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悪魔のアイデンティティ

※アガレスの言葉に作者はショック死しました。

両手を天へ掲げたメテボンニクニに窓からの斜陽が注がれる。目を瞬かせると光を受けたアイシャドウは弾けるように黒く輝いた。


どこかで見覚えのあるポーズだとマオが思ったら。


探しあぐね、ついに到達した真理。それを大賢者は漫画のヒロインと同じポーズで表現した。


「……あり、魔王さま。なにその顔?」


しばし空いた沈黙についに耐え切れなくなってメテボンニクニは尋ねても、マオは固まったままだった。微笑とも苦笑ともつかないにやけた顔、目の焦点は完全に飛んでしまった状態で。

「マオ様、戻ってきてくださいッ!?」


乱心したアガレスに強く肩を揺さぶられ、頭がもげんばかりにしなって、離脱したマオの意識はやっと肉体に引っ張り戻された。


「ああ、アガレスよ……いてて?」


気絶中に口から垂れた涎を拭き取ったマオは、得体の知れない痛みに(くび)をさすった。


「おかしくなったのは余一人か」

「小生も、訳が判りません」


どうしようもありませんと諦めるのに、青天の如き清々しい笑顔だった。


笑い飛ばすアガレスに対しマオは悶々としていた。

メテボンニクニが近況を報告する所までは記憶に新しいが、それ以降なにを話してもらったか思い出せずもどかしい。突然電気のブレーカーが落ちて真っ暗な室内しか思い出せないみたい。


「無理ないよ、僕も、耐えられず気絶した」


うーうー唸るマオに同情めいた口調で声を掛けたのは、先ほどから会話にふんわりとした気配で参加していた剛だった。


正座する剛もまた、メテボンニクニの言葉に含まれた聞き慣れない単語を詰め込まれた結果、ぶっ飛んで、衝撃後に再起動した脳に圧し掛かる頭痛に苦しむのと同じような暗い面持ちで苦い笑顔を作った。


とどのつまり、マオも剛、ついでにアガレスも、メテボンニクニがなにを言いたいのか理解が追いつかなかった。共感しようにも、理解より先に脳回路に信号が受信されシャットダウンする。


「全否定とかテンション下げぽよなんですけどぅ」


共感を得られず不服そうに唇を尖らせる一方で、内心ではさして落ち込んでいない口ぶりのメテボンニクニだった。


「てかそれって、ここにおるゴーっちも対象に入ってるってことになんだからね!?」


ネイルで飾った爪で指を差された剛が引きつったような声を上げた。予想に反した反応への埋め合わせとしてもとんだとばっちりである。


「あら、そちらの方に、小生は多少の見識がありますわよ」


剛へ優雅に顎をしゃくるアガレスにメテボンニクニは不信な眼差しを送った。


「魔王さまならともかく、アガレスがぁあ?」

「小生は元は教育者という立場から、マオ様に忠誠を尽くす者を育成しようとしたのです。そのため、伊達に俗世への順応に勉しんではいません」


自信満々にメテボンニクニの手にした文化について意識の高さをアガレスは誇ってみせた。知識喰いの大賢者に、実に思い切った啖呵である。


「――? 少年よ、どうした? 先ほどから震えて」


身を案じるマオに顔を覗かれながら、小刻みに揺れた剛は、やがて歓喜を吐露した。


「こ、こ……こんな綺麗な人が、(オタク)の気持ちを、わかってくれるなんて……!」


大声で泣くのは失礼だと口を覆っても、ぎゅっと閉じた瞼から感動は溢れて止まらない。


日陰者だと、自分の趣味嗜好を他人に打ち明けるのが怖かった。


どうして自分だけと周囲からの待遇を恨んだこともあった。周りより少し多く漫画を読んで、アニメの内容を知っていて、小説を読むことが苦じゃないだけでどうして特別視されるのか。


本当は、他人はそれほど気に掛けてないのに剛自身も気づいていた。話した経験はおろか目を合わせた階数も少ない人間を蔑むことなどできない。


見られていないからこそ、自分とはどういう人種か知られ、気持ち悪がられていくのが日を増すごとにどんどん恐ろしくなって、自分から関係から逃げてしまった。


彼女は、そんな情けない自分に勇気をくれた。


もう、剛は怖れるのを止めた。


「と、マオ様。このように。普段は自分の趣味嗜好を告白できず日陰で生きている割に共感する者(カッコ)年上美女然り学園のカースト上位しかりムードメーカーしかり(カッコとじ)に優しく声を掛けられると、水を得た魚のように食い下がってくる、憐れな生き物……それがヲタクです」


百聞は一見に如かず。説明の前に彼らの生態を実践してみせた。これで主も、彼らをよく判ってくれたにちがいない。


「おやまあ、マオ様のお役に立ててよかったですね。気絶するほど嬉しがるなんて」


光の失せた剛の目から、一粒の涙が流れた。魂が肉体から流れ落ちるように。


「アガレス、この子にちゃんとごめんなさいしなさい」

「この人殺しー! ヲタ殺しー!!」


子どもを叱りつけるように言うマオ。メテボンニクニは、弄んだ挙げ句、剛を殺した(精神的に)アガレス怒りを露わにした。


「こんなか弱いヲタクを手に掛けるとか悪魔かよ!? 人の血は流れていないのか!」

「悪魔ですから流れていませんが」

「ごめんなさいできるまで、うちにいれません」

「マオ様こそあんまりですぅ!」


観念し、折れるようにアガレスは剛に頭を下げた。


「――はっ! 僕は一体、なにか、とんでもない悪夢を視ていたような……」

「無理に思い出さなくてもいい。あれはただの悪い夢だったんだよ」


意識が戻った剛をどさくさに抱き締めようと両手を広げすり寄ってきたメテボンニクニを、剛は引っぺがした。


「なにをする……!」

「傷ついた心を胸の中で癒してあげたいだけなのに」

「いらん、あつくるしい……!」


顔をカンカンに熱くさせる剛。気を失う前後の記憶がないせいで来客を前に取り乱してしまった。


回復した剛に、マオは改めて謝罪した。


「部下が無礼を働いた。其処許とメテボンニクニの関係は、まぁ、傍から見てだいたい判っ……やっぱりまだ理解が追いつかない。よければ、その〝漫画(マンガ)〟? とやら……しばらく貸してもらえまいか。大賢者を落とした奴を、もっと深く理解したい」

「え、ええ。元々それは、僕がぼんちゃんにあげたから……」


帰ったらゆっくり読もうと、メテボンニクニから預かった本をマオは膝の上に乗せた。

お詫びとしては些かに苦しくなってしまったが、アガレスを御せなかったのは己の無知が原因。知識の幅を広げていけばアガレスの偏った価値観も少しは矯正できる。


ともあれ、この悪魔が学校で教鞭を振るうようなことがなくてよかったとマオはホッとした。異世界人じゃなくても、教育者の立場からあの発言は子どもの発育によろしくない。


たまさかアガレスの擬態を見破られたのは、怪我の功名であった。


「それで、魔王さまはどしたん?」

「?」

「さっき会った時、何やら浮かない顔してたじゃん。ウチに逢った途端に消えたけど。まさか、ウチになんか訊きたいことでもありげ?」


ぴしゃりと言い当てた大賢者に、マオは悩みを打ち明けた。


「なるほど」

「貴様なら知っているのではないか。〝夏〟について」


剛の部屋は、まだクーラーを点けるほど暑くない。夜寝る際は窓を開ければ涼しい風が入ってくる。日中は湿度が高く襟を緩めたくなるけれど、窓を閉めた部屋は日が徐々に傾くに連れ、過ごしやすい気温に自然と下がった。


窓を閉め切った部屋のマオの前髪の分け目に、ぽつぽつと汗が滲む。


梅雨ももうすぐ、終わりだった。


「二人とも、時間ある?」

「「……時間?」」


太陽の位置から考えて日没までまだ余裕はある。暗くなるまでに戻れば五河(いつか)もまだ学校に残っているし夕食には間に合う。


大丈夫だと説明すると、メテボンニクニは首を振った。


「かしこ。でも、そうじゃなくて。休みの日とかなにしてんの、土日は学校ないんでしょ?」


そうだがと、マオは答えた。


異世界人が多く在籍する学び舎もほかの学校に洩れず週末二日は休みだった。


だが世間が一般的に抱いている休日への思い入れは、マオには薄い。それは傍に付き従う従者もまた余った時間を持て余していた。


「休みの日とかなにしてんの?」

「部屋の掃除と、来週の食料の買い貯め、学校の宿題」

「マオ様、勤勉でございます」


思いつく限りを指折り数えるマオにアガレスは拍手した。


「お前はもうちょっと真面目になれ? あの程度の宿題余裕であろう」

「小生は悪魔ですから。それはアイデンティティに関わってくるので」


仮に自己を守るために怠惰を貫いているとしても、アガレスはそもそも司る大罪がちがっているから言い訳をマオにすぐ見破られた。


「ウチはむり! 一日中家の中で過ごすとか」

「引きこもっていた大賢者がなにを言う……」


マオたちの一週間を想像したメテボンニクニは渋柿の汁を噛み潰したような顔をさせた。


「政府に、軟禁されているんですか……?」

「別に、そういうのでは」


青ざめる剛にマオは煙を払うように訂正した。


確かに政府が指定したマンションに暮らした時期はあった。そこでは監視カメラで起きてから寝るまで生活の始終を記録され食料も輸送だった。


だが五河の家に引っ越してからは外出をする際も許可と尾行を求められなくなったし食事も自由に選べるようになった。悪魔と勇者との同棲も黙認されている。


マオにそれらが許されるよう陰ながら尽力してくれたのが、あの男だから。マオもあの禿頭に一欠片ほどの信頼を許容し経過観察に訪問してくるのを許していた。


空白の時間をその日その日の都合で埋め合わせているのは、時に区切りのなかった元・魔王自身、どう使えばよいのか判断の真っ最中だから。


「そりゃ、夏がどういうものか判らないのも納得だわ」


複雑な心境を浮かばせるマオに、メテボンニクニは膝を叩いた。


「よし、ならばこの大賢者が、迷える魔王さまに一つ助言しましょー!」

「真か!?」


快く引き受けてくれたメテボンニクニにマオは感謝の色を隠せない。


「して……夏とはどういうものなのだ?」

「あわてなさんな。今日はもう遅い、一旦日を改めよう」

「今日じゃ駄目なのか」

「ずいぶんと勿体ぶるではないですか。ただの季節の循環に、それほどの価値があると」


マオを待たせておいて納得の得られる情報でなければ、その目に痛い色の髪を切ってやるつもりだった。衝撃の余波で、首も一緒に落ちるが。


「なんか喉のあたりに寒気が」

「あら、風邪ですか? 気をつけないといけませんよ。ニンゲンは脆いんですから」

「まあいいさ、時間は取らせないから、待たせた分期待してて。ウチがみっちり教えてやんよ……魔王が滅ぼせなかった、この世界の〝夏〟ってやつをよ」

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