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びーむ

下ネタ回です。

人質を避難させた教室で、朝日マオは、気絶した早乙女五河の名を叫んでいた。



(さいわ)い〟にも気を失っていたのは担任のみで、他を逃がすのに手間は掛からなかった。


門まで逃げろ! そう一声掛けてやれば皆、蜘蛛の子を散らすように駆け出し、外では救助に歓喜する声が上がった。

あの魔物は人の絶望を餌にこんなことを――意識を奪ってしまえば、泣き叫ぶ声も上げられない。


「しっかりしろ! おい五河!?」


揺する五河の身体を()る。抵抗して出来た傷を要所で発見し、恐らく身を挺して教え子を護ろうと人の身で魔物に組み付いたのだろう。


なにはともあれ、目的は遂げられた。後はこの者を奴が言っていた『特殊部隊』に任せ退散するだけ。


だが、一向に目覚めない五河を前に取り乱し、ここから出られない。外では突入の準備が着々と進行していた。刻限はすぐそこまで迫っている。


魔物や()の勇者、自分の知るどの種族と比べて、人の身体は脆弱だ。どの『世界』でもそれだけは不変だった。

ましてや、戦を知らないこの世界の人間なら呆気なく命を落とすのを、今の魔王(マオ)なら知っている。


だが、だがおかしいのだと五河に呼びかけながらマオ。


『死』などこのような身の上になる前に今まで人のも、人成らざる者のも星の数だけ見たというのに。世界を滅ぼす不死の魔王にとっては『死』など、不完全な生物が持つ単なる〝現象〟の一つに過ぎない。蟻のように踏み潰し、なにも感じず、ああ、死んだか。と見下ろすだけだったというのに。


やり場のない憤りが、マオの顔を歪ませるのだった。


唯一残った『魔王の心』が目の前に横たわる〝死の恐怖〟にざわめいた。


()()()!」


死ねばいい。――ずっとそう願ってこの茶番に付き合ってきた。


命の限られた弱い種族(もの)は死んで強い種族(もの)の糧になればいい。


「こんな所で余を残してみっともなく死ぬな! お前の護るべき〝生徒〟は、まだここに一人残っているぞ!? なんとか言わないかッ!」


両手をかざし、とうに使えなくなった蘇生魔法の詠唱を無我夢中に唱える。


嗚呼(ああ)、嗚呼……本当にみっともない! 


――心までは、最後までとっておいたのに。


どうしてこの人間が死に、なにも出来ない自分がこんなにも()()のだろう。


「へんじしろ! ――〝()()()()〟!!!」


「…………はじ、めて、じぶんから……呼んでくれましたね? ――朝日さん」


震えた腕を上げ五河が、あやすようにマオを優しく()でた。


目を覚ました五河の鳩尾(みぞおち)目掛け、マオは鉄拳を喰らわせた。


ゴフっ! と海老反りになり、突然の攻撃に悶絶(もんぜつ)する五河。


「ッ!? い、つぅ……こら、なに、すんのさ。先生をいきなり、なぐるなん、て」

「ええいうるさいだまれ! 起きるならとっとと目を覚まさぬか!? ――それともまさか余に『先生』と呼ばせるために、貴様、わざと狸寝入(たぬきねい)り決め込んだのではあるまいな?」


もし本当なら勇者が戻る前に、今度こそ生きの根を止めてやる! 息巻くマオに五河、勘弁してくれよ、と。


「そんなのするわけないじゃないか。どこまでうたぐり深いんだよ。……朝日さんこそ、危ないって言ったのに――……ほかのみんなは」


教室を見回し生徒を探す。


「喜ばしいことに、ここにいるのは余とあとはお前だけだ。外に出れば、我らも保護してくれる――急ぐぞ。長居してもいいことはない」

「逃がすと思ってるなら大まちがい。お前らはここで死ぬんだぞ?」


扉の影からぬっと魔物が現れる。見ると息が上がり、前足の爪が綺麗に切り飛ばされていた。


足止め失敗。間に合わなかったか。


ひっと悲鳴を上げたのは、しかし五河だった。


「この人間と遊びたいなら、余の屍を越えてからにするんだな」


全く条件発射といった速度で躍り出、両手を広げ狼狽する五河を(かば)う。


「……朝日、さん」

「ひゃ~ひゃっひゃっひゃっ! なんだ? ――まさか、そいつを護ってるつもりかァ?」


下卑(げび)(わら)いに身を反らせ魔物はマオを見やった。


恐怖を隠しきれず震える幼い肉を前に本能を剥き出しにさせ、殺したい、(やわ)い肌を切り刻んで、羞恥にまみれさせ、残酷の限りを尽くしたい、と骨の髄から噴く(えつ)に、毛先までその身が(たぎ)る。

両手足で踏ん張り獣の構えを取った。盛る食欲と殺戮の欲を呼吸で整え、ギリギリまで感覚を研ぎ澄ます。

抑制する。欲望を抑制する。それは、より強く明確な悦楽を得るため――。


だが、それももう我慢の限界だった。


「そんじゃあお言葉に甘えて――えんりょなくころしてやるよぉおおおおおお!!!」


理性と知性が決壊し想像を絶する本能が魔物を突き動かした。


飛び掛かる魔物と五河がマオを抱き寄せたのは、同時だった。

マオの視界を塞ぎ、自身もこれからの未来から逃避すべく、目を閉じる。


虚空の直中で五河が願ったことは、たった一つだった。

無力な自分を呪う。魔物に蹂躙される教室の中、泣き叫ぶ教え子を前になにも出来ない己の力の無さを思い知る。

自分の胸中で(おび)える少女の温もりを感じ、強く念じた。


――僕に朝日さんを、教え子を護れるだけの力を。〝早乙女五河は無力じゃない〟と証明出来るだけの〝力〟を――ッ!!


「――……ッ!?」


とその瞬間、身体の――下半身の奥から、ドクンッ! とこれまで感じたことのない力が湧き起こり、閃光と熱がほとばしる。

天文学的事象最大であり、恒星が最後に魅せる〝星の死〟とも呼べる超新星爆発(スーパーノヴァ)の如き

大規模な爆発現象――世界の理さえも揺るがす光と熱が。


――()()()()()()()(ひらめ)いた。

()()()()()()()()()()で目覚めた大魔力が〝熱線〟という奔流で、中空の魔物を消し炭と化し、世界から一片の証拠も残さず世界から抹消する。


崩壊する天井の音を微かに聞きながら――マオ、天を突く光を目の当たりにし満身創痍になりながらも異変に駆けつけた勇者は、見た。


なにが起きたか解らず呆然と立ち尽くす早乙女五河の局部を中心に円形に破れたズボン――そこから、二人が知る人の〝アレ〟ではなく、魔王が慣れ親しみ、長年に亘り世話になった『モノ』がぶら下がっている、その、文章でしか形容できぬ光景に…………。


「「なんか〝すんっごいもん〟でやっつけやがったぁあああああああああああああああああッ!!?」」


息のあったマオと勇者の仰天が、夕空にいつまでも木霊した。

次回、エピローグ。

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