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舌触り

「あーね。つまり魔王さまが消息不明になったのは、こっちの世界の外科手術で『アレ』を取られ幼女になったから、と」


古平剛という少年の自宅に移動したマオたちは再会したメテボンニクニに連絡が途絶えてからの経緯(いきさつ)を語った。


「信じて、くれるか……」


声を落とすマオの不安げな上目遣いは隣のアガレスを一瞥した。目線の心意を察したアガレスも唇を引き絞った。

偶然学校で再会した際は魔王について知っているマオをアガレスは問答無用で殺そうとした。第一家臣という信頼で最終的には矛を収めマオを信じたが、今回は政府に通じていたシエルの時と状況はむしろそちらの方が近い。


「おけおけ。整理する」


思案を始めるようにカーペットの上であぐらをかき唾を付けた指でこめかみを左右から揉む金髪ギャル。ぽく、ぽくと瞑想しながら唱えるそれがこの世界の宗教で用いられる楽器、すなわち木魚をばちで叩く効果音だと二人は気付かず顔を見合わせた。


一通り考えを巡らせて、自称『大賢者』の出した結論とは――。


()()()()()

「‶まじ〟」

「‶おそろ〟?」

「世界を滅ぼす魔王に薬持って、眠っている間に()()()幼女にしたんだよ? おそろしいでしょ?!」


逆にこれまで恐怖を感じなかったのかと血相を変えたメテボンニクニに迫られたマオは、彼女がなにをそこまで取り乱しているのかようやく理解し、苦虫を食い潰したような表情を取った。


言われてみれば彼女の言う通り、敗北や身体を改造された憤りを感じこそすれ、恐れや怯えといった類の感情は抱いてこなかった。だがよくよく思い返せば魔王を相手に騙し討ち、二桁も歳を食っていない幼女に変えた挙げ句、四六時中監視しているこの世界全体の方針は――取り乱して恐怖せねばならない状況だった。


「これではまるで国家ぐるみの犯罪ではないか……っ!」

「もちっと容姿自覚しなよ、魔王さま」


泡を食うマオにメテボンニクニが呆れ気味に呟いた。


「いや、むしろ‶自覚したからこそ〟そうなったのか」


マオの話を集約した限り、庇護下にある学校では良好な人間関係を築けている。

だが――全てを打ち明けられるような環境でもなさそうだった。身分を隠してこの世界のニンゲンに接するというのは、自然に彼らに()()()()()()こととなる。


『外見上の年齢』と同い年の友だちが増えれば、今の自分にも疑問を抱きにくくもなる。


それを幸か不幸かは――本人が決めることだと、‶経験即〟で大賢者は知っていた。


「小生からも、一つよろしいでしょうか」

「なに? なに? ……てか、そんな睨まれるとチョーこわたんなんですけど」

「貴公――本当にメテボンニクニか。姿形もだが、小生の知る賢者と貴様は()()()()()()()。それが小生は癪に障る。それとも、貴様が彼の賢人であるのは――貴様が証明してくれるのか?」


ドアの向こうでカップの揺れる音がした。


「ぼんちゃんが開けるからちょっと待ってて!」


がちゃりと開いた扉から両手を盆で塞ぎながら現れた気弱な雰囲気にアガレスは嘆息。地を這うだけの無力な虫を一匹ずつ区別できない大悪魔でも輪をかけたその貧弱さに意識してしまった。


「あの……こちら、お茶を……」


ステップを踏むようにソーサーの上でカタカタと鳴るカップが差し出された。受け損じないよう慎重に預かったカップの水面には茶葉の香りの漂う緋色が揺蕩(たゆた)っていた。


「もーゴーっち、そんなに怖がらなくても魔王さまはゴーっちになんにもしないって!」

「でも。……ぼんちゃんの、前に話してくれた話が……本当なら。()()()()


ライオンの檻にでも放り込まれたような閉塞感に家主の息子は恐怖を隠し切れない。肌に覚える浮遊する空気は喉を横薙ぎに裂くみたい。


恐怖の元凶である銀髪の幼女は、カップを渋い顔で睨む。血走らせた碧眼に僅かな紅が染

色されたその様ときたら大賢者の預言と大きく外れていた。カップの縁に飛んだ水滴一粒に注ぐ恨みさえ地球を覆わんばかりの迫力は沸々(ふつふつ)と。


来客用の紅茶とはいえスーパーで買った安物のTパック。茶葉の品種なんて気にしようと思いつきも今まで生きてきてしなかったが、だいたいが、人が飲むのを想定したものが売られている。


しかし客人に出せる飲み物は、今はあいにくとそんな物しかこの家にはない。カップの湯に色がつくのを眺めている間もこれでいいのかと困り果てたが。


「つかぬことを()くが。これは……飲んでも大丈夫なやつか……?」

「え……? ――はい」


頷いたのを確認したマオは、しかしそれでもその言葉を完全には信用しきれなかった。


眼鏡の奥で少年の目が見開いた。自分でも行儀のいい振る舞いとはマオも思えないが、勢いよく飲み干すことはどうしてもできず、かといってせっかくのもてなしを突き返すのも躊躇(ためら)われ、ぺろりと唇から出した舌の先端で紅茶の水面をつついた。


痺れもなければ、眠くもならない。苦みの奥に茶葉独特の甘みを感じる――ただのお茶だった。


「毒は、入ってないようだな」

「毒!?」


不本意にも嫌疑をかけてしまったのを苦笑交じりに謝罪するマオから飛び出した唐突な単語に少年の見開かれた瞼は目玉が零れんばかりにさらに開いた。


虫けら同然の人の飲む物など、上位の存在には雑草も同然。だがまさか、そこまで疑われていたなんて。


「貴様ッ……よくも!」


やはり大賢者の名を出してまでマオに接近したのはそういう魂胆か――殺気で大気を圧迫しようとしたアガレスをマオは諫めた。


「この者らに敵意はない! 余の不安ゆえいらぬ疑いを彼らにかけただけだ」

「そ……そうですか」


形態の変化まで起こそうとしたアガレスの衣裳が黒から白に戻る。


他人から出された飲み物で一度、人生というか魔生を失ってからというもの初対面の相手からのもてなしを本能的に恐れるようになってしまった。だがこのようにやたら相手を疑ってかかると、部下に余計な心配をかけかねない。


直さなければ。そう思いつつも恐怖を抑えられないのがマオの悩みだった。


話題を変えるというか、本題に戻す。


「其処許が、メテボンニクニを世話してくれているニンゲンか」

古平剛(こだいらごう)。ぼんちゃんは〝ゴーっち〟って呼んでる!」

「ぼんちゃん……!?」


ウェーブのかかった金髪をなびかせ手を振ったギャルの腕を剛は下ろさせた。


「まずは礼を、余の盟友の助けとなってくれて」


畏れ多くも陳謝を述べるマオに剛は頭を下げ返した。子どもらしからぬ言動に〝やっぱりこの子は〟……と剛は。


そこへ挟もうとする声が一つ。


「貴様のような頭のおかしいニンゲンが、彼の大賢者である証拠は?」


空になったカップを置くアガレス。


毒の類は入っていなかった。


「これアガレス!」

「マオ様の信じようとする心はとてもご立派で、小生には真似できません。感服申し上げます。だからこそ小生が、僭越ながら彼らに問わねばならないのです」

「アガレス……」


歩み寄ろうとする者を信用すれば争いは減る。生き別れたかつての同胞なら信頼を以て迎えるのが務めと、主君は自ら示した。


ならそれを――覆すのが最も近くにいる臣下の務めである。同調し盲目的に主の行動を猿真似しては真意には応えられない。


時には主よりも〝主の力になりたいと望む己〟に従い、真っ向から否定するような決断も。


「……なんかアガレス、変わった? 昔からつよかったけど。鬼つよくなったっていうか。しかしこまりましたなー」


司欲淫王(しよくいんおう)〉の〝尽くしたい〟という魔王への忠誠は下僕でも特に厚かった。この世界の経験によるものか、それがさらに増している。


以前の愚直な妄信が霞んで〝血が通った〟とでもいおうか。マオを護るには異を唱えるのも(いと)わず、そんなアガレスをマオも認めている。


二人のこの信頼に報いるのは、今のメテボンニクニにはかなりの難題だった。


「さりげ、この姿になるのに……()()()()()()()()しまったもんで」


揃って向いてきた顔に、頭を掻くしかないギャルだった。

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