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そそり立ち、蹂躙せん

『信じられません、全く信じられない光景です!』


ヘリコプターから身を乗り出したリポーターはこの一時、己の職務を忘れ叫んだ。


『私は今、悪夢を見ているのでしょうか。ああ、また街が……そんなッ!』


報道人としてこの場を詳細、且つ簡潔に説明しなければならないのに、熱が入り声に抑揚が生まれる。演劇の世界に迷い込んだかのように、叙述的に。


それも――カメラのレンズに反射する光景を目の当たりにしては無理もない。台風や地震

の現場には何度か遭遇した経験があるが。災害と呼べる自然現象も、これほどまで、不条理で理不尽であっただろうか。真の『災害』とは、こういうことを指すのかもしれない、と。


ヘリコプターは低空してホバリングしているが、ここもいつまで安全かは判らない。侵攻は今現在は地上に限定されているけれど、あれに……神が定めた自然の法則は通用しない。


横風を受けつつ、懐かしい感覚が甦った。

煉獄のそよかぜが肌を焼く。空は業火に燃え、大気は煤の匂いと涙に濡れた悲鳴に染まる。まるで石ころみたいに人の命が失われていった。尊敬する先輩も、可愛がっていた後輩も、今となっては顔を思い出せない。道端に転がっていたのは、炭だ。区別できる特徴などない。


男は、一記者ではなく、地球に生を受けた子の一人とし、眼前の光景に畏敬と怨嗟、身を焦がすほどの恐怖に戦慄したのだった。




その部屋は、表向きには存在していない。

この国を影で支える要人の執務室も、また――()()()()()()()


『甚大な被害を残しているにも関わらず政府から死者の発表はありません!』


横に傾けた端末真昼の顔は暗い。


ビルが並ぶ街を――緑が蹂躙してゆく。濁流が岩を避け流れるように。太い根が道路を這い進んで呑み込まれた車から家族と思われる男女と、母親に手を引かれ小さな子どもがマンションに駆け込む映像が流れた。


公務中に真昼が観賞しているそれは、映画ではない。パニックムービーも顔負けな大迫力、

公開すれば全米大ヒット間違いなしの映像が、現実なんて。とんだ皮肉もあったものだ。


「対策室の会議に出席しないで、こんなとこでなにやってるにゃ?」


がちゃりと扉が開き、ハイヒールの靴音が部屋に響く。


「なに笑ってるの?」

「いえ、別に」


いずれ来たる敵の再来に備え賢人が異次元に用意したこの執務室に、こうもほいほい入ってこられては。蓄えた白髭は、彼らから漏れ出、蓄積したオツムらしい。


尤も、自分以外の全員には、この魔導師が、魔王を裏切り戦争を勝利に導いた女神だった。


「サボってると怒られちゃうよぉ?」

「いいんですよ、サボって。サボるべきかもしれません」

「真昼きゅんはこのセカイの人の鑑かと思ってたら、意外にも怠惰なのだな」


ふっ、と。真昼は畏れ多い評価をくれた相手に対し肩を竦めた。


「我々が口を挟んでしまえば、あなたにとって迷惑でしょう」

『なんだあれ!!?』


興奮するリポーターの指差す腕が切れて映った映像に、妙な物体が撮影された。


『森が、枯れてッ……!』


地面から湧き上がるように出現した波から発せられた大気によって、相対していた森がみるみるうちに荒廃した。次々と倒壊した大木から舞った枯れ葉が記者の頬を撫でる。視界不良に陥る前にヘリは現場から飛び去った。


最後の映像は、無数に伸びた根が後退する様子だった。中心部に引いてゆく根は、健康な身体が瘴気によって壊死しないよう退散する風に、視聴者には見えた。


あれほどまでに強大で広大な自然を死に至らしめようとするとは。


「〈()()()()〉の名は、正しいですね。あなたにそう名付けた方に会ってお礼を言いたい」

魔王(マオ)さまが付けてくれた大切な称号(なまえ)なの!」


誇らしげに胸を張るシエルの能面からは、映像と同じ色の瘴気が漂っていた。一息で杯を腐らせる、命を穢す猛毒。


ところが、これでシエルのことを疎ましく感じていた賢人たちも魔王軍幹部への認識を改める方向に進む。世界を殺す魔王の情報を搾れるだけ搾り尽くし、都合よく利用してこちら側の世界に処刑させる腹づもりが。今後は()()()の行動制限も緩和される。


「これも、あなたの預言の通り、ですか」

「アタシらはこっちの世界の人と、もっと……もぉお~っとなかよくなりたいのにゃ」


言いたいことだけ言い残し、シエルは部屋を後にした。


「そうそう、あの森。調べてみると、発生源になった公園に元々生えていた雑草だった。突然変異した原因には高濃度の魔力が関わっていると思うんだけど、なにか心当たりはない……? ――真昼きゅん」


扉が閉まるのを確認し、椅子にもたれた真昼は嘆息して禿頭を撫でた。


「どうやら、蜘蛛の目一つ欺くことさえ、我々には不可能なようだ」


政府としては、こちら側に貢献するシエルは異世界人との友好をアピールうえで最適なモ

デルケースだった。敗北した魔王軍残党を懐柔し味方にした功績は、小国の島国が国民と大陸の列強に存在を誇示することができる。


そんな政府の企みを承知のうえで、あの蜘蛛は動いていた。


価値を下げるような振る舞いをしておきながら、シエルは今、目下のなによりも優先すべき〝本能〟に突き動かされている。


マオを殺す、という、たった一つの確定した未来に向かって。


「前回とちがい、立場上、今回私は動けません。ですが、早乙女五河を解放した以上、あなたを最後まで信じます。マオさん」


壁に掛かった時計を見やる。カチコチと針は秒を刻んで――未来は着々と現実となってゆく。


「ですが、まだ猶予はあります。せいぜい足搔いてみせましょう」


絶対の未来に廻る時を止める。

さざ波のように迫る興奮に、叛逆の徒の口端は、静かな三日月を描いた。


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