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努力

魔王に関する情報の提供を条件に、異世界側の代表である賢者たちはこちら側の市民権と、全ての魔物の永久追放を求めた。


魔王から産まれた『子』――異界の尖兵として創られたため、魔物の順応力は高く、魔王が破れた後各々が持つ〝特性〟を〝人種としての個性〟と社会に認識された彼らはこの世界に徐々に適応していった。

が、一度は世界を滅ぼそうとした彼ら。そう簡単に人々に受け入れられるはずもなく。


それは、彼らもそうだった。


戸籍の他に種族としての身分証を持ち、普段はひっそりと暮らしているが、異世界人による犯罪率は、戦争終結から一年というこの短期間の間に、世界全体の三割を占め、対策が進む現在でも増加の一途を辿っていた。

 

「中はどんな状況だ?」

「犯人は依然、学校の生徒数名と教師を人質に教室に立て(こも)っています――人質の身元は、この学校の教師、早乙女五河(さおとめいつか)、二十四歳、並びに彼の担任生徒、男女合わせ三十六名です」


現場に到着した刑事に敬礼した制服警官が淡々と説明する。

「――やけに人が多いな……」


辺りを見回しながら刑事が嘆息(たんそく)した。

校舎をサイレンを回したパトカーが包囲し、避難した学校関係者、事件を知って我が子の無事を教師に訴える生徒の保護者、報道関係者や野次馬がカメラを向け――普段は閑静な夕刻の住宅街が一変し、緊迫した空気に騒然としていた。


「避難した教師によると、昼休み――早乙女さんは、突然校舎に飛び込んできた異世界人ともみ合いになり、奴はそのまま早乙女さんと生徒を人質に、教室を占拠したそうです。この他にも、現場を目撃した学校関係者や生徒からも、いくつか証言を取れました」

「白昼堂々の大胆な犯行――犯人の要求は?」

「こちらからの電話を最後に。ただ、〝邪魔するな〟、とだけ……」

「――〝金はいらない〟……生活に行き詰っての身代金要求ではない、か」


眉根を寄せ、刑事は(くわ)えた煙草(たばこ)に火を点け煙をくゆらせる。

スーツを圧迫する筋肉、それは、並の警察官のように人間用に鍛え上げられたそれではなかった。

刑事の指示を待つ警官の瞳には、憧憬、羨望、畏怖――様々な感情が渦巻いている。


『異世界人生活安全課』


陸自、海自、空自の精鋭を階級に絞ることなく選抜、組織された〝対異世界人犯罪〟のエキスパートであり、その名の通り、彼らの相手は、人間ではない。


茜色に染まる教室の窓に向け、ふぅー……と煙を吹かし、刑事が呟く。


「――()()()()……」


一介の制服警官である彼に、言葉の真意は読み取れない。

なにせ、担当する地域の学校で異世界人が児童を人質に立て籠もり事件を起こすなど、

想像すらしていなかったのだ。




校舎から距離を取った団地住宅の階段を上りながら作業着姿の、極貧、絶賛職探し中の勇者は嘆息し、後ろから憑いて来る幼女に問うた。


「――ところで、どうして俺とお前は二人で仲良く団地にいるのか」


聞くと、異世界人が教師とその生徒を人質に教師に立て籠もったのだという。


入り乱れるように鳴り響くサイレンとパトカーの行列がこちらに近づいて来るのが見えた瞬間、また留置所、しかも今度は年端もいかぬ幼女――中身は年端どころか永遠に限りない年月を生きた魔王――に〝悪戯(わるさ)〟を働いて捕まったとなると、どう弁解しようが、今度こそ、人並みに生きるという夢を経たれたとついに頭を抱えて呻いたが。そこは、避難を呼びかけ応接室に駆けつけた女性教諭にマオが釈明してくれた。


――〝このどこまでも貧乏くさい男は、実は余の『ペット』で、昨日公園で拾った。貧乏くさいが、弁当を忘れ保護者が全員不在だったので代わりに届けに来てくれた。貧乏くさく、実際、少しにおうが、これはただ、じゃれていただけなので、特に、これといって、全く問題などこれっぽっちもない。……だって、ペットでじゃれるものだろう?〟――


そう言うと、なにかを察した女性教諭はなにも聞いてこなくなった。目を合わせようとせず、避難した後こちらを指さし、警官になにか告げ口していたが、マオが袖を引っ張りその場を後にしてしまったので、内容までは聞き取れなかった。


完璧、我ながら〝子どもらしい〟言い逃れを出来たと本人(マオ)はガッツポーズをし鼻を高くしていたが、状況はなにも好転しなかったと、ここは、指摘するべきか。理解するかどうかは、置いておいて。まあ、あの絶望的な状況下で現場をさりげなく離れられただけでも僥倖(ぎようこう)としておこう。


おくが、助かった勇者の満悦した笑みを見ると――どうにも、()せぬ!


一段一段、遠くに見える校舎を確認しながら荒い吐息を吐き階段を上がるマオ。最上階まで行くならと昇降機(エレベーター)を提案した勇者の提案を即却下し、階段を選んだ。ボタンが届かない、なんなら代わりに押してやろうかと茶化してみたが、違う、断じて、現場を常に把握する鉄則を忘れたか、と勇者の(すね)を蹴り飛ばしたマオの耳は真っ赤だった。


魔王が羞恥に耳を紅潮させるなど、またしても滑稽(こつけい)な話だが。


それでも意地を張ってまで階段を選んだ――なら、照れていても本心であることは理解出来た。


――余と貴様で協力し、魔物を討つ。


心意を打ち明けられた時は、冗談かどうか思わず()き返してしまった。


「ぬるま湯な日常に浸かり過ぎて、ふやけて情に(ほだ)されたか。『異世界殺し』の魔王の名が、これまたずいぶんと可愛くなって」

「そちらも、勇者の吐く台詞とは思えんな――乗り気でないなら、べつについて来なくてよい。余一人でも、なんとかしてみせる」

「〝なんとか〟――ねぇ……」


苦笑する。

一見しただけでも如実(によじつ)に判ること――今の魔王(マオ)に、あの騒ぎをどうにか出来る力があるとはどうしても考えられない。


それは、彼女も承知の上だった。


「だから騒ぎを聞いた途端、〝俺と協力して〟、か……だが、どうも解らん。なぜ、そこまで肩入れす(ムキにな)る。これが、お前がこの世界に望んだことなのか?」


こいつは、なにを言っている? 余もだと思うが、こいつも大概、この世界に毒されている……。


そんなこと、あるわけない。

 余は――()()()()()()()()()()()()


――ただ、とかぶりを振った後、肩を竦める。


「『子』の過ちは……『親』としては、どうも見過ごせなくてな」


追放された身の上であるが、魔王の『子』である魔物たちは人々と共存し、〝平和〟に暮らしている。彼らはその機会を得た。尖兵として多種を、他者を殺すしかなかった運命を敗戦によって無理やり覆され、笑顔に暮らすその機会を。苦労はある――どれだけ言葉を習い語り合おうとも、必死になって人として振る舞おうとも。


種族の壁は、方法論では越えられない。外見を変えた自分でも、今だ人という生き物は理解出来ない。


だが、だがと奥歯を噛むマオ。


自分はこの通り無力。しかし――この世界の一員となって人々と良好な関係を築こうとする『子』の努力を踏みにじるような行為を前にして、憤らずにはいられなかった。


「だから、その――付き合ってくれて、どうも、ありがとう……」

「どうした? もじもじして。可愛くなってるぞ」

「うるさい」

「――魔物相手に一人で突っ走る奴を、みすみす放っておけるか」

「魔王の前で、今更、ずいぶんと勇者らしいことを――もし余になにかあれば、後は貴様に任せたぞ?」

「〝潔い一騎打ち〟か。お前も()りないな。そのせいで〝そんな姿〟になったのもう忘れたか」


痛い所をつかれ、ぐっ……と唸る。確かにその通り。流儀に固執するあまり、この戦争に負け、全てを失った。


だがと、威風堂々と前を往く勇者の背中を見るマオ。


視線に気付いた勇者が振り返った。にたりと口端を上げ、ドンッ! と胸を叩いて(うそぶ)いた。


「俺はお前に応えたんだ。なら俺も、俺の成すべきことを果たす。その後、改めてお前にティンPO探しを依頼するから、くれぐれも約束を違えるんじゃないぞ?」

「忘れてました! そうだよね! 貴様そのために来たんだもんね!?」

 

そこで初めて実感する。


あ、この男、空気読む気皆無(ゼロ)だわ、と。


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