしているのをたまたま耳にし、そこからインスピレーションを感じて浮かぶものがきっかけとなっているのですが、その多くは固有名称を使わずにストーリーを創ります。実はそれには訳があります。」
文章は、少し難しい雰囲気で、
「その理由とは?」
と尋ねる。
「それは読み手に更なる想像を加えてもらい、私が創った自分だけの世界感をも上回るように、もっと中に入ってきてもらうことを仕掛けているつもりでいます。
読者さんが言わば役にハマっていただいて深く話しにのめり込み、そして、ついでというのはおかしいのかも知れませんが、話の中にいるときだけでも日頃のウップンを晴らしていただく、または、その一時だけ現実逃避していただくのが主な旨趣です。
言うなれば、手頃なテーマパークというか、お化け屋敷、ネズミーランド、など、大人が子供に、子供が大人に、、、。」
「ん?どうした急に。そこまでは分かる話だし、続きを聞かせてくれ。」
文章は急かした。
私は文章に尋ねる。
「今、この話を聞いて何かを感じましたか?」
文章は何のことだという表情をしている。
「私が言いたいのは、今私が説明のようにカッコ内でだらだらと話している間、きっと読者は私から話を聞いている、ただ単なる一読者であり、この世界から一回出て第三者として聞いているだけの、普通の読者だと思いませんか?」
文章は首を傾げ、何を言っているのかがわからないようだ。
「つまり、仕切るとは、確かにやり易い、解り易い、読み易いのはわかります。
ですが、迷えない、というか、浸かりきれないのです。」
文章はなんとなく、でも、う〜ん、と腕を組んでいるような表情。
「例えば、ラジオドラマや、映画などのように集中していると、例外はあるものの、まず、その世界に入り込み、終わるまでは現実の世界に戻ってこない。」
文章は深く頷く。
「しかし、CMが入るテレビなどはどうですか。
その時必ず、気分的にその世界から出てしまう。」
なるほど、と文章は表情を作る。
そしてこう反論する。
「しかしだ、それはそれで、カッコは違うのではないか。
私のカッコ仲間も色々な話に登場して活躍しているが、そんな苦情や問い合わせがあったなんて、文章正規取扱委員会からも聞いた試しがない。」
そう、口を尖らせる文章にお構い無しに私続けた。
「そうでしょうか。私はカッコを見る度に物語の邪魔されたような気になって仕方ないのです。
何しろ文章を読む間、人は何になっているのかを考えたことがありますか?」
文章は、「わからない。人ではないもん。」
と、少し機嫌を悪くしたように言う。
「話が面白ければ面白いほど、登場人物の全てになりたがるのです。
ある時は探偵、またある時は怪盗団、またある時は殺人犯人、またある時はロマンスの中の男と女。
またある時は人ではなく、動物や植物、風や星や宇宙にさえなりうる。
人は欲張りでなおかつ、全てを知りたがる。
犯罪の訳や、恋愛中のお互いの心中。
はたまた、歴史の謎や宝の在処に、少女が泣いている意味。
それには全てになり、それになりきりたくなる。
しかしカッコがあるとどうですか。
何故か私はには、その話が決めた主人公にしかなれず、その時、つまり違う登場人物は読者としてどっぷりハマれない。
なぜなら私は主人公以外の何者でもないのだから。」
文章は唾をゴクリと飲んだように見えた。
そして重く訴え放った。
「なんだかわかったような、わからないような気がするのだが、しかし、私が思うに、お前はひょっとして、カッコが面倒くさいだけなのではないか?」
私は
暫く止まってしまった。
なんと言っていたのだっけ?
なんだかあまりのショックで何があったか理解出来なかった。
私はもう一度文章に何を言っていたかを尋ねた。
すると、文章は
「面倒くさいだけ?」
私は少し体が震えるのを覚えた。
何故わかったんだ。
いや、それもあると言うことだが、ちょっぴり理由にあるのは確かである。
横着するのは仕方ない。
人間だもの。
しかしシャクだ。
文章は少し薄笑いをしている。
悔しい。
私は私なりに下手な言い訳を出さずに、作戦を変えた。
「例え、もしそうだとしましょう。
しかしだからどうだというのでしょうか。
何しろ、もし、私が文章でカッコを使ったとして、その部分をどれだけの読者が必要としているのか。
大体の読者が別にいいのではないかと思っているに違いない。
その証拠に、カッコの部分、すなわち人が話しているその仕切りを、わざわざ発音してくれる人がどれだけいるでしょうか?」
完全な開き直りだった。
そして、それついでにノリで言った。
「わかりました。それほど文章さんがカッコを私につけさせたいなら一つ勝負しましょう。」
ヤケクソだった。
そんな私に文章は当然首を傾げた。
「勝負とはなんだ?」
私は少し興奮気味に説明に入った。
「もし、カッコを使ったこの後の文章を、誰か一人でも口に出して読んだら、私はこれから出す全ての作品にカッコを使うと誓います。
が、もし、それが読まれなかった時には、私はまた、カッコを使わずに自由な書き方を貫きます。
いかがですか?この勝負に乗りますか?」
文章は暫く沈黙した後、
「条件がある。」
と切り出した。
それとは、
「そのカッコの中に入れる文字をこちらで決めさせてほしい。」だった。
私は了承した。
どうせどんな文字を使おうと、読者である人がわざわざ口を開いて読むだろうか?
この勝負勝ったも同然である。
私は待った。
暫く待った。
しかし中々文章は訴えを起こさない。
どうしたのだろうか?
私はなんだか、だんだんイライラしてきた。
いや、これもきっと、文章の作戦だ。
冷静に冷静に。
しかし中々文章は答えを出さない。
無理もない、勝負がわかっているのだ。
きっと怖じ気づいてどこかに逃げたに違いない。
私は無駄な時間を費やしてしまったと後悔した、しかしその時、
文章がやっと重い口を開いた。
「決めたぞ。」
私は真剣な眼差しでそれを訪ねた。
「それは何ですか?」
すると文章はまるで胸を張るように訴えた。
「それは」
「それは?」
「いい加減にしろっ」だ。
おしまい。
いかがでしたか?
今日のオススメのカクテルの味は。
またのご来店、心をよりお待ち申し上げております。では。