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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

掃除穴 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おう、つぶらや。そっちの掃除はもう終わったか?

 かったるいよなあ。強風のために汚れた校舎の掃除って。確かに泥とか落ち葉とか、あちらこちらに転がったり、へばりついたりしてきれいな感じはしないが……こういうときこそ、用務員さんが頑張ってくれないかなあ、と考えてしまうのさ。

 だが、親父おふくろ、じいちゃんばあちゃんは、口をそろえて「自分のお世話になるところは、なるたけ自分が注意してきれいにした方がいい」とのたまってくる。

 どうしてなのか? これについて、俺は家族から話を聞いたが、中でも親父がいっとう不思議な目に遭ったらしくてな。そのときの話、耳へ入れてみないか?



 親父が小学生だったころ、掃除をすることが大嫌いだったらしい。

 掃除そのものが嫌いというより、自分の好きなことを中断されるというのが、腹立たしかったそうだ。

 親父の学校は昼休みの直後、掃除を行ってから5コマ目の授業が始まるという仕組み。昼休みで盛り上がっている試合中などで中断を食らうと、不完全燃焼もいいところだ。

 その週の父親の掃除当番場所は、教室前の廊下。校舎の隅の教室ということもあり、人の行き来は限られている空間。そしておあつらえ向きに、教材室がすぐそばに置かれていた。普段から、鍵がかかっていない場所だ。


 親父は、掃除に前向きじゃない同志数人を募って、教材室にこもった。昼休みにやっていた野球の続きだ。いちおう、ここも掃除のテリトリーに入っている。

 もちろん本物のボールやバットは、ここでは用意できない。親父たちは短めのほうきをバットに、手ぬぐいをボール状に丸めたものを使って、室内野球に興じていたんだ。

 部屋の外には、掃除をやりながら先生たちの動向を探る見張り役がいる。接近が確認されると、中へいる面子へ知らせ、さも掃除をちゃんとしていたかのような、ふるまいを促すんだ。

 この布陣は、親父たちなりに完璧だったんだが、問題が起こったのが、梅雨どきを迎えたある日のことだ。



 親父たちが、取り繕いのために掃除をし出すのが、終了の3分前程度。ぱっと目につくところに大きなゴミさえなければ、先生からのおとがめはない。ささっとほうきでゴミを取り、これまたささっと雑巾をかければ、ほとんどオッケーだったんだ。

 3分前には、校内放送でその旨が告げられ、「しっかり行いましょう」とくぎを刺すかのような言葉が告げられる。

「へいへい」と、その日も件の放送があるまで、棚と棚に挟まれた空間で、バッター、ピッチャー、キャッチャーとその他に分かれて、遊んでいたところ。


 ふと、キャッチャー役の子がうめいた。

 先ほどまで、ミット代わりに開いていた両手を、上履き越しに足の甲あたりをおさえ、うなっている。親父たちが心配して靴を脱がせると、その友達の白い靴下には、そのおさえたあたりに、真新しい赤い水玉ができていたのさ。

 血だ。すぐ保健室へいって見てもらったところ、足の甲の皮膚が小さく破れていて、そこからぷっくりと血がふくらんでいたんだ。


 ただおかしなのは、そこが上からではなく、下からできていた傷だということ。

 足の裏側を見ると、ちょうど件の傷へまっすぐつながる場所に、同じような皮膚の破れが見受けられたんだ。もちろん、その部分の靴下も赤く染まっていた。

 おそらく、細長い針のようなものを踏んづけたのだろう、とのことだったが親父たちははなはだ疑問だ。

 掃除の時間が始まってより、あの位置についてから、各人はたいして動いていない。あのキャッチャーの子もしかりで、もし先生のいう針のようなものを踏んだのなら、もっと早くに声をあげていたはずだ。

 本人の話でも、痛みは急に沸いてきたとのこと。それこそ、何者かが意図的に刺してきたりしない限りは……。



 びびりの子が何人か、教材室の野球から抜けたものの、親父たちは構わずに遊んでいたらしい。事前に足元などを何度も確認し、とがったものがないかを確認したうえで。

 そうして何日も無事な時間が続き、少し親父たちの気が緩み始めてきたんだが、忘れたころになんとやらだ。

 ずきんと、バッターをしていた親父の両足に、突如として痛みが走った。

 はっきりとわかるのが、足の裏と足の甲の両方をまっすぐに貫く熱。すぐキャッチャー役の子とほぼ同じ目に遭ったことが、想像できた。

 顔をしかめながら、向かった保健室。短いスパン、しかも同じクラスの子が同じようなケガを負ったことで、保健の先生も首を傾げた。いったいどうして、このようなことになったのか、とね。


 最初はしぶった親父だが、絶対に他の先生にばらさないことを条件として出され、ついついこぼしてしまう。

 それを聞いて、保健の先生は「いまどき珍しい」と目を丸くしたあと、その現場へ連れて行ってくれるように依頼したんだ。


 時間は5コマ目の授業中。ひと気のない廊下を通り、親父は保健の先生と一緒に、問題の教材室へ。

 キャッチャーの子と親父。それぞれの構えていた大まかな位置を聞き取った先生は、その床板の狙いを定めると、とうとつに教材の一部である、巨大な三角定規を手に取った。

 その先端を床板と床板の間へねじ込み、てこの原理で持ち上げようとし始めたんだ。

 するとどうだ。さしたる抵抗もないままに、すき間を開けた板たちの下から、もわっと膨らんできたものがある。「やっと清々した」とばかり、のびのびと背を伸ばして床板を勝手に持ち上げていくそれらは、人の頭ほどの大きさまで溜まったほこりだったんだ。

 そのてっぺんには、新しめの赤黒い液体がこびりついている。


「ちゃんと掃除をしなかったでしょ?」と突っ込まれる親父。

 掃除は我々が気持ちよくなるばかりが目的にあらず。建物に存在する、あらゆるものの息を整える意味合いがあるのだという。

 親父たちが掃除をサボった上に、野球をしながら上から押さえつけていたことで、板の下にいるものたちが息苦しさを訴えた。それがいよいよ限界に達し、すぐに息を吸おうとして、親父たちの足に穴を開けるほど急いでしまったのだとか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分も掃除は苦手でしたが、小心者だったので学校の掃除は真面目にやっていました。でも、内心あんなふうにふざけられる男子が羨ましくもありましたね〜。 掃除しなくても死にやしないなんて常套句もあり…
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