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異世界殺しの魔王

エピローグです。少し長めです。

〝三十八〟……――。


それは、大戦後、この世界で新たに台頭した、国際テロリストの総数だった。


魔王軍が使用していた魔装具、魔獣はブラックマーケットでミサイルや麻薬とは比べ物にならない破格の値段で取引され、異世界人、特に行き場のなくなった元魔王軍は某国に傭兵として引き抜か(スカウトさ)れ、総じて〝テロリズム〟という一括りのジャンルに統一されたそれらを世界は認知することになった。


日本という小国の島国に()いてなお、例外ではない。魔王討伐――厳密には違うが――に最も貢献したとして賢人の駐留権を各国から公式に認められたことにより、安全と安泰が約束された日本の経済力と武力は大国に肩を並べられるまでに至り、実質〝世界で最も犯罪のない国〟と呼ばれるまでになった。


一方で――この国だけでも〝十二のテロリスト組織〟の潜伏が確認されているのもまた事実だった。


表向きは至極真っ当な新興宗教を装っているが、大戦は『黙示録』であるという教義を謳うことで信者を集め、来る〝大戦の再来〟に備え着々と軍備を進めていた。


だが、異世界に関しなんの情報も検知もなく、扱いを()らぬ武器を手に入れた所で彼らにとっては無用の長物だった。


故にその〝志〟も彼らの中で次第に変容していった。

入手した異世界の兵器を新興宗教(テロリスト)は、組織が運営する飲食店やマンションなどの住宅地で誘拐した一般人に移植し、尖兵ではなく、自爆のための〝死兵〟に仕立てることでその家族や政府を脅迫した。


賢人という後ろ盾がある政府にとっても、不確定要素だらけの兵器には手も足も出せぬというもので。


我々は起動方法を握っている、ボタン一つ押せば、一瞬で死体の山を築くことが可能だなど――()()()()()()()()()()だった。


大金を得たことで有頂天になった組織は尚も一層付け上がり、彼らは御立派な信仰を掲げ、実際は、祖国に(たか)る〝集り屋〟に成り下がった。


各々の勢力が様々な思想で睨み合いを利かせながら、生き残ったこの世界は危うい綱の上でその均衡をなんとか維持していた。

 

そんな、ある日、とある一報に東の小国は再び世界の注目を浴びることになる。

――タイが保有する〝魔王軍最大の兵器〟が奪われ、日本である人物に移植された。

――そして、その人物の名は……。



「そう、それが僕――早乙女五河(さおとめいつか)


学校の屋上。


夜空に瞬く星のような街灯を背に、早乙女五河は教え子に己の過去をさらけ出す。


下階では警察の検分が今も続いており、普段は大人しい夜の学校が、今日はまたやけに賑やかだった。


「大したキッカケなんて、特になかったんだ。その日も、他の日となにも変わらず、何事もなく終わる予定だったんだ。それが……」


過去に起きた出来事を顧み諦観するように、柵にもたれ五河。眼下の街を見下ろし嘆息する。自分がもう戻れなくなってしまったかつての世界を、どこか――羨むような寂しげな背中だった。


〝あの日〟も――こんな風に、綺麗な夜空だったのを憶えている。


学校から帰る途中、コンビニで安酒の缶チューハイと雑誌を買って、公園のブランコに腰掛け……そうだ、唯一いつもと違ったのは――新学期になるとすぐ散ってしまう早桜が


今年は珍しく残っていたことだろうか。帰ったら連絡帳をチェックし、明日の用意を済ませ早く寝なければ、と散りかけの遅桜を眺めながら缶を傾けぼんやりと考えていた。


すると突然、背後から口を塞がれ刺激臭がしたかと思うと、目の前が真っ暗になり、気がつくと見知らぬ路地裏に倒れており、朝を迎えていた。


そして何故だか――身ぐるみを剥がされていた。幸いにも財布やケータイは手つかずの状態だったが、パンツ一丁でどう帰ってよいかも判らず、身内に電話を入れて迎えに来てもらい、警察に通報した。


だが警察の捜査も虚しく、五河を追い剥ぎした犯人は、見つからなかった。アルコール反応が出たこと、金品が盗まれず放置されていたことが決め手となり、酔っぱらいの起こした事故ということでこの一件は落ち着いた。


それから一ヶ月も経たない日――五河の身体に異状が起こった。

なにもない街中で、突然下半身が雷撃のような痛みに見舞われ、トイレに入ると便()()()()()させ、そんな日は決まって、まるで、生気が抜かれたような脱力感に立っているのもやっとだった。


そして挙げ句には――〝()〟が変わっているのだ!


それから更に一ヶ月後、五河の家族に五河を拉致、〝改造〟した犯人から脅迫の電話が掛かってきた。

素性が割れたのは、恐らく身分証から〝五河の身元〟を知ったからだろう。


いや、今にして思えば……あの日から。自分はずっと狙われていたのかもしれない。

政府機関に相談してすぐ、五河の家族を脅したテロリストは、意外なほど呆気なく壊滅した。口伝で聴いた指導者の供述によると――五河を拉致しタイから入手した〝それ〟を移植したが用途――使い方が結局判らず、あることないことでっち上げて家族から大金を得ることにしたのだ。と、だが、それも次第に羽振りが悪くなり、かといって――ものが〝モノ〟だけに辞めようにも自首出来ず、こうして逮捕されたことに信者一同泣いて喜んでいた。


だがそれで、五河が解放されたわけではなかった。

除去しようにも、たとえ異世界、しかも、あろうことか〝魔王の業物〟――下手に(やぶ)をつついた結果、なにが出てくるかも定かでない。


隔離しようにも、人権が保障されている一般人を一生檻に閉じ込めるのも不可能。

結果――なんの手だても打てず、守秘義務という〝鎖〟で他者と隔絶され、五河(いつか)は再び世界に戻された。


無力な新米教師、非力な被害者の人生に。


自分の、というか――とても人間とは思えない雄々しい〝それ〟を見る度、自分の身になにが起きたのか解らず、五河は次第に他人と距離を空け、徐々に塞ぎ込むようになっていった。


だが、それも今日で終わり。

――〝なにもかも〟彼女に見られてしまった。


「幻滅、した……でしょ」


夜空に空回りする五河の嘆息に、だがマオ――彼の生徒は、「否」と首を横に振り微笑する。


「――其処許がいなければ、余も、其方も今、ここにはいない」

「えっ!? 幻滅しないの? ――だって、()()()()()()んだよ? その……〝僕の〟――」


それは、マオにとって予想外の反応だった。

叫び、乙女の如く顔を赤らめ。


マオに見えないよう、下半身を手で覆い隠す。


(ちな)みに――ズボンは今だ破れたままだった。


事情を読み取ったマオが、「えっ」と頓狂な声で肩を弾ませ、


「そっそのぉ~……よ余は、まだ〝(オンナノコ)〟だから、男の〝アレ〟を見たくらいで変に動じたりはしない。ハハっなるほど、五河の〝それ〟は『びーむ』が出せるのだな。いや~ぁ全く男にもいろんな種類がいるのだなおどろいた!」


腕を組み妙に清々しく言ってみせる。

――まあ。()()()()()に再会した所で、今更、動揺もなにもないんだが……。


と、マオのそんな様子に五河、肩を竦めて、まるで肩の荷が下りたように微笑んで。


「……()()()()()。こんなどうしようもない僕だけど、最後に朝日さんを助けられて本当によかった。でも――まさか僕に、〝あんなこと〟が出来るなんて」

「ああ、全く以て余も同感だ……」


にわかには信じられない――信じたくたくないことだったが。


しかし――と、半眼で、マオは五河を見る。

――要は……()()()()()()()()()()


自分の意思とは関係なく、他人の思惑で身体を弄くられ、存在意義を書き換えられた。


ならば、彼の苦労も解る。


容易に他者と交われないその、苦渋も解る。


など……そんな大層なことを言うつもりはない。どれだけ境遇が似通っていようが――彼は(五河)で、余は(マオ)なのだから。


種族ではなく、そこには――個としての明確な差だった。

――だが、そうだな……。そう。


「どういたしまして、だ。――()()()()()()()()()()()()()()。それは余が保障しよう。おかげで、今日は本当に助かった」


〝感謝を素直に受け入れる〟――それくらいは、許されるだろう。


緊張の糸が切れる音がし、腹から空腹感が一気に拡散する。


ぐぅううう~…………


「くすっ」

「わっ笑うな!」

「ごめんごめん……」


可愛らしく腹を鳴らしたマオに、思わず笑みが零れる五河。

人間なら、腹を空いて当然だ。


「朝日さん、そろそろ帰らないと。〝保護者の方〟も心配して待ってるだろうし」

その理由までは知らずとも、マオに親がいないことを五河は承知済みだった。〝保護者の方〟とは、つまりはそういった意味合いで彼の口から出た発言だった。


「心配か……一応、してるのはしてると思うが……」


今から帰ればきっと、今回のことで事情をあれこれ追求されるに決まっている。


バツの悪い顔になる。

疲れているのに、この上拘束、尋問されるなど真っ平御免願いたかった。


「なあ、五河。今夜――其方の家に泊まってもよいか……?」


幼女からの突飛な問いに眉根を上げ振り向く。


「――いいよ」

「あっさり!?」

「あっさり、って。朝日さんが言い出したんじゃ――帰りたくない事情があるんでしょ? なにも聴かないから、今日だけ許します。家の方には、先生が後で連絡しておくから」

「――……」

「? なんだよ。そんな感心したようなな顔して……」

「いや――〝うまいなー〟と思って」


「なっ!」と顔をしかめ五河。


「い、い一応あえて言いますけど、一晩泊めるだけだから! それ以外は〝なにも〟しませんからね!!」

「わかってるわかってる。さあ、夕餉(ゆうげ)にしよう。手が足りぬなら、余も手伝ってやるぞ?

なあ――〝せんせー〟?」


蠱惑(こわく)的な笑みを含むマオに、幻惑した五河が不服を申し立てる。


試しにやってみたが、この男――からかってみると、中々面白い。


「それは楽しみだ。魔王風情が人間相手に、果たして、どのような腕を披露するのか」


歩き出す二人を、柵にもたれながら包帯姿の男が呼び止める。


「貴様、まだいたのか。邪魔だ、帰れ。もしくは死ね」

「口だけは相も変わらず達者だな。しかし――宿無しが果たして、どこに帰れ、と?」


それに、と今も魔物の毒で覚束(おぼつか)ない挙動で、勇者は柵から身体を翻し。


「居場所が判った以上俺は、貴様の〝それ〟を手に入れなければならんのでな」


言って、ピシリと指さす。


(てのひら)に隠された、五河の下半身。

正確には、自分や五河に元々付いていた『モノ』とはおよそ()()()()()()()()()()()——。


「次ふざけたら今度こそ警察呼ぶぞ貴様!? そんなに立派なものが欲しいのなら、いっそその剣、股の下にでも挟んでおれ!」


勇者の手には、月夜に光輝く大剣が握られていた、それを肩に置きふてぶてしく二人を見下す勇者を前にさっさとお帰り願うマオ。


「あの」


だが彼を呼び止めたのは、あろうことか――事情をどこまで把握しているのか定かではない五河だった。


「僕の方からも、どうかこのままご一緒してくれるとありがたいです。――弁償についても、家族とじっくり話し合いたいですし」

「弁償? ――この学校のことか。ハっ。笑わせる。その言い方では、まるで貴様がここを所有しているではないか――」

「はい。ですから()()()()()()()()()()()()()()()


今一つちぐはぐな問答に、だがマオだけが真相に気付き、目を見張った。


「なっ」

「僕の言い方がわかりづらかったですね。――あなたが壊したこの学校、ここね……僕の家族が経営する私立校なんですよ。しかも政府指定の――()()()()()()()()()()()()()()()()された。では、改めて聞きます――」


(しわ)の刻まれた無精髭の勇者の顔が引きつり、みるみる青ざめていく。

 

自分が〝だれ〟と相手しているか、そこでようやっと理解する。


「あなたが壊した、校舎の修繕費用、一体どうお支払いいただけるんですか?」


道理で、と頭を抱えるマオ。

――道理で、伸び伸びと学校生活を送れたわけだ。

――だって余……一度は世界を滅ぼしかけた魔王だもん。


なのに、なんの制限もなしに野放しにしないでしょう。


「こ、この剣をやろう。売れば、きっとそれなりの金に……」

「〝非合法な武器を売って工面した金〟で政府施設を修繕したと知られて、それで、僕もあなたも無事で済むと思ってるんですか」


至極当然な意見が勇者の身体を貫いた。


「ここじゃあ身体も冷えますし、続きは僕の家で、家族も交えてゆっくり話すとしましょう。あなたも、今日は泊まっていってくれて構いません。……というか、どうぞ泊まっていってください。あ。ところで――腎臓と肝臓……あなたはどれが高く売れると思いますか?」

「それは〝合法〟なのォ~!?」

「ハイ!」


笑顔を崩さず。だが、微塵も笑っていない目であっさり嘘を吐いて。


「おいマオ! こいつ本当にお前の教師か! さっきからやたら一片の慈悲もないことを満面の笑みで俺に言ってみせるんだが!?」


組み合う二人を横目に、ハア、と、ため息を漏らし脱力する。


二年前。

今では最早遠い虚空の彼方にある遥か遠い過去。


この世を死と恐怖で蹂躙せんとした異界の魔王は、如何なる運命の悪戯(いたずら)か――唯一回の〝誤訳〟により力を剥奪され、引き換えに幼女として生きる道を強制的に課せられた。


そして彼女――彼――の前に現れたのは、一攫千金を求めて、魔王の『ティンPO』を狙う無敵、無職無一文勇者と、これまた理不尽な策謀により運命を狂わされ、〝一本付け替えられた〟新米教師。


騒がしい外野を背後にしながら。僅かばかりに星の瞬く都会の空を見上げ『異世界殺しの魔王』は――始まるであろう新たな〝戦争〟を目前に。


耳の裏をかき、不敵に一歩、歩み出したのだった。

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