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ギャル、襲来

マオはアガレスとこの世界の『夏』についていろいろと調べてみた。


「これくらいお命じになられれば小生――んんっ、()ひとりで調べてきましたのに」


アガレスが咳払いで人称を改めた。隠すよう言われていたのに口を滑らせた理由は、自身の中で主人に対し抱いた感情が不平不満であると自覚したから。


「今日はサクラもスモモも掃除中で余も昼休みを持て余していたのだ。ぼーっと過ごすのも味気ない」


図書室の閲覧用の机に見開いた本へ視線を下げたマオは上擦った声で言った。椅子の背後を横切った司書教諭の女性はポニーテールを揺らし、感心したように頷いた。


眷属の少女らが所用の時は時間を活用しこの世界について見識を広めることにマオは勤しんだ。昼休みに図書室を利用する生徒は限られ、彼らの活気のほとんどは窓の外にある。


テスト期間もまだ少し遠く閑散とした図書室で、勉強熱心な生徒二人が今日も本の前に座っている光景に先生も満足だった。


「――やはり、目を付けられていますね」

「巡回しているだけだ。敵意はない」


魔法で発した黒炎を片手に燻らせたアガレスをマオは収めた。紙の本を集めた場でそんなものを放てば学舎が炎上しかねなかった。


アガレスが解呪したのを確認したマオは、改めて礼を述べた。


「アガレスこそ……知識不足な余に付き合ってくれてありがとう」

「臣下も共につけず御身ひとりで目の届かない場所に行ったとあれば、(わたくし)の失態です」

「ふふっ、つよがっているのがバレバレであるぞ?」


鼻腔から滝の如く血を溢れさせたアガレスから本が濡れないようマオは引ったくった。今しがた通り過ぎた先生にティッシュを所望した。


詰めたティッシュにやや鼻声になりながらアガレスは一息つく。


「夏については、これでひとしきり調べ終えましたね」

「そうだな――――」

「どうかされましたか?」


ふむと、本の裏表紙に嘆息した息を吹き掛けたマオにアガレスは気になった。


「あ……ふと、な。‶こうではない〟ような気がして」

「? ()()()()()()?」


これまで参考した本には夏――この世界の『四季』についての情報が載っていた。四つに変化する気候で今は夏と呼ばれる辺りなのだそうだ。


日の出と日没、太陽のある時刻がほかの季節と比べ長くなる。どうしてそうなるか、その仕組みに関してはピンとこないのだが。


要は、‶(あつ)くなる〟らしい。


「確かに余は夏について知りたかった。しかし、余が本当に知りたかったのは……これではないような。なぜかすっきりしないのだ」


引っ掛かった小骨を取るように喉をかくマオ。


「マオ様が、真に知りたいこと……‶夏〟」


頭を抱えるマオが一体何に懊悩しているかアガレスも解決策を図りたいが。


神創の兵器であり魔族であるアガレスに『気候』という概念は理解しづらい。〈神創聖典(ゴエティア)〉が誕生した世界の気候帯は全て魔力によって構成され、途絶えず吹き荒れる嵐に木は育たたず彼女の知る故郷は不毛の土地だった。


神の文体あるその身は、百度、二百度の変化は実感不可能だった。


それはまた、魔王であった銀髪碧眼の幼女とて同じ。


「申し訳ございません。私がもっと夏に詳しい種族であれば……」


項垂れるアガレスの金髪は萎れるようにさらさらと肩を流れた。


「――……‶()()()()()()〟……それだアガレス!!」

「え!! どれですか!?」


がたりと椅子を倒し向かいのアガレスに飛びつかんばかりに身を乗り出すマオ。これにはさすがのアガレスも身を退()いた。


「図書室ではしずかに!」


カウンターで小説を読んでいた図書委員が口に人差し指を添えて注意をし、我に返ったマオが席に戻るなりアガレスは声を潜ませ()いた。


「なにか妙案が……?」


説明し出そうとしたマオの指が立つタイミングで、午後の授業のチャイムが鳴り慌てて本を元あった棚に直し教室に戻った。マオを胸の前で抱え転移魔法で教室の席に直行したアガレスは、魔法の使えず図書室の鍵を悔しそうに握りしめるニンゲンの子に、軽い会釈をした。


あいにくと今日の午後は授業が一限しかなく、話の続きは放課後の下校途中、傾きかけた夕日に染まる通学路でアガレスを誘ってマオは説明した。


「‶夏に詳しい者に聴く〟?」


首肯したマオになるほどとアガレスは、主人が下校に転移の魔法を使わせないようにした理由に納得した。


空間の壁を跨いでの移動は、異世界でも稀有な能力に当たる。途中までいっしょに登下校するサクラとスモモの前ではもちろん、人目のつく近所でも使用は控えるようマオは釘を刺しておいた。


それでも今回のマオは妙に用心深くアガレスに注意したが。


内密の話なら自宅の方が安全だが、今回は――同居人の勇者に聞かれては都合が悪かった。近頃は真昼も予告なく来るし、あれこれと下手な勘繰りをされても無実を証明するのは面倒だった。


「この世界での余の知り合いは限られているからな」


帽子の中から周囲を窺うマオは目を光らせた。


元・部下の起こした暗殺事件の余波はまだ続き、魔王に対する恐怖心も人々の中で再燃した。


平和は、時にいともたやすく崩れるのだと。忘れていた事実を誰もが思い出した。


「なのに、()()()()()()()()? ――マオ様は」

「…………」


夏について知りたいと言い出した時はどうしたのかと心配したけれど、それは建前で――散り散りになった仲間を探す『口実』がほしかったのかもしれない。アガレスも、マオ自身もそう思い返した。


「して、誰を探すおもつもりで」

「止めぬのか!? シエルの件があったのに」

「ほかにも、マオ様を好意的に思っていない逆賊がいると? ()()()()()()()()()()()()()()()()()――!」


悪魔の放つ目には見えぬ殺意のオーラに通行人は本能的な怖気を背中に覚え足早に帰路についた。


蜘蛛は命を拾ったが、今度は、絶対に逃がさない。


「子どもに化けるなら今後はそのように(わら)うのは許さぬ!」


耳まで裂けた口から牙を光らせたアガレスの貌を全身で隠しながらマオは兎のように跳ねた。これでは同級生どころか山羊頭の悪魔も湿った股間を押さえる。


「して、だれを探しましょう?」


スカウトした世界では魔王の素質を持つという組織の構成上、魔王軍の精鋭の過半数は‶ひとならざる者〟で占められる。


だが、あくまで組織内で多数派に分かれるというだけで、ニンゲンもいた。


「心当たりは、なくはないのですか」


記憶から一つひとつ顔を思い出すアガレスの俯く表情は若干険しい。


彼らにも魔王の才があるので引き入れられたが、種族のちがいにより人種とそうでないモノとの間では度々意見が衝突した。


最終的に世界は魔王によって滅ぼされ資源は喰い尽くされる。だが資源を余らせて有効に活用すべき、種族から優秀な人材を引き抜いて育成すべきと、命を尊重するような意見が人種を中心に起こった。


生命を持たず、一個体で進化が完結した者たちにとって、命とは魔王に捧げる供物。そのうちの一人だったアガレスも、自分の価値観では劣等種の戯れ言は理解しがたい‶騒音〟だった。


彼女にとって人だった部下との記憶はあまり面白くなかった。


「そんな其処許が真っ先に思い出すとしたら――」

「メテボンニクニです」


まぁそうなるだろうと、乾いた喉でため息をつくアガレスの呟いたその名に、かつていた配下を懐かしむ。


魔王軍精鋭、メテボンニクニ。人族に生まれ『()』を欲した彼女の生涯。それはまさに力を求めるニンゲンという浅はかな生物の体現であった。貪欲に収集した知識を記した書は寝座(ねぐら)である地下洞窟に蓄え、本来なら後世に発表される書は己のさらなる欲望の糧とした。


いつの頃から、洞窟の奥深くには魔女が棲むと。魔女は人を攫いその記憶を喰らうとうわさが立つようになった。それは彼女の蒐集の『やり方』に由来する。


彼女の最終到達点は、不老不死になること。


膨大な記憶と記録の蒐集と編纂によって――魔女と忌み嫌われた彼女はついに死を克服した。


そんな研究の途中だった。魔女は宇宙が複数ある事実を人々の記憶を照らし合わせた末に見つけ、隔てられた壁を開いた。


‶そこなら答えがあるかも〟と――()()()()


結果、彼女は『外側』から世界を食糧にする魔王を自らの手で呼び寄せてしまった。


資源を吸われ海は干上がり命が絶えていく光景の中、しかし魔女は――歓喜の涙を流した。


絶対の覇の実在、老いも死にもしない存在がいることが自身の召喚によって証明された。


果てのない命を持つ彼らの――王。渡り歩いた世界そのものが崩壊する様を単なる『食事』と見下す。


しかし魔王も同時に、訪問した『食卓』にいたニンゲンに珍しく感情を動かせた。劣等種でありながら蓄えた知識はどの配下よりも多い。有限の命に不死を獲得している。短命でありながら――一世代で。


なんと浅ましく、なんと、ニンゲンらしいか。


興味をそそられた異世界殺しの魔王は、気まぐれに魔女に自身の精鋭と同じ位を貸し与えた。


魔王の輝きを秘めた原石。〈十八冥光〉――()()()()


不死の大賢者。メテボンニクニ。


「確かに彼女なら、この世界の夏についても詳しそうだな」

「ですが……彼女はあまり」

「そういや今にして思うと、アガレスはあ奴を避けていたな」


ランドセルの教科書をがしゃがしゃと鳴らすマオに勘弁してくれとアガレスは表情を曇らせた。


道幅が広くなれば通行人の数も増えてきた。前方から学校帰りと思しき制服姿の男女が二人に向かって歩いてきた。男の方はさして取り留めない特徴だが、女の長髪は金と明るい。カップルならずいぶんと対照的な組み合わせだった。


「劣等種の分際で魔法に秀でた才のある彼女を、快く思っていない者は多かったと存じます。魔王様にもたびたび意見して」


資源の分配や人材育成の提言者の筆頭が、メテボンニクニだった。配下同士の軋轢は一位に取り立てられた少女時代のアガレスには苦い記憶として残っていた。


力や地位に驕り増長するような態度が目立ち、人という生き物の醜悪さを再確認したアガレスは序列の剥奪を魔王に進言しようとした時もあったが、自身が加わる前の主人の決定に背く行為は、彼女と同列に堕ちる気がし、決断できなかった。


「ですが……適任かと思います。彼女なら、マオ様の求める答えを導き出してくれるやも」

「あとはどこにいるか、だな。案外アガレスのように近場にいるかもしれないぞ?」

「もう、からかわないでください。シエルといい、そうほいほいと再会してたまりますか」


頬を膨らませるアガレスに振り向きながら笑うマオが前方を見ると。


「だれかとおもえば魔王さまじゃん! かわいくなりすぎてきゃぱいんですけど!?」

「ちょっぼんちゃん!」


硬直した幼女の驚く顔を、ギャルが中腰になってまじまじと見つめていた。


「そっちはもしやアガレス? ありえんてぃー! まあウチが言えたことじゃあないかっ」

「貴様、何者だ?」


魔力がない。ということはテンションが高いこの女――連れの男同様、ただのニンゲンだ。


魔力だけでなく生物の些細な殺気にも反応するアガレスが防御姿勢を取れなかったのは二人に敵対する意思はないというなによりの照明だった。


「では、なぜ小生の正体を――」

「失礼だよ、歩いている人にいきなり絡むなんて」

「ゴーっちは相変わらず陰キャムーブ全開な。いきゃめんが泣くぜオイ」


ギャルにばんばん肩を叩かれた男子高校生の眼鏡がずれた。


「一体――?」

「やだな魔王さま、それ本気で言ってるの? ――メテボンニクニちゃんさ!」

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